36、アレクサンドリーネのフルコース
「ピュイピュイ」
コーちゃんが呼びに来てくれた。
「できたそうです。屋敷に戻りましょうよ。」
「まあ待て。ここで食べようではないか。この宝石を砕いたかのような星空の下での。」
このジジイえらくロマンティックなこと言うじゃないか。
「ピュイピュイ」
ああ、コーちゃんもそっちの方がいいのね。コーちゃんらしい。私の返事を待つことなく、屋敷へ戻っていった。
私も配膳を手伝いに行くべきかとも思ったが、だめだな。それはアレクを疑う行為だ。
万が一、いや億、いやいや兆が一……アレクが食事に毒を入れたなら、私は大人しく死ねばいいだけの話だ。料理を任せるとはそういうことだからな。
もっとも……アレクのことだから違う薬は混ぜてそうなんだよね。まったく、悪い子だ。
「お待たせしました。お屋敷にある物は使わせていただきましたわ。どうぞお召し上がりください。」
アレクがテーブルを浮かせて持ってきた。
「ほほう。これは旨そうではないか。我らが村の食材にローランド王国の料理。ありがたくいただくぞ。」
村長はそう言って箸を取り出した。おっ、イグドラシル材かな?
「おぉ……干しておいた木耳か。見事に戻しておるではないか。ふむ、この味付けは……」
「近くにあった卵と赤い実、ローランド王国で言うところの赤茄子と合わせてスープにしてみました。木耳の食感、赤茄子の旨味と酸味、そして卵のほんのり甘い滋味が出ているかと思います。」
旨いなぁ……キクラゲ、トマト、そして何かの卵。それだけじゃないな。わずかなとろみと香ばしさ。どうやったのかさっぱり分からないけど美味しいなぁ。
「アレク、すごく美味しいよ。最高だよ。いくらでも飲めそうだよ。」
「うふふ、ありがとう。順番が前後しちゃったけど次はこれもどうぞ。」
スプーン一つにつき料理が一つ。それが一人あたり三つ。これ知ってる。どこかの高い店で最初に出てきたやつだ。王都のハスコーリ・ダ・レイサだったかな?
「ほほう? わずか一口しか食わせてもらえぬのか。えらく期待させるではないか。どれ……」
イクラを無造作にスプーンに乗せたように見える。私も食べよう。
「ほう……山卵栗の実か。目ざとく見つけたものよの。そしてこの味付けは……」
「ヒイズルで手に入れた醤油と言います。これに短時間ほど漬け込んでおります。」
「ほほう。これが醤油か。聞いた覚えがあるの。魚との相性が良いそうだの。うむ、旨い。口の中で弾ける山卵栗の実と醤油が一体となって踊っておるわい。やはりヒイズルは侮れぬの。」
私もそう思う。味噌に醤油、畳に酒。いい国だよなぁ。うちの国王も滅ぼすのではなく属国にしたのはナイスアイデアだよな。あーこの実おいしいなぁ。まるでイクラじゃん。強いて言うなら本物のイクラよりわずかに酸味があるぐらいだろうか。これは酒が進みそうだ。
あ、畳で思い出した。
「村長、これに座ってみませんか?」
魔力庫から畳を取り出す。六畳ほど。そこにテーブルごと料理を移動する。
「ほう? これは敷物か? いささか固いようだが……おお……これは何たることか。芯の固さに反するかのように……わずかに柔らかい表面。そしてかすかに立ち昇る春の野山を思い起こす香り……ひとたび吸い込むと夏の太陽のようですらある。これもまさかヒイズルの物かの?」
えらく気に入ってくれたみたいだな。それならしまったな……食後に出せばよかった……
「まあまあ、まずは食べましょうよ。冷めてしまいますよ?」
「おっと、儂としたことが。すまぬな嬢ちゃんよ。おお、この細く切った清白大根も良い味が付いておる。爽やかな歯応えに何かの肉のソースか。いや、これは旨い。旨いの。」
「オークやブラックブラッドブル、それからコカトリスなどの肉から抽出した出汁をベースに作りました。思いのほか、ラディッシュと相性が良かったようで。」
大根にしっかりと味が染み込んでるわけじゃないけど旨いなぁ。軽くさくさく食べられる前菜って感じ? あ、そりゃ前菜だもんな。あはは。
「さ、村長。一杯どうですか?」
「おお、すまんの。いただこう。」
村長のマイお猪口って何かの角なんだよな。酒豪だねぇ。
「ふうぅ……旨い。旨いのぉ。つくづく人間とは興味深い存在よの。確かに虫ほどの価値すらない者がほとんどかも知れぬ。だが、時にはこうして儂の心を揺るがす者とて現れる。見下げ果てたものではないものよのぉ……」
超上から目線な気もするが、意識改革に一歩前進ってとこか。別にそんなことする気なんかなかったんだけど。ファンタジーあるあるだとエルフが人間と積極的に交流すると、ロクなことにならないんだからさ。まあ、この村に住んでる限りその心配はいらないだろうね。村を焼かれるとかさ。この村長ならドラゴンが群れで襲ってきても楽勝だろうしね。
「そうかも知れませんね。」
まあ、その辺は私が心配することではない。どうせ交流なんか無理だろうし。
あー美味しい。アレクの料理もヒイズルの酒も。これはそのうちスペチアーレ男爵にも飲ませてあげないとな。
ふぅ。アレクの料理と美貌に乾杯。




