第74話 サルザンカの宝-『与えられたのは自由と責任』
銃口から生まれた色とりどりの閃光がアヌビスたちに集中する。その閃光から逃げようとリョウは下がる。だが、アヌビスは残って剣を構える。
この狭い狼の輪の中では逃げ道などない。量が行った行為、多少着弾を遅らせた所で何の意味もないのだ。
「リョウ、ミルを守れ」
アヌビスは、ミルを突き飛ばしてリョウの胸元へと入れる。その勢いが大きかったのかミルは倒れこむようにリョウに抱きつく。そして、アヌビスは白い刀身の剣を地面と水平になるように構え、閃光の集団に剣の腹を見せる。
「眩しいからな。目を閉じておけよ。焼けとけるぞ」
アヌビスの恐ろしい忠告を聞いたミルは、その可愛い顔をゆがめて目を閉じる。そのミルをかばうようにリョウは彼女を包んでアヌビスと閃光に背を向けた。
「この程度の魔法弾、跳ね返すだけで十分だ」
いつもは長剣を右手だけで持っていたアヌビスが、両手でしっかりと柄を握る。
そして、大きく剣を振る。その剣は閃光たちを集めて行き、閃光の進みを止めた。数多く色とりどりの閃光全てを受け止めた長剣は、七色に輝く。そして、アヌビスの剣と閃光たちの間で鍔迫り合いが生まれた。剣が振りぬかれることもなく閃光が進むこともない。
「力は数じゃねぇんだよ。おりゃぁああ」
アヌビスの雄叫び。ここまで力強い声を彼が出したのは久々の出来事であった。
それだけ彼が力を出していると言うこと。その声で力が増したのか、剣が一気に動き閃光を跳ね返した。
剣から放たれた数多く色とりどりの閃光は、纏まり無くアヌビス正面に拡散して飛んでゆく。
その閃光は何処を狙っているのか分からず、一本の閃光を見ると効果的な攻撃には見えない。
だが、相手は大所帯の警備隊と狼。その大きな的に滅茶苦茶に飛ぶ閃光群。さらに、相手は陣形を固めて動きを制限している。咄嗟に判断して攻撃を避けることは難しい集団だ。
その集団に閃光群が着弾する。流石の警備隊長も返されるとは思っておらず、見事に閃光に踊らされた。
その閃光を受けたのはほとんどが狼であった。即死、とまでは行かなかったが重傷にすることはできた。滅茶苦茶にとんだ閃光だったので、ハズレも多かったが、元々アヌビスは筋力しか使っていないので、魔力消費をしていないのを考えるとよい攻撃であった。
「跳ね返した……何者だこいつ」
大きく息を吐くと剣を鞘に納めたアヌビス。彼を見た警備隊長は後退りを始める。それもそうだ。彼の強みであったシルトタウンの武器が、一瞬にして無意味を通り越して危険物に変わったのだから。さらに、狼達の大半が負傷。とても倒せるような相手ではないと、アヌビスの雰囲気と余裕を見れば分かるものだ。
警備隊の者達もそれを感じ取ったのか銃口が下がり始めている。
「俺が誰なのか知らず銃口を向けているのか」
アヌビスの真っ赤な血の瞳が警備隊長を見下ろす。身長差では警備隊長の方が高く、アヌビスは彼を見上げているのが現実だ。だが、二人の間では、圧倒的な差が生まれている。まるで、崖底に落ちそうな警備隊長を上からアヌビスが見ているようなものだ。
汗を流す警備隊長は、銀のフルートを握り締める。彼は、アヌビスに立ち向かう決意ができたのか、それとも逃げる決意ができたのか。どちらをとったとしても、アヌビスの決断が彼らの全てを決めるのには変わりないことなのだが。
「本当に……黒衣の死神なのか」
警備隊長の脅えるような声にアヌビスは関心の声を上げる。警備隊長に名乗ったはずはないのに、彼はアヌビスをそれだと見抜いている。それなりの力でもあるのかとアヌビスは疑問に思ったが、彼にはそれらしいものがまったく感じ取れなかった。武器に頼りきった姿がいい証拠だ。
「そうだが。知っているのならなぜ来た。死亡希望者か」
「今町に来ている軍の人間に、全身真っ黒のアヌビスという男が来ている。さほどの実力はない偽者の商人だから、見かけたら捕獲するよう言われている。獣人狩りのついでに手柄を増やそうと思ったが、とんだ誤算だった」
「真っ黒な服……弱いアヌビス……ああ、あいつか」
アヌビスはしばし考えてある男を思い出した。
ここに来る前、自分は黒衣の死神だと声高に叫んでいた男の存在だ。
アヌビスは、彼を本物のアヌビスに仕立て上げて隠れ蓑に使ったのだ。
商人に扮装していても、行動を多くする予定であったアヌビス部隊。流石に隠れきれないと思っていた。
すると、ヴィルスタウンに小さな噂、黒衣の死神が来た。そんな噂が広がってしまう。
それなら、初めから黒衣の死神が来たと声高に叫んでしまえばいい。そして、それは偽者。人の視線をそちらに集めて、アヌビスたちは行動できるのだ。
さらに、何かアヌビスが問題を起こしたとしても、偽者の方が先に疑われるだろう。
だが、警備隊長の目の前にいるのは本物の死神だ。彼もそれに気付いてしまったのだろう。小刻みに震えている。
「それじゃ……貴様は」
「そうだ。俺が本物の死神。リクセベルグ国第四軍黒の部隊指揮官アヌビス。またの名を黒衣の死神だ」
アヌビスが名のると、警備隊員達は武器を捨て始め彼から逃げようとする。
動かなかったのは数少ない狼と警備隊長だけだ。
「お前ら! 動くな!」
声を張り上げた警備隊長の指示にすぐに従うものは少なかった。だが、彼は全員を心配してみなの足を止めるため本音を語る。
「目の前にいるのは、黒衣の死神だ。見つけてしまった以上、立ち向かうしかない。ここで逃げても、あのお方に殺されるだけだ」
それがとどめの台詞となった。全員がその足を止め、リーダーに視線を送る。
「私に君たちの命に命令をすることはできない。あのお方からは逃げ切れない。数時間しかないが約束された命か、低確率だが長い命。どちらを選ぶかは君たちに任せる」
警備隊長は、その場に残ることで確率にかけた。それを支援するように一度捨てた武器を警備隊員は拾ってゆき隊長の隣に立つ。結局、誰一人逃げることは無かった。
「黒衣の死神。その剣とその子供。渡してもらおうか」
「この剣とミルをだと」
警備隊長の要求にアヌビスは半分疑問を持った。敵がミルを要求するのは、ミルが王族の娘だからだ。彼女がいれば、聖クロノ国はリクセベルグ国に対して、有利な立場に立つことができる。ミルを欲する理由には十分だ。
分からないのは、アヌビスの剣を彼らが欲する理由だ。確かに、アヌビスの使っている剣は特殊なものだ。だが、その力を彼らが悟ることができるはずがない。
アヌビスの剣の力を知っているのは、グロスシェアリング騎士団だとホルスだけ。知っている者を全てあげても数えるほどしかいない。
彼らにしてはただの剣。よく見ても魔法の力が宿った剣にしか見えないはずだ。
だが、アヌビスは気付いた。彼らが欲しているのではない。彼らの後ろにこれを欲する人物がいる。そして、彼らに近い人物でこの剣の力を知っている者をアヌビスは一人知っていた。
「ハデスの入れ知恵か」
「組織機密だ。教える訳には行かない」
「だろうな。だが、それ以外考えられねぇんだ。……あの女に言っておけ、死んじまえバーカ。とな」
アヌビスらしくない幼稚な言葉にリョウは笑いそうになる。だが、それだけ相手のことをアヌビスは知っている。そういうことだ。
「それは、拒否の返事か」
「当たり前だ。まあ、貴様らは死ぬ気で奪いに来るんだろ。いいぜ、こいよ」
アヌビスが剣先を警備隊長に向けると、警備隊長はフルートを軽く吹く。それに連動して、二つの紫の球も今まで以上に輝く。
すると、閃光で傷ついた狼達が立ち上がろうと動き出す。
その傷口は閃光で焼かれているので、出血は少ないが、肉が存在しない。さらに、骨すら貫かれたものがいて、とても動いてよい状態ではない。
「おい、奴ら死ぬだろ」
「やつら、洗脳してるな。まあ、どうせあんな使えねぇ狼は、処分するんだから、どうなろうがいいんだろうよ」
焦るリョウに冷静なアヌビス。アヌビスは剣を持ったまま狼の様子を見ていた。
「あの狼を助ける手段は無いのかよ」
「あるが。それがどうした」
意外な返事にリョウは驚いた。いつもなら、一掃して終わりだというのがアヌビスだからだ。
「あるのか? あんな怪我しているのに」
肉がなくなり、足が折れている。今動いているのは洗脳の力だけだとリョウは思ったからだ。
「洗脳と共に治癒もしている。獣粒子を体が破裂する勢いで注いでいやがる。肉体治癒を超えて、変形にまで行きそうだな。まあ、怪我は治るだろうな。寿命も激減だが」
リョウはアミュレを握る。そして、目に集中する。
彼が見たもの。それは、傷ついた狼たちの体を飲み込もうとする橙色と紫のオーラの波だ。
その二つの渦に飲み込まれた狼の傷口は徐々に再生されてゆく。えぐれて無くなったはずの肉が復元される。だが、その代わりに狼の足がメシメシと音を立てて大きくなり始める。
さらに、爪が地面を割ろうと伸びる。牙もそれ以上に伸びて、口の中に納まりそうに無い。
そんな狼の中に数頭だけ前足を地面から離したものが出た。
後ろ足と尻尾だけで立ち上がり始めた狼は、一歩一歩と歩き始める。
「あれって、まさか獣人」
「獣人の途中だな。治癒のための獣属性と操るための呪属性。体のほとんどはその二つしかねぇな。もう、獣とはいえない」
「粒子を多く注いでいるからって、体の仕組みが変わるなんてことがあるのかよ」
「お前の使っている竜神も同じ理屈だろうが」
そっか、とリョウが納得すると、アヌビスは白い剣を振る。そして、真っ赤な刀身に黒い炎が焼きついたような炎の剣に変えて、半獣人に歩み寄る。
「おい、その剣って、狼全滅させるつもりか」
リョウが見たその剣。それは、消滅の剣。アヌビスが対象物を跡形も無く燃やし尽くす時に使う剣だ。
あの剣に触れただけでその効果は発動する。噛み付き切り裂きを攻撃手段とする獣に対しては、防御も攻撃もできる最高の選択だ。
だが、それは助ける気ゼロを意味していた。
リョウの声にアヌビスは脱力して振り返る。
「そうだが?」
「ロンロンが命かけて救おうとしたのに、躊躇いもなく殺すのか」
「ないな。それに、奴らはその体が崩壊するまで治癒を続ける。何度も痛みを与えるより消し去った方が早いだろ」
「じゃあ、さっき助ける手段があるって言ったよな。それを使えば」
リョウが攻めようとしたが、表情から力を抜いていたアヌビスが力を戻して、その瞳でリョウを睨む。それは、無言の黙れを意味していた。
「あの狼集団を救う方法。狼達の体に注がれている獣属性の粒子量と呪属性の粒子量が同じになった時、あのフルートと紫の球二つ、三つの古代魔法兵器を同時に壊せばいい」
それならいける。と、思ったリョウは小さく拳を握り締めて喜ぶ。
「だったら、アヌビス。奴らを助けてやってくれないか」
「はあぁ? 何いってんだてめぇ。できないことは無いが、そんな面倒なこと俺がしてなんの特になる。そもそも、この剣を出した時点で……」
言い畳み込もうと思ったアヌビスだが、少し考えて笑う。その三日月を思わせる笑みは、いつもの悪ではなく、無邪気を思わせるものに見える。
「その二つがつりあうのはほんの一瞬。二種類だと魔法学で言うなら瞬きをする時間と同じだ。その時間であの三つを破壊しろ。貴様がな」
俺が? と、リョウは自分で自分を指さして驚く。
「竜に詳しい奴の話だと、竜の中には、俺たちの数万倍遅い時を流れる種族がいるそうだ。そいつらなら、その一瞬が数時間に感じるかもな」
「竜神の……邪竜眼なら!」
リョウは、アミュレを握り締める。その姿を見てアヌビスは心でかかったと笑う。
これで、成功して図に乗るか。失敗して恐怖を持ち脅えるか。アヌビスはリョウがどちらを選ぶか楽しみで楽しみで心が沸き立つ。
だが、それを心の中に押し込んで表情には出さない。それでも自然に三日月が生まれてしまう。彼女のように上手くは隠せないとアヌビスはさらに笑ってしまう。
「そうだ。リョウ、貴様が決めろ。そして、貴様が全て背負え。救うのも殺すのも貴様の判断次第だ。制限時間は無制限。目的は……自分で決めろ」
アヌビスに与えられた初めての自由ミッション。自分ひとりで全て決めて、全て責任を負う。その重圧の存在を知る前にリョウは、自分の意見を尊重してもらえた喜びで舞い上がっていた。
「おう。絶対成功させてやる」
リョウはアミュレを輝かせて一人前へ走り出した。
「さて、奴は何をもってして成功だと思っているんだろうな」
アヌビスはリョウの背中を見てから、ミルを側に置き戦地から少し離れて、後処理の準備をしながら待機することにした。その手には、太く長い木の枝と魔法で作り出された簡易のナイフが握られていた。
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。