103、国王は辛いよ
楽園から西へ、のんびり飛んで一時間。ノルドフロンテへ到着。距離にして四百キロルってとこかな。
前回来てから一ヶ月ぐらいか。たったそれだけなのに色々あったよなぁ。ノルドフロンテの外観は変化なしか。
城壁上に見張りが三人もいる。前回は一人だったのに。
「やあこんにちは。元気にしてた?」
「ま、魔王さん。よ、ようこそ。き、今日は何事ですか……」
「いや、楽園からの帰りにちょっと寄ってみただけ。先王様に報告があると言えばあるかな。今日はどこにおられる?」
「以前と同じ場所で石切りをされておいでです」
「分かった。ありがとね。」
それにしても、元国王が汗水流して働くなんてすごいよなぁ。確かに石切りは簡単じゃないけどさ。
いた。前回来た時より明らかに岩山が低くなってるじゃん。
「こんにちは先王様。お元気そうで何よりです。」
「お久しぶりでございます。」
「ピュイピュイ」
「ガウガウ」
「おお! お前達か! 今回は全員なのだな! よし、少し早いが昼にするか!」
先王が号令をかけると全員が作業をやめて広い場所へと移動を始めた。私達も行こう。
「それでカースよ。先日の件はどうなった? 律儀にも報告に来おったのだろう?」
さすがにお見通しか。ただし律儀ってよりは直前で思い出しただけのことだけどさ。
「色々ありましたよ。あれからですね…………」
ヒイズルの政変を話す。色々あったもんなぁ。
「ほう……クレナウッドめ。自ら攻め込んだか。そしてあの事件にヒイズルが関与しておったとはな。余も怪しいとは思っておったが証拠が掴めなくての。」
「詳しくは聞いてませんが陛下は証拠があるみたいなことは言われてました。だから攻めたんでしょうね。」
ヒイズルからすると、とんだ藪蛇だよな。むしろ藪をつついたらドラゴンだもんな。ジュダなんかを王にしたばっかりに二百年ほど維持していた独立が破られた。
ジュダはジュダで戦いようによっては国王のドラゴン、ヘルムートにだって勝てるだろうに。小細工や人心を操ることばっかやってるから私にも負けるんだよ。ざまぁ。
「よくやったものだ。意図したにせよ、してなかったにせよ。」
「あっさり制圧してましたよ。上空を覆い尽くすようなドラゴンに睨まれたら終わりですよね。」
「違う。余が言ったのはカース、そなたのことだ。そなたがヒイズルで力を示しておらねば、如何にクレナウッドが力を見せようともそう簡単には事が進まなかったはずだ。そなたがローランドの力を見せ、あちらの戦力を削いだからこそあっさりと終わったに違いない。どこまでも大した男よ。そうだろうアレクサンドリーネ?」
「おっしゃる通りでございます。クレナウッド陛下の覇業に花を添えたカースは王国一の忠臣と言って過言ではないかと。」
アレクったら……相手が王族でも堂々と。しかも忠臣ときたもんだ。私に似合わない言葉だよなぁ。
「余もそう思う。そなたならば南の大陸の問題も解決できるのではないか?」
え……何それ……
「何か問題でもあるんですか?」
コーヒーやケイダスコットン、コーちゃんの大好きな白いお薬の産地として有名な南の大陸だが……
「宮廷魔導士があちらに駐在しているのは知っておるか?」
「ええ、だからクレナウッド陛下もヒイズル攻めの前に南の大陸に寄って戦力を補充したとか。」
「自国でもないあの地に貴重な宮廷魔導士が駐在している理由があるのだ。」
そりゃそうだろうけどさ。でも、あれれ?
「あそこってローランド王国の植民地じゃないんですか? だから警備か何かの目的で宮廷魔導士がいるんじゃ?」
「確かに一部、ヤリマダ半島の西部はそうだ。だが半島の中央と東部は違う。それはな…………」
ふむふむ。先王の説明によると、ヤリマダ半島とやらには先住民がいるのね。そりゃあいるわな。
で、西側はローランド王国の植民地というよりはすでに領土となっているのね。自国じゃん。
その昔流れ着いたローランド人がひっそりと生活していただけだったものが、抑圧や排斥に反抗しているうちに西側をゲットしてしまったと。説明がざっくりし過ぎな気もするが、そこはまあ本題じゃないし。
で、横を向いた鳥の頭のようなヤリマダ半島のうち、クチバシにあたる西部を支配してしまった漂流者はそれ以上の戦乱を望まず、どうにかならないかと本国に助けを求めたわけね。生活も安定したから大きな船を造る余裕ができたこともあったと。
その結果、ローランド王国の直轄地として今日に至るってわけか。
流れ着いたのがだいたい百年前。ローランド王国の直轄地となったのが約七十年前。それからずっと東側とは小競り合いしつつも貿易を続けてるわけね。そりゃ安定するわけないわな。コーヒーやケイダスコットンがバカ高いのも納得だわ。
「全面戦争ともなれば余もクレナウッドも全力で叩き潰してやるのだがな。あちらもそれは望んでおらんのだろう。そもそもまとまりのない奴らだしな。」
ふむふむ。一つの国ってわけではなくて部族単位なのね。部族ごとに貿易したり小競り合いしたり……くっそ面倒そうじゃん……
いっそ全滅させてしまえば……と誰もが考えるのにやらなかった理由は、やっぱコーヒーとかなのね。
下手に手を出してコーヒーやケイダスコットンを栽培できる者がいなくなったら本末転倒だもんな。
「とまあ南の大陸はいびつなことになっておるわけだ。余の代では何もできなかったがな。せいぜい諜報部隊を大幅に送り込んだぐらいだ。闇ギルドもよくやるだろう? 『草』というやつだ。」
ん? 諜報部隊?
「王都にも諜報部隊っていたんですね。知りませんでした。ちなみに大幅って何人ぐらいなんですか?」
そりゃいるよな。考えたこともなかったけど、普通いるよな。
「そこは内緒だ。ただ、いい加減下らない小競り合いなんぞは終わりにしたくてな。ほとんどの者を従事させた。まさかその隙に王都であのような大事件が起こるとは想像もしてなかったがな……」
大事件……?
「あ! もしかして王都の動乱ですか!? あれが防げなかったのって諜報部隊がいなかったからってことですか!?」
「全くいなかったわけではないのだがな。経験豊富な者から優先して南の大陸に送ったからな。王都が手薄になったことは否めん。その結果があの様ときてはな……余は国王失格よ。ならば退位する他あるまい?」
あらぁ……
そりゃまあ……何万人も死んだもんなぁ……
「そうだったんですね。」
表向きは魔境に街を作るために退位したとか言ってたくせに。責任感じてたのね。でも王都民の前でそんな弱気を見せるわけにもいかないもんだから。うーん、国王は辛いね。




