表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

勉強するということ

作者: スプマリ

 そもそも勉強とは一体何だ、と考えたことがありますか? 私の場合風呂に入っている時にふとそのようなことを考えてしまい、大いに頭を悩ませました。大学生の時に家庭教師のアルバイトをしていたせいもあり、他人に勉強を教える際にその答えが役立つのではないかと考えたこともそれに拍車をかけました。


 その結果、勉強するということは訓練するということであり、勉強には二種類の勉強が存在するのではないかという結論に達し、それと同時に『こうするのが良い勉強法になるのではないか』という考えも思いつきました。


 本来この考えは塾講師の職に就いたり、再び家庭教師をすることになった時にでも活用させようと思っていたのですが、そういった事も無さそうであり、ニ○ニ○動画等に某兄貴システムの動画として投稿でもしてみようかと思いましたが、私自身がこうして小説家になろうで一応執筆活動をしているならば、エッセイとして投稿してみてもいいじゃないかと思い、こうして投稿させてもらった次第であります。


 さて、まず勉強とは何だ、という問いに対して私は『訓練である』という答えを得ました。これは私が思う効率の良い勉強法に由来します。それについては後述致しますので、まずは『そういうものか』と納得して頂きたく存じます。


 次に勉強には二種類あるという考えについてです。それは『憶える勉強』と『考える勉強』の二種類です。『勉強なんて全部考えるものじゃないか』とお思いになる方もいらっしゃると思いますが、まずは例を見てください。


例1: 1+1= ?

例2: たかし君はりんごを一個持っています。たかし君はお店でりんごを一個買いました。たかし君は全部でりんごを何個持っていますか?


 例1が憶える勉強であり、例2が考える勉強です。例1の答えは簡単ですね。答えは当然『2』となります。それは何故か? これも当然『学校でそう習ったから』です。では聞きましょう。1の次は何故2なのですか? 何故1に1を足したら2になるのですか? 引き算は? 掛け算は? 割り算は?


 つまり私の言いたいことは『1の次は2であり、2の次は3、と言った具合に規則が決まっている』とか四則演算の答えといった『計算の基本になる知識、規則』を知り、実際に計算し、それを憶える。これこそが『憶える勉強』なのです。そこにあなたや私の意思は介在しません。そう決まっていることを憶えるだけです。


 では例2についてです。これもまた答えは簡単です。答えは『2』です。ここで『既に持っていたりんごを食べたから残りは買った一個だけ』といった屁理屈を言う人もいるでしょうが、そう言った人は『文章問題では言われてないことはやっていない』という『規則』を『憶え』ましょう。


 そしてどうやってあなたは『2』という答えを得たのか、それは恐らく頭の中で『1+1=2』という足し算を『考えた』のではないでしょうか。『持っているりんごの数と買ったりんごの数を足せば持っているりんごの総数になる』と『1+1=2』という憶えた規則、知識、常識から式を考えたのです。


 このようにして公式やら規則やらを憶え、そしてそれを基にして考える、それこそが勉強、特に机上でのという但し書きは付きますが、の全貌であると私は思います。


 そしてそこから一歩踏み出してみましょう。『考えるって何だ?』という問いです。私は受け持った生徒によく言っていました。『もっと考えて』『ちょっと考えればわかる』と。ですが改めて『考えるとはどういうことだ?』と自分に問いただしてみましたが、はっきりと『これだ!』と言えるような答えは得られませんでした。


 ですがその代り、私のような凡人が天才の真似事をして『考えるフリ』をする手順を整理することはできました。


 まず初めに自分が得たい答えを設定します。先程の例であれば『式の答え』や『最終的に持っているりんごの数』ですね。そして次に自分が今渡された条件を確認します。『1+1という式』『たかしという名前』『最初に持っているりんごの数』『買ったりんごの数』といったものです。そして最後に『条件から欲しい答えを得るには何をすればよいのか』を『考える』必要があります。


 例1であれば『1+1=2』という知識を知っていればそれが答えになり、例2であれば『持っている数と買った数を足し算をすればいい』と考える必要があります。そしてここからが問題なのですが、私のような凡人では真の意味でそういったことを考え出すことは出来ないのです。


 どういうことかと言うと、特に例2についてですが、『持っているりんごの数と買った数を足せばいい』ということを何故思いつけたかと言えば『やったことがある』からです。『そう習ったから』です。つまり、無から考え付いたのでなく、知っていたからやれただけに過ぎないのです。


 知っていたことをやっただけに過ぎないので『考えるフリ』と私は言ったのです。とはいえ一般に『考える』とはそういう行為を言うのではないでしょうか。仕事中に『考えて行動しろ』と言われた場合、先輩がやっていた時のことを思い出したり、上司に言われていたことを思い出して行動したり、前の場合や似た場合はどうしていたか思い出したり、そうやっているのではないでしょうか。


 天才であればやった事の無い事、誰も知らない事、教わった事の無い事も『どうすれば答えが得られるか』の『手順』を捻りだすのでしょうが、私は天才ではないのでその辺は割愛します。


 ともかく『考える』ということが凡人にとっては『思い出す』ことに等しいならば、某ゼミのCMでよくある『この問題やったことがある!』というのは非常に効果的であると言えるでしょう。


 以上の事をまとめますと、勉強とはつまり『四則演算や常識といった基礎知識、それらを使って問題を解く手順』を憶え、『その知識を使って実際に問題を解く』ということになります。


 では勉強とはそのようなものであるならば、どう勉強するのが効率が良いのでしょうか。私がどうしてそう思ったかは省き、私の得た答えを言いましょう。


 まず教科書に載ってある例題を解きます。そして『例題では答えはどう設定し、どの条件を使って、どういう手順で答えを出しているのか』を憶えます。そして練習問題では憶えた手順通りに自分が問題を解いているのかを確認しながら問題を解きます。


 この時練習問題の横に例題を解く手順を書いたノートでも置いて、逐一確認しながら問題を解くのがいいでしょう。そして二問、三問と解く間にその手順を憶え、最終的には何も見ないで練習問題を解けるようになる、そうすれば『その問題の解き方』という知識を憶えることが出来たと言えるでしょう。


 あとはその繰り返しです。特に数学や物理では顕著ですが、難しい問題では『難しい問題の解き方の中に『簡単な問題の解き方』が内包されている』ことが多いです。無論その解き方も凡人には考えだす事は不可能ですので、事前に一回以上練習しておく必要があります。


 国語、数学、英語、物理、化学はこれで対応できると思います。『何かよくわからないけど何か数字と公式使ったらそれっぽい答えが出たから』と生徒が言うのは『自分が得たい答え』を設定しておらず、『どんな公式をどう使えばどういった問題には対処出来る』か憶えていないから出る言葉でしょう。


 東大の入試問題なんかもこれであると言えるでしょう。難しいのは『答えを設定』し、『持っている知識、問題の解き方をどう利用すれば答えを得られるか』を『考える』ことです。彼の大学が『教科書をやっていればわかる』と言われるのはそれが所以ではないでしょうか。


 じゃあその『本当に考える』やり方を教えろと思うかもしれませんが、それについては私も知りませんし、私が教えてほしいくらいです。それがもしマニュアル化出来たならば人類総天才化でも出来るのではないでしょうか。


 後言えそうなのはそれぞれの科目についての私が思う『勉強のやり方』くらいですが、こればかりは書くのが面倒ですし、勉強する本人にもよります。私の場合は歴史や名前、英単語と言った『理解も理由も無く、ただ憶えろ』という単純な知識を憶えるのが非常に苦手で、『問題の解き方、公式と言った理解、理由のある知識』を憶えるのは非常に得意です。


 その逆の人も当然いるでしょう。私の場合は暗記に重点を置く必要がありますが、その人の場合は『実際に問題を解く』ことに重点を置く必要があると思います。やり方は人それぞれですが『それぞれの問題の解き方、知識』を憶えて実践する、それがあれば基本的には良いのではないでしょうか。


 勉強がわからない、という場合は分からない部分よりも前の『問題の解き方、知識』があやふやであったり、『答えを設定していない』のではないかと思います。だから多分『この問題の時は何を答えとして出さなければならない』としっかりと意識するのが良いのではないでしょうか。


 あやふやな知識、これも多分『どういう答えが欲しい時に、どんな条件を組み合わせれば公式などが役に立つのか』を憶えないことがあやふやな原因でしょう。そのことを意識すればあやふやではなく、しっかりとした知識になるのではないでしょうか。


 あとはまあ『その問題の解き方』に需要があるくらいでしょうか? 私の場合はとある子には英語の論文の書き方が好評でした。その子が私に似たタイプであったため私のやり方が非常に合致した結果、英語の偏差値が40前半から60まで上昇したため信頼度はあると思いますし、その他の成績も軒並み上昇しています。


 まあその解き方は家庭教師にでもなった時に逐一教える程度でしょうし、ここまでで私が書きたいことは大体書き終えたので、今回はこれくらいにして終わりとさせていただきます。


 最後になりましたが、ここに書いた文章はあくまでも私の私見に過ぎないため、異論反論批判大いにありますでしょうが、『そういう考えの人もいるのか』程度にお思い下されば幸いです。また、これを見た小、中、高生自身、もしくはその関係者の方のお役に立つことがあれば言うことはありません。


 自己満足にお付き合いいただき誠にありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ