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第70話 サルザンカの宝-『リョウの位置と人間の位置』

「そうか。まあ、予想以上の成果だから、よしとするか」

 アレクトを置いて先に逃げたこと。プリンセスが襲ってきたこと。ハデスたちとジャックたちが、ユウナと言う名の少女と戦ったこと。ルリカが自らの意思でハデスについていったこと。

 今まで起きたことを覚えている限りアヌビスに報告したリョウは、何を言われても何をされても耐えられるように歯を食いしばり拳を強く握った。

 だが、アヌビスが発した台詞はそれであった。まるでこの結果が分かっていたかのようで、それに興味や驚きなどまったくなさそうだ。

 そのアヌビスは、黒いタバコの箱の中を見て、握り潰して胸ポケットに戻す。そして、全員の中心に出て各自に指示を出す。

「アンスとケルンは、ハデスたちの機械竜を追跡しろ。転送魔法を使わないところを考えると、重要拠点に向っただろう。その位置を把握次第、迅速に戻って来い。間違っても、攻撃を仕掛けるな。いいな」

 アヌビスは、アンスを睨みつけて杭を刺す。いつも一人走りしてしまうアンスが身勝手な行動をしないようにするためだ。

「んなこと、分かってるよ。んじゃ、ケルン行くか」

 アンスは、生半可な返事をすると、大きな欠伸をしながら弟と共に群れから離れていく。

 アンス本人は、ハデスを見つけることができたら戦ってみたいと思っていた。だが、一度ハデスを見ているアンスは、今の自分を考えるとそれはできないと思っている。

 圧倒的な実力の差、無くなりかけている自分の力、余裕がないアヌビス部隊、自分一人が犬死するだけなのらなそれでもいい。

 だが、もし殺されなかったら。数多くの拷問や魔法やらで、アヌビス部隊の位置や現状を言わされるだろう。

 考えるのが嫌いなアンスでもそれぐらい分かっていた。自分一人の欲望のために、部隊のみんなを危険にさせてはならない。

 そんな常識がアンスの中にあった。まあ、彼の頭の中では『うずうずしても我慢』としか残っていなくて、自らが混乱しないようにシンプルなものになっていた。

「ポロクルは、街に戻ってアレクトを探してこい。ヘスティアは、それの補佐をしつつ、怪しげな魔力を探してこい」

「馬鹿野郎。あたしがお前の手伝いをする意味がわらんぞ」

「貴様。俺たちがいなくて、お前一人で街から生きて出られたといえるのか」

 アヌビスの質問に、ヘスティアは苦虫を潰した表情で地面を踏みつけて、ヴィルスタウンへと向った。

「以上だ。ポロクル、行ってこい。そして、アレクトを殴ってこい」

「善処いたします」

 アヌビスに深く頭を下げると、ポロクルはヘスティアを追うようにヴィルスタウンへと向った。

 そして、一息ついたアヌビスは草花を潰しながらその場に座った。

「それだけかよ」

 リョウのぼやきにアヌビスは、片目の目じりを持ち上げて睨む。

「なにがだ」

「俺達はルリカを助けに行ったり、アレクトを探しに行ったりしなくてもいいのかよ」

 リョウの怒鳴り声のような声を聞き流しながら、アヌビスは火種を持たない黒いタバコをくわえて、青空を見上げている。

「おい、聞いているのかよ」

 アヌビスの胸倉を掴もうと近づくリョウを睨みで退けると、アヌビスは鼻で笑う。

「ルリカの所には、ハデスやメネシスがいるんだろ。俺はともかく、今の部隊の奴らで対応できる相手じゃねぇ」

「でも、アレクトはともかく、ルリカは早く助けなきゃ何処にいるのか分からなくなるんじゃ」

「確かに、お前の言っている事は正論だ。ここは、俺一人で奴を奪還すると言う策もある。余力もそれなりにあるから、成功率も高いだろうな。昔の俺ならそうする」

「だったら」

「だがな」

 希望が目覚めようとしたリョウだが、アヌビスの変わらない表情を見て嫌なことしか浮かばなかった。

「この部隊の最優先事項は、王族の娘の護衛だ。それを考えると、シルトタウンに直行するべきだったが……ネイレードじゃ無理だっただろうからな。…………分かったか」

「なにがだよ」

 なにか別のことを考えているアヌビスは、リョウに悟れといっている。だが、リョウはそれが何か分からなくて、自分が傷つくとも知らずアヌビスに答えを聞いてしまった。

「俺がここを離れたら、ミルを誰が守るというんだ」

「それは……」

 俺だ。とリョウは続けざまに言えなかった。

 リョウも軍人としての職務は分かっていた。ミルの身の安全が優先される現状。ルリカを助けに行くと言うのは許されないのだ。

「エルフィンやハデスの魔力を感じてから、貴様らの一人ぐらい死んでいると覚悟はしていた。俺の部隊で保護が優先されるのは、ミル・リョウ・ルリカの順だ。ルリカがいなくなった程度の被害なら、マシな方だ」

「どうして、俺の方が先なんだよ。ルリカはまだ子供なんだぞ」

 ミルが最優先されるのは、王族の娘だからだ。これは、軍人なら避けられない義務のようなものだ。

 だが、同じ魔道書の読み手として考えるのなら、ルリカとリョウは同じ立場に立っている。

 さらに、ルリカのシルフエルの血を考えると、竜神のリョウより能力の希少価値はルリカの方が高い。

 しかし、それを知っていてもアヌビスはリョウを優先していた。すると、アヌビスは指を2本立てて、左手をミルの頭の上に置いた。

 ミルは嫌がることなく頬を少し染めて微笑んでいた。

「目の前に二冊の魔道書が落ちている。二冊拾いたい所だが、俺の左手は既にふさがっている。だったら、拾う一冊は使える方に決まっているだろ」

「使える方、それって」

 アヌビスが自分を認めてくれた。そう思ったリョウだが、ぬか喜びであった。

 その会話を聞いていたミルの表情は暗くなっていった。

「ルリカの魔道書は、魔法の本だ。それなりの実力者がいないと機能しない。だが、貴様の魔道書は、知識の本だ。兵器開発、数多くの妙案、俺たちの知らない物の情報、その本には魔法とは違う力が書かれている。その一冊で、この世界は数百倍の速度で成長するだろうよ」

 そして、アヌビスはその余った右手をリョウに差し出した。

「だから、この右手は貴様の左手を握ると決めた。そして、貴様はその右手に魔道書を持って、俺に従え」

 リョウはその手を取ろうと手を伸ばそうとする。だが、リョウが動く前にアヌビスはその右手をぎゅっと握り戻してしまう。

 そして、肩を落として、今までのことを悔い始める。強気で自信家のアヌビスには珍しいことだ。

「ミルとルリカのことはいつもアレクトに任せていたからな。流石に荷が重すぎたか……。ルリカをポロクルに持たせるのが正解だったかもな」

 子供二人の世話は、アレクトが全てみていた。これは、同じ女性同士ということもあるが、アヌビスが彼女を信頼している結果であった。

 ポロクルにルリカを任せようと思ったこともあったのだが、ポロクルは何かと隠密行動や情報収集など、戦地から離れた所で単独行動が多い役位置であった。

 実力としては彼に任せてもよいのだが、身軽さが重要な彼にとって、連れがいるのは不利だと判断したのだ。

 アヌビス自身もミルかリョウのどちらかを持とうと考えていて、リョウを選んだのだ。

 戦地では、激戦地のど真ん中に飛び込むアヌビスにとって、まだ死んでもよい方を持つことにしたのだ。

 優先順位を考えると、ルリカを持つべきなのではと思われるが、アレクトに第一第二の二人を持たせることになるからそれを避けたのだ。

 もし、アレクトに危機が迫ったとき、彼女はミルを守るためリョウを切り捨てることになる。

 なので、切り捨ててもよいルリカの方を持たせていた。

「まあ、今回の場合は、アンスとケルンに貴様を持たせた方がよかったのかもな」

 アヌビスは嘲笑う。すると、リョウの拳が震えていた。

「じゃあ、……俺は、始めから戦力外だったのか」

「何を言っている。人間を斬れない。魔物戦に必要な魔法知識もない。情で動いて状況判断力が弱い。竜神の力を思うように使えない。そんな貴様になにを期待しろと?」

 何か言いたかったリョウだが、何も言えない。アヌビスが言っていることは間違いない事実だからだ。

 それに、アヌビスが急に立ち上がりヴィルスタウンの方を見つめてしまい、話しかけるタイミングを失った。

「10……いや、それ以上か」

 アヌビスが見つめる先からは、狼がこちらに向って走ってきていた。



 狼達は、リョウたちから少し離れたところに集まり、銜えていた人間の死体を一箇所に集める。そして、群れが集まった所でそれを食し始めた。

「人間を食ってるのか」

「そりゃ、腹が減ったら何か食うだろうな」

 その光景を見てリョウは口元を押さえるが、アヌビスは日常のような顔であった。

「アヌビスは何とも思わないのか」

「なにがだ」

 首を捻って振り返ったアヌビス。それを少し睨むようなリョウ。だが、強い瞳のリョウだが、つらそうな表情では威厳も威嚇もなかった。

「人間が、その……」

「腹を裂かれて臓物を食われていて、何も感じないのかって言うのか」

 口にするか躊躇ったリョウだが、あっさりとアヌビスはそれを口にする。そして、アヌビスは短く笑う。

「そうだな。死んだ人間を選んでいることを考えると、生きた野うさぎをさばいて食していたお前より倫理はいいかもしれないな」

 長い旅の間。リョウはいろんな経験をした。その中の一つに狩があった。

 自分の空腹を満たし命を繋ぐため、彼は生きた野うさぎを捕らえることが幾度かあった。

 初めての時、彼は罪悪感に襲われて、その夜は眠れなかった。

 アレクトが調理した兎も少し食べただけで戻してしまうほどだ。

 だが、その罪悪感と苦しみは、今でも残っている人間の女性のときほど、後に引くことはなかった。

 狩を何度も何度も繰り返しているうちに、うなされる夜は減ってゆき、食する量も増えていった。

 生きていくことに慣れてきたのだと、その時はアヌビスに褒められたが、彼はその慣れが怖かった。

 アレクトに言われた言葉。『リョウは怖いままでいてもいいんだよ』生き物の死が恐怖に感じないのは悲しいことだと、その時の彼女は言っていた。リョウもその時は頷けたのだが、小さな命を口にしている自分は、まだその言葉で頷けるのか分からないでいた。

「あいつらにとったら人間は、俺たちの兎と何もかわらねぇんだ。いいかリョウ。貴様は人間を基準で考えているからそう思えるんだ。この世界で人間は、ウサギの上にいて狼の下にいる生き物だ。世界では当たり前の光景でしかないんだ」

 リョウがいた元の世界では、人間を中心とした世界が広がっていた。

 人間の考えや決め事で世界が動いているように見える。人間に害を及ぼす獣は数を減らされて、人間の糧になる獣は故意に数を増やされる。

 まるで、自分たちが世界の秩序だと思っているかのような世界であった。

 獣が鎖に繋がれない世界。人間とは言えない異質な力を持った魔物のいる世界。神と呼ばれる者が目の前にいる世界。元の世界とは違うものがあるこの世界では、人間が基準とされていなかった。この世界は何を元にして動いているのだろうと、リョウは疑問に思うようになった。



 狼たちの食事が本格的に始まって、それからリョウが目を背けると、遠くから狼の遠吠えが草原に響く。

 それに耳をピクリと動かした狼達は、遠吠えの方を一斉に見る。

「どうやら、面白い奴が来るみたいだな」

 リョウにはその先から何が来るのか見えない。だが、アヌビスは分かったようで面白そうに笑っている。

「―――るんだ」

 小さな黒い影と共に声が聞こえてくる。その声に耳と目を凝らすリョウ。

「もう、やめるんだ。お前たち死ぬぞ」

 20ほどの狼に追われている一人の少年。大きな筋肉の両腕と両足は、狼のような鋭く短めの爪が生えている。全身にはこげ茶の毛が隙間なく肌を隠す。人間と似た考えがあるのだろうか、腰付近には狼の毛皮が巻かれている。

「ロンロン。どうしてこんなことろに」

「大方、追われてここまで来たんだろ」

 すると、意外なことが起きた。ロンロンを追いかけていた狼達は、彼を追い抜きアヌビスたちを囲い始めたのだ。さらに、先ほど人間を食していた狼達も、口元を真っ赤にしたままアヌビスたちを囲み始めた。

「おや、目的は、俺たちか」

 面白そうなことが起きると思ったアヌビスは、白い刀身の剣を抜いて狼達を見回す。

「待ってくれ!」

 アヌビスが剣を動かそうとすると、狼の輪を割ってロンロンがアヌビスの正面に出てきた。

 彼は、大粒の汗が流れ、息が上がっていて、それだけで疲労があると分かる。

「頼む。こいつらを殺さないでくれ。こいつらにそのつもりはないんだ」

 必死に叫ぶロンロンの辛そうな表情に似合った怪我があちこちにあった。

 特に、左腕にできた二つの穴のような怪我は重傷である。狼に噛まれたのだろう。自己治癒能力が高い獣人でも、そこからはとめどなく人間と同じ赤い血が流れている。

「ふん、部下に手を噛まれた貴様の言葉など信じられるか。それに、力が爆発しそうな今の俺に手加減を要求するのは、英鳥妃を小石で打ち落とすほど困難だぞ」

 戦う気満々のアヌビスの前で苦しむロンロン。その彼の肩に手を一度置いて、彼は前に出た。

「アヌビス、俺がやる。俺が、こいつら追い払って見せる」

 リョウは、アヌビスを真っ直ぐ見つめて言う。だが、アヌビスは鼻で笑う。それは、馬鹿にしているだけで、許可しないといっているのではない。

「ほう、……まあいい。お前がいくら本気を出しても、狼を瀕死にさせるのは難しいだろうからな。やれるもんなら、やってみな。ただし、俺の間合いに入った奴は、即切り捨てるからな」

 アヌビスは、白い剣から蒼い剣へと変えて、ミルを自分の隣に立たせた。

「リョウ……お前」

 ロンロンに見つめられたリョウ。だが、照れ隠しだろうか。彼はロンロンの顔を見ようとしなった。

「ロンロン。俺一人じゃ、処理しきれないかもしれない。苦しいのは分かるが、手助け頼むぞ」

 リョウの要望にロンロンはふらつく足に力を入れて、彼の隣に立つ。

「初めてだな。人間を頼って、人間に助けられて、協力しあうのは……リョウ、その初めてがお前で、悪い気がしないぞ」


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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