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第60話 サルザンカの宝-『エルフィンズ ナナ』

「黙れ馬鹿! 言っただろ。あたしは常に全力勝負。叩ける時に叩く。それがあたし流だ!」

「にゃ〜、それは困るにゃ。んにゃら、おいっちも、本気とやらを出してみるのにゃ」

 ヘスティアがジャックへ旗先を向けると、ジャックはサングラスへ手を伸ばした。

「させるか馬鹿。シルキーユ、奴を吹き飛ばせ」

 精霊たちの主であるヘスティアの命令。それは、契約している精霊たちにとっては絶対のもの。だが、命令された風の精霊シルキーユは、羽ばたきはおろか反応すら見せない。

 その様子を不審に思ったジャックは、サングラスを外すのをやめて、全身の毛を奮い立たせるように気配を爆発させる。

 そして、ジャックの本能の網目に引っかかったものが見つかった。その反応にジャックは笑みを隠せない。

「見つけたにゃ」

「シルキーユどうした。くっ、イフルン奴を握り潰せ!」

 シルキーユに見切りをつけたヘスティアは、炎の精霊イフルンに命令を出す。だが、こちらも反応を見せることは無かった。

「無理にゃ無理にゃ。その精霊たち、食われたにゃ」

「食われただと。馬鹿か。何を言っている」

 いつもとは違う精霊たちに戸惑うヘスティアだが、そのような顔はまったく見せず笑うジャックを睨みつける。

「もう少しで来るにゃ。ちみも食われないように注意するといいにゃ」

「はぁ? 貴様、何を言っている」

 その時、二人が立つ道を駆け抜ける不気味な風が吹いた。

 その風は、地面と両脇の建物にぶつかり、二人を持ち上げるように渦を巻く。

 だが、それは本物の風ではない。オーラ、魔力だけの塊をぶつけられただけだ。

 その冷たく刃のような魔力。純粋なものではなく、いろんな力が混ざりあった人間のようだが、人間には無い粒子の気配。魔物のような多くの粒子を持っているが、彼らのような魔力ではない。それでいて獣じみた野生のにおいも含んでいる。

 そう、神のような力で神ではない。机上の存在と歌われる化け物。この世界最強と定理されている生物。エルフィンの力だ。

「あれ〜、いい匂いがすると思って来てみたけど……彼女じゃないじゃん。ナナちょっとがっかり」

 月が頭上を通り過ぎ、月と太陽が空で共存する直前の暗い空。そんな空から聞こえてきたのは幼い少女の声だ。

「でも〜、ナナ、お腹空いているから、いただきま〜す。だね」

 すると、空から赤い閃光が地面に対して垂直に落ちて、落ちてきた物体は光の球のまま地面で砂煙を上げて姿を隠す。その閃光は、地面で爆発すると、数十本の細い光線に変わり、シルキーユとイフルンの二人を貫く。

 貫かれた精霊の二人は、しばらく何が起きたのか分からず、理解する前に小さな粒子の集まりに戻された。

「なっ、上級精霊の二人を一撃で……」

「にゃはは、さすがだにゃ。継ぎ目を見分けるのが上手いにゃ〜」

 さらに続けて、砂煙の中に輝く光の球の下へ、緑と赤の粒子たちは引き寄せられてゆき、光の球に食われていった。

「粒子を……食ってる」

「ん〜、単調な味。ナナはもう少し、甘い味付けが好きなのになぁ。あの子がこの辺りにいると思ったのに……でも、お腹は満足かな」

「暴食だにゃ〜。そろそろ出てきたらどうなのにゃ。その格好で、おいっちから逃げられると思わないほうがいいにゃよ」

「ぶー、レディーに服を脱げって言うのは、犯罪者発言だと、ナナは思うよ」

 そうぼやきながらも、光の球は今まで以上の輝きを見せる。それを見てヘスティアとジャックは魔法防御壁を出す。

「ブスブスドッカーン。花火花火。突き刺されぇ」

 可愛い声と共に、光の球は花火のように四方八方に赤い閃光を撒き散らして花を咲かせた。

 魔法壁を出して身を守っていたヘスティアであったが、その壁を無視するかのように簡単に貫通してくる閃光に右肩を焼かれる。

「何だこいつ。あたしの守りを簡単に」

「当然なのにゃ。魔法学の根底を無視した存在なのにゃ。おいっちたちの魔法の理屈が通じないこともあるのにゃ。存在自体が反則にゃ」

 余裕を見せるジャックだが、彼も左脇腹に攻撃を受けていた。

「エルフィン……こんなチビがか。馬鹿か」

「チビって言うなー! ナナは、大人なの!」

 光の殻を破って姿を現したエルフィンのナナの容姿は、どう見ても子供であるが、漂う空気は大人と謎を持っている。

 肩ほどの長さでゆるいウェーブのかかった金髪と赤い瞳。身長は130前後。歳はヘスティアと同じ14歳ぐらいに見える。

 だが、その魅惑と魔を秘めている表情は、もっと年を取っているのかもしれないと思わせるものであった。

 そんな大人な雰囲気を放っているナナの着ている服は、とても目を引くもので、以前リョウたちと会ったときとは違うものであった。赤を基準としたもので白いフリルをあしらっている。さらに、頭にはカチューシャまでつけている。

 ミニスカに白ニーソとこちらの世界にしては希少な服装である。

 メネシスとハデスさらにはルリカと、聖クロノ国の一部の女性に見られる服装だ。

「さてと、ナナがようやく出てきてくれたにゃ。ちみにはもう用は無いから、帰っていいにゃよ」

 ナナとヘスティアの間に入ったジャックは、ヘスティアを払い除けるかのように手を振る。

 それに青筋を浮かべたヘスティアは、旗を地面に突き刺す。

「てめぇ、あたしを馬鹿にしてるのか。エルフィン? それが何だって言うんだ。まとめて消してやるよ」

「う〜、うるさいのナナきらい」

 旗を引き抜き、再び12色の粒子を呼び寄せたヘスティアに対して、ナナは右手の人差し指をヘスティアに向ける。

「集って、炎……」

「メラメラ燃える炎。弓矢でズキューン」

 ヘスティアは炎の粒子を集めて攻撃を仕掛けようとした。だが、先にナナの指先に赤い炎の粒子が集まり、一閃の炎の弓矢となりジャックとヘスティアをまとめて射抜こうと飛んだ。

「なっ、あ、あたしの精霊を呼び寄せた」

「ぼさっとしていると、死ぬにゃよ」

 驚き現実から一時抜けたヘスティアを戻すために怒鳴るジャック。彼は、盾になるかのように彼女の前に立つ。

「水、水水水。消火せよ。夏季を涼める打ち水よ」

 ジャックは、ナナの映し鏡のように同じ動きをして、指先から三日月状の水の刃をナナへと飛ばす。

 ナナの放った炎の矢と、ジャックの水の刃がぶつかると、辺りに蒸気を振りまき、ナナの炎は火の粉となり、ヘスティアたちを照らす程度にすんだ。

「貴様、あたしを助けるって……馬鹿にしてるのか」

 先ほどまで戦っていたジャックに助けられた。それ以前に、自分のことが眼中に無いジャックにイラッと顔をしかめるヘスティアであった。

「違うのにゃ。おいっちは、ナナを捕まえるのが目的にゃ。ちみのことなんて、気にかまっている暇が無いのにゃ」

「ほう、あたしを無視すると。貴様、馬鹿だな。あたしに背中を見せると言うことの意味を知らないな」

「ちみ程度の攻撃、数千回受けても何てことないにゃ」

「くわぁ〜。ん……眠い。ナナ、お腹一杯だから、お家かえる」

 ヘスティアとジャックの言い合いに飽きたのか、ナナは大きな欠伸をして空を見上げる。

「そろそろお姉さまが目覚める時間かな。それじゃ、またね。美味しいご飯をくれたチビ子ちゃん」

「逃がす訳には行かないにゃ」

 ゆっくりと体を浮かべ始めるナナに向って、ジャックはドリームキャッチャーを一つ投げつける。

「開け。夢と現実を繋ぐ門。夢を漂う者を捕らえろ」

 ナナは、目の前に飛んできた小さなドリームキャッチャーを見て、子供だましだと微笑む。

 だが、それ以上に笑うジヤック。すると、ドリームキャッチャーはナナの体をはるかに凌駕する大きさになり、ナナをその網で包み込んだ。

「縛りつけ、その身を焦がす、雷神よ、その毛並みで、悪を滅しろ」

 網の中でもがくナナにジャックは指を鳴らす。すると、ナナ目掛けて晴天の空から雷が落ちる。その雷は、地面に逃げず網に留まり、ナナを苦しみ続けた。

 そして、ナナの動きが止まるまでそれが続き、ようやく雷は地面へと逃げていった。

「どうにゃ、どうにゃ、対エルフィン用捕縛技の威力は。源馬長げんばちょうの雷撃を真似した威力にゃ。耐性があったとしても、気を失う威力にゃよ」

「あらら、手加減なしって感じね。よかった。ナナは髪が乱れるのが嫌なのね」

 ジャックは背筋に氷を押し付けられたような感覚に身を震わせる。背後から聞こえてきたのは、目の前で焦げたナナの声だ。

 その声で我に帰るジャック。彼がドリームキャッチャーで捕まえたのは、ヘスティアであった。ヘスティアは、雷撃を受けて呼吸が小さくなっている。

「く、幻覚か。厄介なことを」

 ジャックは考えることをせず、両手に水の球体を作る。そして、振り向きざまにそれを放つ。だが、その程度の技でナナは解決できる相手ではなかった。

「こんがりカリカリ。ウェルダンがナナのお気に入りだよ」

 振り向いたそこにいたのは、空へ両手を掲げる無傷のナナ。そして、その両手の先には、直径30mほどの火の玉。赤い炎の中に黒い炎が混ざるそれは、ヘスティアの精霊であるイフルンを丸めたようなものだ。ジャックの水の球は、ナナに触れる前にその炎の熱で水蒸気へと変わった。

「ま、不味いにゃ」

 冷や汗を流すジャックは、両腕にあるミサンガを一度に十数本引き千切る。

「溶けちゃえ、溶けちゃえ、み〜んな溶けちゃえ」

 ナナは笑みで炎の球を地面に叩きつける。炎は両脇にそびえる建物を溶かし、ジャックそしてヘスティアを飲み込む。

 黒が混ざる炎は、ナナを中心に燃え広がり生命は見えない。溶解した建物は、マグマの山となり、ナナの視界に入るのは火山の中のような景色しかなかった。

「綺麗な景色。暖かくて、何も無くて、ただ炎の明かりと星空と……お姉さまたちと見たいなぁ」

 地獄絵図といえる町を眺めながら、ナナは遠くを眺める。

 すると、ナナの小さなお腹が、小さな鳴き声をあげて空腹を歌う。

「あらら、沢山食べたつもりだったんだけどなぁ……クンクン、あっちから彼女の匂いがする。行ってみようっと」

 ナナは、マグマの大地をスキップしながら、街の外を目指して動き出した。



「行ったかにゃ?」

 ナナがいなると、マグマの山の一つが急激に冷え固まり始める。そして、その固まった山から噴火するように大量の水が噴出す。

 その水は、空高く上り町中に地面を叩くほどの勢いのある雨を降らす。その雨は、急速にマグマと燃えるものに、落ち着きを取り戻すよう静寂を呼んだ。

「貴様、何のつもりだ」

 固まった山が砕けると、中からジャックとヘスティアが出てきた。

 しかし、双方同じ攻撃を受けたのにダメージ量が違う。

 ナナの幻覚でジャックの攻撃を受けていたはずのヘスティアの体は、怪我どころか汚れ一つ無く、ジャックと出会う前より健康体に戻っている。

 それに対して、ジャックのサングラスは割れ、赤いアロハシャツはボロボロ。ジーンズもさらにダメージが増えて、ビーチサンダルは両方溶けてしまっている。

 服装だけではなく、ジャックの体の節々は、かすり傷とは言えない深い切り傷があり、そこからは血が止まることなく流れていた。

「にゃんのつもりって?」

 ジャックはヘスティアに顔を見せないよう背中を見せたまま聞く。

「あたしをあの炎から守って、治癒魔法までかけた。あたしは、貴様を殺そうとしたんだぞ」

 ヘスティアの声は深いが、憎しみは含まれていない。悔しさと惨めさが含まれていただけだ。

 そんなヘスティアを悟ったのか、ジャックは瀕死寸前の体にも拘らず、いつものように陽気に笑う。

「にゃはは、ちみはおいっちたちのことを誤解しているみたいだにゃ。おいっちたちは、無闇に戦ったり破壊したりはしないのにゃ。むしろ、この世界と生きるもの全てを守る正義の味方なのにゃ。おいっちのミスで、ちみを怪我させた。それを治すのは当然なのにゃ。それに、ちみ一人じゃあの炎は防げなかったにゃ。まあ、精霊を呼んでくれた御礼だと思ってくれればいいにゃ」

 ジャックは白い歯を輝かせて笑う。そして、一度溶解した大地が固まったことを確認して、歩き出した。

「これだけの被害を出しながら、ナナを見失う……か。うう〜、絶対キングに怒られるにゃ〜。……考えてもしょうがないにゃ。うんにゃ、撤退にゃ」

 一度頭を抱えて悩んだジャックだが、すぐに立ち直りヘスティアに手を振る。

「それじゃ〜にゃ。黒ジョーちゃんにヨロシク」

 軽くジャンプすると、ジャックは朝日が昇ろうとする山を目指して消えていった。

「みんな、みんな、あたしのことを馬鹿にしやがって、あたしは、あたしは……」

 ジャックが消え、一人になったヘスティアは、旗を折れそうなぐらい強く握りながら、下唇を噛む。その緑の瞳には、朝露に似た潤いがあった。

「もう、子供じゃないんだ。……だから、泣かない」

 これは眠気を払うんだ。と自分に言い聞かせて、ヘスティアは目を汚れた軍服の袖で擦り、アレクトたちの元へ走った。


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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