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出会い

 よく晴れた昼下がり、少女は姉の膝の上で目を覚ました。


 (あぁ、またか・・・……)


 目を覚まして最初に思ったことがこれだ。


 この少女――名をアリスという――は前世の記憶というものを持っていた。

 しかし実際に死んだわけではない。前の世界のことを覚えているということだ。


 (何回繰り返せばいいんだろう……)


 どこか諦めたような――いや、実際に諦めているのだろう。アリスは深いため息をつく。


 前の世界を覚えている――すなわち世界の結末を知っているということだ。

 アリスがその気になれば世界を変えることもできた。しかし、アリスが世界を違えることはなかった。

 世界の法則に左右されているわけではない。ならどうしてか――


 (この世界はどこかおかしい――)


 アリスは何度も同じ世界を経験している。そこで気づいてしまったのだ。


 (私以外の人は気づいていない――)


 同じ場所、同じ人間、同じ台詞。そして不自然な同じ始まりと同じ終わり。

 何度も繰り返される不思議な世界。この世界に対して疑問を持つ者がいなかったのだ。


 (もし私が今までと違うことをしたら、どうなるんだろ……?)


 それこそがアリスが心配していること。

 もし自分が世界を変えてしまったのならば、この世界はどうなるのか? 最悪の場合、滅びてなくなってしまうのではないかと。

 そういった理由もあってアリスは世界を変えることができなかった。

 

 「あらアリス。目が覚めたの?」


 アリスが目を覚ましたことに気づいて、姉が声をかける。


 (この言葉も前と同じ……姉さんもなんとも思ってなさそうだなぁ……)


 前の世界でも見た光景にアリスは段々、面倒くさくなってくる。


 (この後にすることもわかりきっている。もう少ししたら……ほら来た)


 アリスの目の前を赤い目を持った白いウサギが横切る。これも前と同じ。このウサギを自分は追いかけるのだ。


 (面倒くさいけど、やるしかないか……)


 最初の頃は興味があって追いかけたっけなぁと思いながら、アリスは重く感じる体を持ち上げて、ウサギを追いかけようとする。

 立ち上がった瞬間、どこからともなく吹いた風がアリスの整えられた金髪をなびかせ、自由に空に舞う金糸たちは太陽によって眩しく照らされる。

 光り輝く一本一本の金糸はまるでシルクのように美しかった。 


 「アリス、どこに行くの?」


 どこかへ行こうとするアリスを姉は呼び止める。


 「気になるものがあったから」


 「そう、あまり遠くに行っちゃ駄目よ」


 「……わかってる」


 (そう、わかってるわ……)


 この言葉も前と同じ。決して未来は変わらないのだ。


 アリスは姉に背を向け、ウサギを追いかけた……


 その時、アリスが見せた表情はどこか悲しげだった。






 アリスはウサギを追いかける。理由なんてない。それがアリスに定められた運命だから――


 アリスは一人、ウサギを追いかける。芝生が生い茂る広い野原をアリスは駆ける。

 中の様子がはっきりとわかる透明な水が流れる小川にかかる橋の上を通る。橋の上から小川を覗くと、魚たちが泳いでいる姿が確認できる。

 アリスの右手に見える色とりどりな花の数々。その花の上を白と黄色のモンシロチョウたちが互いに追いかけるように飛び交っている。


 しかし、この光景も何度も目にしている。決して変わることなくアリスの視界に入ってくる。

 そして、このまま歩き続ければ、例の場所にたどり着くのだ。


 「やっぱり変わらないなぁ……」


 アリスは足を止める。アリスの目の前には、自分よりはるかに大きい穴が空いていた。

 この穴に落ちると、アリスの世界が始まるのだ。

 

 (この穴に落ちたら、変なキノコを食べて大きくなったり、変わった人たちに出会って無理矢理、お茶会に参加させられたり。そして王女様と勝負して打ち首になりそうになったり……最後には全部夢でしたと再び目を閉じて……次に目を開けたら、また同じ世界が訪れる……)


 決して終わらない世界。前回の記憶がない人たちはどうでもいいことだろう。

 しかし、記憶があって何度も同じことを繰り返しているアリスにとって悪夢であった。


 「もし私が違うことをしたら……」


 そんなことを呟く。もし自分が過去と違う行動をとれば、この悪夢から解放されるのではないかと。

 悪夢しか見ることができないアリスにとっての最後の希望であった。


 「……馬鹿らし。どうせ、そんなことできないくせに」


 できたのなら、もっと昔にやっていたとアリスは自分自身をあざ笑う。結局は自分も運命からは逃れないのだ。


 「――じゃあ、やってみたらいいじゃない」


 「――ッ!?」


 突然、背後からかけられた声にアリスは驚く。


 (今までと違う――ッ!?)


 本来ならば自分はウサギを追いかけ、この穴に落ちるのだ。それまでに誰かと会うなんてことは今までなかった。

 思わずアリスは勢いよく振り返ってしまう。そこにいたのは――


 (誰……?)


 見たこともない人物を見て、アリスは目を細める。

 

 アリスの目の前には黒髪の、アリスと歳が変わらなさそうな少年が立っている。

 少年は掴み所のわからない笑みを浮かべており、何を考えているか、いまいち理解することができない。

 そして、少年の手には虹色に輝く一枚の紙切れが握られていた。


 「……あなたは誰?」


 意を決してアリスは少年に訊ねる。すると、少年はアリスを見て微笑み――


 「僕? 僕は……ええっと……あっ、そうだ。僕の名前はレヴィって呼んでよ」


 少年はレヴィと名乗ったる。しかし、アリスの視線は厳しくなるばかりだ。


 (っていうより、絶対に今、名前を考えたよね? 偽名にする必要があるのかしら……?)


 レヴィについては不明なことばかりだ。よく考えると、先程までは自分の後ろに誰もいなかったはずだ。

 ここら一帯は木などは生えておらず、隠れる場所はない。

 しかし、いつの間にかレヴィは自分の後ろに立っていた。まるで魔法を使ったかのように。


 「どうして、こんな場所にいるの?」


 「僕がここにいる理由? そうだなぁ……僕がここにいるのは君に会いに来たからなんだ」


 「私に?」


 アリスは首をかしげる。突然、何を言っているのだろうと。

 当然だが、アリスとレヴィは初対面である。前回の物語で出会ったということもない。

 レヴィが自分に尋ねる理由がわからない。アリスが出した結論は……


 (……ナンパ?)


 何故、アリスがナンパという言葉を知っているのかは、さておき……ナンパであれば、つじつまが合う。アリスはそう考えた。


 「――何か失礼なこと考えてない?」


 「――ッ!?」


 レヴィとアリスの距離は離れていたはずなのだが、一瞬にしてレヴィはアリスの目の前に立っていた。


 (どうして――ッ!? さっきまで離れていたのに――ッ!)


 まばたきをして目を開けると、目の前にレヴィが立っていた。それまでは一瞬たりともレヴィから目を離さなかった。

 瞬きをする刹那――短い時間でアリスの目の前まで移動することができるのは、もはや人間業ではない。

 余計にアリスはレヴィに対して不信感を抱く。


 「そんなに不審そうな顔をしてたら流石にわかるよ。確かに君から見たら、僕は不審者に見えるかもしれない。でも、僕を信じてくれないかな?」


 (信じてって、何を信じるのよ……)


 ごもっともだ。レヴィは重要なことを話していなかった。


 「もし信じてくれるなら――君の退屈な運命を壊すことができるかもしれないよ?」


 「――ッ!? 本当ッ!?」


 思わずアリスは声を上げる。


 レヴィの言葉が本当ならば――自分は救われる!


 急に声を上げたアリスにびっくりして、レヴィは顔を引きつらせる。


 「ははは……ここまでとはね。そんなに嫌だったんだ」


 レヴィ自身、アリスがここまで明確な反応を示してくるとは思ってもいなかった。

 同時に確信する。彼女は自分と一緒に来てくれるはずだと――


 「ああ、そうだ。君の退屈な運命を壊す前に、すべきがあるんだ」


 「……?」


 アリスはキョトンとする。レヴィの言葉の意味がわからなかったからだ。


 「君のすべきこと――それはね……」


 トンッ


 「え――ッ?」


 アリスは一瞬、何をされたかわからなかった。しかし、段々と頭が理解する。

 アリスはレヴィに押されて穴に落ちようとしているのだ。


 「今の運命を壊すことが先だよ――」


 レヴィは告げる。

 そしてついに、アリスの足が地面から離れる――


 「きゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――――!」


 為す術なく、アリスは自分の物語の始まりとなる穴へと落ちていった。






 「ふぅ、ここまでは順調かな?」


 アリスが穴に落ちた元凶――レヴィが満足したように告げる。


 「しかし、彼女は面白い。物語せかいを変えたいと思いながらも、大切な家族を守りたいがために、自分を犠牲にする。たった数分しか一緒にいない姉のことを思って……全く面白い。どこに、そんな感情が生まれるのかなぁ? だから人間は面白い」


 矛盾している。アリスは物語の登場人物であって人間ではない。しかし、アリスは人間らしい感情を持っていた。

 レヴィ自身、アリスをどう思っているかわからない。人間と思っているのか。または登場人物だと思っているのか……


 レヴィは微笑む。掴み所のわからない笑みではなく、確実にわかる――子供のような無邪気な――何かを期待するかのような笑みだ。


 「さて、新たな・・・不思議の国のアリス・・・・・・・・・』を始めようじゃないか――」


 そう言って、レヴィもアリスの後を追って、自身の身を穴に投じた――

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