適正
「愛殺しの蛇・・・・そいつ、知ってるわ」
「え、ミウさん。それは本当ですか!?一体どこで・・・・・」
リンバラが言葉を発しようとして、声が出なくなった。何故ならばミウが未だにレトゥーの遺品あたる童謡説を抱えていたからだ。それだけでも察しはつくというものだ。恐らくミウは見たのだろう・・・・命懸けで伝わったレトゥーの記述とその未来を━━━━━━
だからこそリンバラは何も言わずにミウの手を取りつつ、大きく頷いてミウも涙ながらも強く肯定してくれた。それを見守ったロックが改めて三将の意味を水将に問いただした。
「まず、第一に。我々は悪魔であると同時に隷属を求める剣だ。隷属相手の適正が高いほど我々は愛殺しの蛇を討つ剣となれる・・・・・故に災厄様はそこのリンバラ‘ちゃん‘を適正として薦めたのだろう」
「ヒッ・・・・・!?」
何故かリンバラのことをちゃん付けで呼ぶ変態に対して思わず悲鳴が漏れるリンバラ。その蔑む目がさもご褒美ですと言わんばかりにハアハアされながら・・・・
ロックとミウが呆れたとばかりに乾いた笑みを浮かべつつも結果から言えばこういうことであろう。
昔、人類最初の男女アダムとイヴが愛殺しの蛇にそそのかされて。今の世界観が構築されていきその過程で愛殺しの蛇に対抗する力の存在も多く誕生した。
その中でも愛殺しの蛇に対抗できるのが三将━━━━もとい、三将を扱える優れた隷属者ということであって。その中でもリンバラは誰よりも水将スーを扱えるだけの資格がある・・・・・らしい。
だが。
「絶ッッッッッッッ対!!嫌です!」
リンバラに猛反対された。まあ、納得してしまうのは無理はないが・・・・・敵が世界を屠るかもしれないと分かっていて。はいそうですかともいかない訳だし。本当に困りものだ。
「とは言ってもその剣になるというのは言葉上の比喩的なもの?それとも物理的な━━━━━」
「その通りです!ミウさんの言う通り、適正がある者の契約━━━━それは心を繋ぐちぎりそのもの!互いの利害一致を以て契約は完了されます」
「ふん、あなたと契約なんて・・・・え?」
「ハアハア・・・・・リンバラちゃん。先ほどから我慢していましたが。実は私、リンバラちゃんがドストライクなのです!ツンとした瞳に蔑む顔、寄せ集めた胸元から広がるいたいけな身体・・・!?もう、我慢できませーん・・・・・!?」
「い、イヤーァァァァァァァ!?!?」
水将がリンバラめがけて飛び込んで。リンバラは身の危険と恐怖に怯えながら、水将めがけて顔面を蹴った。が、それも計算の内だったのか水将は蹴られると同時にリンバラの脚を引き寄せて胸を触ろうと━━━━━「ん?」
だが、水将が思い描いていた感触とは違う柔らかさがあった。それは女性のものではない・・・・言うなればそれは━━━━━
「~~~~・・・・///!?」
それはリンバラが男であると証明するそれであった。
あまりのハプニング、あまりの衝撃。女だと思っていたリンバラの今までの反応に加えての感触、そしてこの表情。リンバラと水将スーの興奮値もとい、利害一致が為された瞬間。突如として二人の周りを水色の輪っかの光が包み込まれ、謎の輪っかがリンバラの指に収納されて指輪の形となった。
だが、リンバラは契約に目もくれずに水将を踏み倒して。さも恥ずかしそうな恥辱の顔で宣言する。
「もう、ここまで来たらやけです!世界のために散々な目に会わせてやりますよ・・・・!?」
『最低な話だな・・・・』
『最低な話ね・・・・・』
ロックとミウは再び項垂れた。あの時の災厄の疲れきった表情が目に浮かんで、また項垂れた。
「かあー、お前そこまでして地球が欲しいのかぁ~?」
「おうよ!僕達ならこの星なんか手を捻れば~ちょーいだ~」
「ガハハ、そうだなそうだな!」
酒に溺れて宴の舞の如く肩組をするグレイと下っ端魔教人達。
彼らは最初こそ、仲裁を取った契約ではあったが。徐々にお互いに妙なシンパシーを感じだしてしまい・・・・つまりは意気投合して酔っぱらったということである。
概ね小一時間は和気あいあいとして、上司の愚痴や化け物染みたミウ達の存在に対するイジり等。気持ち良くなってきた正にその時━━━━━━
そこに透明な扉、例の場所が開かれて。そこから秩序の番人リークと南部隊隊長クイニー・ジャスティス・ミウがそこにいた。
当然、二人が気を遣って来た訳もなく。魔教人達とグレイが仲良く盃を交わしているという・・・・端から見れば寝返っているようにしか見えなかった。
慌てて下っ端魔教人の一人があわあわと誤魔化そうとして、リークが寡黙のまま下っ端魔教人に近付いて━━━━━━
頭をがしがしとまるで仔犬を撫でるかのようにして。
「ったく、やることが遅いんじゃよ」
『・・・!?』
「さあさあ、皆さん。お邪魔した分まで沢山飲んでくださいね」
クイニーも差も気にすることなく、皆に盃を汲んでいく。
過去、クイニーは二十年前にグレイ達に殺されていた。
それをウルフが当時宿したばかりの災厄の権能によって歴史を塗り替えて生きながらえた。それでも多少なりとも恨みの一つや二つあってもおかしくはない。それどころか、いやな顔一つせずに仲慎ましく交わって。たまらず、一人のグレイが声を上げた。
「あ、あんたは!それでいいのか・・・・?その、あんたを殺した奴らを━━━━━━」
「ええ、でもこうして一緒の盃を飲めてるじゃないですか。それだけで・・・・・嬉しいです」
『・・・・・!?』
「あらあら、泣いちゃいけませんよ?星々のお母さんがみたら笑われてしまいますよ?」
「やっぱり俺ら、魔教人になってよかったかもな」
「嗚呼、そうだな・・・・」
その宴は一晩まで続いた。互いの全てが顔という顔から流れ出してさらけ出し。どこか一皮剝けたように感じたリークとクイニーだった。
「はあ、あたいって何だろ・・・・」
先ほど大天使エッグと相対してからどれほど時間がたった頃だろう。キー・ゴールドは翼を畳んで上空からダイブした。ロケットの如く大地へと降下していき、中央の柱の頂上に着く。街の暗がり、僅かな光のきらめき。生きてし者の息づかい・・・・・
キー・ゴールドは小さく詠唱を唱えた。
「水面徒歩」
瞬間、キー・ゴールドが空に足を置いたかと思うとおもむろに歩き出したのだ。一歩歩くたびに空に水面の波紋が響き、なんとも言えない幻想的な光景である。
その効果はただ綺麗なだけではなく、自分の存在を悟らせない隠密魔法でもあって。例えば別の天使を呼ぶ’合図‘にもなっていて・・・・・
「お待たせしました」
大きな翼を広げて大天使イヴがそこに舞い降りた。
キー・ゴールドは深々と頭を垂らしつつ、先ほど大天使エッグに会ったことを率直に話す。
「大天使エッグ様に先ほどお会いしました。どうやら彼・・・・いえ、もしくは彼女が私のその。恋人、だったのでしょう。私の胸元にある小指がエッグ様と共鳴したあの時、無性に切なくなりました・・・・・こんなことを思うのはおかしいことですか?」
「・・・・・おかしいなんて、誰が言いますか。貴女はまだ守られているのですよ。それまで貴女は貴女なりに考えて生きていけばいい・・・・・・それが愛というものですよ?」
「イヴ様は本当に凄いですね・・・・・」
「そんなことないですよ、私は他者よりも長生きなだけで。悪い悪い蛇にたぶらかされた‘只のイヴ’ですし。それに━━━━━私の愛する恋人は今でも一緒なのですから・・・・・」
「ひょっとして、その方って・・・・・」
「アダム、今の名前は悪魔中層幹部のグランでしたね・・・・・」
「・・・・・いいんですか?会いに行かなくて?」
「いいんです。何故って私たちは最初から離れ離れになったなんて微塵も思ってないですよ」
キー・ゴールドはその日、ある言葉の意味を知った。
愛、それがどれほど美しく強い価値を生むのかを。
星の明かりが二人の瞳の輝きはダイヤモンドの輝きよりも眩い価値があると互いに再認識するまでそう時間はかからなかった。
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