101、城壁の上のディスタンス
冒険者たちが倒れたり引き上げたりで広場に残っているのは十人足らずになった頃。ついにアレクが舞い降りた。しかもドレスで!? こんな夜中に真っ赤なドレス! 胸元にはアルテミスの首飾りまで!?
「待たせたわねカース。すっごくいい夢を見てたわ。きっとカースのおかげね。」
「それはよかったよ。今夜も綺麗だね。最高。あ、何か食べる?」
「ううん、それより踊りたい気分なの。そこのあなた達、歌いなさい。カース、踊るわよ。来て。」
「いいね! 朝まで踊ろう。」
「おっしゃあ! 氷の女神の頼みなら嫌たぁ言えねぇぜ!」
「おおっし! そんじゃ歌うぜ! ドレスアップ女神にかんぱーい!」
数人の冒険者の粗野な歌声が響く。何て言ってるのかもよく分からない。とりあえず歌であることに違いはないかな。そこらのテーブルを叩く者もいる。意外といいリズムじゃん。ゆったりとしたボサノバって感じ?
「あのね、夢の中でカースったら言うのよ。アレク、君はこの世の何よりも美しいって。」
「はは、それ当たり前だね。ただの事実じゃん。」
「だから嬉しくなって。こんな時間なのに私ったら舞い上がっちゃって。」
「だから空から舞い降りてきたんだね。危うくスカートの中身があいつらにまで見えるところだったよ? 靴も履いてないし。」
リズムに身を任せ、ゆったりと踊る。いや、ただ揺れてるだけと言った方が近いかな。静かな夜に変な歌、軽快なリズム。ありだな。
「あはははっ! カースったら。素敵な諧謔ね! 違うわよ。ただカースに早く抱き着きたくて飛んできただけ。それに靴は忘れたわけじゃないわ。今夜の私には裸足の方が似合うと思っただけ。」
おお……ゴージャスなドレスに超高価な首飾り。おまけに耳周りでも小さな宝石が光ってる。それなのに敢えて裸足を選ぶなんて……やっぱアレクはセンスが違うね。これ王都のパーティーでやったら裸足が流行っちゃうよね。靴屋が困るハメになる、のか?
「間違いないね。なら足が痛くならないうちにやめようね。」
「嫌よ。今夜は朝まで踊るの。だめ?」
「だめなわけないよ。とことん踊ろうね!」
「おう魔王ぉ! 酒が足んねぇぞ! 歌ってやんねぇぞぉ!?」
「おらおらぁ! 酒だ酒だぁ!」
まったくもう。こいつらみたいな粗野な声でもあると楽しいもんな。
「ほらよ! 一気に飲むんじゃねーぞ!」
とりあえずアラキ酒を出しておく。
「よっしゃあ! 次行くぜぇ!」
「次ぁ剣鬼の歌いくかぁ!?」
どうせなら私の歌にしてくれよ。吟遊詩人ノアが作曲した魔王の歌をさ。
歌がなくなり、テーブルを叩く音もなくなった。春ではあるけど夜中はまだまだ肌寒い。そんな野外に地面で寝ると、普通は死んでしまう。こいつらは装備がいいから関係ないよね。温度調節ぐらい付いてるはずだ。
『浮身』
『水壁』
でも一応温水ウォーターベッドに寝かせておいてやる。歌ってくれた礼ってことで。
「アレク、場所を変えようか。」
「いいわよ。どこ?」
『浮身』
「ここ。誰も見てないね。いや、星と神々は見てるかな?」
「静かね。夜の魔境は不快な音でうるさいぐらいなのに。」
南側、城壁の上。ここなら比較的足の裏に優しいし。私も裸足になった。岩の冷たさが沁みるね。
私達から足音が消えると、衣ずれの音だけが響く。アレクのドレスからは高級感を思わせるさらさらと高い音。
私の着流しからはふわぶわと風に乗る音。軽さが目に浮かぶようだ。
頬が触れるほど顔を寄せなければアレクの表情が見えない。柵などない高さ十五メイルの城壁で闇夜のダンス。正気じゃないね。でも、いい気分なんだよな。
花火の魔法でビートを刻んでもいいけど、今は野暮だな。このまま静かにアレクと揺れていたい。
あ、どうせなら!
『浮身』
「え? また場所を変えるの?」
「うん。といっても東側に行くだけだよ。」
城壁の周囲はどこも小山に囲まれており、昼でも眺めはあまりよくない。ましてや夜中だ。どこに行こうとも景色に変化などない。
「さあ、踊ろう。」
「うん。離さないでね?」
「当たり前だよ。」
どういうわけか今日は二人きりの夜を思いっきり満喫したい気分なんだよな。それも、とびきりムーディーにさ。春だけどそんな気分になることだってあるだろうさ。
真っ赤なドレス。黄金の髪。雪のように白い肌。見えなくたって目に浮かんでくる。はっきりと。
「アレクは綺麗だよ。ドレスを着ていても、着ていなくても。髪が長くても短くても。ドラゴンブーツを履いていても裸足でも。最高の女性だよ。」
「ありがとう。カースだって。いつもの魔王スタイルでもヒイズルの服装でも。人混みに紛れたら分からないって言う者もいるけど、私なら一瞬で分かるわ。私にはカースしか見えてないし、魔力を感知できなくたってカースは輝いているもの。」
照れるな……
「ありがとね。アレク、大好きだよ。」
「私だって。もういつから好きになってどれぐらい好きなのか分からないぐらい好き。きっと生まれる前から好きだったに違いないわ。」
ますます照れる……
「ねえアレク。そ、その……つ、次の旅が終わったら……」
「終わったら?」
「結婚しよう。」
「ええ。喜んで。」
言ってしまった……
だって気持ちが湧き上がって抑え切れなかったんだよ……
「ありがと。もう離さないからね。」
「ありがとう。私だって。絶対離れないんだから。」
「アレク……」
「カース……」
アレクの顔が見える。声には一切現れてなかったのに、瞳が潤んでるじゃないか。そこまで喜んでくれたんだね。元々旅が終わったら結婚と言ってはいたけど。
『次』と決めたもんな。もちろん本気だ。
だから、そっとキスして……抱きしめた。




