~たとえばそれが女神の勘違いでも~
急に開けた視界の先に、階段が見える。
「シオン・サリエラート、あなたは知っていますか?」
その階段の先に目を動かすと、豪華な椅子に座る女性がいた。女性はそう言って、ちょうど組んでいた足を組み直す。
何と言うか、堪らなく面倒だって感じしかしない。肘をついて、手に頬を乗せて見下ろしているのだから。
「ほら、『加護が無いのは前世の悪行のせい。だから、その変わりにキレイに生きなさい』ってやつ?」
なんでその話をされるかがわからない。
それは、世界でも有名な言葉。そして我が身にある、そのままの状態を見事に言い当てていた。
……だから、俺は一応頷いてみた。
「よろしい。じゃあ、そう言うことで……」
「えっ?何がそう言うこと?」
女性はもう片方の手をヒラヒラさせて、そう言った。まるで『あっち行け』とやってるみたいに。
『……! ………、……!』
「えっ? そうなの? 待って待って、今確かめるから……。あったあった、これね?」
女性の椅子の横、天使みたいな羽を背負った人が、慌てて彼女に耳打ちをする。
それも、一度こちらに向いてから手のひらを見せて、『ちょっと待って』と言った感じでやってからだ。
耳打ちが済むと、女性は小さなカードを取り出して、見ては捨て、見ては捨てとやってる。甲斐甲斐しく、天使な人はそれを拾い集めているのか、身を屈めている。
多分、そんな感じだと思うが、背中にある羽がワサワサと椅子の周りを動き回っていた、
…あまりに高いところなんで、これは予想するしかない。
「『えーと、あなたはつまるところ、今生において様々な罪を侵したので、来世においての特典はありません。もし人並みな生活を望むなら、来世は清く、正しく、その生果てる時まで善行を続けるように』、以上!」
「いや、以上って言われても…」
「しつこいなぁ…! あとなんでタメ口なのよ! いい加減察しなさいよね! 私は女神! あんたは人! もっと敬いなさいよ!」
半ギレしてこちらをビシッと指差し、とてつもない威圧感を放つ。
だとすると、本当に天使と思える人は天使に間違いない。彼だか、彼女だかは、わからないが、天使さんは心の底からすまなそうにして、頭を下げていた。
「あ~、でも女神様? さっきの話はどう言う事でしょうか? 自分がどうして此処に居るかわからないですし、……そもそも罪ってやつもわからないんですけど?」
「えぇ~?! またそこから~?」
『…………!』
さっきから見ていると、彼女の態度は大概である。それを天使さんは見兼ねてフォローしている。今度も女神に対して、間髪入れずにまた耳打ちをしていた。
「大体、こんなの一日中やってられないわよ…。特に今日は、この後合コンなのに……!」
……いや、俺のせいじゃないし、天使さんが悪いワケじゃない。
天使さんもそうだったように、聞いてるだけで呆れるほどだった。
こっちよりもたちが悪いと思う。それに俗っぽい言葉と必死な女神の顔は、どちらかと言うと神様ってよりも人っぽい。
「はぁ~! もう良いや! とにかく、清く、正しく、キレイに来世を生きなさい! そして、自分の罪と向き合うように! とにかく死ぬほど生きろ……もし自殺なんてしたら地獄に落とす! じゃあね~、行ってらっしゃい!」
自分の都合ばかりを棚に上げ、真面目に職務を全うする気は無いらしい。サラッと恐ろしい事を言い放った。
そして、彼女が軽くパチンと打ち鳴らす。その瞬間、慌てて女神に詰め寄る天使さんの姿を最後に、俺の視界が閉ざされた。
………
……
…
「お仕事、終了~! 今日は楽しむわよ~♪」
人の人生を決めた事よりも、その後、自分の予定に夢を馳せる女神は、情けない表情を浮かべて伸びをしていた。
その姿を見るや、傍らの天使は堰をきったように捲し立てる。
「ソフィア様、今のは酷すぎます! いくら最後の人だからって―――!」
「いーの良いの! 貴女さえ黙っていれば。どうせ、あの人間は此処の記憶なんて無いから……って、あれ?」
天使の言葉さえも真面目に聞かない女神。適当に言い訳をして、それで終わらせようなどと考えていたのだろうか。
そんな彼女の視線がある一点を見つめ、止まった。
その異変に、天使も女神のその視線の先を見つめる。
……その光景を前に、彼女は無言になった。
それは、まさかの事態である。
彼女は自らの後悔と、受け入れ難い現実に、涙を浮かべて、その場から駆け出した。
「ん、あれ? 此処は…?」
「えっ、あの、貴方は誰?」
さっきまでの受かれた様子もなく、青ざめた表情で女神は聞いた。
「俺の事を知らない? …いやいや、マジで? 俺こそあの有名な『禍神狩り』の英雄、シオン様だぜ!」
男は自らを英雄と名乗り、そして、さっきまでいた男と同じ名前を口にした。その上とても英雄とは思えない、下品な笑い声を上げる。
そして、何処か満足したように笑うのを止めると、女神を見上げる。自分を見て呆気にとられる女神を嘗めまわすように眺めると、ニヤリとして階段に足を掛けた。
……ゾクリと体を走る気持ち悪さに、女神は確信する。
(…ヤバいヤバいヤバい! ガチだ! これ間違えた~っ!嫌ぁ、こっちが本物だったぁ……)
そんな女神の心情など露知らず、男はついに、女神の前にたどり着く。そして、その欲望を剥き出しに女神の肩をグイッと抱き寄せた。
「きゃっ!」
「へぇ~? やっぱり、可愛い声だ…」
全くの予想外な展開に、女神は不意を突かれてしまった。
その短い悲鳴に、男はより歪んだ表情を浮かべて切り出した。
「どうよ? 英雄の女になる気はねぇか? お前の事を満足させれるのは俺だけだぜ?」
饒舌な男は更に言葉を並べ、女神を抱く手に力を込める。
「…まぁ、胸が無いのはもの足りねえけどよ、例えあの国の姫様や、女神様が来てもお前を一番に愛してやるから安心しな!」
次の瞬間、唇を奪おうとする男。
……だが、突然にその動きは止まった。
「真の英雄は我が身を語らず、驕らず、それすら知らずに旅立った……。なのに、お前は…!」
堪り兼ねた怒りに体を震わせ、女神はその手高く振り上げた。
「地獄さえも生温いっ! 英雄を騙り、真の英雄を貶めただけでなく、私が気にしてる事を言ってしまった己の罪!今、此処に断罪するっ!」
神の速さで振り下ろされた、その女神の手が男を一瞬で消し飛ばした。
「2度と生まれてくるな! ゲスめがっ!」
そしてため息をつくと、女神は椅子に力無く座るのだった。
「……もう、どうしよう~?! こ、これ、まだ間に合うのかしら……?」
頭を抱えて嘆く女神は、何も無い空間に呟いた。
だが、それに答えれる者はこの場には誰一人として居ない……。