105、草原の街ソルサリエ
クタナツに限らず、真っ当な城壁に囲まれた街は日没とともに城門が閉まる。すると、一切の出入りが禁止となるんだよな。隠形なんかを使って空から入ってもいいんだが、敢えてご定法を破ることもあるまい。
というわけでやって来たのはクタナツから北におよそ百キロル。楽園からだと南西に……距離は分からんが草原の街ソルサリエだ。ここにはしょぼい城壁しかないし城門だってまともに動いてないから日没後も入れると思ったんだが……
話が違うじゃないか……いつの間にこんな立派な城壁ができたんだよ……
そりゃあクタナツ並みとはいかないけどさ……高さ五メイルはある。大物さえ来なけりゃ充分防衛できそうじゃん。
仕方ない。夜営するかな。今からバランタウンに行くのも面倒だし。布団もテントも何もないけど、まあどうにでもなるし。
「おらぁさっさと開けるんだよぉ! クタナツの魔王様が来てくださってんだからよぉ!」
「ばか、ラグナやめろって。」
そんなに城門をガンガン叩くなって。
「はぁ? 何でさぁ。ボスほどの男が来てんだよぉ? どうかお泊まりくださいって頭ぁ下げんのが筋ってもんじゃないのかぁい?」
んなわけあるかい!
「すまん! 今のは何でもない! 酔っ払いの戯言だ!」
あっち側に聴こえていればいいが。
「ボスがそう言うんならしゃあないけどさぁ……お嬢をこんな所で寝かせる気かぁい?」
「あら? 私はカースと一緒ならどこでも平気よ? 住めば王都、隣に良人、夢はカースの腕枕って言うじゃない。」
言わないよ。言わないけど、アレクの口から出たんだから金言間違いなしだね。
「言うわきゃねぇさぁ……ったく。で、ボスぅ。こんな草ボーボーんとこで野宿すんだねぇ?」
『火球』
直径にして十メイルほど焼き払う。城壁からはそこそこ離れたし別に構わんよな。
「なっ!? 何やってんだぁ! 魔物が来んだろがぁ!」
おっと、ようやく城壁上から声がかかった。
「気にするな。こっちで全て引き受けるから。」
「ふざけんなぁ! こんな夜にそんなでけぇ魔法使うざなんざどこの素人だぁ! てめぇらが全滅すんなぁ勝手だが俺らん仕事増やすんじゃねぇよ!」
でけぇ魔法使えるなら素人なわけないだろ……
「だぁれに口ぃきいてんだいこのどサンピンがぁ! こちらのお方をどなたとお思いだい! クタナツの魔王こと「だからやめろって。」とおぉっ!?」
軽く風弾デコピン。
「魔物のことは心配しなくていい。俺はカース・マーティン。こっちはアレクサンドリーネ・ド・アレクサンドル。だから放っておいてくれていい。」
「あぁー!? カースマー……魔王!?」
やっと気付いたか。まあ周囲は暗いし顔が見えるわけでもないからね。なんせ背後が派手に燃えてるから。
「だから気にするな。騒がせたのは悪かった。詫び代わりだ。明日出る前にもう少し広範囲の草を焼いとくわ。」
懐かしいなぁ。思えば私が幼少期にグリードグラス草原を焼いたことから時代が動き出したんだよなぁ。自分で言うのも変だが、その通りだもんなぁ。あれがなきゃバランタウンもソルサリエも出来てなかったのかな。それとも、もっと遅くなってたのかなぁ。
「お、おお……わ、分かった……」
城壁上で警備をしているのは騎士ではないな。冒険者だろうか。一時期はここにクタナツ代官も詰めていたと聞いているが、今はもう違うのかな?
「では、気を取り直して肉を焼くぞ。」
どんど焼きより大きな炎をキャンプファイヤー代わりに。火に照らされたアレクも魅力的だぜ。顔の陰影がはっきり出てさ。芸術的ですらあるね。
「も、もうカースったら。そんなに見ないでよ……」
「あははごめんごめん。ついつい見惚れちゃってさ。」
「ボスぅ? 肉焼くんじゃなかったのかぁい? アタシ腹ぁへったんだけどぉ? あーあ、やってらんないねぇ!」
「文句あんなら自分で焼くか?」
ラグナのくせに生意気言いやがって。
「冗談に決まってんじゃないかぁ。アタシがボスに逆らうわけないだろぉ? いよっ魔王様! 王国一のいい男ぉ!」
「分かってるじゃない。はいラグナ。これ飲んでいいわよ。」
酒かな? 私を褒めるとアレクが喜ぶ。どこかで見た図だね。
「おおっとお嬢も! ローランド一のいい女ぁ! きっと国に二人といない花嫁んなるよぉ!」
絶対佳人か。いや、絶対可憐かな。
「おいラグナ、これも飲んでいいぞ。肉はすぐ焼けるから待ってろよ。」
ラグナの奴よく分かってるじゃないか。アレクを褒めれば私が喜ぶ。
「おおっととぉ、悪いねぇボスぅ。ふうぅ……いい酒だねぇ。シャンパイン・スペチアーレにも負けてないねぇ……」
精霊の味がするヒイズルの純米酒。私も大好き。大事に飲んではいるけど、もう半分ぐらいなくなったかなぁ。たっぷり買っておいたのに。
ふぅむ、肉と酒。野菜が足りないが今日のところはワイルドにいこうではないか。
あれ、今の音は? おっ、城門が開いてる……マジで?




