98、アレクサンドリーネの収穫品
ふあぁ……よく寝た……
私の方が先に……いや、アレクの方が早く起きたのか。隣にいない。どこだ? この広い寝室に私一人きり。とりあえずトイレ行こうかな。
この屋敷って浴室も一つしかないけど、便所も一つしかないんだよな。中には小便器が二つに大便用の個室が一つ。少々の来客は想定していたが、まさか娼館を営むなんて思ってもみなかったんだからさ。
つまり朝、それも早い時間は混むんだな……我が家ながら気付かなかったとは、不覚。
「だ、旦那様! お、お先にどうぞ!」
「お、おはようございます!」
「おはよ。やっぱ毎朝こんな感じ?」
「は、はい! 順番争いが大変だったり……だからほとんどの子は裏に行ったり……」
「ちょっ、あんたそれ……」
「あっ、ち、違います! 嘘です! 何でもありません……」
あー……トイレがいっぱいだから屋敷の裏でやってるのね……粗野な冒険者どころか、うら若き乙女達までもが……
それって大抵の街だと犯罪なんだよね。騎士に見られた場合は罰金、下手すれば奴隷落ち案件なんだぞ。ここでは特に罰則なんかないけどさ。いや、リリスが何か罰則を決めていれば分からないけど。
「分かった。一理あるな。何とかする。」
ここまで人数が増えたなら部屋ごとに風呂とトイレがあってもいいんだろうけどさ。それって実は王族並みの贅沢だったりするんだよな。だからこいつらも部屋にトイレがあれば……なんて考えもしてないだろうな。私の寝室にもないんだから。
トイレ問題か……
冒険者エリアは問題ないだろうけど、まさかこっちで発生するとはなぁ。屋敷の裏は岩しかないからな……あそこに排泄物が蓄積するのは……ちょっと嫌だなぁ……
「ピュイピュイ」
トイレから寝室に戻ろうとしてたらコーちゃんとばったり。アレクが呼んでいるそうだ。食堂だね。やっぱりアレクったら。
「おはよ。早起きだね。」
「おはよう。今朝はやけに気分良く起きてしまったわ。だから朝食の用意をしてたの。カース、食欲は?」
「もちろんあるよ。昨夜は激しく動いたからね。いや昨夜も、かな?」
「も、もう……カースったら……//」
ふふっ、赤面アレク。かわいいなぁ。
「ほらっ! カースのために作ったんだから! 全部食べてよね!」
「もちろんだよ。いつもありがとね。」
今の言い方ってクタナツ初等学校の頃を思い出すじゃないか。あの時からは……大人になったね。当時は豪奢な髪をそのままにしてることが多かったけど、今朝は後ろでまとめてポニーテールのように。料理をしたからだね。
ポニーテールも今は……って曲があった気がするけど、その逆だね。豪奢な金髪を振り乱すアレクも、ポニーテールアレクも、どっちも素敵だよな。
「はあぁ……美味しかったよ。いつもありがとね。で、これ、何を混ぜてたの?」
トイレに行ったために一度はおさまったモーニンググローリーが、再び燃え上がっている。ここは食堂なのに。他に冒険者や従業員もいるってのにさぁ。今の私はTシャツにパンツ一丁なんだぞ?
「幻惑草原で見つけたアングラ草よ。煮出して濃縮した汁をスープに混ぜてみたの。効き目あったみたいね?」
アングラ草かよ。さすがアレク……目の付け所がシャープだよな。あれ系の草が多い草原ならば、必ずアングラ草もあると睨んであいつに案内させたんだろうな。舎弟のあいつに。
「すっごく効いてるよ。これは昼から宴会どころじゃないね。アレクったら朝から悪い子なんだから。」
このアングラ草を服用すると普段より行為の時間が倍近く延びることから通称『倍アングラ』なんて言われたりもするそうだ。うーん倍アングラ……とっても効きそうなネーミングだよな。誰が言い出したのやら。
「な、なぁ魔王よぉ。今アングラ草って聴こえたんだが、持ってんのか?」
「お、俺も聴いたぜ! 言い値でいいから売ってくんねぇか!」
「いや、俺は持ってない。欲しいならアレクに頼んでみな。」
「何ぃ!? 女神がぁ!? くっ……頼み辛ぇじゃねぇか……けど……!」
「なっ、なあ女神よぉ! どんだけ持ってんだ? ちっとでいいからよ! なっ?」
私にもアレクがどれだけ持っているのか知らない。というかアングラ草の濃縮汁だったなんて今日初めて知ったんだから。そういやアレクは『抽出』って魔法を使えるんだったな。やるねぇ。
「そうね。そんなに数はないけど、恥を忍んで頼んできたあなた達だけには分けてあげてもいいわ。ただし、これはエルフの飲み薬並みに貴重な品よ? フランティア領都はおろか王都中を探したって見つからない品質ね。」
「マジか! 金なら払う! 言ってくれ! いくらだ!?」
「俺も俺も! そんな品質ならケチ臭ぇこたぁ言わねぇぞ!」
やっぱここまで来るような冒険者は金持ってるよなぁ。全部使い果たしたらどうするんだろ。大人しくクタナツにでも帰るのかな?
「まあ待ちなさいよ。私が言いたいのはその事じゃないわ。それ程の上物をたっぷり飲んでもカースだからその程度で済んでるのよ? 一般人が飲んだらアレが破裂してしまうわ。だから、これだけにしときなさい。お金はいいわ。」
その程度……私の股間を指差して言う。バーニングなんだけど……
アレクが差し出したのはスプーン一杯分のスープ。見ようによってはライターでスプーンを炙って静脈注射するやつじゃん……
「いいのか? そんならありがたくいただくぜ」
「たったこれだけかよ。効くんかよ?」
小さじ一杯より小さなスプーンが二つ。冒険者達はそれぞれ手に取り、飲んだ。
「おっ、これ旨えなぁ。腹ぁへるじゃんよ。もっとたくさ……ん!? んん!? んんんん!?」
「まったくだぁ。女神が料理上手ってのはマジなんだなっ……おっ……おお!? ま、マジかぁ! こ、これぁ……!」
「汚いものを見せないでちょうだい。さっさと行ったら? 朝から盛るのもたまにはいいものよ。」
まったくだ。私が言うと説得力がないが、野郎が朝からグロリアスしてるところなんか見たくもない。
「お、おうよ! ありがとなぁ女神ぃ!」
「やっぱ女神ぁマジ女神だぜよ! ありがとよ!」
そう言って冒険者達は食堂から走って出ていった。昨夜もお楽しみだったろうに。今から再びお楽しみか。節操ないなぁ。欲に溺れるとろくなことがないんだぞ?
「さてアレク。寝室行こうか。僕をこんなにした責任とってね?」
スプーン一杯であれだけ効くのに、私はどんだけ飲んでしまったんだよ。確かに旨いスープだったけど。肉と野菜の旨味が複雑に絡み合う味わいでさ。
「ええ。効いてよかったわ。ちなみに、私も少し飲んだのよ? うふふ……素敵な時間になりそうね?」
おお……アレクの目が……獲物を狙う鷹の目だ……
鷹なんて見たことないけど。




