鉄仮面とのお別れ
「ふぅー・・・・・・」
斧をどっしりと大地に突き刺して。
例の場所の儀式の手順を確認したばかりの悪魔中層幹部グランが美しい星月夜を眺める━━━━否、正確にはその月に向かって会話をしていた。
その一部始終が聞こえてくる。
「本当に良かったのか?今最後の準備にまで手を加えればお前はもう二度と後戻りは出来ない。大事な者を失くしてからでは遅いのだぞ?・・・・月将ムク。お前はあの女の多重人格から産まれたもう一人のあの女自身だ。例え人格ごと身体を引き剥がされようともお前は守り抜いた。だが、その引き換えにお前は━━━━━」
「ふん、そうね・・・・」
「・・・・・そうか。では始めよう!リークの力も大いに悪用し。例の場所という空間その物を儀式の贄として!!ここに、悪魔界最強にして最恐。死又はX、災厄様の御復活であるー!!?」
━━━━━・・・・・・・ッ
「ついにやったのね。我らが災厄の御復活に」
「ああ・・・・」
「貴方も大切な人に悲しい顔をさせないことね?グラン?」
「・・・・・・・」
「ふん」
この日のために災厄の顕現するためだけに何度も何度も不死の底から這い上がってきた。
けれどもそこにあるのは虚空。災厄はよりしろを犠牲に自我がない。だからこそ、隷属か契約を求める者に住まう。
グランは全てを失うためにここにいる。
世界そのものを抹殺し、無に返す。そして最後には自らの命を経って終いだ。
だが、それまでは膨大な魔力から時間に隠ぺい諸々全てコストがかかる。けれどもこれも全て失恋した女への復讐。俺だけを見て泣いて喚いて後悔するがよい。貴様を誰よりも世界一愛していた者の末路を━━━━━━
━━━━愛していたぜ、イヴ・・・・・
その時、災厄の眼が世界の終わりを鋭く捉えていた。
地獄、言葉通りの地獄。比喩でも心境でもない場所。
そこへ天使の権能。空間跳躍で現れた大天使イヴは
羽を閉まって粛々と頭を垂らした。
その目の前に。地獄を統べる巨人にして罰を与えし
魔の裁判官。閻魔大王その人であった。
閻魔大王は絵巻にさらりと目を通すと簡潔に罪状を告げた。
「主任。大天使イヴに告ぐ。主の色欲の大罪において悪に天罰を与え、その男の地獄の永久労働を命ずる。よって、大天使イヴにはその引き金となる地獄の門を開いて貰う━━━━━以上だ」
「ありがとうございました。私はこれで」
「まちたまえ」
「何か?」
「・・・・いいのか?」
「ええ」
「・・・・・そうか」
けじめは着けますよ、閻魔大王様。むしろ向こうの彼の方が意地悪ですからね。
最後に会えるなら・・・・・もう一度。
彼の名前を呼んであげよう。
「これは・・・・!!」
リンバラは突如大袈裟と思えるくらいに驚いていた。それに何事かとロックも顔を出した。
「どうした、リンバラ。また魔教人童謡説でも読んで。まあ、この本の力には毎度驚かされるのも無理はない━━━━━」
「大変なことになりました!再び、例の場所で戦争が始まるかもしれません!」
「・・・何?」
「この本は全ての未来・過去を記す言わば禁忌。それを人々は認識もせずに扱っている・・・・・その疑念に気がつけたのは恐らく・・・・」
「魔教人と天使を束ねる大天使イヴが放った真実のせいか」
「ええ、恐らく。ですが、この本にはこうも書かれていました。例の場所の地下室にてこの本を書き続けし者こと明日の便箋師レトゥーが東部隊隊長ムーン・ジャスティス・ミウをここに招待する・・・・他にも例の場所にて貴族のリークは魂を取り戻し、来る災厄のため儀式を行う。次に月将ムクの手助けの元、悪魔中層幹部グランが遂に死又はX災厄の復活を成した。これより終焉に近づく・・・・・最後に地獄の契約を成したもう一人の天使、大天使イヴが例の場所へと翼を広げるであろう━━━━━ロック隊長」
「嗚呼、もう誰も失くさない。例の場所もぶっ潰す!!未来は紙切れ一枚には収まらないって!行こう」
「はい!」
再び場面は明日の便箋師レトゥーとミウのいる地下深くへと変わる。
ミウは真剣に事柄の事実をひしひしと感じ取っていた。魔教人童謡説の現在進行形の末路に加えてミウの真上の空間、例の場所では終焉をもたらす声が嫌でも伝わる。その場において善と悪もしくは両方を抱えた重要人物達の集いに置いて、ミウの出る幕はどこにもないかに見えた。だが━━━━━
「私は少なからず、貴女を必要としていますよ」
「え?」
「例の場所は確かに貴族のリークの怨念によって産まれた場所かもしれない。けれども愛を求める場所である。それは悪魔も天使も神ですら同じことなのです。ムーン・ジャスティス・ミウ。貴女に頼みたいことがあります。是非、この終焉に歌を捧げてくれませんか?━━━━━」
ミウを囲う形で魔法陣を描くとレトゥーは祈りを捧げて詠唱を鳴らす。
「怨念集いし場に置いて、一筋の光を授けたもう。声音は白い羽のように無にひれ伏す魂をいざゆけ。嗚呼、愛を捨てて尚愛する汝等に祝福のあらんことを・・・・・」
最後の詠唱と共にミウの身体からは溢れんばかりの魔力が蛍光色に似た緑の光を放つ。
ミウの呼吸が揺れが全てが神々しく愛という名の化身の如くミウの唇から光が溢れだした。
━━━━ねえ、どうして。そんなに辛い顔をするの?
━━━━まだ何もしてないのに。
「何だ?この歌声は!?例の場所を乗っとるつもりか!?」
元貴族のリークは驚嘆した。何せ、例の場所はリークの怨念によって産まれた場所でもあると同時に災厄の復活のためわざわざ複雑極まりない儀式をして尚。
悪魔中層幹部グランに月将ムク・・・・それに。
「災厄様が目の前にいて、何故世界は滅びぬのだ!可笑しい・・・・何かが間違っている。何か、あ・・・・ワシは何を妬んでいる?何故、例の場所を作った?何で、世界を滅ぼそうとした?何で・・・・・」 ハハハッ
イイ操り人形だね♪
貴様に世界の権利をやろう!
小馬鹿にしおって!
只の浮人形でしかないわ クスクス
━━━━━許さない!!?
嗚呼、そうか。
「ワシ自身が自分を憎んだじゃな・・・・」
元貴族のリークは涙が溢れたまま滑稽な自分を見て、戦意を挫いた。
━━━━あなたとは話が合わない日が多いけれども
━━━━誰よりも愛してくれているのはあなたですね?
━━━悔やむよりも血の繋がりよりもあなたを抱きしめたかった
「ッッッッッ!!!!???」
「どうした、月将ムク。貴様がいないと変換魔法が成り立たない。災厄様の自我もまだ・・・・」
「ッ!!」
「おい待て!この後に置いて逃げる気か!?月将ムク。いや━━━━」
「月将ムクがどうかしましたか?」
「!」
刹那、漆黒の世界に突如として光の砲弾が現れた。
その禍々しい程の魔力と神々しい神の光。
大きな翼をゆったりと広げて大天使イヴが不適に笑った。そしていつもよりも唇を赤く染めてあたかも戦化粧と言わんばかりに・・・・・・
グランはその意味を察してか、自らの身体に斧を卸し鎧の光沢を赤く染めて見せた。
互いに何が言いたいのか分かっている口振り。
初めて相対する敵とは思えぬほど二人は高揚し。
どこか、悲しんでいるようにも見えるそんな曖昧な顔をしていた。
━━━ずっと一緒だよ、何て無理だと分かっていたはずなのに。ふと後ろを向けば君の気配がする
━━━別れたのに心に居座っている
━━━二人とも同じ気持ちだと知らずに
━━━最後には迎えにいくからね・・・・・
グランもイヴもそこからは無言だった。
血のおのむくまま、切り刻み、戦って。不死の身体を何度も失って。互いに獣染みた奇声を飛ばしてまるで何かを訴えかけるように。
悪魔と天使の血が交差した。
それによって災厄を解き放つ力が想像以上に枯渇した。念入りに計画を立てて全てを失った。
事実、グランは今。冷静にはいられなかった。
憎き大天使イヴが悠々自適に目の前にいる以外、何があろうか。
だが。
「ッ!逃がしません!!」
一瞬の隙をついて災厄を時空の狭間に逃がした。
どこに災厄が逃げつくかは分からないが災厄が討たれては意味がない。
それにこれでグランの魔力は底を尽きた。
後は肉弾戦に持ち込むほかない。
けれどもそれは向こうとて同じ。あんな安易な避難魔法を逃がすとは普段のイヴならまずありえない。
見るからに息切れを起こしてボロボロなのは一目瞭然だ。イヴは肉弾戦を得意としない。
ここでトドメをさせば我々の勝ち。災厄様も時期に自我を取り戻して世界は一瞬にして我々悪魔のモノとなる!!
「やはり、保険は賭けておくモノですね」
「ッッ!!お前、まさか・・・・!?」
その時、グランの足元が奪われた。否、正しくはマグマを纏った地獄の入り口に足元を奪われたのだ。
それはつまり。正真正銘の地獄行きで・・・・
「許さない!!この仕打ちは絶対に・・・・!!」
「・・・ウソツキ」
「!ふ・・・・・・」
そしてグランは静かな笑みを浮かべて地獄へと堕ちていった。
「終わりました・・・・」
「そのようですね」
「私は彼らに対して、これからどう接していけばいいのでしょう。その本に答えは記されています。ですが━━━━」
「ええ、自分の思うがままに生きればいいのです。後悔も憎しみも愛も分からないこと全てに意味があります。無駄や嘘、否定的な気持ちも沢山芽生えることでしょう。ですが、あなたは誰よりも違う生き方がある。あなたは誰よりも愛されています。そのことを忘れないでくださいね・・・・・」
「・・・はい!」
ミウは再び覚悟を持って地下を出てから元貴族のリークを束縛し。大天使イヴと共に外へ出た。
その時に血相を変えたロックとリンバラが駆け寄った。
どうやら、助けに来たものの例の場所の扉が開かなかったらしい。
改めてミウは意識を新たに声を放った。
次へ




