112、メイヨール卿の親切
あ、ふと気になった。
「ラグナって身分証あるのか?」
領都を出発する時って顔パスっぽかった気がするが。
「ああ、あるよぉ。ほれぇ。なんとフランティア家直属の騎士爵様さぁ。ダミアンがくれるって言うから貰っちまった。アタシが騎士たぁ何の因果なのかねぇ。」
「ダミアン正気かよ……」
ラグナが騎士って……無茶しすぎだろ……騎士の誓いとか絶対やってないよな。兄貴あたりから攻撃される絶好の口実じゃん。まあ、私が心配することじゃないけどさ。
「まぁさー、アタシってダミアンの護衛みたいなとこあるし? 騎士でなければ同行できない場所もあるからねぇ。正しい判断なんだろうさぁ?」
「言われてみればな。まあダミアンがいいんならいいんじゃないの?」
一度闇ギルドに関わった者は二度と表には出れないのが常識なんだけどね。ダミアンに常識は関係ないか。三男のくせに広大な辺境伯領の跡目を獲ろうとしてるぐらいだしな。
おっと、お喋りしてたらもう着いた。二十分もかかってない。懐かしきクタナツ。
北門前に着地。朝早くってわけでもないし、あまり混んでない。
もっとも、混んでても関係ないけどね。アレクがいるからすいすい通れるぜ。
「おや? カース君じゃないか。久々に帰ってきたと思ったらまた姿が見えなかったね。君も落ち着かないね。」
「あ、おじさん。山岳地帯に行ってました。これお土産です。皆さんでどうぞ。」
スティード君パパだ。魔物を適当にプレゼント。それにしても呼びもしないのに出会うとは珍しいね。
「はは……山岳地帯かい。カース君らしいね。おや? そちらの女性は初めて見るね。一応身分証を見せてもらっていいかな?」
貴族が連れてる人間は普通はスルーだ。平の騎士では調べることなどできないし、人数が多いのが常だからな。代わりにその人間が何かをやらかしたら、主人が全責任をとるのも普通だな。
「ほらよぉ。」
「ほう? フランティア家の騎士でしたか。その細腕でやりますな。カース君と一緒にいるところを見ると、ダミアン様の関係かな?」
「あぁ? 剣ってなぁ腕の太さで振るもんじゃねぇのさぁ。てめぇこそボスに向かってカース君だぁ? 口の利き方に気ぃつけなぁ?」
とりあえず頭を殴っておく。
「痛ったぁー。何するんだぁい!」
「おじさんごめんなさいね。こいつバカだから。ちなみにダミアンの護衛だよ。」
「はっはっは。今を時めく魔王様に君はなかったかな? 今後は改めるとしよう。」
「いやいやいや! やめてくださいよ。カース君でもカースちゃんでも好きに呼んでくださいよ。」
スティード君ママは私をカースちゃんと呼ぶ数少ない存在だ。今や貴重なんじゃないかな。うちの母上もスティードちゃんって呼ぶからおあいこかな。
「はっはっは。冗談だよ。うんうん。確かに剣に腕の太さは関係ないよね。それより君、ラグナさんだったかな。もう少し正統派の剣を学んだ方がいいな。『勝てばいい』が通用するのは相手が格下の時だけだよ?」
「あぁ!? アタシのこと知ってんのかぁい?」
「まあね。それに体を見れば分かるよ。視線、重心、血の匂い。斬ることしか考えてない闇ギルドらしい剣法の使い手だね。それも、そこそこ腕が立つようだ。」
おお、さすがスティード君パパ。眼力が半端ないね。
「上等だよぉ。そこまで言うんなら正統派の剣とやらを教えてくれるんだろぉねぇ?」
ラグナってチョロいよなぁ。でもこれはいい機会だよな。どうも最近のラグナって調子に乗ってる気がするし。
「おじさん。殺さないでくださいね。」
「もちろんだとも。」
「ちょっとボスぅ……そりゃないよぉ。そんなにアタシのことぉ弱いと思ってんのかぁい?」
スティード君パパだぞ? 若くして王国一になったスティード君のパパだぞ?
「この人、クタナツ北門の守護神とか呼ばれてるんだぞ? 王国最強って言われるクタナツ騎士団の中でも上から数えた方が早い猛者だし。まあ、がんばれ。」
「はっはっは。そう持ち上げないでくれ。結局アランに勝ったことはないんだから。確かに今や私より強い者は騎士長を始め、そう何人もいないことは確かかな。ではラグナさん。始めようか。」
少し城壁内に入った辺り。通行人は少ないがゼロではない。クタナツ騎士が人前で負ける姿を晒したらクビでは済まない。おじさんに何の得もないのに、なぜわざわざ?
「四つ斬りラグナを舐めんじゃねええええ!」
げっ、ラグナの奴……さっきの血を拭ってないのかよ。剣が傷むぞ……
「うん。素晴らしい。君はクタナツ騎士団に入っても通用する腕の持ち主だ。だから私も少し厳しめに助言をしたいと思う。」
「うぜえんだよぉぉおおおお!」
バカ……そんな無茶苦茶やってもだめだって。相手が雑魚なら五、六人まとめて殺せそうな斬撃だけどさ。あ、ほら。すっと下がっただけで全部躱されてるじゃん。おじさんもすげぇな。
「はいそこ。」
おほっ。ラグナの腋の下あたりが少し切れてる。服だけが。
「君がそうやって絶え間のない斬撃を繰り出すのは素晴らしい。だがそれを永遠に続けるのは無理だろう? だからそうやって隙ができるんだよ。」
「くっ……殺す殺す殺す! ぶち殺してやんよぉおおおお!」
おっ、ラグナが意外と……
「うん。よくなった。そうやって激昂したと見せかけてその実、剣撃は小刻みになっているね。やはり君は闇ギルドごときで収まる器じゃないね。」
「うっるせぇんだよぉ! ニコニコ商会舐めんじゃねぇよ! そんなに騎士が偉ぇのかよぉおおおお!」
「うんうん。いいよいいよ。言葉は荒くなっても剣はどんどん研ぎ澄まされていくね。それよりニコニコ商会の名を出したね。その昔、クタナツを荒らしてくれたこと……忘れちゃいないよ?」
あ……鴉金のシンバリーだっけ? あいつのせいでサンドラちゃん一家は離散しちゃったんだもんな。クタナツにも甚大な被害が出たし。
「末端のことなんざぁ知るもんかぁい! 勝負の途中にごちゃごちゃ言ってんじゃないよぉ!」
「おっと、そうだったね。済んだことを蒸し返すのはクタナツ男らしくない。それより助言をあげよう。騎士が相手なら足元への攻撃は有効だと思っているなら半分ほど間違っている。クタナツ騎士に足元がお留守な者など一人もいない。」
そういえばスティード君も槍で足元を狙われても、逆にその槍を踏んで封じてたもんな。
「知るかぁボケぇえええええぁぁあ!」
さらに激しくなってる。縦横無尽に、がむしゃらに剣を振り回している。あれに巻き込まれたら四つ斬りどころかミンチになりかねない。だが狙いは別っぽいな。やけくそと見せかけて腰をしっかり落としてやや内股気味。じりじりと近寄っていくし。
ラグナのくせに生意気に冷静だな。言行不一致じゃん。うーん、面白くなってきた。




