第67話 サルザンカの宝-『闇のスペシャリスト……たち?』
「エルフィンズオリジナル。最大の愛を注がれし者メネシス。ユウナ、貴方の振る舞い、見逃す訳には行かないですね」
メネシスの口上に合わせてイルが一人リョウたちから離れた。
すると、リョウとジャックとプリンセスの三人の足物に描かれた魔法陣が輝き始め三人をそこに閉じ込めた。
「うにゃ、メネシス。何をするつもりなのにゃ。これは、……治癒魔法にゃね」
ジャックが顎に手をやりながらしゃがみこみ地面の魔法陣を読み解く。
「貴方達は今、極端に魔力が少ないでしょ。さっきのユウナの魔法は、魔力が少ないほど進行が早くなる場合があるの。私の魔法が完成する前に貴方たちが死んじゃったら意味がないでしょ」
リョウはそれに該当していないが、ジャックとプリンセスの魔力が少ないのは確かなことである。
ジャックは、ここに来るまでにナイトの生還、ヘスティアとの対戦、ナナの業火魔法の防御と多くの魔力を消費してきていた。
魔物を統べる者の一人とはいえ、一晩のうちにそれだけ消費してしまうと簡単に回復できない。
ジャックの得意な時間帯になればそれは解消できるが、早朝はジャックの得意な時間とはいえない。
さらに、早朝はプリンセスが退化する時間帯である。
未熟な魔物のみが持つ弱点。時間や場所によって、魔力が減少する症状のことだ。
プリンセスは太陽が苦手で、特に早朝は一日の中で最も魔力が落ちる時間帯である。
ヴィルスタウンを襲い始めたのが日没後というのも、プリンセスが全力で戦えるようにするためであった。
そして、日の出と共に出たジャックの退却命令。プリンセスの反攻がなければ、弱体化した彼女を敵の前にさらさずに済んでいたのだ。
「魔法? ちみ、後数分もないって言うのに、一発逆転の必殺技でも持ってるのかにゃ。その魔力で」
ユウナの魔法を浴びてからかなりの時間が経っており、魔法の効果が発動するまでの時間が僅かとなっていた。
ユウナの魔法を解除するには、受けた攻撃回数分ユウナに魔法攻撃を与えるか、同じ威力の闇属性の魔法を体にぶつけるしかない。
だが、メネシスもイルもそれを実行できるほど余裕のある状態とは言えない。
先ほどまでイルはその体質上、戦闘の時にはメネシスから魔力を分けてもらわなければならなかった。
その唯一のイルの弱点を解消するために、ある女性が今後のためと闇属性の魔鉱石をイルの中に埋め込んだのだが、その後遺症で現在魔法攻撃が多用できない状況になっている。
月日が経てば解決できる問題なのだが、今すぐにとは行かない話しだ。
心臓の大手術を受けた人に、術後すぐにバスケットの試合に出ろといっているようなものだ。
本当なら、大人しくぬいぐるみのようにしていなければならないのだが、大親友のメネシスのために、心臓を切り裂きながら戦っていた。
だが、それを知っているメネシスは、イルの負担が極力少なくなるように普段のように魔力供給を行っていた。
さらに、イル一人でも避けることができたユウナの攻撃をメネシスが多くの魔力を使って回避させていたのもそれが原因である。
さらに、プリンセスを助けるために使った強制移動魔法とジャックたちの治癒魔法も含めて計算すると、メネシスの魔力残量では大きな魔法一回が限界であった。
そんな不利な状況でもイルとメネシスは余裕の笑みがあった。
そして、メネシスは冷や汗を流しながら微笑んだ。
「あるわよ。反則級の逆転魔法。まさに人形遣いの真髄ね」
「マイベストフレンド……」
イルがそのボタンの無機質な瞳でメネシスを見つめる。それにメネシスが安心させるように笑う。
「大丈夫よ。少し怒られるだけだから。……ユウナ、今すぐその二人を解放してここから逃げなさい」
両肩上空にミルとルリカの入ったガラス玉を浮かべながらユウナは朝日を浴びていた。
彼女は、太陽の光が大好きで、それを魔法の一部に取り込んでいる。
つまり、太陽の光が多ければ多いほど彼女は強くなるのだ。
数では圧倒的な差があるが、魔力の合計ではユウナの方が上である。さらに、ユウナにはカウンターが強力なガラス防御壁がある。それら二つを駆使しながら時間が経つのを待てばいいだけなのだ。逃げる理由が彼女にはない。したがって、彼女の態度は大きくなってゆく。
「あら、お嬢様。この状況で何をおっしゃっているのかしら。それとも、死ぬことの恐怖のあまり思考が止まったのかしら。そうですね。お嬢様とイル姉さんなら、額を地に着けて泣いて懇願して今までのことを謝れば許してあげますよ」
ユウナの言葉にメネシスは小さく笑う。そして、その愛らしい瞳は殺気を持ったものに変わりユウナを怯ませた。そのメネシスは、死を直前にした者とは思えないものであった。
「数少ない家族だから生かしてあげたいといっただけなのに……ユウナ、あなたが思うほど、この世界は優しくないのよ。イル、行くわよ」
「アイサー」
白ウサギのイルは、ユウナに近づくことはせず、メネシスの周りを縦横無尽に走り回る。そして、イルの小さな背中からは黒い光が溢れその光がいるの軌跡となって残ってゆく。
そして、イルはメネシスの隣に立ち止まる。すると、イルの描いた黒い線は、半球状の立体型の魔法陣となってメネシスを覆っていた。
黒の魔法陣。闇属性の魔法陣だ。闇はイルの魔法だろうと察しが付く。すると、メネシスは行きよいよく右手を天へかざす。
その小さな掌からは、紫の光線が生き物のようにうねりながら何本も溢れる。そして、それらは黒の線に絡みつくように黒の魔法陣と一体となり一つの魔法陣へと生まれ変わった。
「オープンザゲート。舞台から離れた役者。人形遣いの声に答えて戻ってきて」
メネシスの詠唱が終ると、黒と紫の魔法陣はぎゅっと圧縮されて一つの黒い穴になる。すると、その穴から5本の紫の糸が伸びてきて、メネシスの左手の指と結びつく。
「おいで、冥界の女王!」
メネシスが声と同時に紫色の糸を力強く引く。すると、黒い穴から一人の人物が引きずり出されて落ちてきた。
「いたたたた……何かなメネシス。朝食の最中だったのだけど」
穴から落ちてきた女性は、腰から地面に落ちてしまったらしく腰を摩りながらメネシスの隣に立つ。
身長は160cmぐらい。銀色で腰ほどまで届く真っ直ぐで長い髪は、毛先の部分だけメタルブルーじみた色をしている。その見下すような瞳は鋭く、毛先に似た金属的な青い色。体のメリハリもはっきりしていて、ネイレードに引けを取らないような20歳前半ぐらいの女性だ。
その服装は、黒いドレス。ドレスといっても、大げさなものではない。
黒いスカートは短く膝より少し高いぐらい。そのスカートには針金が入っていて、形が崩れないようにされている。さらに、その形は可愛さを追求するデザインになっている。その黒いスカートの内にある薄手の白いスカートが少しだけ見えている辺りが女性のこだわりとなっている。
上着は元々袖部分が長いものであったのだろう。無理矢理縮めているので二の腕付近はしわだらけ。肘から手首までの袖は広く空いている。手首部分の袖にもスカートと同じで内側の白い生地が見えている。さらに、その袖は繋がっているものではない。肩部分で別れている。そのせいで、肩からうなじ首にかけて白っぽい肌が露出している。
そして、腹部は胸下から腰まで開いていて、それを赤い糸で縫い寄せている。まるで、布製のコルセットのようなものだ。
膝より少し上のスカートは足の露出を大きくしているが、真っ黒なニーソが太もものほとんどを隠している。そのニーソの太もも付近には赤く細いリボンの飾りがある。
服装はメネシスに近く戦闘者に見えない。だが、露出している肩と腰周りに聖クロノ国の刻印を施された鎧をつけているので軍人なのはすぐに分かることだ。
「にゃあ、強制召喚とは、とんだ切り札にゃね。これもエルフィンの力かにゃ」
ジャックが聞くと、メネシスはちらりと目線を送ってつまらなさそうに答える。
「人形遣いの力です。彼女を人形に登録しておいて正解でした」
「誰なんだ彼女」
リョウがジャックに聞くと、少し驚きながらもジャックは微笑みながら教えてくれた。
「聖クロノ国軍事統括責任者総帥。通称ハデスにゃ」
聖クロノ国軍事。それだけ聞いてリョウは彼女は敵だと認識した。
退屈そうなハデスの目線をユウナに向けようと、メネシスはその指を彼女へ向ける。
「彼女はユウナ。エルフィンズの一人。そして、あの中にいるのが」
「クルスの娘ね。見ただけで分かるわ。何も知らない純粋な色をしているじゃない。……なるほどね、呼ばれた理由がわかったわ」
不敵に笑ってハデスは腰にぶら下げた乗馬用の鞭を手に取りユウナに近づいていく。
「貴方、その子たちをどうするつもりかしら」
「分からないのかしら、食すのですよ」
その何気ないユウナの一言にハデスは鞭を横に振った。
すると、その鞭から黒い風が吹き出す。その風はユウナもメネシスもジャックも全てを飲み込んだ。
「リョウ、プリンセスちゃん。大きく息を吸うのにゃ」
見本とばかりにジャックは胸を張って深呼吸をする。すると、漂っていた闇はジャックの口へと大量に入ってゆく。
そして、リョウとプリンセスもそれを真似る。リョウは喉の奥でえぐい違和感が生まれて吐きそうだったが、それを飲み込むとスッキリした気分になれた。
「これで、幾らかはましかにゃ」
体に入った光属性の魔法。それを中和するための闇属性の魔法。相殺できたかは微妙な所だが、発動を抑えるぐらいにまではなっただろう。
この闇の空気を吸い続けていれば、解除も時間の問題である。闇のプロであるハデスを呼んだのは、メネシスの判断が正しかったと言えるだろう。
その黒い風は辺りに滞留して膝ほどの高さまで黒く染めた。その黒は濃くて、皆の足元に何があるのか分からなくなるほどであった。
「調子に乗るんじゃないぞ小娘。敗北も未熟も何も知らない餓鬼が、私に向かってその口は何だ。私が貴様を食してやろう」
ハデスが音を立てて鞭を振る。すると、足元を漂う闇から黒い手が何本も伸びてユウナの足や手を掴む。そして、彼女を浅い闇の中へと引き込もうとする。
「闇魔法など私に効かないですよ」
ユウナは、小さめのガラス玉を出す。そのガラス玉は、太陽の光をすぐに吸い込み吐き出す。その光は刃となって闇の触手たちを切り裂く。
だが、闇の濃さはさらにまして行き、ユウナの肩を掴むほど大きくなってきていた。
「あ、あれ。光が闇に飲まれる?」
ユウナがもがきながら不思議そうにする。
「闇はね。光と同じ大きさなよ。それに、私の方が貴方より強い。貴方の光で私の闇は照らしきれないわ」
黒い闇の中でにやりとハデスの白い歯が輝く。それはまるでアヌビスのようだとリョウは久々の恐怖を感じていた。
だが、その闇はユウナを飲み込むのをやめてその動きを止めた。
「この闇。まさか……くっ、数年間消えていたくせになぜ今更」
一番早く様子を変えたのはハデスだ。ハデスは、ユウナを飲み込もうとしていた闇全ての対象をユウナからミルとルリカのガラス玉に変えた。まるで、闇で二人を包み込んで守ろうとしているようだ。
そして、ハデスはユウナに背を向けて青空を見上げた。
「リョウ、プリンセスちゃん。おいっちにくっつくにゃ」
そう叫びながらジャックは状況が理解できない二人を抱き寄せて、ドーム状の水の分厚い幕を張って自分たちを守る。
「イル。こっちへ」
「アイサー」
メネシスが両腕を広げると、イルは飛び跳ねるように彼女の小さい胸の中に飛び込んだ。
皆が防御に徹してすぐに、青空に黒い布の塊と、真っ赤な十字架が輝いた。
「インペリアギアス」
その幼い声には似つかわしくない真っ黒な炎の球が空から地面に落下してきた。
そして、その黒い炎は、ハデスの闇と混ざり、周囲の生物を吹き飛ばした。
「うぬ、久々の登場。あちきとしては100点満点ってところなのら」
赤い十字架。それは2mほどの大きさがありその人物よりはるかに大きい。
その人物は黒いマントと黒い服を着ている。身長130cm以下ととても小さい人だ。
太ももまで隠すビニール製のロングブーツ。銀の鎖のベルトが目立つビニール製の黒の短パン。ノースリーブで胸元が大きく開いた黒のベストには金のボタン三つで止まっている。その下には白い襟付きのシャツ。その喉元からは短めの赤いネクタイ。その赤いネクタイには小さい白の十字架が刺繍されている。
そして、その金色の瞳、遠くからでも分かるピンクのショートヘアー。その目立つ頭を隠すように、その小さな頭に合わないほど大きな黒のビニール製の制帽を被っている。
その容姿と小ささにリョウは口をパクパクと動かすことで精一杯で声がでなかった。代わりにジャックが声を出した。
「覇兎羽なにしに来たのにゃ」
噛み付くようにきくジャックなど屁とも思わず、覇兎羽は十字架を背中にかけてユウナの前に立った。
「なにって、これほど上質な闇が溢れ放題大サービスなのら。面白そうだから見物に来て悪いか。え、悪いのか。あちきは楽しんじゃいけないのらか。差別はいけないんらぞ。差別は国際問題らぞ。ジャクジャク、ちみ今のは全世界の人を敵にまわす発言らよ」
そのまくし立てるような台詞にジャックは動けずにいた。そして、覇兎羽はユウナにだけ聞こえるぐらい小さな声で呟いた。
「さっさと逃げるのら。ユウユウ一人じゃハデハデには勝てないのら」
「でも……あれがなきゃ」
「あえにこだわらなくてもいいのら。ユウユウが欲しいのは上質一人じゃらくて、沢山のご飯らよね」
ユウナの食事。それは人間だ。確かに美味しいものほどよい。だが、空腹の今の彼女には質より量のほうが大切なのだ。
イルとメネシスの登場で少しむきになっていたが、無理して手に入れなければならないものではない。ただ、妹の喜ぶ顔が見たかっただけである。
「ユウユウが帰ってこなかったら、彼女は悲しむと思うのらよ」
その一言がとどめとなったのだろう。ユウナはコクリと頷いて口笛を吹いた。
「覇兎羽様。助けてくださってありがとうございます。応援を呼びましたので、それでお逃げください」
「心配要らないのら。それに、あちきは正義の味方なのら」
ユウナは覇兎羽に軽く頭を下げると、ユウナは太陽に向って飛んでいった。
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。