100、クタナツの先達
「そんなもん言うに決まってんだろ。なあ魔王よぉ、ちっと俺の話ぃ聞いてくれっか?」
「おう、いいぞ。」
それが規則違反とやらとどう関係するんだ?
「なっ? いいって言うだろ? 魔王は器がでけぇんだからよ。大抵のこたぁうんって言うに決まってらぁ。だから代官リリスは規則を設けたんだろがぁ!」
「そ、そうか……」
あらら。若手君たらおっさんに言い負かされちゃったね。つまりおっさんが正しいのか。
「規則って何だ?」
「あぁ? 魔王が知らねぇのかよ! 代官から聞いてねぇってのか! ここのモンは魔王から聞かれるまで自己紹介しちゃあいけねぇんだよ。でねぇと全員が全員お前んとこに殺到しちまうぜ? どいつもこいつも魔王の目に留まりたがってんからよ?」
なんとまぁ。そんな規則があったのか。きっと他にもあるんだろうな。リリスったら私のために。嬉しくなっちゃうね。
言われてみれば食堂や風呂とかで他の冒険者と一緒になることはあっても自己紹介とか積極的に話しかけてくる奴は少なかったような。リリスやるなぁ。マジで代官じゃん。
「それ初耳だわ。リリスやるじゃん。ちなみに先輩は何等星?」
「せ、先輩だぁ!? 気持ち悪いこと言うんじゃねぇよ! つぅかやっぱ俺んこと知らねーんかよ! こっちぁお前がグリーディアントぶち殺した頃から知ってんのによぉ?」
クタナツの冒険者ってことぐらいは知ってんだよね。ギルドで見た覚えもあるし。名前は知らないけど。
それよりグリーディアント?
「それってどこで何回目の話?」
「何回目だぁ? そんなに何度も撃退してるってのか!? 俺が言ってんのはクタナツに迫ってきた時の話だぞ?」
ああ、あの時か。懐かしいな。馬鹿な冒険者がグリーディアントの獲物を奪ったままクタナツに戻ったんだったか。いや、狙ってやったんだったか? さすがに覚えてない。偽勇者とかヤコビニ派も絡んでた気がするし。
ただ気になることがある……
「アステロイドさんが指揮した時だよな? あの時ってうちの母上が全滅させたことになってるはずだけど?」
「アステロイドからもそう聞いてたんだけどな。その何年か後にアステロイドが魔女から聞いたんだとよ。本当はほとんど魔王がやったんだとな。当時は信じる奴ぁ少なかったけどよぉ。今ぁ疑ってる奴なんざいやしねぇ。まったくでっかくなっちまったもんだぜ」
あらら。母上ったらバラしたのか。あの時から数年後ってことはもしかして私が王国一武闘会で優勝したあたりかな? それなら信憑性も抜群だよな。いや、その前の領都一子供武闘会の後って可能性もあるな。まあどっちでもいいけど。
「そんな昔から知っててくれたとは光栄だよ。悪いが改めて名前を聞かせてくれる? ついでだからそっちの四人もな。」
「ったくよぉ。俺ぁアステロイドと同期の六等星ガスプラ・ベスタだ。王都での活躍だってちゃんと聞いてんぜ?」
そこまで知ってるのか。
「王都ではアステロイドさんによく助けてもらったよ。今後ともよろしく頼むよガスプラ先輩。で、そっちの四人だ。ユマって言ったか?」
「あ、ああ。い、いいのか?」
「今度ぁ魔王がいいって言ってっからいいんだよぉ。さっきと違ってなぁ?」
仕切ってくれるねぇ。楽でいいわ。
「じゃあ改めて……俺はリーダーのカラニリック。で……」
「前衛担当のアバンカルドだ」
「盾持ちのカルザンっす!」
「解体や魔力庫担当のソルクメイよ」
ほほぅ。男三人に女一人か。今はなきオディ兄のパーティー『リトルウイング』と同じ構成か。役割分担もきっちりしてるのね。頑張って欲しいもんだ。
「分かった。同じクタナツの冒険者だし、お互い頑張ろうな。」
「ああ、ありがとう。魔王さんにそう言ってもらえて嬉しいよ」
「じゃあ宴会の続きだ。ほれ、お前らもっと食え。先輩はこれ飲んでみな。」
「あ、ああ、旨い肉だよな」
「分かってんじゃねぇか魔王! 冒険者はやっぱ酒だぜなぁ!」
肉、酒、歌。と来るとアレクが恋しくなってくるんだよなぁ。まだ起きないのかなぁ。アレクったら普段は私にばっかり薬を盛って自分じゃ服用しないくせに、たまに使うとこれだもんなぁ。やっぱ上物にはそれなりのリスクがあるよなぁ。平気な顔してんのはコーちゃんぐらいか。アレクのバイオリンが聴きたいなぁ……
「いよぉーう魔王飲んでっかぁ!?」
「焼いてばっかじゃねぇか! ほぉれ! これでも飲めやぁ!」
「スペチアーレだけが酒じゃねぇんだぜ?」
ほう? おすすめの酒か。
「もらおう。ありがとよ。」
あっ、美味しい。これ好きだわ。少し辛口の白ワインみたいだな。どこの誰のだろ? ワインならアレクサンドル領かな?
「旨いなこれ。誰のだ?」
「へへぇー。こいつぁ誰のってよりどこのって言うべきだぜぇ? アレクサンドル領はセーラム産白ワイン、ブラニィ・ブランコってんだ。うめぇだろ!?」
思い出した。アレクとヒイズルで飲んだのも確かセーラム産だった。ベゼル・ベイヤードって言ったか。赤ワインだったな。あれはあれで美味かったよなぁ。王都に行くついでに寄ってみるか……
「ああ、旨いな。セーラムね。きっといいところなんだろうな。」
「らしいぜ? おまけにアレクサンドル領って言やぁ最近領地が広がったそうじゃねぇか。これでまぁたええ酒作ってくれんじゃねぇの?」
領地が? 平和なローランド王国でそんなことってあるのか?
「あ!」
「んだぁ? どうしたぁ魔王ぉ?」
「いや、何でもない。それよりもう一杯くれ。」
思い出したぞ。アジャーニ家とアレクサンドル家は戦争したんだったよな。宰相の座を巡ってさ。勝ったのはアジャーニ家だけどなぜか領地を少し取られたって話だったな。貴族の世界は分からんもんだよなぁ。
あーこのワイン美味しい。でもやっぱり私はスペチアーレがいいなぁ。男爵のとこにも行きたくなってきた。わざわざ旅に出なくても国内だけでも楽しめてしまうな……




