第57話 サルザンカの宝-『ヘスティア・オン・ステージ』
「それでは、また会う日があれば。その時は、終曲までお付き合いください。……腐れ切った神の政治に踊らされた者達の遺産でできたゴミ屑野郎さん」
メネシスが機械竜の背中に飛び乗ると、機械竜は羽ばたき始め砂を巻き上げてすぐに飛び上がった。
「待ちなさい。その人形、イルに聞きたいことがあります。今すぐ戻りなさい」
ポロクルは日付を越えた夜空へと叫ぶが、機械竜のゴウゴウと羽ばたく音で小さな声はかき消されている。
それに、聞こえていたとしても、大人しく待つようなことをメネシスがするはずも無く、機械竜は飛び去っていった。
「待ちなさい……駄目ですか」
ポロクルは、動かない体の代わりに大声を張り上げていたが、機械竜の姿が見えなくなると、ぐったりと頭を落として諦めた。
機械竜が飛び去ってすぐにメネシスの拘束魔法が解けて、ポロクルは体を自由に動かせるようになった。だが、ポロクルは全身から脱力感を放ちその場所に座り込んだ。
メネシスを追うことも、アレクトたちの元へ向うことも無く、ただ無駄に時間を消費していた。
「イルが本当にエルフィンだとしたら、作られた存在。一体誰が……サルザンカ……いえ、そんなはずは……」
ポロクルは座り込んでぶつぶつと考え事を始めた。
それをするようになったのは、イルにコードの一本を刺した時からだ。
ポロクルのコードの端子の針。これを対象に突き刺すことによって、そのものの情報や記憶を読むことができるのだ。
その時イルから読み取ったのは、体の構成図と昔の記憶の一部分だ。
その体の構成図は、人間とも魔物とも獣とも言いがたいものであった。まさに、エルフィンの理論に適していたのだ。
それを知ったポロクルは、イルの記憶を読み解き、エルフィンの秘密を探ろうとした。だが、あのような記憶を読み解くことができただけで、肝心なことが読み解けなかった。
誰が生み出したのか。
順当で考えるのなら第一人者のサルザンカである。だが、彼はエルフィンを生み出していないのが定説となっている。
色々な理由があるが、彼の仕事と彼の体質が大きく関係していたと言われている。
彼、サルザンカは、エルフィン理論を世間に発表したころ、人工的に魔鉱石を作り出すことに成功していた。
魔鉱石が豊富なシルトタウンでも、理論だけのエルフィンのサルザンカよりも、思うように魔鉱石を作り出せるサルザンカとしての知名度の方が高いほどだ。
人工魔鉱石以来、彼は魔鉱石研究に没頭していると言われている。ゼロから魔鉱石を作り上げたり、希少価値の高い二種類の属性を含んだ魔鉱石を作り出したり、不可能であると言われていた反属性の組み合わせの魔鉱石を作り上げたりと、彼の大業で魔工学は大きく発展したと言われている。
それもあって、彼の元には多くの魔鉱石開発の仕事が舞い込み、彼が本業としたかったエルフィンの研究は、まったく進まなかったと言われている。画家としての彼の絵画の数が少ないのも、彼が魔鉱石に追われる人生を送っている証拠とだと言われている。
第二に彼の体の問題がある。人工魔鉱石が生み出されず、彼に大量の時間が用意されたとしても、彼一人ではエルフィンと生み出されないのだ。
エルフィン理論には、思い通りの粒子を魔力により繋ぎ合わせてエルフィンを生み出すとある。
これは、エルフィンの理論上超えなければならない多くの壁の一つであり、エルフィン研究者が最初にぶつかる壁であり越えられない壁なのである。
だが、サルザンカは魔法がまったく使えない人間であることが、研究者間では有名な話だ。
自分で作り出した魔法兵器を自分ではまったく使えず、理論上だけ作り出して開発は他人に任せているほどだ。
もし、サルザンカがエルフィンを作り出したのなら、共に研究をした人物がいるはずだ。だが、そのような発表はされていない。
さらに、エルフィンを生み出すことができていたとしても、今回が初めての発見である。その名前だけ一人歩きしている理論の樹立にしては、あまりにも知られなさすぎなのである。
「考えること、知りたいことが、まだまだありますね。ですが、どちらもここではいい物をえることはできないでしょう。とりあえず、動きなさい。私。今するのは、無事ここから出て、安全な所へ向かうこと。そこで、考えれば今よりもよい答えを得ることができるでしょう」
色々と考えをまとめたいポロクルであったが、資料も情報も無い戦場となっているヴィルスタウンの真中。
あるのは瓦礫と人間と魔物の死骸だけだ。そんなところで云々考えていては駄目だと、欲望におぼれそうになる自分を説得して立ち上がり周りを見渡す。
「まずは、体の修繕からですね」
体の修繕といっても、ポロクルの体は機械むき出しの鉄の塊のような体である。そんな体の修繕といったら、人間の皮膚の確保なのだ。
「一つ二つ三つ……数が足りませんね。致し方ありません。薄膜で行きますか」
ポロクルは、周囲を見渡して目に付いた死骸と言う死骸を集め始める。
「よし、……些か気が進みませんが、この姿ではリョウに信じてもらえないでしょうね」
ポロクルは、アヌビスのように死骸の山の上に登る。山の頂上に座り、24本のコードと尻尾のような太い一本のコード、全部で25本のコードの端子を死骸たちに突き刺してゆく。
「自動治癒装置作動……確かに、研究者には最悪な時代かもしれません。ですが、昔の彼らが命をかけて作ったこれらは、ゴミではありませんよ」
ポロクルの体は、古代の魔法兵器である。その兵器の装置の一つ。特殊な治癒魔法がある。
これは、空気中にある粒子を集める従来の治癒魔法の応用で、他の粒子物質から粒子を奪い体に足りない粒子を補うものだ。
ポロクルの体には、右足と顔部分に元の皮膚が残っている。これを粒子を集めて増殖させている考えだ。ポロクル自身の元々の体は脳しか残っていないので、この皮膚も人工的に作ったものだ。ゼロから皮膚を再生させるのは、古代兵器の装置を使っても無理なのだが、ほんの僅かでも残っていれば再生できるのだ。
「体の再生。合流してからでもよいのですが……」
ポロクルは死骸の山の頂上から周りの状況を見てため息を吐く。
彼を囲むようにシルトタウンの兵器を持った警備隊とメネシス部隊の兵士達が、彼の退路と進行路を塞いでいた。
「貴様、その体。魔物か」
ポロクルに武器を向ける一人が、代表して聞いてきた。
その質問に、ポロクルは笑った。ポロクル自身、自分は人間だと思っている。だが、彼の得意とする学問の枠では、彼は魔物の枠に入る体をしている。だが、彼は学よりも人間としてのポロクルを選んだ。
「いいえ、人間ですよ。正確に言うならば、死神に仲間だと呼ばれている一人ですよ。貴方達がそんな私を人間か魔物か悪魔かなんと呼ぼうが自由ですよ」
それを聞いた兵士達は、一斉にポロクルに接近する。
ポロクルの皮膚はまだ5割ほどしか回復していないが、ポロクルはコードを全て抜いて、ないはずのメガネを持ち上げる仕草をした。
「まったく、アレクト、ヘスティア、すみませんね。綺麗に掃除をしてから向いますよ」
死骸の数が足らなくて不安だったポロクルだが、100近くの兵士を見て、その不安を振り払えた。
「時間稼ぎも十分できました。それに、ヘスティアもいることですし無事逃げ切れているでしょう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……」
ヴィルスタウンからの脱出を目的としているアレクト班。主力となるメンバーが次々と抜けてきている。今は、守らなければならないミルとルリカ。特に、意識を取り戻してからのルリカの表情が暗い。彼女達に常に気を配っているアレクトとヘスティア。付いてゆくので精一杯のリョウ。余裕のある状況とは言えないところだ。
そんな中、リョウが膝に手を付いて動かし続けていた足を止めた。
「リョウ君。走って、少しでも距離を稼いでおかなきゃ」
アレクトの無茶な要望にリョウは首を振る。
「む、無理だって。どれだけの距離を全力疾走していると思ってんだよ。……マラソン選手になれるって」
リョウの言い分も分からないアレクトではない。ホテルを出てから常にリョウが全力で走っているのは分かっていた。それでも、常にその速度を維持して5kmほど走らせていた。
ミルとルリカはヘスティアの魔法で体を強化されている。だから、彼女たちの顔に苦痛は無い。
リョウもヘスティアの魔法で強化すればいいと思われるが、ヘスティアの魔法は精霊召喚。精霊を2体も召喚して彼女達に力を与え続けている。
元々、ヘスティアは強敵が出てきた時、太刀打ちしてもらうための護衛である。これ以上ヘスティアに負担をかけることをアレクトは好と思っていなかった。
かと言って、アレクトが強化するわけにはいかない。アレクトの使える魔法は風属性と炎属性の二つのみである。これらを体に注げば爆発的な強化になる。
だが、体の崩壊と多大なるダメージは避けられない。下手をすれば命を落とすほどだ。以前、ギャザータウンへ向う時の竜へおことなった加速魔法がいい例だ。
「あたしが補強してやろうか」
「それはやめてください。精霊三体召喚はいくらヘスティアでも大変でしょ」
「下級精霊ぐらい数十体召喚しても負担は少ないのだがな」
「ヘスティアは見栄を張って大人ぶるから、一緒に仕事をする時は気をつけるようにと、ネイレードに言われているのですよ」
姉の名を出されて、ヘスティアは拗ねたようにアレクトから目線をそらせる。だが、それで問題が解決した訳ではない。アレクトは、いまだに辛そうにするリョウに目を向けた。
「ん〜。リョウ君。竜神の力……どれぐらい解放しているかな?」
大きく息を吐くリョウにアレクトは優しく声を掛ける。だが、その心情は仕事が止まってイライラしていた。
「姿が変わるギリギリってとこかな」
リョウは、ホテルを出てから肉体強化のために竜神の力を発動させている。聖竜王の牙から作られた短剣は、十字架の形をしたアミュレに姿を変えて、リョウの胸元で輝いていた。
竜神での肉体強化は、瞬発力の筋力強化となる。持久力を上げることも若干あるが、ヘスティアの精霊強化ほどとは言えないものである。
「姿が変わるか……ねぇ、リョウ君。少し体が変わってもいいから、自我を保つことのできるギリギリまで力を解放してくれるかな」
「俺、抑え込む自信がないけど」
「大丈夫。私が手助けするから」
アレクトのお願いに悩みの表情を浮かべるリョウ。だが、そんな二人の間に、ヘスティアが飛び込んできて、リョウにその小さな掌を向けた。
「獣の精霊。宿りて力を補え」
ヘスティアの掌から、オレンジの粒子が吹き出し、リョウを包んで体の中へ浸み込んでいった。
「ヘスティア、私の判断を」
「うるさい馬鹿。早くここから立ち去って欲しいんだよ馬鹿」
「それはそうですが、ヘスティアが力を使うほどでも……」
「馬鹿。まだ分からないのか。読み取れ、この空気」
ヘスティアが強く鋭い緑の瞳でアレクトを睨むと、アレクトは今自分たちが膨れ上がる魔力の真中にいることが分かった。
「ヘスティア、これは……」
アレクトが周りの何処にその力の発信源があるのか探そうとするが、ヘスティアが黒い旗の棒を横にしてアレクトの前を遮り動きを止めた。
「行け。こいつの相手は、あたしだ」
アレクトは旗の棒に遮断された先の空間が歪む。そこから男が現われるのを見た。
「うにゃ〜、困ったにゃ。この近くにいるみたいにゃけど、魔力が見つからないにゃ〜」
サングラスと逆立てた水色の髪。茶色く焼けた素肌に赤いアロハシャツ。わざと切り裂いたかのようなジーンズ。それと、両手首に何本も結び付けたミサンガと首からかけたドリームキャッチャー。エルフィンの魔力を感知して、アヌビスの前から逃げてきたジャックだ。
ヘスティアたちの前に現われたジャックは、アレクトとヘスティアを見て、首を捻って唸りだした。
「う〜ん。粒子の塊と、選ばれた女の子たち。……いい餌だにゃ。うん、ちみたち、ちと血を流して欲しいにゃ〜」
ジャックがヘスティアたちを指さすと、アレクトが前へ出ようとする。だが、ヘスティアが彼女の肩を掴み引き戻す。
「何を考えているんだ馬鹿」
「相手は魔物の統括者。一人より二人の方が成功率は高いですよ」
「馬鹿野郎。お前とあたしがいなくなったら、ミル達を誰が守るというんだ」
ヘスティアが声を大きくしているが、リョウは何も言えなかった。
そして、ヘスティアは3歩前に出て自分の後ろに線を引いた。
「馬鹿野郎共。早く行け。こんな化け物の相手をさせるために、あたしを残しておいたんだろうが馬鹿」
「……アレクト、行こう。ヘスティアもありがとう」
「へぇ、あっ、ちょっ、ちょっと」
リョウはアレクトの手を引いて走り出した。ミルとルリカもそれに続く。
遠くでアレクトとリョウの言い合いが聞こえてきて、ヘスティアはクスクスと笑う。
「ありがとう……ねぇ。馬鹿、弱いくせに、あたし達を強くする方法を知っているみたいだな」
ヘスティアは丸めていた旗を広げる。緑色の旗。そこにはヘスティアのエンブレムが大きく刺繍されていた。
「にゃはは、ちみ、精霊使いだにゃ。死ぬのが嫌だったら、巨大精霊バンバン呼んでくれるかにゃ」
「安心しな馬鹿。今から貴様を殺すために嫌ってほど呼んでやるよ」
ヘスティアは緑のベレー帽を深く被りなおして、ジャックを睨む。そのジャックもヘスティアが本気だと分かり、深い笑みを浮かべる。
「んにゃ、殺されるのは不味いのにゃ。おいっちも、ちと頑張るかにゃ〜」
ジャックはミサンガを2本引き千切り、上半身だけのガラス製のゴーレムを2体作り出した。
それでもヘスティアは慌てることなく、シルク製の黒い手袋をギュッと引っ張り旗をしっかり握って、大きく振って自分を大きく見せてから肩に当てる。
「リクセベルグ国第六軍緑の部隊指揮官ヘスティア。グロスシェアリング名は深緑の応援歌。あたしの歌を聞いて死ね」
ヘスティアのその言葉を合図に、大地空気中空からと12色の粒子たちが雪のようにあふれ出して、ヘスティアとジャックを包み輝かせた。
「さ〜て、あたしの舞台の始まりだ。言っておくけど、あたしの歌は少し刺激的だからな」
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。