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第62話 サルザンカの宝-『和みパワ〜』

「よし、ここまで来れば大丈夫だろう」

 リョウを先頭にミルとルリカの三人は、ヴィルスタウンの外へと出た。

 正門から離れた小さな門から出た三人は、細い街道を少し進み小高い丘へと登り、町を見下ろしている。その三人の頭上には、太陽が昇り始めた空を隠すかのように、青々と茂った大樹がその腕を伸ばしていた。

 その街道は、被害が少なかった道のようで、多くの商人たちが軽装で避難道として使っている。

 リョウたちは、そこで仲間が来るのを待っていた。

「あーもう、つかれたー」

 町を無事出られて安心したのか、ルリカは服が汚れることなど気にせず、芝生の生えた大地に座り込んだ。

「私も」

 それに続いてさほど疲れてない表情のミルが座る。リョウも座り込みたい気分であったが、年上と守らなければという妙なプライドがそれを阻止していた。

「おいおい、まだ確実に安全とはいえないんだから、こんな所で寝るなよな」

「うるさいなぁ。いいじゃない本当に寝てないんだし。ただ、こうやって横になっているだけ〜」

 ルリカは、母から受け継いだ大切な魔道書を枕代わりにして大地に横になった。流石にルリカの真似をするミルでも、そこまで真似はしなかった。

 ただ、ミルも相当な睡魔に襲われているようで、大きな欠伸を隠しもせず何度も繰り返している。

「たく、……まあ、子供に徹夜と走り続けるのは、相当辛いことだからしょうがないか」

 ヘスティアの助力があったとはいえ、一睡もせず走り続けた一晩。子供でなくとも疲れで倒れてしまうだろう。

 それ以外にもルリカとミルの睡魔には魔法学が関わっていた。

 ヘスティアのかけた魔法。それは、二人の体に獣属性の力を宿すことだ。それをすることによって、獣のような体力と筋力を得ることができる。

 だが、人間の体とはよくできていて、本来体に無いものを除去しようと自然と働いてしまう。

 この際、獣属性を中和しようと空気中にある反属性の呪属性を体に取り込んでしまう。

 大人の場合、体調整の能力が整っているので、プラマイゼロになるようにできる。

 だが、子供の二人はまだその能力が完全ではない。必要以上の呪属性を取り込んでしまう。

 したがって、体に余った呪属性がその力を振るって、睡眠効果を生み出すのだ。

「んー、少しだけだぞ。ミルも無理しなくていいから少しでも寝ておいた方がいいぞ」

 リョウが優しく言うと、ミルはコクリと頷く。座ったままリョウの百科事典を抱えて、それに顎を乗せて眠り始めるミル。

 街を出るときからずっと大切に持っていてくれたのだ。もし、彼女に預けていなければ、リョウは命の恩人である本のことなど忘れて逃げ出していただろう。ミルに預けて正解であった。

「この世界ではどっちも魔道書……。にしては、扱いの落差が激しいな」

「悪かったわね。扱いが雑で。でもね、魔道書は火をつけても燃えないほど頑丈に作られているの。そう簡単に駄目になったりはしないの」

 横になったはずのルリカは、ミルと入れ替わるかのように起き上がり、その眠そうな瞳でリョウを睨む。

「寝たいんだろ。無理しなくていいから寝てろよ」

「はは、それは無理。リョウ一人しかいないこの状況で寝ろって? リョウって本当に馬鹿なんだね」

 気を使って言っていたリョウであるが、言われて見ればルリカの言い分は最もである。

 達成感と余力のある体力が自分に間違った自信を与えていたのだとリョウは反省した。

 リョウは自分一人になり二人を守らなければと躍起になっていた。それは焦りだけが先に出てきて、限界や限度を知らない行動をとりそうなものである。

 だが、それを見切っているのか、程よくルリカがリョウをからかう。そのからかいに似たルリカの手綱さばきにリョウはよく乗っている。

 このようなルリカの行動は今までに何度か見られた。リョウが落ち込んでいる時、悩んでいる時など、元気付けるようなからかいは、リョウにとってよい刺激となり、次への成長へと確実に導いていた。

 幼いルリカだが、学問とは違う人間の成長を助ける教師となりつつあった。

「悪かったな。頼りない男で」

「ほんとにね。世界的に希少な魔道書の読み手と聖竜王の家系の娘。その二人を護衛するにしては、無いのと同じぐらい頼りない」

「う〜ん。お腹すいた……」

 拗ねるリョウと嘲笑うルリカ。二人は危険な現状を把握しながら、寝言を言い始めたミルを見てクスクスと笑う。

 気を張り続けていた二人は、一人緊張の外にいるミルの和みパワーで、その強ばりが少しだが緩んだ。

 そのミルが羨ましくなったのか、ルリカは大樹の根元に座り魔道書を広げた。

「そうね。頼りないリョウでも見張りぐらいできるでしょ。さ〜てと、アレクトたちが帰ってくるまで少しでもお勉強しなきゃ」

「緊張感ねぇなぁ。こんな時も勉強かよ」

「こんな時だからこそ、いつもと同じ日課をすると落ち着くの」

 リョウは欠伸を堪えながらルリカの魔道書へと視線を送る。そのページをめくる細い指が小刻みに震えていることに気付き、欠伸と共に笑みも堪えた。

「ま〜、なんだ。町も落ち着いてきたようだし、そろそろ誰か来るだろうよ。だから、それまでは頼りない俺一人で我慢してくれ」

 背を向けたままルリカに励ましのような宣言をするリョウ。だが、返ってきたのはルリカらしい返答であった。

「ほんと、頼りない。もう、怖くて怖くて震えが止まらないわ。でも、リョウに頼らないで、敵が来たときは私が頑張らないとね」

「あのな〜。少しは子供らしく怖がったらどうなんだよ」

 頼りにされないリョウは、肩を落としながら振り返る。そこには、青いリボンでくくられた金髪のツインテールを深くたらして、その黒のゴスロリ服より暗い表情のルリカがいた。

「怖いわよ。怖くて怖くて、今にでも泣き出しそう。私は知っているの。戦渦に巻きこまれた町がどうなるか。その町から避難できても、その両手には何も戻ってこないことも。みんなを信じていないわけではないけど、もしかしたら、誰か帰ってこなかったらと思うと……」

 いつにないルリカ。あの明るさは、本心を押し殺すための空元気のようなものだったのだろう。それを破ってしまったリョウは、若干の罪悪感をおもいルリカの隣に座る。

 そして、彼女の整った髪形をかき乱すかのように頭を強く撫で回す。それは、撫でるというよりも、鷲摑みしてもぎ取るようなもの、アマーンに以前されたような元気の出るものであった。

「な、ちょっと、なにするのよ。髪が乱れるでしょ」

「大丈夫だって、みんな強いんだから、無事笑って帰ってくるって」

「それ、答えになってないんだけど。あのさ、リョウ。言葉通じてる?」

「おうおう、通じているぞ。ルリカはみんなが心配で心配で一人だと寂しいんだろ。うんうん、泣きたいのなら泣けばいいんだぞ。今は俺しか見てないからな」

「くぅ〜、もう、知らない!」

 ルリカは頬を膨らませてリョウから目を背けた。

 アヌビスにふるさとの町を襲われて、家族を殺されて一人になった。今はこうしてリョウたちと旅をしているが、戦渦の中で生き抜いているときは悲しさで一杯だったのだろう。

 今までも何度かその苦しみに潰されそうになったこともあったのかもしれない。だが、そんな自分を見せては、アレクトたちに負い目を感じさせてしまう。

 世話になっているという恩と、アレクトたちのよい人柄を知り、攻めることのできない彼女は、むき出しにしたい感情を明るく幼い自分と大人で冷静な感情で抑えていたのだろう。

 だが、再び経験した悲しみが訪れるかもしれない。そんな不安が生まれてしまいその感情と新たな恐怖が彼女の箍を壊しかけたのだろう。

 リョウはそこまで深くは考えていない。だが、彼はルリカに元気になってもらいたい。ただその一心でルリカをからかったのだ。それがよい結果を生んだ。

 リョウをからかって扱っているように見えるルリカだが、実はその逆である。そんな歳の離れた二人の掛け合いは、二人をよいペアにしていた。



「それにしても腹が減ったな〜」

「言うだけならタダだから、好きなだけ叫んでいたら」

 朝日が昇り、リョウは大樹に背を預け空を見ていた。眠りから目を覚ましたミルも眠気が覚めたルリカも同じように大樹に背を預けている。

 ここに来て数十分。既に朝と呼ばれる時間帯になり、本来なら朝食の時間だ。だが、誰一人くることは無い。

 それよりも、三人は空腹に襲われて、眠気よりも空腹での疲労があらわになっていた。

「ねぇ、ミル。なにか食べ物もってない?」

 ルリカに聞かれてミルは、その小さな体には大きすぎる黒の軍服の数あるポケット全てに手を入れる。

 だが、背中ほどの長さのブラウンの髪を揺らして、ミルは否の答えを示した。

「飴一つ無いよ」

「そうだよねぇ〜。う〜ん。リョウ、何とかして」

「なんとかって、なんだよ」

「知識の魔道書の使い手なんでしょ。空腹を紛らわせることぐらい書いてあるんじゃないの?」

 ミルから百科事典を奪ったルリカは、その本をリョウに押し付けた。

「いや、料理のレシピなら書いてあるけど、食材が無いと何もできないからなぁ」

 リョウが諦めながらページをめくっていると、突然ミルが立ち上がり街の方を見つめた。

「ミル? どうしたの」

 ルリカの質問に目線を合わせず、ミルは短く呟く。

「来る」

「何か来るのか?」

 ミルに言われてリョウがあわてて立ち上がり、街の方を見る。

 街はいまだに煙と炎を上げて戦場となっている。

 と、そのヴィルスタウンから伸びる細い街道。その道を体を左右に揺らしながら歩いてくる一人の女性。その女性は、リョウたちの所を目指して歩いているようだ。

「何だあの子」

 リョウが不振そうに見ていると、その子は、体の左右の揺れに耐え切れずそのまま倒れてしまった。

「あっ、こけた」

 ミルが呟いてから数十秒。彼女はピクリとも動かず地面に伏せたままだ。

「た、助けた方がいいのかな?」

「当たり前でしょ。まったく、リョウはほんと何も分かってないんだから」

 ルリカに叩かれたリョウは、慌てて倒れた女性の元へと走った。



「あの〜、大丈夫か?」

 リョウが声を掛けると、小さな声を出した。何を言っているのかよく分からないが、生きているのは間違いないようだ。

 歳は16歳ぐらい。露出した肩が隠れるほどの長さの青い髪。その髪は癖に近いゆるいウェーブがついている。

 赤い瞳は、アヌビスの深く真っ赤な物やミルの赤茶気味とは違い、ガラス玉のような透き通った透明感のある赤だ。それだけでも目を引くというのに、彼女は真っ赤で白いフリルが多く装飾されている服を着ている。

 その服は夏用なのか袖がなく、白い腕が見えている。両手首には白いシュシュがあり、そこには足首に届く長く細い黒いリボンが付けられていた。

 さらに、短いスカートから下は、黒いタイツで妙な魅力を放っているが、赤い靴を履いているあたりはまだ子供っぽいと思わせる部分もある。彼女の格好はルリカに似ているものだとリョウは思った。

 そんなお嬢様のような彼女だが、全身に切り傷があり血も流れている。ほとんどの怪我は止血していて、死の危険性があるようには見えなかった。

「何か手助けできることならするけど……何か必要なものとかあるか」

「……」

 リョウの問いかけにまたしても小さな声を出す。聞き取ろうとリョウは耳を凝らす。

「お腹、空いた。ご飯……分けてください」

 くー。と、彼女の小さな虫が申し訳なさそうに鳴く。

「すまない。自慢じゃないが、空腹なら俺も負けないぞ」

 情けないリョウの答えに、彼女はぐったりとうなだれてしまった。

「うう、やっぱり私は不幸なんですぅ。お金があっても、お腹は減るのですぅ」


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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