95、徒歩の価値
カムイが来てからおよそ二十分後。寝室の扉がノックされた。
「開いてるよ。」
基本的に鍵はかけてないからね。
「しっ、失礼しますっ!」
「おお、運んできてくれたか。ありがとな。そっちのテーブルに並べておいてくれ。乗らない分はそのままでいい。」
寝室なもんであんまり大きいテーブルを置いてないんだよな。それにしてもリリスが運んでくるかと思えば、この子は見覚えがある。食堂で配膳を担当してる子だ。
「は、はいっ!」
手際は良くも悪くもない。普通だ。
「お待たせしました! どうぞお召し上がりくださいっ!」
「おう、ありがとな。これ、とっときな。」
チップに銀貨一枚。この子達がここで金を貯めて使い道があるかどうかは知らんが。
「あ、ありがとうございます! これからも頑張りますっ! し、失礼します!」
うーん、元気のいい子だね。十代前半だっけな。あんな子が何から逃げてここに来ることを選んだんだろうね。挫けずがんばって欲しいね。
「……カース?」
「おっ、アレク起きたね。ちょうど夕食が来たよ。食べない?」
「ええ……ちょうどお腹すいてたところよ……」
アレクから疲れの色が見えるな。少しハードにやりすぎてしまったかな。アレクがかわいいのが悪いんだからな?
ん? またノックだ。誰かな?
「開いてるよ。」
「ボスぅ! 帰ってきてたんだってねぇ! アタシを置いてどっか行くなんて酷いじゃないかぁい!」
ラグナが勢いよく入ってきた。こいつにしちゃノックするだけ上出来だな。
「お前が男と遊んでるからだろ。誘ってやろうかと思ったのに寝てただろ。」
「うぐっ、そりゃあそうだけどさぁ。そんなら前もって言ってくれりゃあアタシだってさぁ……」
「それもそうだな。悪い悪い。ちなみにもう用は済んだから後は領都に帰るだけだぞ。お前もそろそろダミアンが恋しいんじゃないか?」
「うぐっ、そりゃあそうだけどさぁ。ちなみにどこに行ってたんだよぉ?」
「山岳地帯だ。そういえばお前山岳地帯なんか絶対行きたくないとか言ってたな。誘わなくて正解だったじゃん。」
言ったよな? なんとなく聞いた覚えがあるもん。
「うぐっ、そりゃあそうだけどさぁ。んもーボス冷たいよ! ちっとは構ってくれてもいいだろぉ? こんな荒くれ冒険者どもの中にか弱いアタシを一人で置いてったんだよぉ? これでも寂しかったんだからさぁ。」
めちゃくちゃ構ったじゃないか。出発する前の風呂で。お前は私に何を見せてきやがった?
「でも俺らが留守の間もここの男どもと遊んでたんだろ?」
「うぐっ、そりゃあそうだけどさぁ。」
だろうね。
「ダミアンには黙っててやるよ。それから冒険者達に伝えておいてくれ。明日宴会やるってな。」
「いや、別に秘密にするようなことじゃないし。ボスこそあの時のことお嬢にぁ黙っててあげるから安心しなぁ。」
「それこそ秘密にするほどのことじゃない。ほれ、これやるから出ていけ。はいはいまた明日な。」
「んもー! あれ? この草、いい匂いするねぇ。へへぇ、さっすがボス。いいもん持ってるねぇ。こりゃあ今夜も……ありがとねぇ。そんじゃまた明日ぁ!」
やれやれ。やっと出ていった。結局何しに来たんだ? ただ文句言いに来ただけか。
そりゃあ何も言わずに放置して行ったのは少し、ほんのわずか、かけら程度は悪かったって気がせんでもない。でもあいつその分ここで遊びまくりだろ。男には不自由しない場所なんだからさ。まさか娼館の売上が落ちるほど男を食い散らかしたりは……
「で、カース。秘密って何?」
「おっ、気になる? アレクが気にしてくれて嬉しいよ。じゃあ食べながら話すね。と言ってもラグナと風呂に入っただけの話だけどね。」
「そんなことだろうと思ったわ。で、ラグナはお風呂でカースにどんな狼藉を働いたの?」
あはははっ! 狼藉だってよ! ラグナの股開きストリップは狼藉だ! あはははは!
「大したことじゃないよ。僕には指一本触れてないから。それよりアレク、早く食べようよ。食べたら外を軽く散歩でもして、汗を流してさ。それから、ね?」
「う、うん……食べる、食べるわ!」
ふふっ、かわいいなぁ。お腹がすいたと言ってるくせに食欲なさそうだったアレクが。急に食べ始めちゃったよ。食後の散歩はどこを歩こうかな。やっぱ城壁の上かな。あそこってえらく歩きやすいんだよな。きっちり水平が取れてる証拠だろうか。適当な道具でよくやったもんだよなぁ。私すごい。
「ピュイピュイ」
酒が欲しい? 今夜は頼んでないんだよね。我慢してよコーちゃん。明日は宴会なんだからさ。休肝日は大事だよ。コーちゃんに肝臓あるのかどうか分からないけどさ。
「ガウガウ」
食ったら寝る? それは好きにしたらいいさ。私に断る必要なんかないぞ。寝るから子守唄を歌えって言われても困るけど。
はぁ。美味しかった。ここって材料が限られてるだろうに中々ハイレベルな料理だよな。やるなぁ。
『浄化』
皿洗いぐらいしといてやろう。
「よし。アレク行こうか。」
「ええ。改めて思うけど散歩ってすごく贅沢ね。」
「だよね。」
何の生産性もなく、ただ歩くだけ。これがどれだけ贅沢なことか。やはりアレクには分かるよね。
世にも危険な魔境にあって、軽装で気軽にのんびり歩く。金を積めばできる類の趣味じゃないよね。そもそもローランド王国で散歩を趣味にしてる者が何人いることか。
私だって別に散歩が趣味ってわけじゃない。ただ、アレクと一緒に歩くと楽しいってだけの話だからな。
よし、今日は南西の角からスタートしよう。ここから北に向かう。左手に沈む夕日を見ながら歩くのさ。
ああ、今日もサベージ平原に日が沈む。




