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第4話 命は時として価値が変わるものである

 竜は山の洞窟に入って行った。暗く小さな光しかないその洞窟の中にはこの竜より大きな竜が何頭もいる。荷物を運んでいたり、竜に荷物を持たせていたり、人が行き来していた。

 この街がどれだけ大切かここを見ただけで分かる。まず、兵隊の数が多い。厳重な警備の中、運ばれる荷物には行き先だろうか、文字が書かれていて竜が持って飛んでいっている。

 俺達の竜は無事着陸し、俺達を地面へ降ろした。

 俺が竜から降りた頃には、兵隊達がアヌビスの前に整列していた。アヌビスの横にはアレクト、ポロクル、ミルとルリカまで並んでいる。そんなアヌビスは俺を手招きしていた。

「早く来い」

「あ、はい」

 アヌビスの横に着いた。俺はここにいていいのかと疑問に思ったがそれでよかったようだ。

「ご苦労だった。ギャザータウンで数日の休暇だ。次の行き先は追って伝える。それと」

 アヌビスに合わせてアレクトが小さな袋を沢山並べる。大きさはどれも同じで中身は何か分からなくなっていた。さらによく見ると、アレクトの後ろにはその袋の何倍もの大きさの袋が4つあった。

「少ないが給料だ。都合よくギャザータウンでの支給になったが、ここを出る時、この中の何人が金を持っているんだろうな」

 アヌビスの真面目な話に兵隊達が小さく笑い声を上げていた。今の可笑しいのか? どう聞いても嫌味ぐらいにしか聞こえなかったぞ。

 兵達はアレクトから給料を受け取って上へと大きな階段を登っていく。

 俺達だけになってからアヌビスは一番大きな袋を手に取った。持ち上げるだけでジャラジャラと音を立てていた。次に大きい袋はアレクト、ポロクルの順番に取っていった。一番小さい袋だけが残る。小さいけど兵達のと比べると5倍ほどの大きさがあった。

「ほら、リョウの分だ」

 アヌビスは袋を俺へ投げた。それをギリギリで受け取ったが、重くて地面に一度落としてしまった。

「金貨5枚だが、使いやすいように崩しておいたぞ」

 袋の中には、金貨、銀貨、銅貨が入っていた。硬貨に書かれているものも違い十数種類ある。

「価値が分からない……俺が貰っていいのか」

「あたりまえだ。お前は俺の下で働いているんだからな」

 金貨5枚分か。いくらぐらいの価値があるんだろう。

「どれだけの価値があるんだ」

「銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚です。銅貨1枚の価値は、貴方の国での100円と同じぐらいです」

「ポロクル、リョウの国のことが分かるのか」

 アヌビスの質問にポロクルはメガネを輝かせて笑う。

「ええ、勉強したので」

 銅貨一枚100円か。となると、この中の金額は、銅貨×100=銀貨1枚、銀貨×100=金貨1枚。つまり、銅貨×10000=金貨1枚。銅貨1枚100円だから。金貨1枚1000000円か。

「ご、5百万円! そ、そんなにもらえない」

「なに言っている。円? なんだそれ」

「リョウの国の通貨単位ですよ。こんな大金いただけないそうです」

 ポロクルを経由しての会話。思うように伝えたいことが伝わらないのはめんどくさい。短気のアヌビスも同じことを思っていたようだ。

「ああ、めんどくせえ。やりたくなかったが、これきりならいいか」

 アヌビスは地面に丸や線を描き始めた。魔方陣。それが一番しっくりくる。

「なにやってるんだ」

「話しかけるな!」

 魔法陣を書き始めてからアヌビスは不機嫌だ。

 俺の肩を叩いたアレクトが代わりに説明してくれた。

「魔方陣はね。上位魔法を使うときに描くんだよ。それを描くだけでも魔力を大量に消費するから、集中させてあげようね」

 歳は少ししか差が無いのにアレクトがやさしい大人の女性に見えてくる。かけられた声も柔らかく上品さが漂っていた。これで軍服を着ていなかったらお嬢様にしか見えないぐらいだ。

「よし、あとはこれを置いて」

 魔法陣の真中に置かれたのは拳ぐらいの鉄の塊だ。立方体の固まりには曇りも無く鏡のように輝いていた。

 その塊をまたぐようにアヌビスが立って両手を前に出した。すると、魔方陣が光り始めた。

「アレクト、そいつらを近づけるなよ」

 アレクトはミルとルリカと手を繋ぎ俺はポロクルに羽交い絞めにされた。

「ポロクル、何するんだ」

「今アヌビスがしようとしているのは、犠牲を払って行う上位魔法です。成功するまで魔法陣に入ってはいけませんよ」

 犠牲。その言葉に嫌な予感がした。が、細腕のポロクルから逃げ出すことはできなかった。

「鋼よ、わが声に答えろ」

 俺の不安を知らずにアヌビスは始めた。

「わが知識、それを受け継ぐ個を作り出せ。炎よ赤く染め上げろ、力よ荒れ狂うものを抑え込め、雷よわれを焦がす刃とかせ、わが血に眠る獣よ。今一時、鍛えぬく生命を、」

 長い呪文を唱えるとアヌビスの右手には静電気がバチバチと音を立てて形を作ろうとしていた。電気は徐々に大きくなってゆき剣となった。

「すごいよ。アヌビスさんは。普通2つでやっとなのに5つも同時に使えるなんて」

 アレクトのボヤキが聞こえると、アヌビスは雷の剣を鋼の塊に突き刺した。


 硬く冷たいはずの鋼の塊が、沸々と沸騰したお湯のように泡を立て始める。

 するとすぐに鋼は破裂した。それにあわせてポロクルが水のカーテンを俺達の前に広げていた。それのおかげで俺達は怪我をしなかった。俺達は、だ。


 魔方陣は消えていた。そこに立っていたアヌビスには全身に鋼の槍が突き刺さっていた。


「鋼よ。わ、われに、したがえ。わ、わが血と共に、輪となれ」

 アヌビスの体に刺さっていた槍がドロドロに溶け、一つの輪になった。輪には赤い模様が描かれていた。

 その輪を手にした瞬間、アヌビスは倒れこんだ。そこに、アレクトとポロクルが駆け寄った。

「アレクトは止血を、私は魔力を供給しますから」

「言われなくてもやってます」

 アヌビスの治療をする二人を俺と小さな女の子3人で見ていた。何もできなくて、近づくこともできない。無力な自分が悔しくて、手に持っていた事典を強く握り締めた。

「もう、いい。立てる」

 ふらつく体で俺に近づいてきた。まだ少し血を流していた。

「ほら、やる。なくしたら、殺すからな」

 アヌビスから受け取った輪は熱くて脈を打っていた。大きさからしたら腕輪だ。

「命懸けだ。感謝しろよ。はめてみろ」

 俺は、その腕輪を左腕にはめてみた。すると、さっきまで読めなかったここの国の文字が日本語と同じ難解度程度に見えてきて、読めるようになって自分が持っているお金の価値もよく分かった。

「俺の、知識をその魔法具に染み込ませた。これで、俺と同じ知識を得たと思っていい」

 そのままアヌビスは力尽きるように崩れた。アレクトがアヌビスを背負い、歩き出した。

「アマーンさんには明日連絡しましょう。今日はもう休みますよ」

 アレクトが先頭を歩き俺達は導かれるままギャザータウンへと入った。


 アヌビスが命懸けで作り出した腕輪をつけてから俺の中の靄が綺麗に晴れていった。

 この街、ギャザータウンは竜と食料が集まる街。道はタイルが敷かれている。道沿いにはレンガ造りの建物が立ち並び、その窓からは暖かいオレンジ色の光が漏れていた。これまでいた聖クロノ国に比べると段違いの文化の高さが分かる。

「もういい。降ろせ」

 アレクトの背中で気を失っていたアヌビスが自分の足で立ち歩き始めた。

「アヌビス、大丈夫なの?」

 いまだふらつくアヌビスにルリカが近づいていった。街に入ってからルリカと手を繋いでいたミルはアレクトと手を繋いでいた。

「ああ」

 ルリカを短い言葉で追い払い先頭を切って歩いていった。

「アヌビス、どちらへ」

 一人集まりから離れていくアヌビスにポロクルが聞いた。振り返った表情は不機嫌と疲れが積もっていて殺気だった顔をしていた。

「アマーンのところだ。さっさと行くぞ」

 アマーン、ギャザータウンを管理している武将だ。アヌビスと同じ特別な将でその実力はアヌビスに引けを取らないほどだ。それにしてもこの腕輪はすごい。アヌビスの知っていることを俺も共有できるそうだ。命をかけるだけの価値があるというのに少し納得できそうだ。

「止めても、行くんですよね」

 答えを知っているポロクルは一応聞いてみたようだ。

「あたりまえだ」

 アレクトたちは諦めて歩き始めた。俺もそれについていく。歩くと貰った袋が音を立てて揺れていた。その音で忘れていたことを思い出させた。

 俺はアヌビスの前に立って袋を突き出した。

「なんだ」

「これは受け取れない。返すよ」

 アヌビスは一度だけ袋を見て俺の顔を見た。不機嫌な顔は変わらず剣の柄を指で叩いていた。

「返すだと、理由を聞いてやる」

「俺なんかがこんな大金受け取る資格なんて」

 言い終わる前にアヌビスは鞘から剣を抜いていた。白い長剣が俺の頬に当たっていた。いつも皮一枚のところで止めてくれて傷一つつかないが、今回は、頬の皮を切り一筋の赤い線をひいた。

「力加減ができなくてすまなかったな」

 血を振り払い鞘に収めた。今のアヌビスは威嚇する気も無いようだ。

「お前の背中にあるものは何だ。俺と命を共にする証じゃないのか。俺は、それにそんな安い価値を与えた覚えはねぇ」

 アヌビスから貰ったこの服。背中には派手な刺繍がされている。部隊の兵達のにはこんな刺繍はされていなかった。

「アレクト、ポロクル見せてやれ」

 アレクトは首からかけている鎖を引っ張りだした。その先は胸元に隠されている。隠されていたそれは銀でできた俺の背中と同じエンブレムのアミュレだった。

 ポロクルは広く口の空いた袖を探り中から懐中時計を出した。その懐中時計にも同じエンブレムの装飾がされていた。

「この二人もお前と同じだ。俺と共にするだけの金額を用意したつもりだが?」

「それにしてもこの額……普通の人なら数年暮らせる額だろ」

 この国での500万は5年楽して暮らせる額だ。それを出会って数日しか経っていない俺に渡せる。それだけ頼りにされ信頼されているのだろうか。それは嬉しいが、命を張って戦ってきた兵達に悪い気がする。それが受け取れない理由だ。

「普通の奴ならそうだろうよ。でもな、ここにたどり着くまでにお前は死んでいたかもしれないんだぞ」

 たしかに、アレスたちに出会ったときは死の香りがした。でも、それはみんな同じ。俺以上に死の恐怖に脅えていた兵達が少ないのは不公平だ。

「背中に背負ったものは俺の部下だと言うこと。敵に見られたら即座に斬られる。それを背負っていることに払った金額だ。そのうち、その額では不満を持つようになる」

 アヌビスは疲れた足を引き摺るようにして歩き出した。俺の答えを聞かずにみんな歩き出す。

「なんだよ。みんな一緒じゃないのかよ」

「自分より誰かが苦しんでいると分かると、ナイフを向けられていても恐怖に堪えられるもの」

 あまり話さないミルが俺にだけ聞こえるようにそう言って走っていってしまった。

 子供にしては意味深なことを言うんだなと思った。もしかしたら彼女はもっと大人の女性なのかと思ったが、アレクトと手を繋いでいるのを見るとアレクトの妹に見えてしまう。

 ミルのつけているバッチ、王族の証だそうだ。証が無いと何も分からない。それだけ、証には重い意味があるってことだ。


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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