第61話 サルザンカの宝-『アレクトの夢』
「アレクト、早く来いよ」
「う、うん」
ジャックの所にヘスティアを残して、アレクトとリョウは、ミルとルリカを安全な場所へ連れてゆくために街の外を目指していた。
少しでも早く街から出たほうがよいのだが、ヘスティアと別れてからのアレクトは立ち止まる回数が増えていて、進行速度は遅い。
そのじれったさがリョウをイライラさせた。アレクトが立ち止まるたびにリョウがそれを急かす。
アレクトも早くしなければならないことぐらい分かっている。だが、ヘスティアまでもがいなくなって不安が募る一方であったのだ。
「アレクト、……たく、あと少しで街を出るんだから、一気に行こうぜ」
あと少しで安全区域に入るので安心しているのだろうか。リョウは気が大きくなり始め積極的になってきている。
不安が減っていっていること以外にも、体の疲れが抜けてどれだけ走っても疲れない体に自信ができたのだろう。
所詮はヘスティアの助力。リョウ自身が強くなったのではない。だが、それでよい方向に進むのであればよいことであろう。
「う、うん。……そ、そうだよね。早く避難して助けに行けばいいか」
アレクトは、あまりにも遅い仲間達を不安していたのだ。
先ほど別れたヘスティアはともかく、アンスやケルン、アヌビスやポロクルが追いついてこないのが不安なのだ。
正直な話、アレクトは今すぐにでも探しに行きたいのだ。だが、現状自分が最優先しなければならない仕事は、ミルとルリカへの安全の確保である。
例え、瀕死状態のアヌビスを助けに行ったとしても、処罰を受ける命令違反になる。
結論、早々に仕事をこなしてから、私的な目的を果たすしかないのだ。
「ミルちゃん。ルリカちゃん。全力で走るよ。大丈夫かな?」
リョウに代わって先頭に立ったアレクトは、ミルとルリカの手を取る。二人はアレクトの重圧に押されて、小刻みに頷く。
「それじゃ、いくよ。リョウ君。遅れないでね」
と、リョウに言い切る前にアレクトは二人を引き摺る形で走り出した。
「ちょ、アレクト、そんなに早く走ると、転ぶぞ」
「大丈夫、それより、早く来い……って、と、と、と」
リョウに余裕を見せようとしたアレクトだが、後ろを振り向いた瞬間、足がもつれてバランスが崩れた。転ぶ直前に両手を離せたのは軍人の身体能力であろう。
ズサー。
アレクトは、ミルとルリカを巻き込まず、一人で豪快に転んだ。
頭から地面へ飛び込むように転んだので、顔には擦り傷ができて痛々しい。
「だから言っただろ。慌てすぎだって」
「アレクトらしくない。冷静になろうよ」
「アレクト。大丈夫?」
呆れたリョウ、冷たいルリカ、心配するミル。その三つの瞳にアレクトは恥ずかしさを隠しきれず、頬を赤くして苦笑いで誤魔化す。
「あはは、失敗失敗。っと、あれ?」
すぐに立ち上がって歩き出そうとするアレクトだが、何度足に力を入れても立ち上がることができず、すぐに地面に腰をつけてしまう。
「もう、何やってんだよ。ほら」
リョウは、不思議そうに首を傾げるアレクトに手を差し出す。
「ありがとう。変だなぁ〜」
リョウに手を借りて、立ち上がることができたアレクトだが、手を離されるとすぐにふらつき始め、一歩踏み出す前に地面に座り込むように崩れてしまう。
「もしかして、足を怪我したんじゃない」
ルリカの問いかけにアレクトは乾いた笑い声を上げる。
「みたいだね。ごめん、先に行ってくれるかな。治癒魔法かけたらすぐに追いかけるから」
「たく、気をつけろって言っただろ。ミル、ルリカ、行こうか」
「リョウ一人……いきなり不安の底に叩き落された気分です」
「悪かったな頼りなくて」
「アレクト……」
「ミル、行くぞ」
アレクトのことを唯一心配しているミルは、曇った表情をアレクトに見せる。アレクトはそれを晴らそうと満面の笑みを見るに見せるが、ミルの表情は暗いままだ。
「うん……」
リョウに半ば無理矢理手を引かれながらミルは歩き出す。何か感じ取っていたミルは、アレクトが見えなくなる前に思いを告げた。
「アレクト、絶対に追いかけてきてね」
「追いかけてきてねぇ〜。ミルちゃん。鋭いなぁ。約束は守りたいけど……ごめんね」
リョウたちの姿が見えなくなってすぐにアレクトは立ち上がり服についた砂を払う。
「あちゃ〜、予想以上に汚れちゃったなぁ。ううぅ、シルトタウンまで我慢できないかも」
演技。アレクトは足を怪我などしていない。それどころか、転んだのもわざとだ。
彼女がそんな下手な芝居をしたのは、リョウたちを先行させるためだ。
リョウ一人で少女二人を守れないことなどすぐに分かる。それどころか、リョウ一人で街を出ることだけで精一杯だろう。
街の外まであと少し。リョウの処理しきれない問題が起こる率が低い。その確率にかけざるをえない理由。つまり、リョウたちがこれ以上アレクトと一緒にいては、その確率より生存率が下がると言うことだ。
それ以前に、その警戒しているものが動いたら、足手まといがいてはアレクト自身の命も危ういのだ。
それをリョウに悟られないように先に行かせるにはこれが丁度よかったのだ。
「いい加減出て来いよ。さっきから、こそこそ着いてきやがって、私に何か用か」
アレクトは振り返って、背後に建つ建物に向って目線を飛ばす。
すると、建物の屋上に赤い光が一瞬輝き、幼い笑い声が聞こえた。
「あはは、気付いていたのね。でも、ナナとしては理想な状況なの」
屋上から一人の赤い少女が飛び降りてきて、アレクトに軽くお辞儀をして笑みを見せる。その笑みにアレクトの感情はかき乱された。
「貴様、ナナとか言ったな」
肩ほどの長さでゆるいウェーブのかかった金髪と赤い瞳。身長は130前後。歳はヘスティアと同じ14歳ぐらいに見える。
着ている服はメイド服。赤を基準としたもので白いフリルをあしらっている。頭にはカチューシャとここまでは派手なメイドだ。
だが、ミニスカに白ニーソとこちらの世界にしては異質な服装である。
「せいかーい。覚えていてくれてナナは嬉しいよ」
「この戦いが始まってからか、ずっとつけてきやがって、何を考えている」
すると、ナナは指を2本立てた。
「一つ、ナナはお腹がすいたの。二つ、お姉さまのお気に入りを見てみたかったの。ご希望に答えられたかな」
「理解できないが」
ばっさりとアレクトが言い切ると、ナナは頬を膨らませる。
「ぶー、理解しようと努力しているのかな? ナナは、君を食べたいって言ってるのだよ」
「それは、私を殺すと言っているのか」
今度は即答ではなく、少し頭を捻っている。だが、ナナは元気に頷く。
「うん。そうかも」
「だったら……」
ナナの笑みに対して、鋭い目付きのアレクトは、ゆっくり鞘に手を伸ばす。
だが、ナナの指先から放たれた一本の赤い針が手に刺さり、アレクトの動きは中断された。
「なぁ」
「ふ、ふ、ふ、ナナの早撃ちからは、逃げられないよ」
ナナの口ぶりと発動の速さから考えて、今の魔法はナナにとっては計算する必要性のないほど小さな威嚇程度の魔法なのだろう。
だが、アレクトの受けたダメージは、右手を動かすだけで、砕けそうな痛み。全身に薄い守りだったが、防御力を高めていた。その守りを突き破って、ここまでの威力を見せた。
やはり、実力差がありすぎる。心の中で苦い顔をしたアレクトは、ミルにごめんね。と再び謝った。
「大人しくしていてくれたら、幸せな気持ちにさせてあげる。あの日の夜のような素敵な夢を見ながら永久の眠り。とても心地良いよ」
「あの日の夜……」
心当たりの無いアレクトは、眉間にしわを寄せる。すると、ナナはクスクス笑い、すぐに分かる答えを言う。
「遠くへ行く家族を追いかけて、崖まで歩いてきちゃうんだもん。あのまま落ちていたら、本当に家族の所へ行けたのにね」
「貴様!」
ナナの口を塞ごうと、痺れる右手に力を入れて、アレクトは斬りかかる。だが、ナナは後ろに軽く避ける。
「分かりやすい子ねぇ」
「なぜ、そのことを知っている。それに、貴様か。神隠しの犯人は」
「ん〜、質問は一つにして欲しいとナナは思うよ」
すると、ナナは軽く跳ねながら空へと登る。それに向ってアレクトは、火球を投げつけるが、踊るように舞うナナにはあたらない。
「そうだなぁ〜、もう一度見てみる? 素敵な夢」
「戯言を」
アレクトも負けじと建物の壁を蹴ってナナの正面へとたどり着き剣を振りかざす。だが……。
「やあ、今日も剣の稽古かい」
アレクトの剣は、かざしたまま振り落とされず固まる。そこには、アレクトの目の前にいたはずのナナの姿はなく、一人の男性がいた。
整った顔立ち。茶色の短い髪と、髪と同じ色で鼻の下のみの髭。その瞳も茶色。
服装は高級な赤いタキシード。その腰には細い剣が携えられている。
40歳前半ぐらいの男性だ。その男性はアレクトに優しく微笑んでいた。
「お父様……」
咄嗟の出来事に思考が回らず、攻撃かできないままアレクトは地面に落ちた。
「どうして……」
混乱するアレクトをさらに追い込む。
アレクトの目の前には、先ほどの男性。
さらに、その男性と同じ歳ぐらいでアレクトに似た女性。アレクトと同じ歳に見える男性。小さな女の子と男の子が一人ずつ。メイド服を着た若い女性が二人。執事らしき紳士が一人。
それらは、アレクトに優しく微笑んでいた。
「嘘だ。これは夢、そう、幻覚なんだ」
激しく頭を振りながら振り払おうとするが、アレクトに女性が近づく。
「あらあら、剣の稽古も必要かもしれませんが、美しくなる勉強もしなくてわですね。髪が乱れているわよ」
女性に頭を撫でられたアレクトは、背中をゾクッとさせたが、その優しさと懐かしさから逃げられなかった。
「お母様」
見上げるアレクトの瞳には、懐かしい顔が映っていた。
「貴方の大好きなマドレーヌを焼いたの。お茶の時間にしましょうか」
「は、はい」
女性に手を引かれるアレクトは、その集まりへとゆっくり導かれる。
これは夢。魔法の一種。おそらく呪属性。対策には獣属性が有効。ポロクルの解毒剤が最適かも。軍服の内ポケットにあったはず。
頭では分かっており、対策も出来上がっていた。だが、この心地良い夢からアレクトは抜け出せないでいた。いや、抜け出したくなかったのだ。
だが、そんなアレクトの夢を叩き割ったのは、夢の創造者であるナナであった。
「でもねぇ〜。ナナの言うことを聞いてくれないのなら、悪夢もあるのよね」
ナナの声が響く。
すると、アレクトの手を引いていた女性の腕が落ちる。その切り口から吹き出す血を顔に浴びたアレクトは、意識の薄らいでいた表情から覚醒したかのように両目を見開き叫ぶ。
「いやゃぁああああ」
恐怖のあまりその真っ赤に染まった両手で顔を隠す。その血塗られた指の間からアレクトが見た光景。
そこには、先ほどまで自分に微笑んでいてくれた人々が切り刻まれてゆく光景。
真っ赤な血と断末魔を全身に浴びさせられたアレクトは、その茶色い瞳に赤い世界で笑う自分物を焼き付けようと睨みつける。
女性の血が目に入りはっきりとは見えない。だが、真っ黒でボロボロのマントと、冷たい笑顔。血を吸ったかのような真っ赤な瞳。そして、赤と黒の世界に輝く白い剣がアレクトの瞳を越えて脳に焼きついた。
「よくも、よくもおぉおお」
アレクトは血塗られて震える右手で剣を握り、その人物に斬りかかる。だが、アレクトが斬ったのは先ほどの男性だった。
「お父様!」
「駄目だよ。剣は、そういうことに使うものじゃないのだよ」
かばった。男性は、自分を殺そうとする人物を守ったのだ。そして、男性はその人物に斬られる。その血がアレクトをさらに赤く染め上げる。
そして、その人物は闇のような靄となって消えた。
「う、うっ、ひっく、お父様……お母様……みんな……」
全てが消えて幻覚は終った。幻覚だと分かっているアレクトだが、両膝を抱えて泣き出していた。
そのアレクトに近づき優しい声を掛けたのはナナであった。ナナはアレクトにゆっくりと手を差し出した。
「素敵な夢の世界と、悪夢のような現実。夢作りの子供、ナナが好きな世界に案内してあげる。さあ、おいで、子供の夢が詰まった素敵なお屋敷へ」
ナナの声がアレクトの頭に響く。そして、アレクトはナナの手を握っていた。
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。