閻魔たる所以
閻魔大王が罪人を裁いてから時が永くなる。
いつからと言われればいつからか分からないし、かと言ってさっぱり分からない分けでもなかった。閻魔大王は代々幼少の頃から教育を受けて青年期に達する頃に閻魔の称号が与えられる。
その過程を現閻魔大王は昨日のような日々を眺めるように瞳を閉じ、回想した。
幼少より、後の閻魔━━━━仮にひな鳥と呼称しよう。ひな鳥は内気で人見知り、いつも前閻魔大王の裾の下に姿を隠していた。
別に父である前閻魔大王は怒りもせず、優しく撫でてくれたし。何よりもひな鳥を裾の下に隠して注意をしなかったのは前閻魔大王の仕事ぶりを観せることにあった。
前閻魔大王は常に玉座に座している。ひな鳥に聞かれた前閻魔大王は「座ることに意味がある。よく眺めなさい」と言われて初めて玉座の周りを観た。瞬間、ひな鳥はあまりの恐怖に腰を抜かし声が出そうになるのを前閻魔大王は優しく口を閉ざして口元に手をかざす。
無理もない。ひな鳥と言えど子どもである。目の前に広がる囚人の海を観たら・・・・・・
怖いのも仕方はない。ここは地獄、正真正銘の嘘偽りのない地獄の門に過ぎないのだから。
前閻魔大王はガベルを鳴らして「静粛に」と短く述べる。静まり帰った地獄の門で前閻魔大王が一人一人の罪状を暴こうとしたときだ。
罪人たちは突如、大いに笑いだし囚人の海が波打つ。
前閻魔大王は目付きを鋭くしたまま「何がおかしい」と冷たく問うも囚人たちは笑いを必死に堪えて叫ぶ。
「何って?こんな大それた人数を裁くだけでも大変だろうに手錠や鎖はおろか、看守のかの文字もない!?確かに閻魔大王なんて大それた存在なら確かに強いんだろうが・・・・オレらは暴虐殺害のプロだぜ?あっちでも捕まったことはないし?負けたこともない・・・・はったりだと思うならそれでいいさ。オレらの願いは只一つ。生き返らせてあっちに返してもらうことだ。まあ、それまでじっくりといたぶってやるよ!」
一人の囚人に応えるかのように囚人たちは刃物を取り出し、魔術を唱え始めた。確かに一人一人が弱くても束になればどんな猛者でも苦戦を強いられる。
それが凶悪犯なら尚更・・・・・・だが。
「閻魔ノ右腕・・・・!」
その時、前閻魔大王の右腕がうずいた。正確には右腕だけが巨大化して囚人たちを押し潰すかのような裁きの瞬間で━━━━━先ほどまで五月蝿かった空間がしんと静まり返る。巨大化した右腕がもとに戻る頃にはその場は血溜まりの匂いが無惨にも残っていた。
子どもであるひな鳥からすればその光景はとても恐ろしくとても滑稽なものだった。
言うなれば、人間がハエたたきで蚊を殺したようなそんなちっぼけさで。ひな鳥はためらいがちに「死んだの?」と裾の下から慎重に聞くと父である前閻魔大王は「ああ・・・・」と答えた後。
「だが・・・・・」
と広場の中央に指を指しながら。前閻魔大王に殺された囚人たちはまるでゾンビのように蘇ったのだ。だがしかし、それは囚人たちが異図した行為ではなく。
皆横行に驚いていたし。何よりも怖がっていた。
無論、前閻魔大王にもかなりの恐怖心はあったが何よりも怖がっていたのは囚人たちの中央に現れた人物━━━━━死又はX、災厄がいたからだ。
勿論、彼らを蘇生させたのも災厄。そして、彼らを殺して地獄に落としたのも災厄自身だった。
そんな化け物相手にちっぽけな凶悪犯が歯が立たないし。災厄を見て吐き出す者までいた。それを見ても災厄は何も言わず、一歩歩み出すたびに囚人たちはびくびくと道を譲りだした。その先には前閻魔大王がいて。二人は相対した。そして。
「久しいな、サイ」
「そうだな、閻魔」
二人は久しき旧友の仲だった。
「見ない間に強くなったようだな」
「ええ、閻魔も見ない内に丸くなったみたいだな・・・・裾の下は気を付けることだな?悪人がトラップを仕込んでいるかもしれないし・・・・・」
「・・・・そうだな。だが、ここに来たのは囚人たちをいびりに来ただけではなかろう?」
「ああ、勿論。愛殺しの蛇が密かに動いている」
「何?」
「無論、密かにといっても微動だにしたかの小さな動きに過ぎないが・・・・・それと閻魔にはこの本の写本の一部を渡して置こう」
「ん?この本━━━只の書物ではないな?サイ自身の魔力もそうだが、何者かによる干渉。まるで未来を知らせる書物・・・・!サイ、この馬鹿けた禁書をどこで!?まさかお前が作ったのではないだろうな?」
「はは、まさか。この本は魔教人童謡説━━━━閻魔に渡した本はそれのコピーに過ぎないがこの本の著者レトゥーと月将ムクまたの名をミッツ・ジャスティス・ミウが手渡した禁書だ。責任はこちら側にある。だが、もし。万が一にでも彼女たちがこちら側に落ちようものならば。その時は頼んだ。毎回のことで悪いがな彼女たちにも未来の一つ見せられないならボスとしては失格だしな」
「━━━━━わかった。その件にはもう指図はしないが‘蛇の腸にいたお前’が言うセリフではないな?」
その一言が出た途端、災厄の動きが止まった。凍り付くような空気、圧力、殺気、眼球のくぼみが周りにいる囚人たちを凍り付かすほど災厄は飄々としていた。
前閻魔大王も目付きでは負けておらず、続けて深掘りする。
「お前はあの化け物、愛殺しの蛇はひょんな事から自ら心臓を放棄した。そこにどんな意図があったかは知らぬがこうして死又はX、災厄が誕生してしまった・・・・・つまり!貴様等は一心同体。血の通った兄弟と言ってもおかしくはないだろう。その中でサイよ貴様は何故、悪魔となった?何故、滅びの力を以てして調和を望む?単なる反抗か?それとも━━━━━」
「全てですよ」
「!?」
「あなたが閻魔大王が思う全てが吾の存在理由。全ては解決しますよ。その頃にはあなたは閻魔大王を引退して次のひな鳥が受け継ぐことでしょうが、問題はありません。強いて言えば・・・・」
「水将スーのおもりを頼みたいかと」
「・・・・・好きにするがよい」
「(パパも、たいへん。なんだな・・・・?)」
それからしばらくして、ひな鳥が閻魔大王を受け継ぐまでのやりとりは水将スーのおもりが九割を占めた。
そして今、ひな鳥は前閻魔大王から王位を引き継いで閻魔大王としての裁きの日々を送っていた。
前閻魔大王は現在は隠居してをり、余程のことがない限り当分は表には出ないだろう。故にひな鳥たる閻魔大王は悩んだ。それは悪魔中層幹部のグランについて・・・・・沢山の裁き、罰に執行。全てを成しても顔色を変えずに悲しげに下を向いていて・・・・・正直、複雑である。グランは確かに沢山の悪行、あまたなる大勢の命を奪ってきた。だが、それと同時にグランもまた被害者・・・・・人類最初の男女の片割れであるアダムにして愛殺しの蛇によって今の姿となり。グランを地獄に送ったのは紛れもないかつての恋人大天使イヴであった・・・・・裁こうにも裁けるはずがない。例えそれが閻魔大王たる名を持ってしても。
閻魔大王はとうとう諦めたかのように手をあげて悪魔中層幹部グランにかかった処罰を解いた。
その代わりに一時的な隷属魔法をかけてこういった。
「一時的に悪魔中層幹部グランの仮釈放を命ずる。その身の悪事に基づき新たなる罰則を与えよう━━━━━早く立ち去るがよい。扉を開いてやろう」
扉が開かれ、溶岩が煮えたぎったかのような暑さを放出して一人の罪人グランが世に解き放たれた。
どういう経緯があってかは皆まで言うまい・・・・
そういうねぎらい。閻魔大王なりの配慮である。
グランは久々の夜の空気を吸い込んで月夜を眺めた。
何をするかも分からず、世に放り出されて。
「遅かったな、グラン」
「!貴方は、災厄様・・・・!?」
「いや、今は━━━━━」
瞬間、災厄の髪色や顔つきが徐々に変化していきやがて真面目そうな好青年の姿となっていき。
「今宵はウルフ・ジャスティス・ミウがお迎えに上がった次第です」
災厄の隷属者、ウルフ・ジャスティス・ミウが現れた。
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