過去へ
ミウはこれでも二十歳である。
勿論、親であるエターナルやミツもそこそこいい年齢だ。急にそのようなことを思ったのは純粋にそう思ったからであろう。
たった二十年、それはミウがまだ赤子でありエターナルやミツ。そして今は亡きクイニーも又。
二十年も前は同じ年頃で━━━━
当たり前のことかもしれないが、ミウはクイニーの記憶はない。かろうじてキー・ゴールドから貰った真実の情報でしか実母であるクイニーのことは分からなかった。
けど、かといってエターナルやミツには到底聞けそうにない。聞けたとしてもきっと目に見えていた。そんな顔はさせたくはなかった。
只、それだけ。ミウの呟きは一瞬にして朽ちてしまった。
蝋燭を灯した教会にある隅の部屋で。
魔教人考古学者にして魔教人指揮官でもあるノウズ・オールドはいそいそとペンを走らせていた。
無論、魔教人に関する歴史の生い立ち━━━━その調査確認し。歴史が正しく伝わっているか?矛盾がないか?地道な作業を繰り返し繰り返しやっとの思いでペンを止めた。
「はぁ」
例え歴史がどうであろうと他者から見ればどうだっていいことだ。けれどもノウズ・オールドは今ある仕事に誇りを持っている。今すぐ変わらなくともその努力が魔教人の在り方を正しく広めて未来ある人類の良き歴史の一頁になれたなら・・・・・と想像するだけでこの仕事には意味がある。
ノウズ・オールドは少しの休息を終えて再び本を開く。二十年前、人々は血の滲む争いをした。
血で血を争う戦いに一人の魔教人が神の如く現れたかと思えば人々の目の前であまたなる奇跡を見せては人々の争いを沈め、魔教人なる集団が誕生した━━━━━これが魔教人の最古の歴史にして最も有名な逸話。偶然かその時期から悪魔や天使、神々やレッドライ騎士団も強く伝承に記されるようになった。騎士団も前々からあったようだし。神々なんて数十年やそこらよりも伝承も歴史も何もかもが長すぎる。
それに天使や悪魔だってそうだ。天使は堕天すれば悪魔に朽ちてしまうし。逆に悪魔の不死のからくりや存在理由・・・・・何よりも未来から来たというグレイの存在だって不可解でしかない。
まずは矛盾や時期から調べて・・・・・
「?」
おかしい、確かにこの本には悪魔やグレイの記述があったはずなのに。そこの行数だけが余白になっている!いや、これは・・・・・まさか。
「歴史がなくなっている・・・・!?」
すぐさまノウズ・オールドは魔教人童謡説を開いた。勿論、この本さえあれば全ての情報が手にはいる。だがらこそ己の手で真実を捕まえなければならない。
下手に童謡説を使い続けて依存してしまえば悪用する者や過去や未来の破滅にも繋がる禁書。
ノウズ・オールドはそのまさかを確かめ改めて驚愕した。そして気がつけば教会の聖堂にいる大天使イヴの元へ駆けつけた。
「イヴ様・・・・!!」
「ええ、分かっています。大至急皆を集めなさい」
東部隊副隊長エターナル・ジャスティス・ミウは見回りのため、王都の街並みを散策していた。
別に大した理由はない。只、なんとなく一人になりたかった。ほんの些細な息抜き━━━エターナルは王都の変わり行く街並みと変わらない雰囲気にどこか心が痛む。己の脳裏で何度も思った我が儘な考え・・・・もし、クイニーが生きていたらと。
ミツに対してもミウに対しても失礼極まりない自分勝手な考えを薙ぎ払うたびにあの時の王都での暮らしが重なって・・・・
━━━━あなた
「・・・・!」
一瞬、そんな声が聞こえた。だが、その声の主はどこにも居らず。道行く住民が行き交うだけだった。
そんな虚しさと己に対する怒りが溢れ出そうとしたまさにその時、バタリと道行く住民達があたかもドミノ倒しにあったように一斉に倒れ出した。
倒れ出しただけでも緊急事態だが、その住民達からは生気が━━━存在がなかったように透明になって消えかけている。
「・・・・ん!!」
咄嗟の対応でエターナルは鎖の捕縛能力で住民達の生気を縛った。まあ、正確にいえば。本来この能力はグレイや悪魔と言った不死の存在に対しての拷問に使うものだが・・・・・ケースバイケースである。
だが、この住民達だけではなく街全体が消えかけていて流石のエターナルも限界・・・・・
「ふん、情けない奴じゃ」
「ッ、ミツ。何故ここに!?」
エターナルが鎖を街中に張り巡らす最中、ミツは悠々と参上し。オーム・フェアリーの権能の一つ、蟲喰時計を顕現させた。
オーム達が空中に浮かぶ巨大な懐中時計を蝕み。時計の針が一秒一秒逆方向へ進んでいて。その針と数字は真っ赤に照らされまるで命の灯火のように消えかけていた人々の顔色が非常に良くなっていた。
「━━━すまない。突然の処置に間に合わなかった」
「よい。わらわも駆り出された身。主の咄嗟の対応は間違っておらぬ。引き続き、住民達の応急処置を頼む」
「・・・・ああ」
「それに、わららはクイニーがいようがいなかろうが主が好きじゃぞ?」
「ブッ!?」
「ま、クイニーが地獄の底から蘇ったとしても主もミウも絶対に渡すつもりはない。覚悟するのじゃぞ?エターナル♪」
教会では各々がかの悪魔五天王の情報収集以来。
改めて事の結果を整理した。
まず、ミウ達が月将ムクと対峙し尚且つ戦闘不能の瀕死状態だと言うことと例の場所にてその地下室で魔教人童謡説の作者である明日の便箋師レトゥーとの接触。悪魔中層幹部グランが遂に死又はX災厄を復活させ、そこに元貴族のリークと月将ムクが関与していたこと。そして、その後始末をミウとレトゥーの協力も相まって大天使イヴが事を成した━━━━━と。
各々が事の真相を語り終えて尚。
皆の顔色は並んで曇っていた。そこに情報収集の終わりに魔教人考古学者のノウズ・オールドが告げた一言。歴史が消えかけている━━━━漠然とした答えに理解こそ追い付かなかったが。街の様子を見せられ驚嘆した。人が街が歴史が何の捻りもなく消滅しかけている。そしてその救助に上位裁判官にしてオーム使いのミツ・ジャスティス・ミウと同じく東部隊副隊長のエターナル・ジャスティス・ミウが対処にあたり、時期に天使達の援護も来るとのこと。だが。
「そんなことしても無駄でしょうね・・・・」
「無駄って・・・」
「そんな言い方しなくても」
大天使イヴの言葉にロックとリンバラが愚痴をこぼす。だが、わからなくもない話だ。あの二人が・・・・ミウのパパとママが負けるはずない!ってミウは高らかにけれども控えめに呟いた。
だがイヴはその言葉を察してか、ミウに瞳でアイコンタクトをしたかと思えば。突如として見えない壁、否正しくは例の場所の扉が現れたかと思えばいきなりドアノブが回りだしたのだ。皆して体制を整え待ち構えているも何故かミウとイヴだけ平然を装っていて・・・・
「紹介するね。今日から私達の仲間になった元貴族こと秩序の番人、リーク。今回は彼の力を借りて二十年前にいくよ!」
「・・・・けっ」
秩序の番人、リークはふてぶてしく唾を吐いた。
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