第54話 サルザンカの宝-『メネシス舞台を踏む』
時は少し戻り、ナイトがまだ繭だった頃、アレクトたちの場所では。
「ぬうー」
「かわゆいよ〜。何あのつぶらな瞳。うん、欲しい。あれ、欲しいよぉ〜」
「あ、アレクト。大丈夫か」
遠くで鳴き声をあげているナイトを見つめるアレクトは、瞳に多くの星を輝かせていた。ナイトが現われるまでは、冷静で任務中だったアレクトなので、この急変振りにリョウが不安そうに尋ねた。
リョウに心配されて、アレクトは頭を振って我に帰る。そして、ミルとルリカに恥ずかしい所を見られたと、頬を少し赤らませて、わざと大きな声を出した。
「ごめん。興奮している場合じゃなかったね。……街の外まで後、半分ぐらいかな。ミルちゃん、ルリカちゃん。まだ走れるかな?」
ミルとルリカが頷くと、先頭のアレクトは歩きだした。
「それにしても、みんな大丈夫だよな」
リョウは後ろを振り向きながら、アンスたちの残った方を見ている。そこには、魔物や人間の死体と、崩れた建物の瓦礫の山と、人間よりずっと高い所まで燃え上がる炎しかない。そこには生きた人間がいる。そういわれても頷けない状況だ。
「リョウ君。今はこの街から出る事だけを考えて」
アレクトに注意されてリョウは、正面を向いて歩き出す。
リョウを注意したアレクトだが、その内心は不安で、手助けに行きたかった。
彼女は、アンスたちの力を見縊っている訳ではない。ただ、このヴィルスタウンには、測り知れない魔力があちこちにあり、彼らでも苦戦する人物がいるのに気付いていた。
その魔力が少なくとも、3つあるとアレクトには分かっていた。1つはアヌビスの近く。1つはアンスとケルンの近く。そしてもう1つは、あちこちを飛び回っている。彼女は、アヌビスの心配はしていないが、アンスたちが心配なのだ。
さらに、飛び回っている一つは、アレクト自身、戦ってどうにかできるような相手ではない。よくて相打ち、最悪即死。それを彼女は悟ってしまったのだ。
なぜなら、人間とも魔物ともいえない、混沌とした魔力で、常に背後に立たれているような気配を感じさせられていたからだ。アレクトは、ここまで冷や汗を流させられたのは、数えるほどしかなかった。
その魔力の持ち主は、自分の力を見せ付けるかのように、魔力を隠さず公に公開している。まるで、町全体を自分の魔力で包み込んでいるかのようだ。その魔力の影響からだろうか。魔物も兵士も興奮状態で、錯乱したような戦いが目立つようになっていた。
「確かに、この状況ですと、早く街を出るのが無難ですね。最悪を想定して、ヘスティアには、アンスたちの救出に行ってもらうことも、視野に入れておかなければ」
「馬鹿野郎。あたしは、アヌビス部隊の造兵とは違うんだぞ。たく、ポロクルも偉くなったものだな」
「偉くなったのではありません。使える人間を、どのように使えばいいか、理解し始めただけです」
「ふん。馬鹿、あたしを道具扱いか。ほんと、馬鹿。アヌビスの悪い影響を受けているぞ」
「そこの二人、話してないで速く走れ」
アレクトに強く叱られて、上官のヘスティアと年上のポロクルは、情けない返事をしてアレクトの後に続いた。
ヘスティアは、なんだかんだと文句を言っているが、部隊の最後尾を走っている。このような場合、後ろに味方が無く、背中を見せている最後尾は、最も敵に狙われやすく危険な位置だ。
ヘスティアは、わざと速度を落として最後尾を走っている。彼女は、アヌビス部隊もミルもルリカも気にする必要はない。精々、ミルだけを抱えて逃げれば褒められるほどだ。
だけど、彼女はそれをしない。それどころか、部隊周囲の危険を常に魔力網を広げ探っているのだ。
彼女は無意識なのかもしれないが、自ら危険を背負っていた。グロスシェリングとしての誇りではない。部隊は違えども、同じ師を持って学んだ仲間を守りたいと、彼女は自分にできることを最大限にやり抜いたいと、そこを走ることで語っていた。
「全員止まって」
突然、先頭を走っていたアレクトがその足を止め、手で全員を制止する。
だが、最後尾にいたヘスティアだけが、旗を広げアレクトの隣に立った。
「ようやく、あたしの出番だな」
ヘスティアが、大旗を構えると、空から金属同士が擦れる音が闇夜に降り注ぐ。そして、アレクトたちを黒い影が覆う。
彼女たちの頭上に現われたのは、機械仕掛けの竜だ。その竜とついになる白い少女が、アレクトたちの目の前に飛び降りてきて、軽くお辞儀をして見せた。
「こんばんは。今宵は、素敵なご一行で、私のソロ舞台にようこそ」
黒く膝まで届くほどの長い髪を、同じ闇になびかせている。
その青い瞳は、ほのかに銀の色を宿していて、闇夜に浮かぶ月のように冷たい光を放っている。
彼女の装飾が多い白い服。それはとても美しく輝いていた。白のミニスカートと、白いゴスロリ服。その両方には、黒いリボンが多くある。
この時期では暑苦しく感じる手首まである長袖は、肩から袖口まで縦に切り開かれ、それをピンクのリボンで繋ぎあわされている。レースアップの袖から覗く彼女の白い肌は、服の白と同じように見えてくる。
髪の黒に反して、白いゴスロリ服を着た少女は、何をモチーフにしているか分からない継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみを抱きしめている。
足の露出を防ぐ白のニーソにも染み一つ無く、何処を見ても、まったく戦った形跡が無い。つまり、全力をこの場に備えてきたと言うことだ。
「メネシスだな。話には聞いているぞ。リクセベルグ最強魔法使いを名乗っているそうだが。馬鹿じゃない。聖クロノ国人のくせに寝言言ってんじゃねぇと、いいにきてやったぞ」
「あら、そういう貴方は、戦場の殲滅歌で有名な、シルトタウンに引き篭もっていればいいのに、国境まで出てきていつも叩かれて帰っているヘスティアさんじゃないですか。今日は、お仲間を連れて、いい気になっていらっしゃるのですか」
「馬鹿、殲滅歌じゃねぇ。応援歌だ。誰がそんな物騒な二つ名つけるんだ。馬鹿野郎」
「あら、歌いながら、兵士を殺しつくす貴方は、有名ですよ。殲滅歌の方がお似合いですので、修正をオススメします。餓鬼っぽい名前より、そちらの方が、まだ笑いを堪えられると思いますので」
「てめぇ、喧嘩売ってんるのか」
「いえ、正直に言っているだけですが」
メネシスとヘスティアの言い合いは、ヘスティアが、旗の先端をメネシスに向けることで終った。
「いい度胸してるよ、この馬鹿。あたしの精霊12軍。見せてやろうじゃないの」
「12軍? それでは、私の演劇団には88人足りませんね」
ヘスティアが旗を広げ、体の全身から12色の粒子を振りまく。それに対して、メネシスは継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみを地面に置いた。
「お二人とも、お待ちください」
二人の合戦が始まろうとしたとき、二人の間をポロクルが割って入ってきた。
「馬鹿、貴様。何のつもりだ」
「あらあら、演劇が始まる舞台に勝手に上がってきてもらっては困りますよ。観客は、席に座ってみていてくださいよ」
二人は不満を次々と出すが、それを無視してアレクトが一歩前に出る。
「メネシス。貴方の目的は何ですか。私達は、この街から安全に退避したいだけ。貴方のお仲間二人が、攻撃を仕掛けてきましたので、それなりの対応はさせてもらいましたが、私達は貴方達と戦う意思はありません。理由が無いのに、私たちの邪魔をするのは、やめていただきたい」
アレクトの要求に、メネシスは口元を隠して笑って、ミルとルリカを指さした。
「欲しいお人形があるの。そちらの可愛い二人のお人形をくださればすぐに立ち去りますが」
「貴様、馬鹿だな。王族と魔道書の読み手、簡単に渡すわけがないだろうが馬鹿」
「ヘスティア、口が軽いですよ」
ポロクルに注意され、ヘスティアは口を閉ざすが、メネシスはそれが聞こえていて笑っていた。
「面白いお人形ですね。その緑のお人形も悪くないかも。ですが、私たちの国宝。シルフエル一族の末端だけでも、返していただきます」
メネシスの冷たい笑みに、名前を呼ばれたルリカは、アレクトの後ろに隠れる。アレクトも、彼女を守ろうと体を張る。
「メネシス、彼女はルリカ・レイサール。シルフエルの名で呼ぶということは、道具扱いしているのですか」
アレクトの言葉に、メネシスは首を振る。
「そう聞こえたのなら訂正するわ。勘違いして欲しくないから言うけど、私達は、貴方達とは違って、クルスの愛娘を魔道書のおまけみたいに見ていませんから」
「ママの名前……」
メネシスの口から出てきた名前に、ルリカは顔を出して反応を見せる。それを見て、メネシスは打開点を見つけたようだ。あえて目の前のアレクトから目線を外し、ルリカに送る。
もちろん、アレクトはルリカを隠す。だが、メネシスの優しい声は、母を探すルリカの耳に届いてしまう。
「クルス・フォン・シルフエル。彼女は私たちの大切な仲間よ。そうねぇ、ここには無いけど、都市に帰れば、貴方宛への手紙を預かっているわよ」
「ママは、ママは生きているの」
今度は、ルリカは自分の意思でアレクトを押しのけてメネシスに近づこうとした。
「ルリカちゃん。信じちゃ、駄目」
「ええ、生きているわよ。それに、クルスは今、私たちとは別行動だけど、この街の近くに来ているわよ。さあ、お母さんの所に連れて行ってあげる。こちらにいらっしゃい」
メネシスの誘いに、ルリカはアレクトの制止を振り切って、メネシスの手を取ろうとする。そのルリカの瞳は、青い彼女のものではなく、紫の輝きを宿していた。
「大地を砕き現われろ、水蛇。その口で喰らい付き、その体で縛り付けろ」
もう少しでルリカの手を掴む所だったメネシスは、ポロクルの詠唱に気付き大きく後ろに飛ぶ。
だが、メネシスの足元の大地が割れて、水でできた蛇が2匹出てきた。そして、その口でメネシスの手首に噛み付き、その長く水でできた体で全身を縛り上げる。
「痛い。うう、蛇。水属性での捕縛だなんて……貴方、素人?」
メネシスは蛇に絡みつかれながらも、術者のポロクルを馬鹿にする。
そのポロクルは、地面に片膝と着き、右手を手首まで地面の中に突き刺している。
彼は、その緑のローブに備え付けられているフードを脱ぐ。そして、メネシスよりも薄いが、つやのある一まとめにされた長い黒髪を外に出す。
腰ほどにまで届く髪をさらして、30歳前半の彼は、メガネを軽く上げる。
「確かに、水属性は他の力を飲み込むか流すことに長けています。ですが、広域と地形変化に長けている地属性と混ざることによって、地形を変えるほどの力を持った流れになる。その水流の中に飲み込まれれば、簡単に出る事はできない。つまり、効率が悪いながらも、捕縛魔法の上位と同じ効果になります。メネシス、貴方こそ魔法学を学ぶべきです。そんな貴方には、教育が必要なようですね」
「敵の眼前で長話をするな馬鹿。たく、本当にあんたは教えることが好きだね。馬鹿」
ポロクルの隣に立ち、旗先をメネシスに向けるヘスティア。その顔には笑みに満ちていた。
「久々だね。あんたと組むのは。二対一は、気が引けるけど、あたしは、あんたと組むのは嫌いじゃないよ」
「ヘスティア。悪いですけど、メネシスの相手は私一人で行います。貴方は、今後あるかもしれない強者の出現のために控えてください」
右手を地面に刺したままのポロクルは、左手に黒い銃を握る。自信ありげな顔をするポロクルに、ヘスティアは怒りを宿した顔でポロクルを見下す。
「馬鹿。あんた一人で倒せる相手じゃないだろうが」
「倒せなくとも、このまま縛り続けることならできます」
「あんた、その右手抜かないつもり? それこそ馬鹿な話。あんた、そこから動けないくせに、生意気言ってんじゃないよ。馬鹿」
ヘスティアが説得するが、ポロクルはその眼鏡越しの瞳でアレクトとヘスティアを睨む。
「ヘスティア、忘れましたか。メネシスの専門は呪属性の洗脳。ルリカの先ほどの反応、いくら母親がらみにしても不自然。あれは、メネシスの洗脳魔法が働いています。さらに、その魔法の効果は、この周辺にあります。おそらく、あの機械竜の影内部でしょう。現に、退避が目的の私たちを戦闘もせずこの場に縛り付けています。今はまだ微弱ですが、大量に注がれると、完全に飲まれます。その前に早く行ってください。こうやって彼女が、話を長引かせているのも、ルリカの洗脳を完全にするためです」
ポロクルの真剣な顔に、アレクトはルリカの手を無理矢理引いて走り出した。
「や、やだ。ママの所に行くの」
それでもルリカは抵抗する。メネシスも、ルリカさえ手に入ればいいと、体を縛られながらも魔力を集中させていた。
「ルリカ。悪い」
暗い顔をしながら、ルリカの正面に立ったヘスティア。そして、ヘスティアは右手に橙色の光を集め、球体にしてルリカの腹部に叩き込んだ。
「くぅ、……マ、ママ……」
ヘスティアに一撃入れられたルリカは、糸が切られた操り人形のように、首をたらし大人しくなった。
「おいおい、ルリカに何したんだよ。いくらなんでも魔法攻撃は無いだろ」
魔法のことをよく知らないリョウは、ヘスティアを攻め始める。だが、ヘスティアは無言でポロクルに背を向け歩き出してしまった。
「リョウ君。ルリカちゃんの体には、メネシスの呪属性の魔法がかけられていたの。だから、ヘスティアは、反属性の獣属性の魔法をルリカちゃんの体に打ち込んで、中和してくれたの」
そう説明してアレクトは、ルリカを背負ってヘスティアに続いた。
「ポロクル。絶対に、絶対に、ぜ〜ったいに、無事でいろよ。こいつらを避難させたら、すぐに助けに来るからな」
ヘスティアの命令に、ポロクルは苦笑いを見せる。
「自信はありませんが、善処いたします」
「馬鹿。こう言う時は、嘘でも頷くもんだろうが」
「すみません。なにせ私は学者ですから、確率を出してしまうんです」
「たく、本当に馬鹿。……安心しな。馬鹿なあんたが、その体で守りたいと思っているこいつらを守ってやるよ」
ヘスティアの言葉にポロクルは深く頷く。そして、アレクトもリョウもヘスティアと同じ思いをポロクルに眼差しで伝えて、メネシスの前にポロクルだけを残したまま走り出した。
「本当に、約束なんて簡単にするものではありませんよ」
真面目な彼には似合わない小さな笑顔を作り、ポロクルはずっと地面に刺していた右手を抜いた。すると、メネシスを縛り付けていた水蛇が消えた。
「あら、逃がしてくださるの。それとも、私のお人形になってくれるのかしら」
「生徒のくせに態度が悪いですね。減点1です。ただ、ヘスティアたちが逃げ切る前に、魔力が尽きてしまうと、分かってしまったので、戦った方が時間が稼げると思っただけです。では、授業を始めましょうか。今回のテーマは、『呪属性魔法使いの力を無力化もしくは長期捕縛する方法』です」
ポロクルは左手に銃を持ち、右手には青色に光る長さ5cmの棒を持って、教師スタイルをメネシスに見せ付けた。
「ふふ、私、こう見えて知識は豊富なの。さあ、退屈な授業なんて無視して、一緒に踊りましょ。私の可愛いお人形さん」
メネシスは、地面に座らされているい継ぎ接ぎのぬいぐるみにそう語りかける。すると、そのぬいぐるみは、その2本の足で立ち上がり、ポロクルの目の前に小さな障害になった。
「さて、授業を始めましょうか」
「さあ、演劇の始まりよ。演目は『継ぎ接ぎされた子供のワルツ』。作者は、その才能を世の中に知られていない私の大好きな演劇作家、サルザンカよ」
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。