258、ガストンの暗躍
『こちらにおわすはセーラム領主ベゼル男爵である! アレクサンドル公爵閣下に御目通りを願う! 至急取り次いでいただきたい!』
ちょっとアレクの言い方を意識してみた。時には建前も大事だからね。
「貴様っ! 領都を破壊した魔王であろう!」
「とうとうここまで来おったか!」
「生きて帰れると思うなよ!」
うわぁ、殺気立ってる。私の口上は無視か?
『ベゼル男爵に向かってその無礼! 宣戦布告と見做す! ならば是非もなし! 存分にお相手いたす! 来るがいい!』
ちょっとカッコつけちゃった。上級貴族オーラは……出てないだろうなぁ。
バリスタに投石機、他にも見慣れない大型の兵器が慌ただしくこちらを向く。だが、そんなオモチャで私の防御が抜けると思うなよ? 見た感じ危険そうなのもいくつか見えるけど。
何だあれ? 二つの円盤が高速で回転している。その間に丸い球体を落とすと……『氷壁』なるほどね。
目にも止まらぬ礫が飛んでくるわけね。さっき遠くから飛んできたのもこれか……発射場所が見えていれば防げるが、見えない所から狙撃されると危ないな。まあ本当に危ない時はコーちゃんがこっそり教えてくれるから大丈夫だろうけどさ。
「次だ! 次々と撃てぇ!」
「魔王の足が止まっているぞぉ!」
「魔法部隊も呼べぇ! 総攻撃だあ!」
正面からは高速の石礫。上からはバラけた岩石や岩の塊。その間を縫うように矢の雨が襲ってくる。全く効かないけどね。
『燎原の火』
いくら距離が数百メイル離れていようが、見えていれば射程内なんだよ。おまけにこの周辺にある建物は全て貴族の邸宅だろうからな。まったく遠慮しなくていいってわけだ。
集まった騎士に大型の兵器、おまけに城壁まで……全て燃やしてやるよ。
『逆巻く激流』
おっ、やるじゃん。水の上級魔法か。さすがに全部は無理だが私の火を一部だけ消してしまうとは。まだそんな凄腕が残ってたのか?
『待たれいカース殿! これ以上争っても無駄だ!』
また出たモーガン。ついさっき別行動したばっかりなのに。拡声まで使っちゃって。
『アレクサンドリアの騎士達もだ! 魔王殿への攻撃をやめよ! 貴殿らに勝ち目はない!』
無慈悲なことを言うなぁ。
「誰だ! 名乗れ!」
『我が名はモーガン! フランティア騎士団魔法部隊顧問ウル・ド・モーガンと申す者! 羲によって仲裁仕る!』
「フランティアの……顧問モーガン……」
「確か元宮廷魔導士で……」
「密射モーガンか?」
へー。モーガンじいちゃんも名前売れてるのね。やるじゃん。
『そちらにおわすは騎士長殿とお見受けした! 出てきてはくれぬか? カース殿もだ! 少し話がしたい!』
ほう。騎士長がいるのか。それなら話すのも悪くないだろう。
「おじい様も来てくださいね。」
「おおよ!」
騎士長らしき男が人垣を割って現れる。それを見守る者、追随する者、それから救助に奔走する者。かなりの広範囲を焼き払ってやったからね。鎧ごと焼けた者もかなりいるだろうさ。
「貴様が魔王か……よくもここまでやってくれたな!」
「待たれい騎士長殿。まずはこの老骨の話を聞いて欲しい。」
私はどっちでもいい。
「まずはカース殿に悪い知らせだ。ガストンを取り逃した。もうすでにアレクサンドリアにいないらしい。」
「あらら、そうですか。」
それって別に私に関係ないぞ。
「そして騎士長殿。ガストンめが蓄財した金額は白金貨にして百枚をゆうに超えるそうだの?」
「知らん! あのような外道がすることなど我は関知せぬ!」
それ知ってるって言ってるようなもんじゃん。
「そしてベゼル男爵よ。現在アレクサンドル公爵はここにおらん。おそらくだが王都に行っておられるのだ。そうだろう騎士長殿?」
「はあぁ!? 今の時期に王都だあ!? そんなわけあるかあ!」
もし今が一月なら何年かに一度の総登城って場合もあるよね。でも今の時期に王都に行くのは変と言えば変か。
「くっ……そこまで知られているのか。そうだ。閣下は現在お忍びで王都に行っておられる……」
あっさり認めるのね。もしかして騎士長なのに駆け引きできないタイプ?
「その用件は?」
「そ、それは言えぬ……」
知らないとか言えばいいのに。正直者か。
「当ててみせよう。ガストンが関わっておるのだろう。ガストンに食いものにされておるようだの。建国以来の名門アレクサンドル公爵家がの。誰にも言えなくて当然だろうとも。」
「ど、どうしてそれを!?」
モーガンたら本当にあれこれ調べたのね。優秀だね。そして騎士長は正直すぎる。
「そもそもこの度の一連の出来事には不審な点が多すぎる。アレクサンドル公爵家ともあろう名門貴族が贋金作りなどという危険極まりない悪事を働くとは到底思えなくての。カース殿がこうして暴れたことはかえって幸運だったやも知れぬぞ?」
そうなの?
「そ、それはどういうことだ?」
「先ほど言ったであろう? ガストンが逃げたと。あの男が厄介な点は腕が立つことだけではなくての。危険を察知する嗅覚こそが彼奴を生きながらえさせた要因と見ておる。カース殿が暴れたことを知ったガストンは一目散に逃げ去ったらしい。昨日まではそれなりに目撃されていたあの男がだ。」
「確かに今日は見ていない……あの外道は公爵家ですら我が物顔で歩いているのに……」
「ワシあ今日の昼にギルドで会ったぞお! あっさりやられちまったけどなあ……」
そうなの? 話がよく分からなくなってきたな……
「おおかたガストンめは公爵家の弱みを握っておったのだろう? それで好き放題やっていた。ご当主のアルメネスト様が王都に行っておられるのも事態を収集するための一手だと見たが、如何に?」
「くっ…………」
図星かよ。どんな弱み握られてるってんだ。
「これからも時間をかけてアレクサンドル領をしゃぶり尽くす予定だったのだろうが、カース殿が現れた。彼奴としては焦っただろうさ。何せカース殿に弱みなどない上に直接戦って勝ち目もない。アレクサンドル騎士団が勝てるとも思わなかったのだろう。さっさと逃げたと見える。奪われた金子は莫大だが、これからもっと吸い上げられるはずだったことを思えばまだ幸甚と言えるのではないか?」
「そ、それは……」
「しかも万が一、贋金の件が国王陛下に知られてしまえば……よくてお取り潰し、悪くすれば焼き払われることすらあり得ると思わぬか?」
「た、確かに……」
「カース殿が暴れた原因も分かっておろう? 貴殿らがベゼル男爵を冷遇したからだ。確かにアルメネスト様がいらっしゃらない事情は分かる。だが、これまでアレクサンドル公爵領のために身を粉にして忠義を尽くしてきたベゼル男爵への対応としては間違っていたとは思わぬか? その上拘束されたとあっては身内思いのカース殿が怒るのは当然だろうて。」
そうそう。その通り。
「だっ、だが! これは明らかにやり過ぎでは……」
「おい騎士長。立ち話も悪くないが茶ぐらい出せよ。後ろに暇そうなのがいるだろ?」
「貴様ぁ!」
「黙っておれば調子に乗っ『風斬』てげっ!?」
モーガンの邪魔をする気はない。単にここはプレッシャーをかけておく場面だと思っただけだ。殺してないしね。
「早くしろ。椅子とテーブルも持ってこいよ?」
「くっ……行け。ついでにあの酒も持ってこい……」
おっ、騎士長も折れたか? あの酒ってのが気になるね。毒酒だったら笑うけど。
それにしてもさぁ、どうなってんだこれ? もしかしてガストン一人に引っかき回されてんの?




