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第72話 サルザンカの宝-『人間臭い狼』

 片膝をつくリョウに向って、一匹の狼が跳びかかる。後ろへ振りかざした爪へリョウの目は惹かれる。だが、狼は薄っすらと広げた口の牙での攻撃が目的であった。

 リョウはすっかり爪の攻撃だと思い込み、その対処法を考える。だが、リョウと狼の間にロンロンが割って入る。

 そして、ロンロンはその右手一つで狼の長い口を握り、そのまま輪の外へと投げ返す。

 だが、数が多い狼達は、その程度で攻撃をやめない。再び一匹の狼が抜き出てきて、リョウたちに近づく。

「俺がやる」

 リョウがロンロンに意思表明をして地面を蹴る。すると、宝石もない銀のアミュレは、橙色に淡く輝く。

 リョウのその一蹴りは、今までより僅かだが威力が上がっており、跳ぶ距離も多かった。

 ロンロンの前に予想よりも早く出ることのできたリョウには、今後何をするか考える余裕ができていた。

 今回の狼の一匹。だが、跳びかかる様子はなく、真っ直ぐリョウに向って走ってきている。

 その速度はさらに加速を続ける。この速度での衝突。その場合、口の牙よりも手の爪の方がよい攻撃方法だ。

 口で相手をくわえて押し倒せれば理想的だ。だが、もし受け止められてしまったら、狼自身の顎にその威力は全て乗る。これはリョウが学ばされている戦闘学の考えだが、獣は生まれ育ちながらそれを身に知っているだろう。

 さらに、爪の場合はその速度を乗せることによって、切り裂く威力が上がり、切り抜くことで次の攻撃に移ることができる。

 狼が獲物を狩る時、追いかけてその爪で相手の足を裂く。その後、獲物の首をその牙で貫き動きを止める。つまり、走っている狼はまず爪を出すことが多い。

 狼と出くわすことが多かったので、ポロクルはその対処方法をリョウに教えていた。

 リョウは瞳を凝らす。すると、リョウの瞳は縦に伸びる。そして、リョウの視界に映るものはゆっくりと動き出す。

 戦闘経験が浅いリョウが動く狼を受け止めるのは困難だ。だから、彼は竜神の能力の一つ邪竜眼を使う。

 物の動きを捉えやすくなるそれで彼は、おそらく来るだろうと思われる場所に両手を構える。

 狼の臭いが分かるほどの距離になって、リョウはその腕を動かす。

 だが、リョウの手は空を掴み、腹部に強烈な打撃を受ける。

「た、体当たりだと」

 爪でも牙でもなく、狼はその長い顔を伏せて頭をリョウの腹にぶつけてきた。予想外の攻撃に、リョウの足は踏ん張りが利かず地面に倒される。

「まずい」

 リョウが転がるように逃げようとするが、狼が覆いかぶさるようにリョウの上に立つ。そして、その口をリョウの肩へと動かす。

 その開いた口をリョウは両手で受け止める。なんとか閉じないように維持することができるほどの力の均衡であった。

 力が増えたように感じていたリョウは、簡単に外せると思っていた。だが、狼の顎の力は相当なものであった。リョウは全力で広げようとするが、口はそれ以上開かない。それどころか徐々に牙はリョウへ近づいてくる。

 危険だと思ったら逃げ出すはずの狼がそれをしないということは、まだまだ余裕があるということだろうか。

「リョウ、今行く」

 ロンロンが手助けしようとリョウに近づこうとする。だが、リョウの上をさらに3頭の狼が飛び越える。

 そして、その狼達はロンロンに向う。前進をふさがれたロンロンは、足を止めて狼達を迎え撃つ準備をする。

 一匹目の狼がロンロンの左足に喰らいつこうとする。それに対してロンロンは、足を曲げて狼を小さく飛び越える。そして、追撃はしなかった。速度に乗って襲い掛かった狼は、攻撃が大きく外れてロンロンに背後に回る。

 その速度はかなりのもので、止まるために上げた砂煙が狼を隠すほどであった。それほどの速度で来るものを小ジャンプで回避できるのは、獣人の身体能力あってだろう。

 宙に浮いたタイミングで二匹目の狼が、ロンロンの左腕を噛もうと口を広げながら飛び掛る。

 だが、ロンロンはすぐに足を地面につけて、狙われている左腕で狼の顎下を軽く持ち上げる。すると、自然と狼の口は閉じて、そのままえびぞりになるように宙で一転して押し戻す。

 最後の三匹目は、ロンロンの目の前で右に折れる。そして、ロンロンの左側から攻撃をしかる。狙いはまたしても左腕。

 それを受け止めようとロンロンは左を向く。だが、立ち上げていた砂煙が風に吹かれるように裂かれた。その裂き目から始めの狼が飛び出してくる。

 そして、その狼はロンロンの注意が薄れた右腕をならう。

 それに気付いたロンロンは、左右の逃げ道を失う。かと言って、正面はリョウを抑える狼がいる。後ろに退いてもそれほど距離は稼げない。

 二匹同時に受け止める。力を出せばそれぐらいロンロンには簡単だ。だが、先ほどからロンロンは力を抜いて攻撃をしている。本来の力を出してしまうとなかまを傷つけてしまうからだ。

 口を掴んだ時、握力を間違えればその狼は口を失っていた。顎下を叩いた時、力加減を間違えれば、首の骨までダメージを与えていただろう。ロンロンの攻撃の全ては、狼を気遣ってのものだ。意識して力を抜くのには、僅かだが時間が掛かる。

 一匹相手するのにも神経を削るのに、それを同時にしなければならない。力を抜きすぎると防げない。だが、力を入れすぎると狼を傷つける。そんな繊細な攻撃を同時にはロンロンはできなかった。

 そして、彼は頭上に跳ぶ逃げ道を選んだ。

「ロンロン! 構えろ」

 宙に逃げたロンロンの耳にリョウの声が届く。その直後、ロンロンの目に二匹の狼が入る。

 一匹はロンロンに顎下を殴られて飛ばされた狼。もう一匹はリョウを押さえ込んでいた狼だ。

 二匹同時にロンロンに襲い掛かっていた。そして、一匹目がロンロンに体当たり、二匹目がその爪でロンロンの胸を切り裂く。

 その攻撃を無防備で受けてしまったロンロンは、背中から地面に落ちる。更なる追撃で、空から二匹の狼が落ちてきて、ロンロンの上に乗る。

 一匹は完全にロンロンの右腕に噛み付き、もう一匹はロンロンの左肩を噛もうとする。だが、ロンロンは傷ついた左手一つでそれを受け止める。

「く、放せ」

 ロンロンはいかにも辛そうな声で言うが、狼が右腕を解放することはなかった。

 右腕を守るには時間がなかったので、右腕を捨てて左腕に集中したロンロンだが、それは失敗であった。

 今、狼の口を受け止めている左手には、ここに来る前に受けた傷があり、そこからはとめどなく血が溢れる。さらに、力を入れているのでその勢いが増してゆく。

「ロンロン」

 リョウが彼の元に駆け寄る。すると、二匹の狼はすぐさまロンロンから離れる。リョウがロンロンの隣につくころには、狼達はまた外の輪へと戻ってしまっていた。

 そして、狼達は大きな輪でリョウたちを囲んでぐるぐると回って様子をうかがっている。



「守れなくて悪かった」

「気にしなくていい。奴らの目的は、俺だけだ。強い攻撃を与えない限り、リョウが襲われることはない」

 ロンロンは血の流れる左腕を押さえながらリョウと背中合わせになる。

 お互いの視野をあわせて、死角をなくす作戦だが、ロンロンは背中をリョウにぶつけてきて、体重を幾らか任せだす。

 自分の体重を支えるのが困難になり始めたのだと察したリョウは、あえて何も言わず自分の腰に力を入れた。

「にしても、狼ってすげぇな。軍隊指揮されているみたいな動きだった」

 リョウは、戦闘経験が浅い上に、ペアで戦ったことがあまりない。特に、アヌビス部隊は、個々の能力値が高いので個人戦が多い。

 今回のようにペアを組むことが少しはあったが、ほとんど相方任せであった。だが、今回は、お互い助け合わなければならないようである。傷ついたロンロン一人に任せるには荷が重過ぎる。

 さらに、標的はロンロンのみのようである。ロンロンのダメージがなるべく減るようにリョウは、彼を守らなければならないのだ。

 だが、さきほど狼を迎え撃つリョウは、完全に一対一でしか見ていなかった。あの場合は、ロンロンのそばを離れてはならなかったのだ。

 さらに、リョウは集団に襲われたことがない。いつも、強敵が少数の場合が多かったのだ。今回のような戦い方がよく分からないでいた。

 一匹目が邪魔なリョウの動きを止めて、残り三匹で確実に攻撃が入るようにおびき寄せる。そして、絶好のタイミングで攻撃。いくら力の差があっても、1対4なら多少の怪我を負わせるぐらいできる。

 もし、その比率が崩れたら即散開、安全の確保をする。安全な距離を保ち体力を回復してゆく。その間も次の部隊が攻撃の期をうかがう。

 致命傷とまでは行かない攻撃だが、確実に入れられる攻撃は、標的のロンロンには時間に比例して負担が大きくなってゆく。それに対して、狼は休息を取ることができる。長期戦の戦い方だ。

 この獣の狼達の動きは、ロンロンのように直感を頼って動く獣らしいものではなく、決められたマニュアルにしたがって動く軍人のようである。リョウはそう感じていた。

「人間みたいな獣だ。恥ずかしいことだが、俺たち獣は、人間のように判断して戦えない。自分の牙で乗り切るんだ。集団で動く時も、結局最後は個々の判断だ」

 その個々をある程度までまとめるのが指揮笛、長の声だとロンロンは補足した。だが、ここまで精密な指揮は、獣の頭脳ではできないとも付け加える。

「どこかで人間が指揮をしている。ってことか」

 ロンロンはコクリと頷く。

「今はしないけど、奴らが動くたびにゾクリとする何かが来るんだ。これ、魔法って言うんだろ。俺は、魔法のことを何も知らない。だから、助けてくれ」

 ロンロンの予想。人間が魔法で介入している。大凡正解であろうそれは、ロンロンには解決できない問題だ。

 自然界や獣同士の問題なら、ロンロンでも努力すれば解決できる。だが、魔法だけは彼のできないこと。扉を目の前にして、回すことのできない鍵だったのだ。

「魔法……それなら」

 リョウは、自分ができる自慢の一つを試す。邪竜眼にさらに集中して狼達を見る。

 邪竜眼。それは、魔力の流れを見ることのできる瞳だ。魔法戦では完全回避を可能にして、魔法発生源を見つけ出すこともできる。

 そして、狼達を操っている術者の場所も見つけることもできる。

 だが、リョウの見た狼達は、橙色のオーラをまとっているだけで、何処とも繋がっていない。

 以前、リョウが見たメネシスの洗脳魔法は、洗脳対象と術者のメネシスが紫の糸でつながっていた。今回もそれに似たものが見られると思っていたがそうではなかった。

「術者と繋がっていない……」

 どう言うことだとリョウは振り返る。そして、彼の師匠になると宣言したアヌビスは、嫌そうな顔をしながら小さく答える。

「さっきも言っただろうが。奴らは獣属性の粒子を大量に入れられて、興奮させられているんだ。洗脳と違って、継続ではなく単発発動型の魔法だ。興奮している奴らに命令を言えば、それの善悪の判断ができねぇんだろう。それが、洗脳に似た効果を出しているだけだ。だが、興奮は、その命令を果たすか時間が経てば冷める。だから、術者は定期的に粒子を補充してんだ」

「なるほど、つまり……」

 アヌビスの説明でリョウよりも先にロンロンが何かに気付いた。

 そして、ロンロンは決心したのか、リョウに預けていた体重を自分の二本の足に乗せる。そのふらつく足でリョウの前に出た。

 その構えられるはずの腕はダラリと下げられ、力の塊には見えない。立って歩くのに力を使っているのだろう。

「次、奴らが動いた時、術者の場所が分かる。リョウ、術者退治、頼んだぞ」

「え、それは、ロンロンが……」

 生気が薄れ始める表情で振り返ったロンロンがリョウに言う。いきなり大役を任せられたリョウは、思わず率直な要望を言いそうになった。

 だが、今のロンロンに全て任せようとする自分が惨めに思い唇を噛む。

 自分を心配してくれているリョウを気にしたのか、ロンロンは誤魔化すように微笑む。

「俺じゃ、魔法が見えない。リョウに、場所を聞いている間に、逃げられたら、意味ないだろ。だから、俺が道を開くから、お前が、しとめてくれ」

 いかにも今の自分には力がないと言っているような台詞。事実なのだからしょうがないのだが。

 だが、その言葉すらリョウを苦しめた。

 正直な話、傷だらけのロンロンに道を切り開かせることすら酷な仕事である。

 リョウが術者を見つけ出したら、自分で攻めるべきなのである。だが、それを胸を張って宣言できなかったリョウは、硬い拳を作って頷いた。

「分かった。ロンロン、任せた」

 そして、二人が数秒待った後、数頭の狼達がロンロンに襲い掛かってきた。

 それを受け止めようとロンロンが走り、先頭の狼と衝突する。

 その狼達をにらむように見ていたリョウの瞳には、一瞬だが魔法発生源が見えた。

 狼たちのずっと後ろ。そこで橙色の光がちらりと輝き、そこから一直線に伸びた橙色の閃光は、狼達に繋がり、狼たちのオーラを巨大化させた。

「見えた! ロンロン、正面三匹をどかしてくれ」

 リョウの指示通りにロンロンは両腕を広げて三匹とぶつかる。だが、道を開くことはできず、狼達を抱きかかえたまま動きを止めることで精一杯であった。

「リョウ、踏み越えろ!」

 道が開かれず、止まりそうになったリョウだが、ロンロンの言葉でさらに足に力が入る。

 罪悪感が生まれそうであったが、リョウはその足でロンロンの肩を踏み台にして、狼の包囲網を飛び越える。

 そして、全力で真っ直ぐ走って発生源へと向う。

 包囲網を越えてからは、狼たちが追いかけてくることはなかった。狼達は、目の前にいる標的のロンロンしか見えていないのだろう。

 洗脳魔法でないので、狼の動きが悪い。

「よし、いける」

 術者がいるとおもわる場所まであと少し。そこまで来たリョウの脳裏に場違いな謎が生まれた。


 獣属性で興奮している狼達が、冷静と判断が必要な組織行動ができるのだろうか。


 そんな疑問で速度が一瞬緩んだリョウの左太ももを緑の細い閃光が貫いた。

 閃光の発射点は、術者のいた場所だ。

 足を撃ちぬかれたリョウは、速度を持ったまま地面を転がって、術者の目の前で止まる。

 そして、彼には数多くの銃口が向けられた。

「まったく、邪魔をして……商人は欲深くていかんよ」

 銃口の先にリョウが見たもの。それは、ヴィルスタンの警備隊だ。

 その中の一人は、銀色のフルートを持っていて、それで首筋をトントンと叩いてこりほぐしていた。

 その彼の両隣には、紫色の宝石を持った男が二人たっていた。

「術者が、複数いたのか」

 リョウが見上げるように睨むと、彼はフルートで一つ音を出す。そして、リョウたちを狼達が再び囲んだ。そんな状況でもアヌビスは、手を出そうとはしなかった。


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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