第75話 サルザンカの宝-『リョウの力 誘惑』
リョウは、その手に武器を持たずに真っ直ぐ警備隊長へと走る。
武器を持ってはいないのは、アミュレ状態だからと目に力を集中しているからだ。短剣にした場合、剣に力を注がなければならない。そうなると、邪竜眼に裂く力が減ってしまう。
見えない力や動きを捉えるのに特化している邪竜眼は、今回の戦いでは剣よりも強い武器になると思ったのだろう。
リョウたちを囲む狼達を包むような橙色のオーラと紫色のオーラ。リョウの目的は、この二つの量が同じになった時、三つの魔法道具を同時に破壊して狼達を解放することだ。欲しいのは剣の強さではない。力を見る力だ。
「これならいける!」
もし、それを達成するのならタイミングを見計らわなければならない。だが、リョウは既に走り出し警備隊長のフルートを目指していた。
リョウは、警備隊長を視界から外さず再確認のため狼を見る。そして、彼は確信を持って足を動かす。
彼の目に見えたもの。それは、二色のオーラに包まれた狼達。そのオーラの量は大凡同じに彼には見えた。さらに、その増減は皆無。風に揺らされるほどの変化はあったが、そんなもの誤差の範囲だとリョウは判断した。
「あの子供さえ生きていれば、他は殺してもかまわん」
警備隊長は一人飛び込んできたリョウを警戒して、一人後ろに下がって指揮をする。
それに答えて警備隊の人間たちは、シルトタウン製の武器をリョウに向ける。そして、一斉に引金を引きリョウの前方を閃光が塞ぐ。
だが、今のリョウは竜神モード。さらに、邪竜眼を発動させている。邪竜眼は魔力を見るものではなく、力と時の動きを見るものだ。人間が作り出した速度など、獣の力には並ぶことができなかった。
閃光の流れが見えて、軌道も予測できたリョウだが、流石に恐怖を感じた。
肌のギリギリを銃弾が通過するのだ。大丈夫だと言われても怖いものだ。さらに、見えてしまうからこそ恐怖に感じる。閃光の群れで安全な所は、自分一人が通れるのがやっとしかない。少しでも外れると、撃ちぬかれると分かってしまっているからだ。
少しの誤差がこの流れを打ち消す。それがリョウの体を鈍らせようとする。
だが、考えているだけでは何も変わらない。行動しなければ……。
『なに、恐れることは無い。自信を持て、お前ならできる。お前は強い。神もお前の味方だ。なんせ、お前は正しいことをしようとしているんだからな』
聖竜王のように頭に直接話しかけてくる声。だが、リョウに聞こえたその声は、聖竜王のような少女のものではなかった。それは、青年のような若い男の声であった。
その声に勇気付けられたリョウは心を決めて、安全だと思った空間に飛び込む。
すると、見事に閃光は全弾外れ。リョウにかわされた閃光の群れは、後ろでそれを見ていたアヌビスたちへと向う。
だが、アヌビスは避けることをせず剣を一振りしてそれらを弾き飛ばす。必要最小限の安全区域を作ったアヌビスは余裕にたたずむ。その表情はリョウに俺はに気を配るなと言っているようなものであった。
だが、リョウはそんなものは見ておらず前だけを見ていた。そして、見事な回避をしてしばらく静止。無傷。その結果にリョウは興奮しだし声を大きくしてしまう。
「避けられる。避けられるぞ」
声を上げたリョウの足はもう止まらない。
「手を止めるな。撃ち続けろ。数ではない、回数を増やせ」
警備隊長の声は汗を含んでいるが、的確なものだ。だが、それは戦法の定石。銃弾が当たる相手限定の話だ。銃弾を避ける相手の対策は知らないようだ。
だが、警備隊は隊長の指示通り小部隊に分かれて、数回に分けて一斉射撃をする。
一度に来る閃光数は激減したが、絶え間なく閃光はリョウと後ろのアヌビスを襲う。
アヌビスは、もう剣を振るのも面倒になったのか、片膝を地面につけて顔右半分を手で覆う。
すると、彼とミルを包むドーム状の黒い壁ができた。その壁にぶつかった色とりどりの閃光は、色を飲まれ黒く染まりそのまま壁の中へと溶け込む。
「これで、しばらく楽できるな」
アヌビスはそう呟くと、黒い蚊帳の中で座り込む。その表情は暗く、彼には似合わない汗がある。うなだれるアヌビスの手には、木の棒を削って作られた武器が握られていた。
そんなアヌビスに気付くことなくリョウは閃光を避け続ける。
一度成功して興奮しているリョウは、それが自信だと勘違いしている。だが、迷いの無いその動きは、全て成功へと繋がってゆく。
「いい、いいぞ。いいぞ」
自分でも驚いているのか、顔を緩めながらリョウは笑い走る。まるで、避けることに快楽を感じているかのような姿だ。だが、そのリョウは、赤い滴を散布して舞っていた。
アヌビスのような完全防御とは違い、身体能力で避けるリョウには、避けきれない攻撃が幾らかある。致命傷にはならないが、その閃光はリョウの軍服を焼き肌から血をにじませる。
だが、竜神の力を発動させているリョウの自己治癒速度は早すぎる。
広がった傷口はすぐに塞がり、リョウが痛みを感じるのはほんの一瞬だけであった。血を数滴流すが、その程度で死ぬほど人間は弱くはない。まったくダメージになっていないのだ。
攻撃を受けているはずのリョウが、まったく怯むことも無く傷も見せない。それを危機に思ったのか、警備隊長はリョウに集中するよう指示をする。
「奴を止めろ。これ以上近づけるな」
警備隊長が守りたいのは、自分たちの命よりも魔法道具の方であった。
アヌビスと出会ってから、ここにいる者は命を捨てていた。逃げたとしても殺される。戦ったとしても殺される。そう分かっていたからだ。
そんな彼らに課せられた任務。それは、ミルを奪うことの次に大切なのが魔法道具の保護だ。
警備隊が使っているのは、洗脳と獣の力を与え対象を強化できる魔法道具だ。
この二つを合わせれば、聖クロノ国の武将メネシスの力に似たことができる。魔法を使える人材が少ない聖クロノ国にとって、誰にでもその魔法が使えるこの道具は貴重なものであった。
既に命を捨てている者にしたら、国を思って道具を守りたいのだろう。
その国に対する忠誠心の警備隊長の思いと警備隊の思いが一つになろうとするように、指示された通りに閃光も一箇所に集まる。
「避け道は……」
集まる閃光を自信に満ちた瞳で見ていたリョウだが、閃光全体像を見てすぐに血の気が引く。
逃げ道が無かった。右も左も上も下も逃げ道が無かったのだ。
閃光が束ねられて攻撃範囲が減ったはずだが、それは対象が団体だったときの話だ。
閃光が束ねられようと、拡散されようと、一人の人間相手に撃たれたのならどちらも変わらない。むしろ、密度が上がったので閃光間を縫って避けることもできなくなった。
攻撃範囲に出ようと考えたリョウだが、竜神の身体能力を持ってしても広大な攻撃反から出られないことなどすぐに分かることである。
「駄目か」
成功と興奮の麻薬に犯されたリョウは、ここに来てその利点の効果が切れてしまう。だが、そのような危険な誘惑は、切れ掛かった時にこそその魅惑をより引き立ててくる。
『避ける必要もないだろ。お前はすごいんだ。そんな攻撃、叩き飛ばせる。あんな奴にできたんだ。お前にもできる』
アヌビスにできても、俺にはできない。リョウはそう弱音を吐き誘惑を払おうとする。だが、それはさらに誘いをかける。
『何を弱気になっている。お前は正しいことをしているんだ。そんな正しいお前が、失敗するほど、神はお前を見捨てていない。お前の応援をしているぞ。奴以上にお前はできる奴だ』
その声にリョウはその足を地面に打ちつけられた。俺ならできる。そう心の中で呟いたリョウは、右手を硬く握る。そして、正面から閃光群を受け止めようとする。
「うぉりゃあぁぁ」
リョウは、目の間に迫る閃光を下から振り上げた右の拳で弾き飛ばした。その拳にはじかれた数本の閃光は、軌道を大きく変えてリョウを避けて進んだ。
右腕が弾き飛ばされそうな痛みを感じたリョウだが、それ以外に痛みが無いことに歓喜と同時に自分のすごさに酔いしれていた。
右手がジリジリと焼かれて焦げている。さらに、血と肉を焼いたような肉汁が混ざってリョウの右腕を伝う。
そんな悲惨な右手になりながらもリョウの顔は自信と笑みがある。それに不気味さを感じた警備隊長は、黒衣の死神の配下ですらこれほどの化け物なのかと恐怖していた。
「いって〜。でも、防げた」
右手を見つめたリョウは、その目線を前に向ける。そんな僅かな時間で焼き爛れた右拳の皮膚が戻りつつあった。
失いかけた自信だったが、この一回の成功で先ほどの数倍の勢いをリョウは手に入れた。
勇猛で恐怖を感じず敵に挑む。まさに戦う戦士の姿だと、リョウは自画自賛したい気分である。
だが、リョウと言う名の人間を知っているアヌビスとミルの目には、そこにいるのはただの暴走する獣にしか見えなかった。
「一気に行くぜ!」
姿勢を低くしてリョウは走り出す。
「効果がないわけじゃない。撃ち続けろ!」
少しでも足止めができればいい。そんな警備隊長の本音が丸見えだ。既に勝ちと任務達成は捨てている。今は、増援が来てくれるのを待っているだけに見える。
「無駄だぁ!」
迫る閃光。だが、リョウはそれを宙に高く飛んでかわす。武器で作り出された魔法弾は、決まった動きしかできない。直進しかない魔法弾を一度かわされると、それを当てるすべが無いのだ。
「見つけた」
リョウは高く空に舞って、そこからターゲットを見つけ出す。そして、獲物を見つけた鳥のようにそこへ急降下する。
右手の火傷の痕はほとんど分からなくなっていて、その両手は人間のものではなく、竜の爪と化していた。それは、リョウの意思での変化ではないと、この時の彼は気付くことはできなかった。
そして、リョウの手の届く所に紫の球が二つあった。
先頭に立っていた警備隊長は、下がっていて距離があったので、呪属性を操っている二人の男が初めの標的だった。
「まずは、二つ!」
リョウはその男たちの手元へと手を伸ばす。男たちは両手で魔法道具を持っているので、攻撃武器を持っていない。すぐに逃げればよかったのだが、リョウの獣の瞳、邪竜眼に睨まれた男たちは動けず怯んでしまう。
そして、振りかざしたリョウの手は、片手でその紫の球を奪い取る。
大きなスイカほどある大きさの球を片手で握ったリョウは、両手の獲物をにやりと見つめる。
その球を握り潰そうとリョウは力を込め始めた。すると、メキメキと音とヒビが生まれ、美しい光を生む球ではなく、無残な砕け散るガラス玉へと姿を変えてゆく。
「砕けろ」
その生まれたばかりのヒビに竜の爪が食い込む。そして、ガラス玉はリョウの片手で簡単に割られてしまう。
その破片がリョウの手に刺さり血を流す代償を払っている。だが、それでもリョウは笑って自分の成果に浸る。まるで、卵を噛み砕き食する獣のような姿だ。
力を失ったガラス片を捨てると、リョウは次の標的だと警備隊長を竜の指で指名する。
「次は、それだ」
リョウが足を曲げる。そして、警備隊長に飛びつこうとする。
だが、リョウよりも先に警備隊長の首をもぎ取ったのは、二本足で立った狼だった。
「なっ!」
突然の出来事にリョウは足を止める。
その出来事はリョウの目にははっきりと見えていた。リョウよりも早く動く獣の姿。二本足で走る狼。初めはロンロンかとリョウは思ったが違う。それは、狼に獣属性の粒子を多く注いだ結果生まれた奇形の狼だった。
その狼は、警備隊長の頭を口にくわえたまま鼻で荒い息をしている。そして、その上下する肩に合わせてそれを噛み砕く。
「ウォオォォォ―――」
それが合図になった。警備隊長の赤を口元から流しその白い胸毛を染めた狼は、二本足で高く立ち上がり高らかに吠える。
それに刺激されたほかの狼達も声を上げる。その狼達は立ち上がるものや、そのままのものなど様々だが、どれも殺意と狩に目覚めた獣だと言うことには変わりなかった。
洗脳から解放されたものは、人間を狩り食するものだ。そう、人間は、獣に食される立場。
力でその率は変えられるかもしれない。だが、決められたその立場は変えることができない。
人間が兎を食して命を繋ぐように、ここにいる狼達は、人間を食して命を繋ごうと動き出した。
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。