第80話 サルザンカの宝-『遊び人兼スパイ』
「やあ、アヌビスさんご一行じゃないですか」
爽やかな挨拶をしてくるライランをアヌビスは不機嫌とは別の意味で睨みつける。
警戒。力に自信のあるアヌビスらしからぬ行為だ。
アヌビスは、ライランの発言行動一つたりとも見落とさないように彼を睨む。アヌビスがライランをそのような目で見るようになったのは、ここに来る前に会った女性からの情報が原因である。
朝日が昇る少し前。アヌビスは水分を吸って重くなったマントを邪険に思いながら、重りを背負ったように遅い足を進めていた。
「服が湿っぽくなったな……くそ、気分が悪い」
水の魔物ナイトの壁を突破したアヌビスは、ヴィルスタウンの出口である大正門付近にいた。
そこには、魔物の骸が多く転がっている。もちろん、アヌビスが一掃したからだ。
アヌビスは、その大正門で部隊の仲間が来ないかしばらく待つことにした。力には自信のある部隊とはいえ、謎の力の存在が多いこの町では、分散するのはよい作戦だとは言えないからだ。
と、言うのがアヌビスの建前ある。実際の所、アヌビスは狙っていたものを見失ったから、立ち止まって捜索をかけている。それが正しい状況だ。
アヌビスが狙っているもの。それは、混沌とした魔力の存在だ。
この時ははっきりと分かっていないことだが、この力はエルフィンのナナのものだ。
「ジャックの奴、負けたな。……かなりの強者。さすがに、見つけ出すのは困難か」
ジャックとの戦闘を終えたナナは、そのまま姿を消した。ナナは、ずっとむき出しの刀のように振り回していた魔力をぱったりと閉じてしまっているのだ。
その隠し方は完璧。さらに、一般人の中に紛れられると魔力のみで見つけ出すのは、無理といえよう。砂漠から砂金の粒を見つけるようなものだからだ。
「くそ、あの野郎に時間をかけすぎたか」
アヌビスは後悔と共に胸元から黒い箱と取り出す。そして、そこから黒いタバコを一本の取り出して口にくわえる。その黒いタバコを握るように手を当てる。だが、いくら火をつけようとしても火種が生まれない。
「けっ、湿気ってやがる」
アヌビスは、役立たずのタバコを投げ捨てる。すると、彼の目の前に何者かが現れる。
咄嗟にアヌビスは正門の柱に隠れる。
ほんの僅かだが感じ取った力。今、目の前に現れたものからは、魔物とも人間とも獣ともいえない独特の魔力を感じた。その突然の出会いにアヌビスは姿を隠して、様子をうかがうことにした。
もし、相手が自分のことを知っていた場合、逃げ出してしまう恐れがあるからだ。
「もう、はぁ、はぁ、な、なんなのよ。あいつら」
荒い息をしながら聞こえてきたのは女性の声だ。その声にどこか聞き覚えがあったアヌビスは、そっと覗くようにそちらを見る。
そこには、膝に手を当てて息を整えようとする女性がいた。
露出した肩が隠れるほどの長さの青い髪。その髪は癖に近いゆるいウェーブがついている。その髪からは、汗が滴となって落ちていた。
疲れが見える赤い瞳は、アヌビスの深く真っ赤な物やミルの赤茶気味とは違い、ガラス玉のような透き通った透明感のある赤だ。
それだけでも目を引くというのに、彼女は真っ赤で白いフリルが多く装飾されている服を着ている。
その服は夏用なのか袖がなく、白い腕が見えている。さらに、両手首には白いシュシュがあり、そこには足首まで届く細長く黒いリボンが付けられていた。そのリボンが汚れることを気にせず走っていたのか、その先端には泥汚れが少し付着している。
走りやすそうな短いスカートの下は黒いタイツだ。その黒タイツの先には、走るには向かない真っ赤に輝く子供っぽい靴。その靴にも泥汚れが少し目立つ。
汚れながらもその小脇にはバスケットを持っていて、それを大切そうに抱きかかえて守っている。
「あの女……花売りの餓鬼か。まだ生きてやがったんだな」
そこにいたのは、アヌビスが朝方出会った薔薇の花を売りにきたと言っていた女性だ。
アヌビスは疑いながらも再び魔力を探る。しかし、彼女からは先ほど感じた魔力を感じ取れなかった。
勘違い。もしくは、逃がした。アヌビスは悔しいが後者を認めた。そして、その女性に近づき彼女に興味が沸いてきていた。
見た目はリョウに近い16歳ぐらい。もし、ルリカのように生まれた時から、魔法の英才教育を受けていれば、低級の魔法ぐらいなら扱えるだろう。
だが、彼女は明日生きるための食事にも困るほどの貧困少女だ。英才教育はおろか、魔法学を学んでいるのかも危うい。
さらに、あの息の切れようを見ると、ミルのように魔法強化された体でもなさそうである。
それどころか、刃物や銃器を持っていない。ただの人間がこの魔物が闊歩する町を生きている幸運に興味を持ったのだ。
「ミツケタ」
片言の言葉がアヌビスと女性に届く。すると、再びアヌビスは隠れる。彼女がどのようにしてこの危機を回避していたのか知りたくなったのだ。
その声を聞いた彼女は、瞬時に振り返って、自分の背後に迫ってくる存在を視野に入れる。
そこには、人間に似た形をしているが、羽が生えている者や肌の色が違う魔物の集団がいた。
一人の女性を追いかけるにしては5人がかりは多いと思うが、それだけ狩る対象が減っているということだ。
そんな魔物を前にして、彼女は少しずつ後退する。その脅えた顔は今すぐにも泣き出しそうなものだ。
「ど、どうして、私を追いかけるの。私、何も悪いことしてないのにぃ」
震える声は、魔物に同情を誘っている。だが、魔物のリーダーらしき者は、簡単にそれを両断する。
「フザケロ。オマエハ、アクノカタマリダ。オマエガキエルマデ、オレタチハ、オマエヲオウ」
魔物が言い切る前に彼女は再び背を向けて走り出していた。
だが、魔物の一人が高く跳躍して彼女の正面に立つ。そして、彼女は左右の逃げ道を頼る。だが、そこにも魔物が控えていた。
「あ、あう、ううぅ〜、やっぱり、私は不幸を持って生まれてきたのです」
その場に座り込んでしまった彼女との間合いを魔物たちがじわりじわりと縮める。
アヌビスも幸運もここまでかと思いタバコをくわえようとする。だが、それに火をつける前にあの魔力を感じた。
今回ははっきり感じ取った魔力源。それは、彼女のバスケットの中だ。
そのバスケットの中に手を入れている彼女は、不安そうな顔だがほのかに笑っている。
「あと、二つか。はぁ、私、生きて帰られるのかな」
バスケットから出された手に握られていたもの。それは、ガラスで作られた薔薇の花。茎や葉はない花だけのものだが、ブローチにするには丁度よい大きさのものだ。
このガラスの薔薇は、アレクトやアテナが身に付けていたものと同じだ。
そのガラスの薔薇を胸元で握った彼女。それを必死に止めようと魔物達は駆け寄る。だが、彼女の方は言葉を発するだけで済む行為だった。
「朝霧よ。花々の美しさを永久に保つ冷たい愛で包んで」
すると、彼女の手の中から霧が生まれだす。そして、その霧が彼女も含めて周りの魔物を飲み込んでゆく。
しばらくその霧が留まった後、霧の真中から人影が一つだけ動いて、霧の中から出てきた。
それはやはり彼女であった。彼女は何事もなかったのような平然な顔で歩いていった。
彼女が立ち去った後、霧が晴れる。すると、そこにはガラスで作られた魔物の像が5体あるだけだった。
「構造変換か。奴、実力者だったか」
アヌビスは、彼女の後をこっそりと追いかける。本心は、後ろから切りかかりたい気分であった。だが、今の彼女からは魔力の欠片すら感じない。つまり、全力ではない。より強者と戦いたいアヌビスは、震える剣を押さえ込んで耐えることにした。
彼女が向っていた場所。それは、ヴィルスタウンを出てすぐにある小さな森の中だ。
迷わず真っ直ぐ歩いていた彼女は、ある場所で足を止める。そこには、一台の馬車とオレンジの髪をいじっているライランがいた。
「あれは……ライランか」
その意外な二人の組み合わせをアヌビスは、少し離れた所からそれを見ている。
もし、彼女が実力者ならば、今のアヌビスを察知してしまうかもしれない。アヌビスはあふれ出しそうな力を必死に抑えて、悟られないギリギリの位置にいた。
その距離のせいで二人の姿は見えるが会話は聞こえないでいた。
二人は会話をしていて、時々笑っている。
「くそ、何を話てやがるんだ」
「魔物があれだけいたのによくご無事でしたね。ええ、こう見えても私強いんですよ。そうですね。見かけで判断してはいけませんね。って話しているよ」
足元から突如聞こえた声に向ってアヌビスは白い剣を向ける。
「待った待った。団長、僕だよ。テミスだよ」
アヌビスの足元には、座り込んだまま両手を挙げる女の子がいた。
「き、貴様。なぜ」
「いいから、隠れて隠れて」
テミスに無理矢理引っ張られたアヌビスは、茂みに全身を隠すことになった。
「貴様。なぜここにいる」
「あは、面白い質問だね。事件が起こるところに僕がいるのは、全然変な話じゃないと思うよ」
クスリと笑う顔はまったくの緊張感がない。
アヌビスと同じ身長で、見た目15歳の彼女は、肩が隠れるほど長さがある金髪を後ろでポニーテールにしている。
だが、前髪は肩まで長く伸ばされているので、手で前髪をいじっている。動きやすさの実用性よりもおしゃれを取った髪形だ。
その紫がかった瞳は、アヌビスを楽しそうに眺めている。
「それはそうだが……なんだ、情報収集か?」
「うん。僕の仕事だしね。それに、この格好なら軍政治じゃないって分かるでしょ」
テミスは自慢げに衣装を披露する。
袖の無い濃い紫の服。その上からは露出した肩を隠すかのような薄紫色のケープと、さらにその上から一回り小さく濃い紫のケープを二重にかけている。寒いのだろうか?
下はケープと同じ薄紫色のミニスカートだ。動きやすさを重視した選択だろう。だが、露出した足を隠すように、膝上までのロングブーツを履いていて、それまでもが同じ薄紫色だ。
服を紫で統一しているが、ところどころにある金のラインがアクセントとなって、紫のイメージが和らいでいる。
「それもそうだな。で、今回の標的は何だ」
アヌビスが同意すると、テミスは笑顔でライランの方を指さした。
「彼、最近目立つ商人なんだ。ちょっと調べようかなって」
「ただの商人をわざわざ調べるのか? ……何かあるんだな」
アヌビスの疑いにテミスは苦い顔というあからさまなリアクションをしてしまう。
「おお、さすが団長。読みが鋭い。いや〜、すごいよ。よ、天才死神様」
褒めたてるテミスの胸倉をアヌビスが掴む。
「てめぇ、死にたいのか」
「うっ。じ、情報が少ないからなぁ。まだ話せないよぉ」
睨み付けるアヌビスから逃げるようにテミスは目線を外す。脅えるテミスを察して、アヌビスは力を抜く。
「グロスシェアリング一の情報家の貴様が目を付けるほどだ。それほど外れはしないだろうよ」
「はは、褒めてくれて、ありがとうございます団長」
彼女は笑みを見せながらスカートからメモ帳を出す。そして、ぎこちなくクニャと曲がった敬礼をする。
「それでは、リクセベルグ国第十軍黄の部隊指揮官テミス。グロスシェアリング名は黄色の天使。商人ライランについて情報提供させていただきます」
グロスシェアリング騎士団のテミス。彼女の仕事は、情報収集。つまり、諜報員……スパイだ。
「名乗りはいい。早く話せ」
「む〜、いいじゃないですか。僕、名乗り上げる機会少ないんですから」
テミスはグロスシェアリング騎士団の中では特殊な存在だ。本来、彼らは直属の部下を数名持つ。アヌビスで言うならアレクトやポロクルのようなものだ。
さらに、任務を実行する際は多くの兵士を与えられる。まさに軍として動く。
だが、スパイのテミスはそんな大所帯では動かない。それどころか直属の部下がいないのだ。
たまに他の部隊の応援に行く時などはあるが、ほとんど彼女は一人で行動している。
そして、敵の情報や景気情報、政治の流れや多発している問題などはもちろん。王都で流行っている物や迷子の子猫情報まで、何でも手広く調べている。
本職は前半のものだが、後半は暇な時間遊び感覚でやっているそうだ。それらの手に入れた情報を欲する者に提供する。または、依頼で情報を手に入れてくることもある。それが彼女の仕事だ。そんな仕事をしている関係上、戦闘が少なく名乗りを上げる相手がいないのだ。
さらに、黄色の天使の名で分かると思うが、彼女の色は黄色だ。つまり、彼女の制服は黄色の軍服となる。
だが、今着ているのは紫の服。そう、彼女は私服で活動している。そんな彼女を見て、ネイレードたちは、紫色の遊び人と嫌味を踏まえて呼んでいるそうだ。それだけ彼女は、戦いとは無縁な所にいるのだ。
「あーそうかい。で、ライランの話は?」
「うわぁ、なんか冷たいなぁ。はあぁ、僕も話し相手ぐらい連れて旅がしたい。……彼、商人ライランは、最近謎の取引を頻繁に行っているんです」
「謎の取引だと……違法じゃなくてか」
「うん。彼、沢山の女性を扱う身売り商人なのは知っているでしょ」
アヌビスは頷く。
「その女性を手に入れるために、あちこちの町で買い漁っているんだよ。それも、市場よりかなり高値をつけて。商人間では有名だよ。ライランの通った後には男しか残らないって」
確かに、ライランの馬車一杯に女性が詰め込まれているのをアヌビスは目撃している。だが、それは、商人の商売術。疑うことなど無い。
「でも、その高値で買った女性を突然捨てるんだよ。場所は毎回違うけど、いつもヴィルスタウンに近くて人目の少ないところだよ」
「ほう、で、それを拾いに来るやからがいると」
商売の中には、人に知られると不味い取引が多々ある。それを行うための隠れ蓑ならば頷ける話だ。だが、テミスは首を振る。
「それが、誰も拾いにこないんだよ。さらに、みんなバラバラの方へ逃げていくんだ。ね、変な話でしょ」
「変すぎる話だ。金を捨てるような行為だ。そんな行為を繰り返して、買うための金はどこから入っているんだ……」
「あ、それなら、ヴィルスタウンの知事からだと思うよ」
テミスは手帳を次々とめくって見つけた記事を読む。
「ライランは、定期的にヴィルスタウンの知事の所を訪れるんだ。その後の数日間以内に大きな買い物をすることが多いんだ。まだ直視した訳ではないけど、知事が怪しいかな。今度潜入調査してみるよ。でも……」
テミスは自分の意見を止めて、目線をメモ帳からライランの方へ送る。
そこには、ライランに子袋を渡す女性がいた。
「どうやら、彼女が買主だったのかもね」
子袋を受け取ったライランは、代わりに彼女に小さなメモ紙を渡す。そして、二人は軽く話して別れる。
「僕はライランを調べるよ。団長はどうするの?」
「俺は、再び女を追う。じゃ、観光趣味もいいが仕事もしろよ」
最後に団長らしい忠告をしてアヌビスは別れようとする。
「おっと、団長。これ、渡しておきますね。最新作ですよ」
アヌビスの正面に駆け寄ってきたテミスは、赤いリボンで結んだ紙の筒を彼に渡す。
その紙を広げたアヌビスの顔は一瞬にしてイラッとしたものに変わった。
『フノーラ特集!! あのアヌビス部隊にまた新人さんが入ったぞ。今度はどんな言い訳をオシリスにぶつけるのか! そして、新人さんを加えたアヌビス部隊は、只今観光旅行中?!』
「なっ、貴様。これを」
テミスの趣味。軍のみんなの秘密や恥ずかしい話を集めて作った『フノーラ誌』を作って配ることだ。
「あはは、僕が今一番注目しているのは、アヌビス部隊のみなさんなんだよ。今度取材させてよね」
テミスは八重歯をキラリと輝かせて、笑顔のまま森の奥へ消えていった。
「たく、観光……か。それどころじゃねぇな。あの女に視点を置きつつ、ライランに注意だな」
その後、アヌビスは女を追ったが、見つけることはできなかった。
そして、今アヌビスの目の前にはライランが現れた。
「いや〜、無事だったんですねぇ」
最大の笑みを見せるライランの前にアヌビスが出る。
「おい、商売の話をしないか」
アヌビスはライランの目の前に、ジャラリと音のする子袋を突き出す。
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。