200、落としもの
「ギギィギャアアアアァァァアアアア!」
カカザンの悲鳴が響く。一方カムイは地面に頭から突っ込んだためか、意識が朦朧としているようだ。左前脚も使えないためだろう、やけにふらついている。
ふらふらとカカザンから数メイルの距離を取る。それでも、襲いかからんと低く構えるカムイ。
カカザンも出血が止まったらしくすでに落ち着きを取り戻した。落ちた左腕には目もくれずカムイを睨みつけている。
「ガウァァ……」
「キキィィ……」
互いが互いの言葉を理解できているのかは分からない。だが、二匹とも牙を剥き出しにして凶々しい笑みを浮かべている。
『ガウオォォォ!』
『キキィガァァ!』
魔声の撃ち合い。奇しくも同じタイミングだ。
余波に吹き飛ばされるカカザン。魔声の威力ではカムイの方が上回るようだ。そのまま追撃にうつるカムイ。地を這うように白線が走りカカザンを下から攻めたてる。
空中戦は慣れていないのだろうカカザンは防戦一方だ。カムイはカムイでカカザンを地に落とさないよう頭突きと蹴り上げを駆使している。だが、いくら空中で向きを変えられるカムイといえど、いつまでも宙に留まり続けられるわけではない。カースのように自在に『浮身』を使えるわけではないのだから。
「ギィガァ!」
空中で反転し、右腕の爪を突き立ててくるカカザン。左前脚が使えないため防御もできず、カムイの左肩に突き刺さる。
「キキキァ!」
そのままカムイを引き寄せ大口を開く。頭を丸ごと噛み砕くつもりか。
「ガウッガァ!」
だが、カムイの後脚が宙を蹴る。さらに加速する。カカザンが自分の頭を齧る、それより早く喉元に噛みついた。
下を向けないカカザン。右手の爪をより深くカムイの肩へと押し込む。肩ごと左前脚を引きちぎるつもりだろうか。
その態勢のまま、両者は地面に落ちた。カムイが下、カカザンが上である。それでも両者に変化はない。
カムイは決して離すまいと顎に力を込める。ドラゴンの皮膚すら斬り裂く牙がカカザンの首を攻めたてる。
カカザンもお構いなし。カムイを離すどころか決して逃がさんとばかりに、さらに力を込めて爪を押し込んでいく。すでに指まで全て埋まっている。その向き、その先にあるのは……カムイの心臓だ。
「ギ……ギィ……」
「…………ゥ」
どちらも引かない。お互いがお互いの命を握っている。
もしもカムイがこの状態から魔声を放てばカカザンの体に直接効果を及ぼし、あっさりと勝ちが決まるのだろうか? 無理だ。顎の力を一瞬でも緩めたなら、カカザンは息を吹きかえし心臓まで貫かれるだろう。
カカザンはカカザンで一気に心臓まで腕を突き入れたいが、喉を噛まれているため呼吸もままならない。今の全力を尽くすだけで精一杯だ。カムイが自分の喉を噛み砕く前に、カムイの心臓を貫くように。
呼吸ができないのはカムイも同様だ。鼻から息を吸う余裕すらない。わずかでも気を緩めたなら、カカザンは一瞬で反撃してくるだろう。このまま押し切るしかない。
ここからは我慢比べ、意地の張り合いとなる。
どちらも呼吸できないのは同じ。直前まで激しい動きをしていたカムイの息が尽きるのが先か。喉から再び多量の出血が始まったカカザンの命が尽きるのが先か。
勝ったのは、カムイだった。
決め手はカムイの右前脚、その爪であった。やったことは単純だ。カカザンの頭に爪を立て、左肩に向けて引いたこと。ただそれだけだ。全神経を顎に集中しているカムイであるから、右前脚に大した力は割けない。それでも、ほんのわずかでもカカザンの頭を傾けると何が起こったのか?
首からの出血が激しくなったのである。
つまり、両者のバランスは崩れた。左腕を失ったためにカムイの右前脚を防げなかったことも敗因と言えるだろう。
一度バランスが崩れると、後は一気だった。カムイの牙はより深く食い込む。カカザンの力はその分だけ抜けていく。
そして、二分と経たないうちに、カカザンの首が、落ちた。




