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第69話 サルザンカの宝-『ルリカとシルフエルとレイサール』

 仲間の呼び戻そうとする声に、ルリカの体はハデスから離れ前へ動こうとする。

 それをよしとしなかったハデスは、ルリカの心に長年かけて植えつけていた鍵の一つを選び出す。

 そして、そっと彼女の肩に両手を置き、その美しいが悪魔に匹敵するほど最低な唇は、ルリカの耳元で動く。

「彼らはともかく、次に引き渡される所で貴方は、人として扱ってくれるかしら。知っているでしょ。シルフエルの血は…………」

 一息置いて、ハデスの唇はさらに小さく動く。だが、その声ははっきりと、そして、塞ぎたくてもルリカの頭に響いてくる。

「平気であなたを殺すのよ」

 その言葉はルリカ以外には届かないほど小さなものだった。だが、その言葉はルリカの中で徐々に大きくなり、ルリカの心の中をハデスの闇が染めていく。

 闇に染められるようにルリカの表情は暗くなってゆき一言呟かせる。

「私……ハデスさんと、一緒に行く」



「おい、ルリカ。なに言ってんだよ」

 近づこうとするリョウを退かせようとルリカは彼を睨む。だが、リョウはその程度では怯まなかった。だが、既に答えを出したルリカの味方であるハデスは、彼女の代わりとばかりにその銀色混ざりの青い瞳でリョウを睨み一種の魔法をかける。

 ほんの微々たる物。対象物の筋肉をほんの少し痙攣させるほどだ。静電気が指先に流れた程度ほどの威力しかない。

 だが、リョウはそんなものでも足を止めた。

「私。ハデスさんと一緒に行く。そして、ママに会う。……アレクトたちにお世話になりましたって、伝えておいて。それじゃ」

 ハデスに促されることなく、ルリカは自らリョウたちに背を向けて歩き出す。その後ろにハデスとメネシスが続く。

 それを止めようとリョウは大きく一歩でて声を張る。

「おい、ハデス。てめぇ、魔法使ったんだろ。ルリカを洗脳か何かしやがって」

 そう言われると分かっていたハデスは、振り返りリョウと対峙する。ルリカも足を止めリョウを見ていた。その瞳は、生気を持っている。だが、見下しと哀れみの瞳であった。

「あら、失礼ね。さっきの台詞は、ルリカが自分で出したのよ。でしょ、ルリカ」

 ハデスが目線をルリカに送ると、ルリカはコクリと頷く。

「まあ、ハデスほどの実力者にゃら自然な洗脳は簡単だろうにゃけど……おいっちにも彼女の本心にしか聞こえないにゃ」

 リョウの後ろで成り行きを見ていたジャックとプリンセスは疑う表情を微塵も見せない。

 リョウには魔法を見抜く力がない。だから、彼らの言っていることが本当なのかが分からない。

 だが、彼は信じたくはなかった。信じたくはなかったが、ルリカの変わらない姿に疑問をもてなかった。

「ルリカ、これは罠だ。奴らお前を」

「必死だね」

 リョウの言葉を嘲笑うようなルリカの一言が断ち切った。

 そして、伏せいていた顔をゆっくりと上げる。その表情には幼い子供を見る大人のような柔らかいものがあった。

「どうして、そんなに必死になって、私を引き止めるの?」

「仲間だからに決まっているだろ」

 考える必要のない教科書のような答え。それをリョウはすぐに出す。だが、ルリカもそれを知っていたのだろう。クスクスと笑い声をリョウに聞かせて、ハズレだよと言っているようであった。

「仲間、そう仲間ね。……それじゃ、どうして私は、アヌビスの仲間になったのかな?」

 ルリカのその質問に、リョウは即答できなかった。その答えは、アヌビス本人から何度か聞かされていた。リョウもルリカと同じことが言えるからだ。

だが、それを言ってしまっていいのか。いいはずがない。そんな苦悩がリョウの口を閉ざした。

 悩んでいる。それに笑いすら出てくるルリカは、出会ったころの話を始める。



「私の町を襲ったアヌビスはね。町中の人を次々と殺していったんだ。私の家族も友達もみんな。アレは、友達だったのかな。顔がつぶれていたからよく分からないや」

 そして、何が面白いのかルリカは声を出して笑った。

「あはは、爽快だったなぁ。目の前でね。家族や友達が死んでるんだよ。私、すっごく嬉しくて、笑っちゃったの。ああ、神様って本当にいるんだなぁって、思ったよ」

「なっ」

 ルリカの豹変振りに彼女に近づこうとしてしまうリョウ。だが、彼の肩をジャックが掴み彼を引き止める。

「やめるにゃ。これ以上彼女に近づくと、ハデスが何か仕掛けるにゃよ」

 大人しく話を聞きな。と言わんばかりにハデスはリョウを見ていた。

「私も殺される覚悟はしていたよ。でもね、違った。生き残された私は、アヌビスに連れられて町を出たの。そして、その次の日……だったかな。私達は一箇所に集められてね。ここにいるようにって言われたんだ。そしたらね。面白いもの、見つけちゃったんだ」

 そしてまたルリカは口を押さえて笑う。

「私、魔法学勉強していたから、すぐに分かったんだけど。爆弾。私たちを囲うように爆弾があってね。ご丁寧に発動させる兵士まで用意しているんだよ。処分されるんだって、すぐに分かったよ。それなのに、馬鹿な奴ら。何も知らないではしゃいじゃってさ。あはは、学のないのってほんと嫌だよね」

 アヌビスは、子供を囮に敵兵の足を止めそれを吹き飛ばす策を幾度が使っている。囮は誰でもいいと思われるが、大人では仕込まれているものに気付く恐れがある。

 だが、魔法学をそう学んでいない幼い子供ならばその恐れはない。だから、アヌビスは子供を囮として多用している。国境の越えの時。アレスと取引をした際、子供に与えた飴がよい例である。

「私もここで死ぬ。でも、怖くなかったんだ。嫌な奴らの死に面を見られたから。一定の粒子量じゃ、それ以上に大きなものは作れない。魔法学の大原則の一つ。ことをなすには、それと同じ量の何かが必要なんだよ。数年間の苦痛がこれだけなのかなぁって思うと、がっかりだったけど、悪い気はしなかったんだ。…………でもね、あんなやつらの死だけじゃ、私の苦痛とは吊りあわなかったみたい」

 現にルリカは死んでいない。そいて、ルリカはぎゅっと魔道書を抱きしめる。

「アヌビスに、拾われた。結局、あれだけ沢山いた街の屑どもはみんな消えて、私だけが残った。どうしてかな。すごく幸運だったから? 違うよね。これ、たったこの本一冊で私は生き残ったんだよ。あの時、初めて憎んでいたこの血を誇りに思ったかな」

 ミルとは違い、ただの民間の子供。そんな彼女が生き残れたのは、読者が限られている本があったからだ。

「だから、アヌビスにはすごく感謝しているの。前にも話したよね。旅をさせてくれて感謝しているって。でもね、本当は……あのレイサール家と、それに群がる虫を殺してくれたことに感謝していたんだよ」

「家族を殺されて感謝だと……何を言って」

「にゃるほど、彼女はあのレイサール家の……しかも、シルフエルの血を持っているとはにゃ」

 ジャックのぼやきにリョウが振り向く。しまったと、咄嗟に口を閉ざすがリョウはなかったことにはしなかった。

「何か知っているのか」

 聞かれてしまった以上、ジャックは諦めて方を落とす。

「今思い出したにゃけど、レイサール家は、没落貴族にゃよ。昔は、シルフエル家が表名だったにゃ。それと、シルフエル家の血を引く女性は、風呼びとも言われていたのにゃ」

「風呼び?」

「風魔法に優れた者のことにゃ。一説には、天候すら変え、風の王である邪犬王まで呼びつけるほどだったらしいにゃ」

 12神は膨大な魔力が現われると、その場に駆けつけて状況を確認する習性がある。覇兎羽がハデスの魔法に反応して現われたのもそれに近いものがある。

 なぜそこに自分の管理している粒子が集まるのか。粒子の流れに乱れが生じているのではないか。そんな問題を解決しに来る。

 風呼びの風魔法が、世界規模で影響を及ぼすほど強力だということだ。

「ママはね。町では風呼びって呼ばれていたの」

 不意にルリカが話始める。興奮はジャックのおかげで落ち着いたのか、冷静な口調に戻っていた。

「私の町、農業で生計を立てている人ばかりだったでしょ。農業には風は敵であって味方でもあるの。実った作物を吹き飛ばすけど、花の粒子を運んでくれる。撒いた種を連れ去るけど、雨を連れてきてくれる。風は自然の動きだから、他の町の人は神様に祈るんだって、よい収穫ができますように。って、お祭りをして神様にお願いをするって聞いたことがあるの」

 天気の予想が困難なこの世界。まさに天候の流れは神の判断次第だと考えられているのかもしれない。

「でもね、風呼びがいる町は違うの。雨が欲しい時はお願いして風を呼んでもらう。収穫が近づくと、お願いして風を止めてもらう。するとね、町の人たちは風呼びのことを神様って呼び始めるの。そして、シルフエル家の人は、神の使いって呼ばれるようになったの。私のママは、そのシルフエル家に、風呼びの力を持って生まれてきたんだって」

 ルリカの母、クルスは聖クロノ国では指折りの魔法使いだ。それは、風呼びの力があるからだ。

「ママは立派に風呼びの力を操っていたの。そして、私が生まれた。私もママみたいになりたいって、小さい時から思っていたの」

 ルリカがクルスから受け継いだ魔道書。これの解読が夢に向っている証拠だとルリカは思っている。

「でも、リクセベルグとの戦争が激化していった。それをきっかけにママは軍隊に志願したの。もちろん、私も家族も町中の人もみんなで止めた。でも、私たちを守るためだって、ママは町を出て行ったの。そして、次の風呼びの名は、私に付けられたの」

 それからしばらくの沈黙。

「あのね。ブドウが一房落ちると、青あざが一つできるんだ」

 その後また訪れた沈黙。痛いほど静かで、誰一人ルリカに声を掛けなかった。

「町に嵐が訪れた夜は、寝させてもらえなかった。鎖で木に繋がれて、一晩中祈らせられたの。そんな晩は、朝が怖かった。朝になると、髪をつかまれて、暗い部屋に入れられるの。……するとね。白い服が、だんだん赤く染まっていくの。皮の鞭で、何度も、何度も、何度も……。ミルは知っているよね。私の背中」

 ルリカに聞かれたミルは、ビクッと震えて、小さく頷く。まるで、ルリカが別人に見えているかのような反応だ。

「そんな私のことを聞いて、ママがこの黒い服を送ってくれたんだ。これなら、赤く染まりにくいんだよ」

 アヌビスが黒い服を好むのと用途は一緒だが、意味は悲しすぎるほど違う。

「ママがいなくなってから、私は人として扱ってもらえなくなった。神様……なんてそんな素敵なものじゃない。人形……生贄に近かったかな。雨が降らないのは私のせい。嵐が来るのは私のせい。作物が実らないのは私のせい。木の枝が折れたのは私のせい。果物が落ちるのは私のせい」

 ルリカは、唇をかみ締めるが、それをすぐに開く。

「もう、滅茶苦茶だった。雨が降らないと、鞭や棒で叩かれて涙や血を流した。私の涙と血が雨になるんだって。嵐が訪れたら、鎖で縛られて川に投げ入れられた。出来損ないの私でも、溺れる私を見て、神様が哀れみんで止めてくれるって。作物が実らなかったり、枝が折れると、殴られたり指を折られた。作物が傷むのを私が肩代わりできるって……」

 神の力で栄えていた町が、その力を失って衰退の一途をたどる。

 それに、嵐や不作はルリカの責任ではない。全ては自然の摂理の問題である。誰かに背負わせるものではない。

 だが、誰か一人に頼りきって、生きていた人間の町だ。その責任を誰かに背負わさなければ、その不満を晴らせなかったのだろう。

「そんな町から私を助け出してくれた。魔道書が目的でも嬉しかった。毎日楽しいことばかりとは言えないけど、笑えて、暖かくて、みんなと一緒になってからは、一人で泣くことはなかった。ずっと、ずっと、こんな生活が続けばいいなぁと、願っていたの」

 日々与え続けらえた理不尽な拷問。叶えることのできない課題。それから脱出させてくれたアヌビス。そして、与えられたのは、笑いあえる仲間と、母親を探すという目標。

 ルリカぐらいの子供なら持っているはずの温もりと夢。アヌビスと会う前までは、彼女にそれはなかった。きっと、それを手に入れて彼女の生は、人に戻ったのだろう。

「でも、王都に近づいてきて、思ったの。私は、魔道書を読むことができる風呼びの娘。どう扱われるのかなって……。お客さんとして見てくれる? 魔法使いの卵? 魔道書? ……人として見てくれるのかな?」

 ルリカは、一人の人間の前に魔道書として扱われることになる。

 リクセベルグ国の王都に着くと、魔道書の解読とその独特の体を調べつくされる。

 町の時のような拷問は受けないと断言できる。だが、人間として扱われるとは言えないだろう。

「もう、痛いのも寂しいのも嫌。アレクトもアヌビスもそんなことはしないって思う。でも、怖い。風を呼べって、言われそうで……。どんな扱いをされるかは分からないけど……ずっと、アレクトたちと一緒にいられないってことは分かる。知らない人と一緒にいるのが怖い。私のことを知って、変わってしまう人が怖い。私を、魔道書とか風呼びって呼ぶ人が怖い」

 伏せられたルリカの表情は、誰にも分からない。だが、その頬から落ちるものは、洗脳では出させることのできないほど純粋で透き通っていた。

「私は、何なの。みんなには、私が何に見えるの?」

 ルリカは顔を一瞬リョウに見せた。だが、すぐにハデスがそれを抱きしめて隠す。そして、嗚咽を繰り返しながらハデスの胸元でルリカは叫ぶ。

 その小さな叫びと一瞬見せた表情を、見せ続けられていたら、リョウの心の方が崩れていただろう。

「ママに会いたい。うぅ、う、……マ、ママに、『ルリカ』って、よ、呼んでほしい。ママ、にぃ、あ、あたま、なで、なでてほ、ほしい」

 泣きじゃくるルリカの頭を、ハデスは優しく撫でてやる。そして、その冷たすぎる瞳をリョウに突き刺す。

「こんな小さな子を泣かせて、辛い記憶を思い出させて、分かったかな」

「だけど、」

「もうやめるにゃ」

 リョウの一言目でジャックが止める。

「いくら信頼していて親しい仲間が沢山いても、血のつながった親にはなれないのにゃ。ましてや、まだ幼い子供にゃ。全部捨ててでも親に会いたいって思うのは当然にゃ。それに彼女は今、ちみたちと別れる辛さに耐えているのにゃ。これ以上、彼女を苦しめてどうするのにゃ」

 リョウも分かっていた。だが、それを言われたくはなかった。

 そして、リョウが諦めたのを察したハデスは、ルリカを連れて歩きだす。

「では、ルリカは私たちが連れてゆきます。まあ、ルリカも寂しがるでしょうから、時々貴方たちの元へ連れて行って、顔を見せてあげますよ」

 それに合わせたかのように、空からキーキーと金属の擦れる音が響き、メネシスの機械竜が主とハデスの前に着地する。

「ハデス。ルリカを……悲しませるなよ」

 最後の抵抗だろうか。それとも、彼の願いだろうか。リョウはそれだけ叫んだ。

「できる限りの努力はするつもりですが、その必要はないでしょう。母と会って、悲しむ子供はいないと私は思いますけどね」

 そして、機械竜はルリカたちを乗せて高く飛んでいった。

「それじゃ、おいっちたちも帰るにゃ」

 人間と同じ肌色のプリンセスに肩を貸しながら、ジャックたちはヴィルスタウンの方へと歩いていった。

 


「リョウ、遅れて悪かったな」

 リョウとミルの二人だけになって数分後。銀の翼を付けたケルンに抱えられたアンスがリョウの頭上に現われた。

 二人はリョウと合流するなり周りを見渡して苦笑いを見せる。

「うわ〜、アレクトまでいねぇよ。かなり大変だったみたいだな。ここ、すげー戦場じゃねぇか」

 アンスは、キョロキョロと荒れ果てた大地を見ている。

「ところで、ルリカはどうしたの? アレクトと行動中?」

 ケルンに聞かれて、リョウは答えることができなかった。代わりにミルが泣きそうな声で答える。

「ママに会いに行くって……聖クロノ国の人と一緒に行きました」

 それからすぐにアヌビスとヘスティアとポロクルが合流する。後ほんの少し時間を稼げていれば何か変わっていたかもしれない。そんな後悔がリョウを攻めた。

 その後悔につぶれていたリョウが、アレクトの存在がないことに気付くのには、時間が必要だった。


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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