第73話 サルザンカの宝-『冗舌な訳』
リョウが警備隊の前で倒れると、狼達はその輪を縮めにはじめた。その輪が小さくなるのにあわせて、アヌビスとミルも警備隊の前へと歩み寄る。ただし、ロンロンだけは、ぐったりとうなだれたまま狼に銜えられてひきずれられて運ばれる。
「おい、いつまで寝ている。リョウ、こっちにこい」
銃口を向けられたまま伏せていたリョウは、背後まで近づいていたアヌビスの声に首だけ振り返る。
銃口が見えないのかとリョウは目で訴えるが、アヌビスは問題なさそうな顔をする。
「これだけ近い距離だ。伏せていようが立っていようが、撃たれれば即死だろうが」
どんな体勢でいようとこの狼の輪の中ならば、銃口の範囲にいるのと同じだ。それを理解したリョウは、ゆっくりと動き出す。すると、引金を引かれることはなく、リョウにあわせて銃口が動くだけであった。
そして、リョウはアヌビスの隣に立つ。だが、ロンロンだけはフルートを持った警備隊の男の前に残される。
「ロンロン」
リョウが思わず助け出そうと一歩踏み出すが、一斉に銃口が突き出されるのを見てその足を戻した。
「馬鹿か貴様は。言っただろうが、この中にいる以上、何をしても貴様は即死させられるんだ。行動をわきまえろ」
アヌビスは、片方の瞳だけでリョウを睨みつけて叱る。
「だが、ロンロンを助け」
「黙れ。この状況からして、奴らの目的は獣人の子だ。貴様の私情で助けようとすれば、奴らは引金を引くだろうな。だがな、貴様の判断で俺たちにまで被害を与えるな。こっちには、優先すべき順位がある。わかるな」
アヌビスに言われて、リョウは右手を握ってアヌビスの後ろに下がった。そのリョウの服の袖を無言でミルが握り締める。
今、アヌビス部隊が優先しなければならないのはミルの安全だ。
ロンロンに協力した時は、ミルにアヌビスが付きっ切りで安全を確保していたので、リョウが責めに入れた。
だが、今回は確実に安全とはいえない。もし、リョウたちが攻撃を仕掛けた場合、警備隊はロンロンを人質にはせずにミルをそれにするだろう。
アヌビスの力を持ってすれば、それを防ぐこともできるであろう。だが、アヌビスはそこまでお人好しではない。
任務には関係ないロンロンを助けるために、軍人の最優先任務を危険にさらしてまで手に入るのは、正義感の達成とういうアヌビスにとっては、価値も形のないものだからだ。
「もう、貴様にできることは何もない。そこで大人しくいているんだな」
最後の一言で大人しくなったリョウを確認したアヌビスは、一歩前に出て警備隊の視線を全て自分に集めた。
「どうなろうが、何とかしてやると言った以上、やらなきゃならねぇんだろうな」
アヌビスは、小さくそうぼやきながらため息を吐く。彼の心の中は、魔法で一掃したい気持ちだ。
だがこの様子だと、この狼達と警備隊とでは何かがある。さらに、その狼達は、今回ここに来た目的、神隠しとなにか関係があると睨んでいた。
エルフィンと言う曖昧で突破口の見えない手がかりはあるが、それではよい収入があったとは言えない。魔道書を一冊失うほどの価値がある情報をアヌビスは求めていた。
「おっと、それ以上近づかないでもおうか」
フルートを持ったおそらく警備隊長は、アヌビスにそう命令しながら銃口を見せるよう手をかざす。
アヌビスなら、そんなもの気にせずに囲む全員の首をはねることぐらいできる。だが、彼はこんな弱い相手と戦いたいのではなく話がしたいのだ。
そのために大人しくアヌビスはその足を止める。さらに、剣を鞘に納めて自分の足元にそれを置いた。その行動があまりにも以外だったのか、リョウが小さく驚きの声を上げた。だが、アヌビスがリョウだけに真っ赤な睨みの瞳を見せると、リョウは黙り込んだ。
そもそも、アヌビスなら、剣を持たなくても魔法で相手を倒すぐらいできる。これは、戦闘能力を下げたのではなく、その意思がないと相手に見せるためだけである。
今のアヌビスは、リクセベルグ国グロスシェアリング騎士団長の黒衣の死神ではなく、アヌビスという名の商人を演じていた。
「この通り、こっちには戦う意思はねぇ。銃口を下げてもらうと助かる。連れが怖がるのでね」
アヌビスは目線でミルの方を指す。自分で言っていてアヌビスは、馬鹿げた提案だと思っていた。アヌビス自身同じことを何度も言われたことがある。
だから、相手が何を言うかも分かっていた。演じるとはいえ、彼にとっては相当な屈辱であった。
「馬鹿か。それで、はいそうですかと下げるような奴なら、始めから銃口なんて向けていないぞ」
「どうすれば下げてもらえるんだ。正直、恐怖に震えるんだが」
心にもない台詞を口にするアヌビスは、寒気と吐き気に襲われている。だが、それを悟られないように必死に耐えていた。
「そう心配するな。おかしなことをしなければ、撃つようなことはしない。俺達は、子供を泣かせて、快楽に浸るような最低な者ではないのでね」
アヌビスは、自分が最低な者だと言われた気分であった。
「で、俺達はなぜ銃を向けられなけばならないんだ」
「ああ、正確には君たちではなく、こいつに向けていたつもりだったんだが……君たちもこいつを狙っているようだったので、ただの保険だよ」
ロンロンを捕獲しようとしていたのではなく、助けていたのだが、警備隊長の目からはそう見えたようだ。狩の邪魔をされたので、狼の駆除を優先した。そのように見えていたのだろう。そのように誤解されるのはアヌビスにとって都合がよかった。
それに、警備隊長が不安がるのも当然である。獣人と共に戦っていたとはいえ、リョウのような少年一人が狼の群れを押し返してきたからだ。
リョウはアヌビス部隊の者としては力不足であるが、一般人の商人としてみるのならば十分危険人物である。
そんな者を睨み一つで静めるアヌビスを危険として見ないのは愚かなことだ。彼らの判断は正しい。正しいから銃口を下げてはくれないとアヌビスも分かっていた。
これらの点からして、自分たちは普通の商人ではないと相手に知らしめる事ができた。これで、相手はアヌビスたちを普通の商人としては扱わない。彼らに何があるのか、どれほどの存在なのかを知る前に邪険に扱うのは危険だからだ。
存在を悟られる前にアヌビスは情報を得たかった。それが通じたのか警備隊長から動く。
彼らも、アヌビスたちのことを早く知って、対応を早くしたいのだろう。
「ところで、君たちはなぜこいつを狙っていたんだい。それに、力はあるようだが、獣人を狩るにしては数が足らないようだが」
警備隊長の質問にアヌビスは首を傾げる。しかし、その瞳は疑問の色は持っておらず、口先だけの疑問をアヌビスは吐く。アヌビスは、下手に出るのがやはり苦手のようだ。
「不思議なことを聞く。獣人は高く売れる。商人が挑戦しない理由がないだろ。それに、まだ俺は狩に参加していなかった。それだけで力不足だと判断するのか」
「そ、それもそうだな。愚問だった」
格下の商人にそのような口をされたのに、警備隊長は謝ってしまう。気持ちは下手に出ているアヌビスだが、彼と言う存在自体が相手を縮めてしまっているのだろう。
「で、そちらはなぜ獣人を捕獲する。処分なら分かるが、獣人を手懐けるつもりか」
「答える必要なはない」
警備隊長はアヌビスから目線を外すが、アヌビスは真っ赤な視線を相手に突き刺す。
「こちらは質問に答えた。そちらもそれ相応のもので答えるのが道理では。それが、商人と客の鉄則。そちらは、こちらからの真意を買った。それなりの料金を払ってもらわなければ困りますが」
実際に契約書を書いたわけでもなく、そのような取引が実際に存在する訳でもない。
ただのこじ付けである。もちろん、警備隊長は答える義務はない。だが、彼は未知なる存在である商人のアヌビスに負けてしまった。
「手懐けて使うつもりだ。どうやら、国からの命令で、獣人の捕獲が来ている。それを遂行しているだけだ」
「それだけの武装をしてか。獣人捕獲にしては、重装備に見えるが? それだけの装備、集めるのに苦労するだろうに」
警備隊は、全ての人が一つ以上の武器を持っている。その武器のどれもがシルトタウンの兵器であった。元々は軍事で使われるほどの強力で高性能なものだ。町の警備隊が持つような品物ではない。
獣人捕獲のためにシルトタウンの武器を集めていたと言うのは頷ける。だが、数が多すぎるのだ。
「獣人捕獲を試みるたびに魔物に襲われることが多かったからな。武器は必要だったんだ。武器集めもヴィルスタウンにはいい武器が流れてくる道があるからな。苦労はしない。それに、今回は町があの状況だ。中心地からここまでの安全を確保するには、まだ軽装だと思っている」
ヴィルスタウンは、今回ほどではないが幾度となく魔物達の攻撃をういけている。そのため、軽微に敏感になったのだろう。だが、アヌビスが指したのはシルトタウンの武器のことではなかった。
「確かに、シルトタウンの武器はたやすいだろうな。だが、それはどうしたんだ。その、国宝級の古代魔法兵器は。町の警備隊が持つような品物じゃないはずだが」
アヌビスが指さしたもの。それは、警備隊長が持つ銀色のフルートと、その両脇に控える二人が持った紫の魔鉱石の球二つである。これらの武器が狼を操っているのは明白である。アヌビスが知りたいのは、その武器を何処で手に入れたかである。
「お前、この武器のすごさが分かるのか」
「魔法学を学んでいたからな、分かる。詳しい効果は分からないが、それらで狼を操っているんだろ」
直球の質問に警備隊長は答えるのを躊躇ったが、そこまで読まれてしまっていては、隠し切れないと思ったのか肩を落として話し出す。
「力を隠しているから、相当な実力者じゃなければ悟れないと言われていたんだがな。学があるやつの目は誤魔化せなかったということか。……そのお通り、こいつで狼を操っている。まあ、この状況を見た時点で、疑われているだろうがな。仕組みまでは俺は分からないからな。それは、勘弁してくれよ。理屈より結果が求められるからな」
それに対してアヌビスは頷く。魔法兵器の仕組みはともかく、狼を操れる。それだけで警備隊長は十分のようだ。
それに、アヌビスにはその兵器の仕組みが分かっていた。簡単に言えば、粒子操作だ。
元々の狼の体に、紫の魔鉱石で大量の呪属性を埋め込む。ここで重要なのは、注ぐのではなく、埋め込むことだ。注ぐだけではすぐに流れてしまう。
だから、体を構成する粒子配列に直接呪属性の粒子を入れ込むのだ。そうすることによって、永続的に狼の体内に呪属性があることになる。
体の粒子配列を乱すことは、よくて命を縮める。悪くて即死だ。それがあって、昔は存在した禁忌の魔法学だが、今その魔法が使えるのは、実力者を多く知っているアヌビスでもほとんど関知していない。数少ない中からあげるならば、ジャックがそれに該当している。ナイトがそれで生まれた存在だ。
それに、どれだけの粒子を注げばいいかが難しく、緻密な計算をしても失敗することが多い。大方、警備隊長たちは、何度も失敗を繰り返して今の比率を出したのだろう。
そこまでして生み出したもの。それは、体内に呪属性を多く持った狼だ。それは、獣人に近い獣を意味している。
獣と人間の違い。それは、体を構成する粒子の比率が違うことだけだ。簡単に言うと、人間の体に獣属性の粒子が多いと獣人になり、獣の体の獣属性の粒子が少ないと獣人になる。本当はもっと複雑だが、大まかに言うとそうなる。
そして、この狼たちは体に呪属性を入れらえている。つまり、獣属性の粒子を中和されている。獣属性の粒子が薄い。獣人に近い。知性を持ち始めている。そういうことだ。
知性を持った獣に、混乱を導くための獣属性の粒子を注ぐ。そして、出来上がったのは、混乱しながらも組織的に動く狼達となる。
最後に、アヌビスが残した疑問。おそらく、それさえ知ることができれば、今までの質問は全て必要なかっただろう。だが、いきなりそれを聞いては不振がられる。だから、段階を踏まえていたのだ。
最後の疑問。そんな禁術を魔法すら使えない警備隊長に使えるようにする高性能な魔法兵器。それを誰が作り出し渡したのかだ。
「ほう、そんな素晴らしいものを何処で手に入れたのですか」
「えっと…………ヴィルスタウンの知事がよく取引している相手からですね。聞くところによると、リクセベルグ国のシルトタウン付近にある町の近くで、開発していると聞きましたよ。もし、買うのならば、大金を用意したほうがよいそうですよ」
警備隊長は、躊躇ったが、すんなりと教える。それに対して、アヌビスは喜ぶこともせず、地面に置いた剣を蹴り上げて、柄を握り鞘から宙で引き抜く。そして、白い刀身が輝く。
それよりも早く警備隊長は嫌な笑みを浮かべる。そして、その魔法兵器をかざして隊員に指令を出す。
「まあ、君たちはここで死んでもらうので、その必要はありませんけどね」
その命令にあわせて、銃口から色とりどりの閃光がアヌビス目掛けて放たれた。自国で作られた武器に撃たれるとは、何とも嫌なことである。
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
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