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第59話 サルザンカの宝-『ヘスティア流』

「にゃ〜、ようやく止まったにゃ〜。さ〜て、呪いが完全に解けるまで、お話でもするかにゃ」

 ジャックは、まだ全身が震えている。それでも、自分の方が断然有利だとヘスティアに言うかのように笑って見せた。

「話だと。ふざけるな馬鹿。あたしはそんなお淑やかじゃないんだよ」

 余裕に振舞っているがジャックは立つのがやっとで、ヘスティアに近づくことができない。

 それを知っているヘスティアは、体が動かない代わりに、その幼い声音を張り上げながら叫ぶ。

「集え野郎共。黒い闇、食らえ食らえ、巨大な穴となる闇たちよ。貪り食え。闇精霊群」

 ヘスティアの声で集まった黒い粒子たちは、夜空に光で描かれたドリームキャッチャーの魔法陣をその黒い影で隠し始めた。

「にゃはは、にゃはり、光では縛れないかにゃ〜」

「あたりまえだ馬鹿」

 ヘスティアの闇精霊がジャックの光属性で作られた束縛魔法を中和してゆくのに比例して、ヘスティアの体は徐々にだが動くようになっていく。それに比例しているのだろうか。ジャックの体の痙攣も少なくなっていっていた。

「いけると思ったのににゃ〜」

「少しは勉強しろ馬鹿」

「にゃはは、魔物に魔法学は無縁のものなのにゃ」

 そもそも、魔法属性にはそれぞれに適した使い方がある。炎属性は加熱・膨張・消滅などだ。

 それを踏まえて今回の話を見ると、ジャックの魔法がいかに学外れなものかよく分かる。

 光属性は、魔法攻撃を防御することに優れている。人を捕獲するのに適しているのは、物理的では鋼属性で、魔法的では呪属性だ。

 その二つは、光属性から離れた苦手属性だ。つまり、光属性は束縛するのに不向きな属性なのだ。

 だが、ジャックは本気でヘスティアを縛りつけるつもりは無かった。

「ふん。だが、浅学の貴様の魔法は消えるぞ馬鹿」

「うんにゃ、おいっちの目的は、ちみじゃなくて、ちみの精霊にゃ。ちみが闘えないのは、おいっち的に悪いのにゃ。出来損ないの魔法は、この呪いが解けるまでの時間稼ぎだって言ったにゃ」

 すると、互いに自由の効かなかった体をいきなり動かす。ヘスティアは旗を高く掲げ、ジャックは一歩でヘスティアの間合いに入り旗を掴む。

「なっ、」

「にゃは〜ん、やっぱり、ちみ、後衛魔法使いタイプにゃね。前衛格闘戦士のおいっち相手に、上級精霊無しは、死亡行為にゃよ」

 旗を持ち上げられて、小さなヘスティアの腹部に無防備な空間が生まれた。

「一発撃破。ぶっ飛んでぐっちゃぐっちゃにゃ〜」

 ジャックは余った左手に紺色の粒子を集結させる。

「集って、守って守って魔法を防ぐ。光精霊群」

 ヘスティアは咄嗟に白い粒子、光属性の精霊を自分の体に集める。

 本当なら、鋼属性の精霊を集めたかった所だが、既に鋼属性の精霊は使ってしまっていた。

「バイバイにゃ〜」

 ジャックはその光精霊の守りごとヘスティアを打ち上げるかのように、腹部に一寸の迷い無く左の拳を打ち込む。だが、光属性の効果、魔法攻撃の防御。それが作用して、ジャックが左手に集めた紺色の力属性の効果が打ち消された。

「がぁ、……この、鬼畜野郎。一撃で殺せ」

 結果、ヘスティアの腹部に入ったのは、ジャックの腕力のみの威力を持った拳だけとなって、ヘスティアはジャックの左手一本で持ち上げられた。

 それでも、幼く柔らかなヘスティアの体には強烈な大人の一撃である。ヘスティアは吐き出しそうな痛みと血を飲み込み、ジャックを睨みつける。

 ジャックの腕力を持ってすれば、魔法強化されていないヘスティアを殴り殺すことなど簡単なことである。

 ジャックが手を抜いた理由。それは、ヘスティアを殺すつもりはないということ。それを分かってもらいたいジャックだが、ヘスティアはそこまで読み深く賢い子ではない。

「にゃから〜。おいっちは、ちみを殺すつもりは無いのにゃ。ただ、上級精霊を呼んでもらえればそれでいいのにゃ」

 ジャックはゴミを捨てるかのようにヘスティアを投げ捨てる。一撃で圧倒的劣勢にされたヘスティアだが、その緑の瞳は死んではいなかった。

「貴様。さっきは血を流せとか言ってたじゃねぇか。今更何言ってやがる馬鹿」

「血を流して欲しいのはちみじゃないのにゃ。あのガラスの花のブローチをつけていた女の子達だけなのにゃ」

「あたしが貴様を止めなかったら、アレクトたちを狙うと?」

「にゃは、好きに考えていいのにゃ。まあ、ちみにはいい答えは聞かせられないにゃ」

 それを聞いてヘスティアは、旗を横に構えてさらに戦う意思を見せる。

「つまり、貴様をこれ以上進めなきゃいいんだろ。やってやるよ馬鹿。集って、燃え盛る……」

「ふざけるんじゃないにゃ!」

 ヘスティアの精霊を呼び寄せる詠唱を、ジャックは数歩で彼女の前に立ち、横蹴りで彼女の顔を蹴り飛ばす。一秒ほどで全てを済ませる流れるような動きのジャックをヘスティアの目では追うことができない。

「ぐっ、……舌噛んだ。痛い」

 地面を転がったヘスティアは、砂埃をまといながら立ち上がる。

 精霊召喚を望んでいたジャックだが、ヘスティアの詠唱を止めた。そのジャックはヘスティアをサングラス越しに睨んでいる。

「ちみ〜、ふさげるんじゃないにゃ〜。もう、下級精霊じゃ、おいっちを倒せないって、分かっているよにゃ〜」

 詠唱と周りの粒子の動きで、ヘスティアが上級精霊を召喚しないと分かったのだ。

 ゴーレム戦の時のような後衛タイプから、本来の前衛タイプになってから、ジャックの強さは飛躍的に高くなっている。

 不利になるはずの上級精霊召喚を望んでいる。ジャックは何を考えているのか。ヘスティアにはそれを読めなかった。

「馬鹿。上級精霊を呼ぶには、長時間の詠唱が必要なんだよ馬鹿。貴様のような格闘戦士相手に、そんな時間が作れるか馬鹿」

 ヘスティアの最もな言い分に、顎に手を当て首を捻るジャックは少し考えて手を叩いた。

「あ、にゃるほど。んにゃら、手を出さないから、さっさと呼んで欲しいんだにゃ〜」

 ヘスティアから数歩下がってジャックは地面に座る。その行為に血管を浮かばせるヘスティアは、幼く威厳の無い声で怒鳴る。

「ふざけるなよ馬鹿野郎! あたしを誰だと思って嫌がるんだ! グロスシェアリング騎士団一の精霊使いだぞ馬鹿」

「悪いがにゃ。今まで見ていたちみの精霊術。その程度の精霊なら、ロイヤルの誰でもできるのにゃよ。おいっちが求めているのは、12神候補に選ばれていた精霊だけなのにゃよ」

 ふざけているような口調のジャックだが、その台詞だけ深く黒い声でヘスティアにぶつけた。

「貴様。なぜそれを知っている。それを知っているのは、グロスシェアリング騎士団以上の幹部だけだぞ」

 すると、ジャックは腹を抱えて笑い始めた。

「にゃはははは、それぐらい分かるのにゃ。散々出し惜しみしているぐらいなのにゃ。それぐらいあるのにゃ。それに、ちみのそのちいちゃい体から感じるのにゃよ。ひしひしと来る神と呼ばれたかもしれない者達の気配をにゃ」

「貴様。それだけ知っていれば、奴らの力も知っているのだろ。それでも奴らを見たいというのか。馬鹿の極みだな。何が目的だ。死亡希望者か」

「にゃ〜に、おいっちはある化け物を探しているのにゃ。その化け物は、粒子が大好物でにゃ。粒子の塊である精霊を呼んで欲しいのにゃ」

「あたしを利用しようと」

「違うにゃ。12神候補を利用するのにゃ。ちみじゃないのにゃ」

 それを聞いたヘスティアは、旗を地面に突き刺した。

「あんた。相当な馬鹿だよ。奴らを見くびるんじゃねぇぞ。その目が焼き焦げるまで見ていればいいさ。地属性精霊回収。風属性の精霊よ。再び吹き集え! 炎属性の精霊よ。さらに燃え上がれ!」

 旗を突き刺した地面から、空気中に漂う赤と緑の粒子より多くの粒子が吹き出す。

 そして、周りは赤と緑の粒子で染め上げられてゆく。

 空間の粒子を飽和状態にしたヘスティアは、二色の粒子を自分の旗へと集める。

「炎。その手で掴む希望も絶望も黒き灰にする絶命の王。その瞳は太陽に、その息は夏の風に、その存在はこの世の終わりを意味する」

 ヘスティアの精霊召喚歌。その歌に答える赤い粒子たち。その粒子たちは集まり輝きだす。

 その輝きは熱を持ち始め、空気を焼き、炎となる。そして、真夏の夜空に昼の太陽が昇ったかのように周りは明るく照らされる。

 夜空まで届きそうな火柱。それが渦を巻きながら存在を主張していると、その柱の真ん中から縦に切れ目が入る。

 そして、その切れ目からは太い指。その指が火柱を完全に分断切り裂いて、中の化け物が飛び出てきた。

 全身が炎でできた巨人。赤やオレンジ以外にも黒っぽい炎が混ざっている炎の上級精霊だ。

 人間の形をして、全てが炎だ。腰布も黄色い炎。髪もオレンジの炎。笑う口も赤い炎の歯が並ぶ。唯一白い二つの瞳だけが不気味にジャックを見ていた。

「ゆけ。絶命と焦土の巨人(イフルン・デェイス)。……これが貴様の望んだものだ。後悔しやがれ馬鹿野郎」

 以前の絶命と焦土の巨人(イフルン・デェイス)よりも倍の大きさがあり、10mの身長を誇っていた。

 だが、その大きさと高熱に臆することなくジャックは笑う。

「にゃはは、好都合。炎は彼女の大好物なのにゃ」

 余裕に笑うジャック。だが、彼の顔はヘスティアの次の行動で一変することになる。

「風。彼女が流れる地には恵みが、微笑が、春が、訪れる。笑顔を運ぶ幸せの女王。女王、望む地は平和の地。荒れ狂い、嘆きの地を嫌う者。女王は、恵みの力を救いの力に変えて、荒れた地を浄化する。そう、戦地に女王が舞い降りた時、黎明が訪れる」

 ヘスティアの次なる詠唱。それに答えたのは緑の粒子、風属性の粒子たちだ。

「にゃ、二体目の精霊? そ、それはいらないのにゃ」

 ヘスティアの詠唱を止めようとジャックは急速で近づく。だが、炎の精霊が火炎の塊のような拳をジャックの目の前の地面に叩きつける。すると、拳を中心に爆炎と火炎風がジャックの素肌を焼く。

 魔法で体全身を防いだが、ジャックの肌はヒリヒリと焼ける痛みと、明らかな火傷のあとが生まれていた。

「にゃにゃ、尋常じゃない炎なのにゃ。おいっちは水属性のエキスパートにゃよ。水で防いでも、余波だけで……」

 そして、ジャックはヘスティアの精霊召喚の阻止に失敗する。

「舞い降りろ。微笑と恵みの鳥獣(シルキーユ・フミン)

 精霊の名をその幼い声で叫ぶ。すると、絶命と焦土の巨人(イフルン・デェイス)の炎を吹き消す勢いのある突風が吹く。その風に緑の粒子が乗り一点に集まる。

 そして、緑の粒子は空に浮かぶ丸い楕円の形に留まる。まるで、卵のようだ。

 夜空の月のような大きさの卵は、形が定まってすぐに亀裂が入る。そして、甲高い鳴き声を合図に中から巨大な鳥が生まれた。

 全身が緑と黄緑と深緑の羽毛で覆われた鳥。両翼を広げると、30mを超える大きさ。その頭と尾羽は、黄色とオレンジの長い毛が全身の緑と違い目立っている。

 その瞳は赤く、優しさを歌った鳥なのに殺意を感じるものであった。

「ちみ〜、ずるいよ〜。一度に二体も精霊召喚するなんて!」

 散々要求していたジャックだが、予想以上の強さと同時に二体を相手しなければならないという予期せぬ状況にムキになっていた。

 だが、ヘスティアは落ち着きを取り戻し、姉とは違う鋭い目付きでジャックを睨む。

「黙れ馬鹿! 言っただろ。あたしは常に全力勝負。叩ける時に叩く。それがあたし流だ!」


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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