626、強盗カース
ふあぁーあ……朝か。結局あれから何事もなかったようだ。それにしても城門前がどうなってるのか楽しみだな。
今日は二十三日だったか。天王に会うのは明後日……いや、それはもう無くなったと見ていいだろう。偽物とはいえ奴らが指定した宿に赤兜が攻めてきたんだからな。こちらが素直に面会してやる義理はなくなった。
とりあえず朝飯を食べたらまたあいつらに情報を吐かせよう。今度は主にエチゴヤの拠点について。エチゼンヤのように表でやってる店だってあるはずだからな。
ふぅぅ。アレクの料理はいつも美味しいよなぁ。こんなろくに設備のないボロ屋でもそれは変わらない。迷宮内でさえあれこれ作ってくれてたんだから当然か。
アレクの『覚醒』で二人とも起こす。
「ぐっ……うう……」
「おっ……うっ……」
「さて、起きたな。エチゴヤが経営する店とかってあるのか?」
「……色街の方に狂乱麗奴って店がある。他にも乱舞輪館や外夢とか、色んな種類の店がある……」
答えたのは偽赤兜。偽番頭は知らないようだ。最近天都に来たって言ってたしな。
それにしても、やはりあるのか。この際どんな店かは聞くまい。どうせロクな店じゃないに決まってる。
「色街ってのは天都のどの辺りだ?」
「西の中部あたり、城壁にも近い」
なるほど。ファベルからも近いな。てことはエチゴヤのことだ。城壁をスルーする何かがあるはずだ。地下通路とかね。
「こっち側から色街に行くルートはあるのか? 例えば地下通路とかさ。」
「ある、とは聞いている。だが詳しくは知らない」
だろうね。ほんっとエチゴヤの下っ端って何も知らされてないよなぁ。
「その三つ以外には?」
「けいず買いの店がある。こっちは南東部だ」
けいず買い。盗品だろうが何だろうが買い取ってくれる店か。闇ギルドらしいじゃないの。
「正確な場所は分かるな?」
「ああ、分かる」
よし。本日の目標は決まったな。
「さて、お前ら。魔力庫の中身を全部出せ。」
ふむふむ。鎧と武器、着替えに現金か。後は薬……ふぅーん。
「武器と着替え、それから薬は収納していい。」
さて、では行こうか。
「じゃあアレク。ちょっと行ってくるね。退屈とは思うけど待っててね。」
「分かったわ。カースも気をつけてね。」
ここで無理に付いてくると言わないアレクはいい子だよな。アーニャがいる以上、自分の役割をきちんと分かってくれている。
「クロミもみんなを頼むな。ドロガーが心配だろうけどさ。」
「べ、別に心配なんかしてないし! 精霊様が一緒だから大丈夫だし!」
そりゃそうだ。
「お前らは来い。しっかり働いてもらうからな。」
「おお……」
「ああ」
働かせるなら鎧もあった方がいい気もするが、別になくても構わんな。武器さえあればどうにでもなるだろ。
魔力庫からテーブルを一つ取り出す。これをひっくり返せば三人乗るのに不足のない広さだ。
「乗れ。行くぞ。」
微妙な表情をしているが、そんなのは知ったことではない。
『隠形』
『浮身』
あまり明るいうちに飛びたくはないが、他に方法もないからね。せいぜい鋭い奴に気付かれないことを祈るとしよう。真夜中に隠形使ってるのに気付くジジイとかいるもんな。
「まずはけいず買いから行くぞ。南東部って言うとあの辺だな?」
やはりファベルから近いな。
着陸。
「店に案内しな。」
「ああ、こっちだ」
ここか。どんな店かと思えば、普通に質屋じゃん。もっと民家に偽装してるとか全然関係ない店かと思ったぞ。
「お前は裏に回ってな。もし誰か出てきたら殺せ。」
「おお……」
偽番頭は裏口担当ね。
「ここの店主はエチゴヤではどの程度の位置なんだ? 幹部か?」
「いや、中堅ぐらいだと思う」
ふーん。やっぱ幹部クラスにはそうそう出会えないよなぁ。
「お前はここで待ってろ。やはり出てくる奴がいたら殺せ。客が来たら適当に止めてろ。」
「ああ」
では、行くとしよう。質屋か。お宝はあるかな?
「らっしゃい。朝から入り用かい?」
「ああ。ちょっと相談がある。店主はいるかい?」
「相談の内容次第だよ。何かな?」
『麻痺』
『永眠』
いるようだな。そうと分かればこいつに用はない。まずは店内の物を片っ端から収納。完全に強盗だなこれ。
現金も全部いただき。つーか少ないな。本命はどうせ奥にあるってパターンだろ。
とりあえず奥の方に行ってみよう。
「あん? こっちぁ客が来るとこじゃ『麻痺』なひぉ……」
後で情報を聞き出したいからな。まだ殺すわけにはいかないんだよ。
まずはこっちの部屋から。鍵は……かかってない。
倉庫か。全部いただきだね。よし、次。
「こっちかぁ!」
「誰だぁてめぇ!」
「どこのネズミだぁ!」
倉庫から出たらいきなりドタドタと現れやがった。何かの防犯装置でもあったのかな?
『氷弾』
こいつら系の下っ端は何も知らないのが定番だ。だから遠慮なく殺せるってもんだよな。それにしてもこんな朝っぱらからよく起きてたな。闇ギルドの人間は夜型ってイメージだが。そうなると店主はまだ出勤してないって可能性もあるな。まあいいや。金庫さえゲットできれば十分だろう。どこかなどこかなー。
おっ、鍵がかかってる。ここか?
『風球』
扉をぶっ壊した。
「あんだよぉ……起こすんじゃねぇよ……」
おっ、こいつが店主か? おやおや、ソファーに女と同衾か。いい身分だねぇ。
『水壁』
「あんだぁ? 朝からだりぃ真似しやがって……」
へぇ。なかなかやるじゃん。私の水壁を内側から破るとは。
無精髭、眠そうな目、やる気のない態度とは裏腹にそこそこの魔力は持っているようだな。
『狙撃』
「どわぁ! てめぇマジかよ……殺す気か!」
ますますびっくり。そこらに置いてあった灰皿のような物で防ぎやがった。
『散弾』
「ちょっ! ま、待てっ! 痛っ! やめっ、マジやめろ! 勘弁しろよ!」
さすがに防げなかったようだが……致命傷ではないんだよな。
「抵抗しないのなら命は助けるが?」
「わーった! わーったって! 金か? 全部持ってっていいからよ! 俺には手ぇ出すな! ついでにこの女もくれてやるし!」
「ちょ、ちょっとそれ酷いよ! あんなに愛し合ったのに!」
えらく素直だな。それなら……
『解呪』
やはりな。これ系の店を任されるからには絶対契約魔法がかかってると思ったよ。内容は金をごまかすな、とかそんな感じだろうな。
「てめぇ、何モンだぁ?」
「ローランドの魔王って聞いたことないか?」
「なっ! て、てめぇかあ! それが俺んとこに来るたぁえれぇセコいじゃねぇか!」
「知らねーよ。大番頭がこそこそ逃げてるのが悪いんだろうが。文句があるなら大番頭か会長を呼んでこい。」
「会ったこともねぇよ……」
だろうな。
「さて、どうする? 言うことを聞いてくれるなら命は助けると約束するが?」
「わあーったよっっおおっおっお……契約魔法かよ……えげつねぇ真似しやがんぜ……」
「さて、まずはこの店の財産を全部出しな。現金もそれなりに用意してあるのは分かってるからな。」
質屋の上にけいず買いだもんな。現金がありませんじゃ話にならない。
「ちっ、待ってろ……」
魔力庫から鍵を取り出して、壁の穴に差し込む。すると壁が開き、金庫が出てきた。
金庫の中には……
「おらよ。これで全部だ。もってけドロボー」
現金で五千万ナラーと少し。宝石類が数点か。少なっ。
「お前個人の財産も出せよ。」
「ちっ、おらよ……」
これまた少ないな。二千万ナラーってとこか? まあいい。これでこの店は空っぽだ。
「ここで買い取った物はどこに行く?」
「色々だ。エチゴヤ関連の店で売られたり、直接欲しいモンに卸したり。競売って場合もあんぜ」
なるほど。そうなると……
「顧客の名簿を出せ。」
「ちっ、マジで容赦ねぇな……マジで魔王なんかよ……」
「それでもお前はツイてるぞ? エチゴヤは皆殺しの予定なのにお前は生き残れるんだからな。」
「そうかよ……」
さてこれが名簿か。正直私がこんなもの見ても役に立たせることができるとは思えないんだよな。エチゴヤにダメージがあればそれでいい。
「では最後だ。ここで買ったものを売るエチゴヤの店の場所と名前を書け。そしたら見逃してやる。」
「ちっ、しゃあねーな……」
ほう。三店舗か。意外に少ないな。いや、こいつがそれしか知らないだけかもな。
「ところで、現金がこれしかなくて一億を超えるような品が持ち込まれたらどうするんだ?」
「買い叩くに決まってんだろ……盗品を捌ける店なんて天都内でもそう多くはねぇんだからよ……」
なるほどね。
「じゃあこれで終わりだ。逃げてもいいが、まだ出ない方がいいぞ。おすすめは三十分後ぐらいだろうな。」
「そうかよ……」
こいつはもうエチゴヤには帰れまい。店が潰れるレベルの失態だからな。報告しても殺されるだけ。せいぜい上手く逃げるしかないな。がんばれ。
さーて、次のターゲットは……




