96、城壁と冒険者達
夕日を見ながら北に向かって歩く。のんびり歩いて一時間は経っただろうか。北西の角に着いた。すでに日は沈みきっている。これからは夜の時間だな。城壁北東の角に着く頃にはもう真っ暗なんだろうな。この時期は日に日に日が長くなるとは思うが、まだそこまでじゃないかな。
「カース、あそこ。冒険者みたいよ?」
「ん? どれどれ……」
『遠見』
城壁の北側。堀の先の小山に座っている人間が五人ほど。ここまで帰ってきて軽く休憩か? 堀と城壁を越えるためのさ。
だいたいここから一キロル先あたりかな。とりあえず気にせず散歩続行。
「あいつら動かないね。怪我はしてないみたいだけど。」
「魔力が空っぽなのかも知れないわね。浮身も使えないほどにね。」
「あり得るね。まあその時は助けてあげるよ。」
「さすがカースね。それでこそ領主だわ。素敵よ。」
ふふふ。アレクの前だとカッコつけたくなるよね。もっとも、あいつらが本当に困ってるならアレクが見てなくても助けるけどさ。
結局、そいつらに最接近するぐらいまで歩いたけど、動きはなし。大丈夫か?
『おーい。お前ら大丈夫か? 助けは要るか?』
肉声でも届くとは思うが、一応ね。
「マジか! 助かるぜ! 全員魔力がもうなくてよ! 回復待ちしてたもんでよ!」
なるほど。アレクの読みが的中。さすがだね。
この堀を越えて城壁を登るのって素の身体能力だけだとキツいよな。少なくとも私だと無理だ。四隅に配置してる岩からならどうにか登れるかもってとこか。
『浮身』
五人を浮かせて城壁の内側へ降ろす。普通の貴族領なら不法入領だな。バレたら奴隷落ち。
「お、おお!? 一気に五人かよ……助かったぜー! お前見ねぇ顔だなぁ! 名前教えてくれや! 俺らぁホユミチカの七等星でチカーノってんだぁ!」
へぇ。珍しいな。クタナツから南西の街、ホユミチカにも冒険者がいたのか。フランティアに三つしかない代官のいる街。陶器で有名ではあるんだけどさ。
「クタナツの七等星、カース・マーティンだ。じゃあお前ら、明日からもご安全にな。」
「おう! クタナツのカースだな! 分かったぜ! ありがとよ!」
「お、おい待て! ちょい待て! マジで待て! いいから待て! クタナツでカースって言やあ……」
「んんん? 聞き覚えあんぞ……」
「ばっ! バカやろ! 魔王じゃねえか! なっ、そうだろ!? ま、魔王カースだよなぁ!?」
やっぱこうなるのか。悪い気分じゃないからいいけど。
「おう。魔王ってことになってるカース・マーティンだよ。明日はたぶん昼ぐらいから宴会やるからよ。暇なら参加するといい。」
「おう! 宴会か! ぜってぇ参加するぜ!」
「だから待てって! お前魔王に何てぇ口を!」
「あわわわ!」
「わ、分かったぁ! 明日の昼だなぁ! みんなにぁ言っておくからよ!」
「おう。じゃあ気をつけて帰れよ。」
城壁内は安全だけどね。完全ではないにしても、外とは雲泥の差だよな。
うーん、いい事した後は気持ちがいいな。実は私って領主に向いてるのか?
「ホユミチカで思い出したけどさ。スペチアーレ男爵んちから北に進むとホユミチカの近くに出るんだよね。男爵の所にも行きたいよね。」
「それいいわね。私も楽しみよ。カースと一緒ならどこに行っても楽しいに決まってるけど。」
くぅー。私の腕に回したアレクの手に、ぎゅっと力が入ったじゃないか。普段から肉欲に溺れる私達だけど、こんな何気ない仕草や一言にもキュンとくるんだよな。はあぁいい子だよなぁ。
「ふふ、ありがとね。じゃあクタナツと領都で装備が整ったらスペチアーレ男爵の所に寄ってみようか。王都に行く前にさ。」
「ええ。私はどこでも構わないわ。楽しみにしておくわね。」
実は私も楽しみにしてることがあるんだよね。マギトレント製の樽で寝かせたスペチアーレシリーズ。まだ一年ちょいしか熟成期間がないとは思うけど、いや、二年だっけ? どんな酒になってるのか気になってんだよね。コーちゃんだって楽しみにしてるんだし。
「アレク。」
「え、なに、んっ、んむっ……」
いきなり唇を奪ってみた。だって可愛くてたまらなかったから。誰も見てないし。いや、見てても関係ないけど。
「アレクはかわいいね。大好きだよ。」
「ん、も、もうカースのバカ……私だって大好きなんだから……」
うおっと、今度はアレクから。強烈なやつが……うーんパッションがスパークしてるね。アレク素敵。好き。
「おま、魔王……こんなとこで何やってんだよ……」
「いいなぁ……」
「もう行く気なくなるじゃねぇかよ……」
「どうする? 帰って魔王の館んでも繰り出すかぁ?」
「バカたれがぁ! 行くに決まってんだろがぁ! おう魔王ぉ、邪魔したなぁ!」
「ん? 今から行くのか? 気をつけろよ。」
いつの間にやら冒険者パーティーが城壁を登ってきた。私達に気取られずここまで接近するとは……やるじゃん。さぞかし有力パーティーに違いない。わざわざ夜にノワールフォレストの森に行くとは。
「おう。がっぽり稼いで遊ばせてもらうからよぉ!」
素朴な疑問だが、ここで魔物素材をゲットしても換金できないだろ? それとも現物でもオッケーなんだろうか、うちの館で遊ぶのは。リリスがオッケーって言ってるならオッケーなんだけどさ。
よし。もう帰ろう。帰ってひとっ風呂浴びて……それから寝室で、むふふふ。




