表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

おしゃべりは……

数行ですが、腐女子的な妄想会話があります。

苦手な方は、注意してください。

 お盆休みの後半は、お店もさすがにお休みで。二人のんびりと彼の家で過ごす。

 ほんの三日間だったけど、新婚生活のような密度の濃い時間を満喫して。

 いつもの生活に戻る。



 その翌週末。

 私は、ターミナル駅に近い商店街で、孝さんのお店に行くまでの時間を潰していた。

 立ち寄った文房具屋から、三軒ほど西。CDショップの前で足をとめる。

 大学生くらいの女の子が二人。店頭に貼り出された織音籠のポスターを指差して、騒いでいる。


「ほら、言ってたヤツ」

「うわー」

「でしょ? 『うわー』って」

「何、これ。妖しすぎ」


 話題のポスターは三人がけのソファの真ん中にボーカルのJIN、その両隣にギターとベースが座っている。

 ベースの後ろでは、かつての後輩、ドラムのYUKIが半身を捻るようにして、背もたれに腰掛けている。

 そして、彼女たちの反応の原因だろう、キーボードのRYOは。

 背後から抱き付くようにして、JINに頬を寄せていた。


「これさ、JINの方もRYO側に頭を傾げてるよね?」

「やっぱり? やっぱり、そう思うよね?」

 うーん? そうか? 

 そう言われると……そう見えるのが、オソロシイ。 


 それはともかく。織音籠、新譜がでるんだ。

 バラードを集めたセルフカバーか。


 ポスターに書かれた文字を読んでいる間も、二人のテンションは謎の盛り上がり見せていた。

「姫って感じよね? RYOって。織音籠の」

「なんか、分かるー。気位が高くって……シャム猫タイプ?」

 いわゆる女顔で背中辺りまで伸ばしたワンレンなんて髪型のRYOは、確かにそう言われてもおかしくはないような雰囲気ではあるけど。

「JINがベタベタに甘やかしてそうよね? で、RYOもJINにだけは甘えるとか?」

「えー?」

「この色気。絶対にそうだって」

 ふーん。樋口課長の言う“可愛がられている色気”って、これか。


「いやー、逆じゃない? きっと、RYOがの方がベタ惚れだって」

「そう?」

 尋ねられた方が言うには、彼氏が『俺、JINにだったら抱かれてもいい』と言ったとか、言わないとか。

「なにそれ! 実況レポート、よろしく?」

「いや、さすがに向こうにも好みがあるっていうの!」


 ついていけない話題に、頭が痛くなってきて、その場を離れる。


 孝さんの店で一人、静かにお茶を飲んでいたJINの姿を思い出して。芋づる式に孝さんと内緒話をしていた光景までが、脳裏に浮かぶ。


 『俺、JINにだったら……』


 いや、ないから。そんな事実。


 『大丈夫。分かっているから』

 って、あれ?


 あの会話って、何?



 妄想としか言いようのない光景は打ち消して、デパートへと向かう。

 ウインドウショッピングをしばらく楽しんでから、最上階の催し物会場へ。北海道物産展で、夕食に海鮮丼を買って。

 少し早いけど、お店に行くことにした。


 夕立でもきそうな空の下、通りを歩く。怪しげな天気のせいか、蒸し暑さのせいか。今日の路地には一匹の猫もいなかった。


 お盆休みの前に貰った勝手口の鍵で、住居の方へとお邪魔する。冷蔵庫に買って来た物をしまって、ついでに洗濯物も取り入れてから、お店の方へとまわる。



 今日のお客は、入口から二つ目のテーブルに座った親子連れ。

 入園前らしき男の子は、一生懸命にミックスジュースを飲んでいた。その様子を、慈愛の篭もった眼差しで母親が見守っていた。

 窓近くのいつもの席から、そんな母子を眺めていると、孝さんが注文を取りにきた。

 コーヒーと一緒に、新メニューのパウンドケーキを注文して。

 今日もまた、タティングレースのシャトルを取り出す。

 少し形が様になってきたから、次は栞を作ってみようかと、先週からチャレンジ中。


 どこまで進んだっけ? と、編み図を確認していると、店内に携帯電話の着メロがながれる。

 この曲は、確か……十年くらい前のコマーシャルソング、だったような?


 懐かしい曲は途中で途切れて。隣のテーブルに座ったお母さんが、電話にでる。

 外はとうとう雨が降り出したらしい。

「迎えに来てくれるのは、助かるけど。ショウくん、場所わかる?」

 親子を家族の誰かが迎えに来るらしい会話を、聞くともなく聞きながら、シャトルから糸を繰り出す。

「スミレベーカリーの角を曲がって」

 ふむ。駅とは逆から、来るのか。

「猫の薬屋の隣。ひらがなで “きっさ”って、暖簾が」

 思わず噴き出しそうになって。咳払いで、ごまかす。


 孝さん、あの暖簾はやっぱり

 再考の余地がありそうよ?



「しばらく雨宿りというか。人を待たせて頂いてもよろしいですか?」

 私のテーブルに注文の品を並べて、カウンターへと戻る孝さんが隣のテーブルに呼び止められる。

「ええ。どうぞ。ごゆっくり」

「あの、パウンドケーキって、アルコールは……」

 チラチラとこちらを気にしながらの言葉に、フォークを取りかけた手が止まる。

 何も考えずに、いつもの席に座ったけど。

 ちょっと、失敗したような気がする。


 カウンターに座ればよかったかも? 

 反省未満の気持ちを抱いてお湯飲みを取り上げた私の耳に、『オレンジピールが……』と説明をしている彼の声が届く。

 孝さんの、職人気質が作ったようなお菓子だから、きっと食べる人を選ばない。

 手をつけていないパウンドケーキを眺めつつ、コーヒーを味わう。



 障子越しの窓から、雨音が聞こえる。

 本降りになってきたらしい外の気配を感じながら、シャトルを操る。

 三切れのパウンドケーキが盛られたお皿を前に、小声でおしゃべりをしながら男の子は、メモ帳に落書きをしているらしい。

 お母さんがひょいと取り出した“暇つぶしグッズ”に、子どもの頃に読んだ北欧の童話を思い出す。確か、トロルのお母さんの黒いハンドバッグから、いろんな物が出てきたように覚えている。

 静かな店内で、孝さんもカウンター内の定位置に腰掛けて、針仕事をしている。


 日常生活の合間に挟む、

 こんな時間こそが

 日常を支える糧になる。



 静けさを剥がすように、引き戸が開く。

 眼鏡をかけた男性が、店内を覗いて。外へと合図を送る。

 立ち上がった孝さんは、

「いらっしゃい」

 お客が入ってくるのを少し待つようにしてから、声をかける。

 外にいた誰かは入ってこないまま、引き戸が閉められた。


「おとーさんだー」

 男の子の声が弾む。

 どうやら、お迎えが来たらしい。お母さんのバッグから、今度はハンドタオルが出てくる。

 本当に、いろいろ出てくるもんだ。


「もし、お急ぎでしたら、残りはお包みしますが?」

 そう問いかけながら、孝さんは新しく用意したお冷やのグラスをテーブルに置く。

 ハンドタオルで肩の辺りの雫を押さえていたお父さんは、そんな孝さんをじっと見て。

「違っていたら、済みません。もしかして、今田さん?」

 遠慮がちな声をかけた。

「そうですが……」

「小山です。新入社員の頃にお世話になった」

「あー」

 いつもより高め。とは言っても、十分低い声が叫ぶ。

 お客さんに指をさす。


「転勤で、こっちに?」

「いえ。友人の結婚式があるので……お盆休みの直後なんですけど、里帰りみたいなものです」

 カウンターに一人座った小山さんと、コーヒーの支度をしている孝さんの間で会話が交わされる。


 明日の披露宴で余興をすることになった小山さんは、仲間と練習のためにカラオケボックスへ行っていたとか。

 お母さんの実家が、隣駅との間あたりにあるので、散歩がてらやって来た親子が、雨で足止めをくったとか。

 一緒にいたお仲間がお母さんと幼なじみで、お店の前まで案内してもらったとか。 

 お隣の薬屋は、昔から“猫の薬屋”と呼ばれているとか。


「まさか、今田さんが喫茶店のマスターになっているとは、思いもしませんでした」

「俺も、色々あってな」

 忘れていた、と言いながら“約束事”が差し出されたのが見えた。

 小山さんが受け取るなり、笑う。

「禁煙って……」

「悪いか?」

「いや、良いことだと思いますけど。あれだけ吸ってた人が……」

「金を燃やして体を壊すような馬鹿なことは、止めたんだ」

 真面目くさった顔で言いながら、カウンターから出てきた孝さんは、笑いを止めた彼の前にコーヒーを置いた。 


 カウンターへと戻る孝さんに、お母さんが会釈をしたのが見えた。 


 カウンターを挟んで、二人が小声で語り合う。

 このお店では珍しい光景は、小山さんがコーヒーを飲み終えるまで続いた。



 その夜、寝物語に小山さんの話題がでた。

「新人時代の教育担当が、俺だった」

 電話の取り方から仕込んだと、懐かしそうな声で話す。

「配属も同じ営業でさ。人当たりも良くって、向いている感じだったんだけど、入社から一年が経ったかどうかってあたりで、成績が落ちてきて」

 二年目だか、三年目だかに地方の営業所へと飛ばされたらしい。

「左遷?」

「というのも、違うかな? 仕事が合ってない感じで、無理をさせられないな、ってのが上の判断だったみたいだな」

「あー」

「さっき話してたら、『学生時代から付き合っていた年上の彼女に釣り合いたくて、無理をしてたら転んだ』みたいなことを言っていたんだけど」

「それこそ、本末転倒……」

「まあまあ。本人は向こうの水が合っていたらしいから」

「でも、そんな状態だったら、ダメになってない? 彼女とも」

「いや、今日のあの奥さんがその人だったみたいだし。結果的には良かったらしいよ」

 小山さんのタバコを諫めた人、らしい。

「そんなことまで、分かったの?」

「アイツが言われた言葉を真似したら、驚いた顔をしていたから」

 そんなことまで見ているなんて。

 さすがは、マスター。 


「そう言えば」

「うん?」

「孝さんって、カラオケに行ったりするの?」

 渋いこの声で歌ったら、さぞかし……と尋ねる。

「行かない」

 にべもない答えが、返ってくる。

 もぞもぞと、姿勢を変える。    

「俺、音痴だよ」

「音痴?」

「うん。音楽の授業で先生に、『何、このかわいそうな子』って顔をされた」

 『だから人前では歌わない』と、あくびと一緒に、言葉がこぼれ落ちる。


「歌で思い出した」

 と、話を変えられた。

「近いうちに、織音籠のアルバムが出るって」

「あー、昼間ポスターを見た」

 何とも言えないモヤモヤを思い出して、そっと息を吐く。

「あれ、予約してたりする?」

「いやー、悩み中」

 興味はあるけど、セルフカバーだし。

「じゃあ、俺が買うから」

「うん」

 貸してもらえたら、それで十分。



 借りるつもりだった織音籠のニューアルバム“Hush-a-bye”は、販売直後の土曜日の夜、手渡された。

「ささやか過ぎるけど、誕生日おめでとう」

 の言葉と一緒に。

 彼の言葉通り、私は明日、三十四歳の誕生日を迎える。

「いや、そろそろめでたくないんだけど」

 憎まれ口をたたく私に、

「これも追加で」

 と、筒状に丸めた紙も差し出された。


 独特の光沢に、まさか……と思った通り。

 織音籠のポスターだった。


「予約特典って、あったんだ」

 苦労して広げた私を手伝って、彼が上端を持ってくれる。

「って……サイン入り?」

「うん。特別サービス」

 おおー。

 初めて、だよ。サイン入りのポスターなんて。


 気をつけて、まき直して。CDのラッピングを開ける。

 違和感のようなものを感じながら、取り出してケースを開く。


「うわ。こっちも、サインが……」

「驚いた?」

 違和感の正体は、CDがビニールパッケージを被っていないこと。中のブックレット裏面に書いてあるサインを見て、謎が解けた。

 

 あー、さては。

 JINに頼んだな


 お客で来ている人に、ポリシーを曲げて。

 “To 里香”なんて、宛て書きまでさせて。



 そんなことを考えながら、サインを眺める。

 うん?

 

 ちょっと待て。 

 このサイン……“JINサイン”じゃなくて、“Fullサイン”じゃない。



 織音籠のサインには、二種類ある。

 “織音籠”の文字の周りに五人が寄せ書きしたような“Fullサイン”と、例えばJINが書いたら“JINサイン”と呼ばれる、メンバーの一人だけが書いたものがある。


 JINサインなら、不思議はない。

 昨日とかに来店したJINに頼めば、その場で書いてくれることもあるだろう。


 Fullサインでも、発売日から日が経っているなら……まだ、納得がいく気がするけど。

 発売から、三日しか経ってないのに、これって? 


 孝さんは呑気に『ちょっとばっかし、ツテを頼ってさ』なんて言っているけど。


 どんなツテを辿れば、

 こんなことができるわけ?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ