第79話 サルザンカの宝-『何を知って何を失ったのか』
アヌビスの指示で散っていたアンスたちが再び集まった。そして、彼らは各自報告を済ませて今回の収集を始めた。
今回、ヴィルスタウンに来て気にかかったことは、大きく分けて5つある。
一つ目は、エルフィンと言う机上の存在だったものが、実在するかもしれない。ということだ。
まだ確証を得た訳ではないが、それだと疑わしい存在が二つあった。一つ目にリョウが出会ったユウナだ。彼女は自分で自分のことをエルフィンだと名乗っていた。
それを一概に信じてよいのか分からない。だが、アヌビスを始め、ほとんどの者が魔物とも人間とも呼べない謎の魔力を感じていた。
さらに、ヘスティアがそれだと疑っている。なぜなら彼女は、ナナと名乗る少女と対峙しているからだ。
その実力を目にして、魔物の統括者であるジャックと対等、もしくはそれ以上だと計った。
そのエルフィンと名乗るナナの力。ヘスティアが出した精霊を食す行為。それがヘスティアの頭から離れなかった。
人知ではありえない行為。さらに、魔物すら退ける実力。全ての生物の頂点に立つと定義されているエルフィンそのものだと悔しいながら思っていた。
それに、ユウナとナナがエルフィンでなかったとしても、今回のこの騒動と何かしらの問題に関わっていることは分かる。第一、理由も無くふらりと幻の存在が散歩している訳がない。
これは、二つ目の分かったことになる。その根拠は、彼女らをジャック率いる魔物たちが探していたからだ。
魔物たちがヴィルスタウンを襲った理由。それは、エルフィンたちを探すためだと思われる。
魔物は、無意味に他の生物を襲ったりはしないことが有名だ。その行為には何かしらの理由と根拠があるとされている。
さらに、あれほどの大群と犠牲の数。それほどまでにして行いたいことがあった。その中心にいたエルフィンの二人が、関係ないとは言えないからだ。
三つ目に聖クロノ国のメネシスとそのパートナーのイルがエルフィンで、ユウナと面識があるということだ。
彼女も自分のことをエルフィンだと名乗ったのが根拠である。実際にその場に立ち会ったリョウは、メネシスの力を読み解くことはできなかったので、彼女の言葉を鵜呑みにした仮説である。
確かに、メネシスは聖クロノ国の指折りの洗脳魔法使いだ。エルフィンに近いほどの力を持っているかもしれない。
だが、何度もメネシスと顔を合わせているアヌビスたちはそれを否定した。
なぜなら、今回感じ取ったエルフィンの独特な魔力なら、出会ってすぐに気付くからだ。
だが、メネシスはエルフィンではないかもしれないが、エルフィンと何かしらの繋がりがあるかもしれないという仮説は、一概に無視はできなかった。
何処にいてどんな存在なのか。まったく手がかりの無いナナやユウナを闇雲に探すよりも、メネシスから聞き出した方が早いかもしれないということだ。
四つ目に、ハデス率いる聖クロノ国の不思議な活動だ。
元々、ヴィルスタウンにはメネシス部隊がいると情報はあった。そこにハデス部隊が加わっていることが不思議な点の一つだ。
ハデス部隊は、聖クロノ国の軍部頂点に位置する部隊だ。そんな部隊がメネシス部隊と組んで国境際の街ヴィルスタウンに来ている。国境警備にしては過剰すぎる部隊だ。
魔物の襲来の知らせが入ってから、駆けつけたのなら頷ける話だが、その対応が早すぎる。 この一帯はメネシスの管轄のはずなので、偶然ハデスが近くに来ていたとしても疑問が生まれる。
となれば、元々ヴィルスタウン周辺でハデス部隊は何か行動をしていた。
軍隊が活動するには向かない港街で彼女達は何をしていたのか。
答えは簡単だ。ヴィルスタウンで何かが起こる。それがハデスたちには分かっていた。そう考えるのが妥当だろう。
次に、いきなりのルリカの強奪だ。
聖クロノ国とアヌビス部隊が接触することは何度もあった。そのたび何度も戦っていたが、今回のようなルリカを目的とした行動はなかった。
いつもアレクトが彼女を守っていたからかもしれないが、ルリカを狙う節をまったく見せていなかったので、より不思議に見えたのだろう。
だが、奪うとなった時の行動はすごいものであった。メネシスとイルの自称エルフィンの強者。そして、聖クロノ国最強の戦士ハデスの三人組だ。これで失敗したら、諦めもつくと言わんばかりの精鋭ぞろえできた。
それだけルリカが欲しかった。それとも、本当に母親に会わせたいが為の行動。それを考えていると、アヌビスは鼻で後者を笑った。
例え後者だとしたら、それほどの戦力を連れてくる必要はない。実際に母親を連れて来ればよいだけだ。それをしないのは、始めから力づくずくで奪いに来たか、ルリカの発見が突然のことだったかのどちらかだ。
安全面も考えると後者だとアヌビスは言った。どれだけ力を集めたとしても、戦火に魔道書を巻き込むと危険が起きる。そうなるのを防ぐには、戦いを避けることだ。それをするにはルリカ本人が、ハデス側に歩み寄るのが早い。したがって、前者ならば母親を連れてくるのが正しい。
ハデスたちは別の目的でヴィルスタウンにいた。しかし、その目的以上の物。魔道書の発見をしてしまった。
結果、危険な賭けをすることになったが、魔道書に力を注いだのだ。
軍が当初の目的を変更するのは珍しいことだ。その目的を達成するために念入りに立てられた計画と人材配置などを全て台無しにするからだ。
それをしてまででもルリカを欲した。聖クロノ国にとって、あの魔道書はそれほどの価値があると判断したのだとアヌビスは言い切った。
そして、そのルリカに並んで聖クロノ国が注目していたのが獣人のことだ。
獣人は、貴重な存在なのは間違いない。だが、魔道書ほどではない。その獣人を国単位で捕獲を企んでいた。
獣人捕獲に命をかけていた警備隊。さらに、念を入れてのミータスの投入。魔道書ほどの執着心ではないが、それも行動の一つだったのだろう。
さらに、ミータスの口ぶりからすると、初めは獣人が目的だったのかもしれないと予想できる。
そして、5つ目。エルフィンの行動だ。
今まで目撃情報すらなかったエルフィン。それが突如としてこの町に現われた。
もしかしたら、初めてではないのかもしれない。リョウが初めて見たユウナは、ただの泣き虫少女だった。彼女達はその力を隠せるのかもしれない。
それにしても、この人が多い町に出てくるのは危険な行動だ。彼女達も自分が特別な存在なのは自覚しているだろう。もし、自分の存在がばれて捕まってしまったら、どうなるかぐらい想像できているはずだ。
それでも出てこなければならないことがある。この町に彼女達は何をしに来ていたのか。
そこで、リョウとヘスティアの目撃したエルフィンの共通点が一つあった。
ユウナもナナも二人とも空腹だと主張していた。つまり、食料調達が目的だったのだろうか。
しかし、ヘスティアの注目している点を含むと怪しい所がある。
ナナはヘスティアの精霊を粒子化してそれを体内に取り込んでいた。それで満腹だと満足している。
確かに、魔法学的に見る食事は、体内に不足した粒子を入れる行為とされている。
直接口から食べ物を入れなくとも食事はできる。だが、そのような食事をするのは、幽閉されたものぐらいだ。
そもそも、エルフィンは何を食するのかが分かっていない。さらに、彼女達はパンや肉などを持っていなかった。彼女たちは何を食料だと言っていたのだろうか。
だが、今回の事件も含め、神隠しはカリオペの予言通り、エルフィンが深く関係しているのは間違いないだろうと予想できる。
「っと、言うことですね」
一通りまとめたポロクルは大きく息を吐いて肩を落とした。
体一つで逃げてきたアヌビス部隊のメンバー。そんな彼らは、輪になって現状把握に努めていた。
ポロクル、ヘスティア、アンス、ケルン、リョウ、そしてミル。6人は輪になって各自手に入れた情報を公開していた。だが、その輪から離れてアヌビスだけ一人遠くを眺めている。
その彼は、誰とも目を合わせず、みなに背を向けてしまっている。
「んで、結局何も分かってないみたいな感じだな」
いろんな情報を手に入れることをできたが、はっきりとした答えは無い。それをアンスははっきりと言い切り笑う。それに誰も反論できない。
「戦って逃げるのに必死でしたからね。それより、兄さんは何も情報手に入れてきてないじゃないじゃないですか。それにしては、態度が大きいですよ」
弟のケルンに手厳しいツッコミを入れられたアンスは、苦笑いで誤魔化す。
「あー、なんだ。俺は実戦専門だっただろ。情報収集とかは苦手なんだよ。いつもはお前かポロクルの仕事だろ。そう言うのは」
成果を埋めなかったアンスは、ケルンにふる。
「僕は今回、初めの方で独立して戦闘に入ったから、情報収集どころじゃなかったし……」
「そうですね。今回は、情報収集というより、脱出が基本でしたから。今回手に入れた情報は、戦闘中に手に入れたものばかりですから。頼りない情報なのは仕方がないですよ」
落ち込むケルンを同じく罵られたポロクルが慰める。
「馬鹿野郎。それはいい訳だ。部隊には役割が決まっているだろうが。今回の場合、アヌビス部隊の情報収集役は誰になるんだ」
アヌビス部隊ではないヘスティアがポロクルを責める。
すると、ポロクルは答えにくそうに誤魔化しの笑みを見せる。
「アレクトだ」
誰も答えること無かった質問にアヌビスが背を向けたまま答えた。
今回の場合、情報収集役はアレクトになる。
要警護のミルとルリカの二人を安全な所に避難させた後、アレクトは事件の原因や関係性を探りながら、最初に別れたアンスたちのところまで行く。これがアヌビス部隊の行動ルールとなっている。そうすれば情報を集めながら仲間を回収できるからだ。
だから、最後までアヌビス部隊で二番目の実力者のアレクトが残っていたのだ。
だが、そのアレクトは今ここにいない。それどころか、町を探してもその姿はおろか亡骸も、魔力の残り香もなかったのだ。
アヌビスの一言でヘスティアも大人しくその場に座り込んだ。
「悪かったな」
ポロクルに軽く謝ったヘスティア。今回、自分が同行していながら、多くの被害を出してしまった。彼女はそう思い込んで落ち込んでいるのだろう。
「……ようやく落ち着いたようだな」
輪になって何もしゃべらなくなったみなを一人だけ上から見下ろすアヌビス。彼は、体を左右に揺らしながら輪の中心に立つ。
頭痛が激しいのか頭を押さえている。
「いいか、一度しかいわねぇぞ。これより、移動手段を確保したらシルトタウンに向う。そこで物資の補充を済ませたら、ミルを王都に送りつける。その確認が済み次第、ポロクルとケルンでエルフィンについて調べろ。具体的な目標は、やつらの住処の場所だ。俺とアンスはアレクトの捜索だ。大凡の位置はカリオペの力を借りることにする。それでも駄目ならこいつを頼る。……アンス、持っていろ」
すると、アヌビスはアンスに向けて、一本の紙の筒を投げ渡す。それは、粗い紙を丸めて赤いリボンで結んだものだ。そのギャップがほのかにアンスに笑みを生ませる。
「読んでもいいのか?」
楽しそうな笑みを輝かせながらアンスはアヌビスに聞く。不機嫌そうなアヌビスだが、アンスの質問を否定しない。
それを許可の意味だと捉えたアンスは、その筒を広げて中に目を通す。
「…………うげぇ」
内容を読んだアンスは、嫌そうな顔をしてその紙を再び筒に戻して、がっくりと肩を落とす。
「兄さん。何が書いてあったの?」
「いや、これは見ない方がいい。……アヌビス、いつの間に接触してたんだ」
「ヴィルスタウンを出る少し前にだ。おかげで到着が遅れたんだがな」
アンスに背を向けて答えたアヌビスは、ヴィルスタウンから集団で移動している商人に目をやる。
「とりあえずは、移動手段の確保だな」
アヌビスがそうぼやくと、集団を外れて一台の馬車がこちらへとやってくる。
「やあ、アヌビスさんご一行じゃないですか」
30歳半ばで日に焼けた働き者の肌。黒い瞳に短く逆立ったオレンジの髪。戦いの印で、腰の所にはナイフが2本と拳銃があった。
戦場から逃げてきたと言うのに爽やかな笑顔。旅の商人ライランは、一睡もしてないアヌビス部隊の面々には、嫌味になるほどのまぶしさを放っていた
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。