第64話 サルザンカの宝-『聖竜先生』
「わっちはこの世に初めて生まれた種族の長の一人。人間は別の名で聖竜王とも呼ぶのぉ」
リョウの中の人物の名乗りに、プリンセスは呆れ顔のまま数秒固まり、彼女には似つかわしくはない軽い笑い声を上げる。
「あはは、聖竜王? リョウ、嘘をつくなら勉強してからにしたほうがいいわよ」
「主、何が可笑しい」
リョウの中の人物は、プリンセスに笑われて明らかに不機嫌の意思を示している。
だが、プリンセスは涙をその白い指で拭って、笑いを堪えながらリョウを見つめる。
「聖竜王を含む12神は、その力を分けあう友を一人持つの。聖竜王の友は、世界中に知られた有名人、リクセベルグ国の国王ね。裏を返せば、聖竜王は国王以外に力を貸すことはないわ。例え、リョウがどれだけ優れた竜神だとしても、聖竜王の力を借りることはできないの。まして、貴方がやっているのは憑依。一歩間違えれば魂が食われる危険な技。聖竜王が自らの魂を宿すほど貴方を信じているとは思えないわ」
すると、今度はリョウが指を三本立てる。
「主は間違っておるぞ。一つ目は、圧倒的な差の実力を持った魂ならば食われることは無い。わっちの魂なら、こやつ程度に食われはせぬ。二つ目に、わっちはこやつに力を貸しいるのではない。わっちがこやつの体を奪ったのだ」
「もし、貴方が聖竜王だとしたら、なぜそんなことをしているの」
指一本残されたリョウは、その指を顎元へ持って行き考える仕草を見せる。少女らしい行動だが、男のリョウがすると胸焼けがしそうだ。
「そうだな……趣味。いや、教育と言った所か。こやつはここで死んでもらっては困るゆえ、わっちが見張っている。そう捉えてもらえればよい」
そう答えると、プリンセスは眉間にしわを寄せ、疑問の色を濃くした。
「竜神を含め、獣神は少なく貴重なのは知っています。ですが、聖竜王自ら守るほどの価値がリョウにあるようには私には見えません。確かに、黒竜の竜神は奇異かもしれませんが」
「主、それは違うぞ」
「何がですか」
ようやく三つ目の指摘のチャンスが来て、リョウの中の人物は胸を張って言い切る。
「こやつは竜神などではない。わっちの……聖竜王の血を持った言わば、わっちそのものじゃ」
「それを、獣神と呼ぶのでは?」
竜神もそうだが、獣神とは人間の体に獣の血……12種類存在する粒子の一種類を流して、体を構築する粒子と異なる粒子を取り込むことだ。
獣神の力を使うのは、その者の意思で行うことができる。任意で姿を獣か人間かを選べる所が獣人と違う所の一つだろう。
プリンセスの疑問通り、リョウの体に異質の血が含まれている。それは獣神ということである。だが、プリンセスを否定するようにリョウの中の人物は続ける。
「主、それは違うぞ。獣神は一種類の粒子を体に含むこと。こやつの体には『聖竜王』という獣の血……粒子が流れている。つまり、こやつの体には、リョウという人間と聖竜王という獣が共存している状態なのじゃ」
「リョウの体に聖竜王の意思……それこそ嘘くさい話ですね」
一つの体に複数の意思が宿ることは不可能な話ではない。それを戦闘術や能力として扱っているほどだ。
だが、それはお互いに信頼しお互いのことをよく知っていることが前提である。自分が相手に合わせ、相手が自分に合わせてはじめてそれができるのだ。
意思の共鳴。それが得意な者がいる。12神とその友だ。
12神を愛し思う友と、友を愛し思う12神。双方に理解しあい思う二人は、常に意思の共鳴ができると言われている。
意思の共鳴は、お互いの力を共有できる。以前、機械竜を落としたアンスとケルンの技のようなものだ。
聖竜王と国王の場合、国王の意思で国全土を安全な結界で守りたいという意思がある。その意思を反映させて、聖竜王はその力で国中を包む巨大な結界を作り出している。
世界創造の神の一人と呼ばれる聖竜王だが、流石に片手で国を覆うほどの結界は作れない。
常に国の中心にある王都に鎮座し、そこで国王と共に結界を作っていなければならない。そうしなければ、ギャザータウンなど生活が困難な町は、数日で壊滅してしまうからだ。
したがって、聖竜王の意思は常に国王と共にあるのだ。流石に意思の分断の実例は今までにはない。さらに、聖竜王はともかくリョウが聖竜王のことを知り尽くしているとはプリンセスは思えなかったのだ。
だが、リョウの中の人物は、自分の説明の伝わらなさに首を傾げて悩む。
「なぜ分からぬ。これほど分かりやすく説明したのは数十年ぶりだというのに。そうじゃの、それじゃあ」
「もう、結構です」
話が永遠と続きそうなリョウの中の人物の対応に、プリンセスの我慢が切れた。退却命令が出ているプリンセスには、自由に動ける時間がない。
さらに、日が昇りきってしまっている。プリンセスの苦手な朝が訪れてしまっているのだ。
「貴方が、リョウなのか聖竜王なのかの論議はもう結構です。私の目的は、彼女達を保護させていただくことです。その際、邪魔をするというのなら、こちらもそれ相応の対応をさせてもらうだけです」
強く言ってプリンセスは大きく後ろに飛ぶ。リョウとの間に距離を作り、剣の有効範囲外に出たのだ。
「分からぬことを分からぬままで済ませるのは、感心できぬのぉ。しかし……」
リョウはちらりと後ろを振り返り、後ろで小さくなっているミルとルリカとプラス一人の少女達を見て、銀の剣の剣先をプリンセスの喉元へと向ける。
「この童たちを主に譲るのはおもろないな。主、退いてけろ」
ゆっくりと語るリョウにプリンセスは焦らされる。彼女達を朝日が包んでから十分弱。時間が経つにつれて、プリンセスが劣勢に立たされるのは間違いない状況である。
「分かりました。では、リョウを障害として排除します」
プリンセスは、その両手に赤い光の球を持ち、腰を軽く落とす。その光の球は、彼女の手を完全に隠し、時折稲光を放ちその威力を隠していた。
「ふむ、そうしてもらえるとこちらも助かる。おい、主。起きているのだろぅ」
リョウの中の人物は、自分に語りかける。すると、リョウの体からぼんやりとした物が抜け出す。それは色と形をあらわにしてリョウの形になった。
そのリョウは、自分の体を見て驚いている。そのリョウの体は、透き通っていて色が極端に薄い。さらに、宙に漂っている。
「おい何だよこの体は、ってか、お前あの女の子か」
自分の体を見たリョウは、意識と現実の矛盾に混乱しているが、自分の体を奪った人物の特定はできていたようだ。
「主も聞いていただろうに。わっちは聖竜王じゃ。アヌビスに何も聞いておらぬのか」
リョウは首を縦に振る。すると、聖竜王はがっくりと肩を落とす。
「そりゃあのう。あれほどの縛をかけるほどじゃ。わっちに見られるのがそれほど嫌なのかのぉ。はぁ、悲しいのぉ。昔は、いつもわっちの後ろをついてきたというのに」
「あのさ、昔を懐かしむのはいいけど、結局何が言いたいんだ」
「おお、そうじゃった。今からわっちは、あの魔物と戦闘をする。見て分かる通り、わっちは剣の使いじゃ。この剣、正確にはこの短剣じゃの。これには12の獣が時折顔を見せる。一つの武器にその武器の使い手の獣がおるのじゃ」
短剣はまだ顔を見せてはいないが、この銀の長剣は聖竜王。アミュレは先ほどの橙色の靄という事だ。
「他の者達はその気はないようじゃが、主に各々の武器の使い方を教えねばならぬのじゃ。なに、12人の師匠がいると思うとればいい」
「なぜそんなことをしてくれるんだよ」
「見て分かる通り、主の体はわっちらにとって居心地がよいのじゃ。立場上、王都から出れぬわっちが、人前に出たり各地の問題を解決したりするには都合がよいのじゃ」
12神は神様なので、よほどのことがない限り人間に直接手を下すのは自重しなければならない。
だが、聖竜王は一国を守る存在である。これは、友である国王の願いであり、聖竜王が果たさなければならない義務なのである。
確かに、聖竜王が自ら戦地に出向き力を振りかざせばすぐに解決できる話が多いだろう。
だが、国の結界維持や神としての立場の関係でそれは困難な話である。
したがって、代弁者が必要なのだ。本来なら、グロスシェアリング騎士団がそうなるのだが、聖竜王自ら出向くのとは意味が違ってくる。
聖竜王の意思を現地に届ける方法。それが可能なのがリョウの体であった。
リョウはこちらの世界に来てまもなく、体に聖竜王の血を体内に取り込んでいる。その血がリョウの体の一部となって、寄生に似た状態になったのだ。
その方法は今まで幾度となく試されたが、いずれも失敗に終っていた。
その原因は、既に体は構成する粒子で飽和状態で、聖竜王の粒子を取り込む余裕がないからだとされていた。
だが、異世界から来た人間ならば、この世界の粒子理論に該当していないかもしれない。
その人間ならば、体内部が粒子に満たされる前に血を注げば可能かもしれない。
そう考えた聖竜王がいち早く動いたのだ。
それに便乗して、残りの12神も何かに使えると判断して、リョウの体に自らの血を注いでいたのだろう。
今までリョウの体に注がれた粒子、受けた魔法攻撃、接触してきた人物や獣の得意属性や保有魔法などなど。この世界に来てから彼に関わった多くの粒子。それを作っていたのは12神だ。
聖竜王のように一度に大量。そのようなことはなかったが、徐々に少しずつ注いでいたのだろう。
聖竜王以外の12神にリョウの利用価値があるのかと聞かれれば疑問なのだが、異世界からきた生物。さらに、聖竜王が短剣を授けた存在であることがリョウに興味を持った原因だろう。
あの短剣は、正確にはアヌビスのものだったのだが、リョウの方が似つかわしいと聖竜王も思っている。
「だがのぉ、主はあまりにも弱すぎる。アヌビスに目を付けさせてるとはいえ、今回のような時は即死じゃの。じゃから、その便利な体が朽ちてもらわぬようわっちが見張っておる。じゃが、わっちもそこまで暇じゃない。主も自分の身ぐらい守れるよう力をつけてもらわぬとの」
短剣長剣を含め、12の武器全てを扱えるようになった時、リョウにすべてを告げようと聖竜王は思っているが、今はこのような嘘をついてリョウを手ごまに入れようと企んでいた。
「よろしゅうの。異世界の騎士殿」
と、聖竜王が気を抜いていると、彼女の両脇を赤い一閃が走った。その赤い線は地面に焦げ目をつけながら聖竜王の両腕ギリギリを通っている。
その閃光は、木を焼き斬っている。それを見ると簡単に腕を切り落とすほどの威力はあるだろう。だが、それをしなかった。確実に威嚇だと言うことだ。
「リョウ、独り言はいい加減にしないですか」
ぶつぶつと独り言を続けていたリョウに不気味さを通り越して、怒りを覚えたプリンセスは、自分に目線を送らせようと威嚇したのだ。
「プリンセスには俺が見えないのか」
「そうじゃ、言うなれば今の主は魔力のみの存在。この世界では粒子が目に見える唯一のものじゃからの。まあ、気配は感じられるのぉ。幽霊、そんなものじゃ」
生きているのに死んでいると言われている気分でリョウは不思議な気持ちであった。
「そうじゃ、忠告しておくぞ。その体だと壁や物質の通り抜けはできるが、魔法攻撃は通常のように当たるからのぉ。多少なら耐えることができるが、当たりすぎると体に戻れぬゆえ気をつけよ」
聖竜王の忠告に、思わず彼女の後ろに隠れてしまうリョウ。自分に守ってもらうなど、とてもおかしな話である。リョウもそれが不思議に感じて、複雑な表情を作る。
そんなリョウに笑みを見せる聖竜王は、プリンセスに目をやる。
「主、わっちにその暴挙。交戦を欲しておるのか」
「私はその子達を保護したいだけです。それに対して、貴方が私を妨害するなら、それ相応の対応をするだけです」
「同じ返事ばかりよのぉ。面白味のない奴じゃ」
ぼやきながらも、聖竜王は久々の感触を確かめるかのように、銀の刀身に指を沿わせてその刃の鋭利さを味わっていた。
聖竜王の長剣に対抗してか、プリンセスは右手を振る。すると、光の球体は細長い楕円状になる。そして、その光がはじけ飛ぶと、3尺ほどの刀が生まれた。
刀といってもつばや柄がない赤いむき出しの刃だけだ。その刃の持ち手部分には、黒い包帯のような布が何重にも巻かれている。実用性のみを追求したものだと言えるだろう。
戦闘意欲むき出しのプリンセスだが、聖竜王はこれといって焦りを見せない。それどころか、笑いすら見せる。
「主、慣れぬことはせぬ方がよいぞ。それとも、それが退化対策とでもゆうのか」
今まで強気で隠していたプリンセスだが、その虚勢が見抜かれていたと知ると、顔色が悪くなり表情が歪んだ。
「退化って……」
「成長しきっておらぬ魔物だけに見られる現象じゃ。時間や場所によって力が減少することじゃの。魔物の特徴は分かっておろう。人間に獣らしい部位がある。そんなものじゃ。だが、今のこやつの見た目はただの人間じゃ。おそらく、朝に弱い魔物じゃろうな」
プリンセスは朝に弱いと言われてリョウも納得できた。彼女が人間ではないと思わせるもので、腰部分に生えていたコウモリのような羽がある。
黒髪や満月のような瞳、夜空を飛ぶコウモリ。彼女の全てが夜を連想させる。その逆の時間である朝が弱点。その憶測は疑う余地がないぐらい適切な読みである。
「相手は接近戦の剣士。攻撃とまでは行かぬとも、同種の武器を使うのは、何かと機転が利くかと」
実際、プリンセスは接近戦が苦手である。完全魔法使い。後方に控えての大型魔法が得意なのだが、それでは単騎戦が弱くなる。
それを補うために魔物としての能力を使っている。だが、力が減少している今はそれが使えない。
それに匹敵する力とは到底いえないが、リョウ程度の相手ならこれで十分とプリンセスは判断していた。
だが、今リョウの体を使っているのは聖竜王である。それを考慮していないのは、プリンセスの判断ミスといったところだ。朝で人間に限りなく近いプリンセスでは、人間の体に隠れた獣の気配を読むことはできなかったのだ。
そもそも、聖竜王の言葉を信じていないのが第一だろう。
「まあ、よい。それじゃ、リョウよ。見ておれ。魔法剣士相手にどのように戦えばよいか。この身に叩き込んでやるからのぉ」
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。