表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/89

第53話 サルザンカの宝-『準備運動と罪人変更』

 黒い軍服に黒いボロボロのマント。黒い髪に赤い瞳。少年と呼ばれても頷ける顔でアヌビスは、手に蒼い剣を握り目の前の魔物に、三日月のような笑みを見せつけていた。

 アヌビスの悪戯好きで、子供のような笑みを見せられている魔物の表情は、無表情に近い。全身が水。人間の形はしているが、色、物質、硬度、それらが全て水に近い。さらに、彼の体温はとても低く、周りにある大気中の水蒸気が白い靄に見えるほどだ。

 その冷たさが表情に出ているのかもしれない。さらに、向こうが透けて見える体のくせに、何を考えているのかは読めない奴でもある。

 彼、ナイトは、千近くの魔物の集合体から生まれた一人の魔物だ。見て分かると思うが、彼の得意とする属性は水。羽化する直前に吸い込んでいたジャックの水が原因だろう。

 ナイトにとって、幸か不幸か分からないが、アヌビスの得意とする属性は炎。水とは反対の位置に属し、お互い相殺しあう仲だ。アヌビスの攻撃を、全身で防ぐとはまさにこのことである。

 アヌビスもそのことには気付いている。先ほどから散々見せていた赤黒い炎の魔剣。あの炎がナイトの体に直撃すれば、水属性の塊であるナイトには、致命傷になりかねない。

 それでも、ここに残り、アヌビスの足止めをする。そう断言したナイト。その言葉を飲み込み、殺されると分かっていながらも、この場を任せたジャック。ナイトの決心とジャックの諦めに、アヌビスは反吐が出そうであった。

「ナイト。その体で、俺から生きて逃げられるとでも思っているのか」

「いいえ、そもそも、生きて逃げるつもりはありません。私は、ここで黒のジョーカー様を少しでも足止めできれば本望です」

 ナイトのその一言に、アヌビスは眉間にしわを寄せた。

「貴様。端から死ぬつもりか」

 アヌビスの目線はナイトより低いが、ナイトを見下すような目付きでアヌビスは問い詰めた。

 だが、水を押しているのと同じで、アヌビスの圧力を何とも思わないかのようにナイトは答える。

「黒のジョーカー様。貴方様と対峙すると聞いたときから、ここにいる全ての魔物はそのつもりでございます。それに、私達は貴方様を倒そうなど思っておりません。むしろ、貴方様に命を絶たられるとしたら、光栄とも思えます」

 胸部分を押さえて、ナイトは軽く頭を下げる。その行動にアヌビスは鼻先で笑う。

「それに、貴方様は、白のジョーカー様とは違い、私達にとって、掛け替えのない」

「黙れ」

 アヌビスは、聞きたくないことを言われそうな気がして、ナイトを一喝しその口を塞ぐ。

 ナイトは、何が逆鱗に触れたのか分からないでいたが、動かし続けていた口を塞ぐ。

 静かになり、アヌビスは胸元から黒い箱を取り出し、黒いタバコに火をつけて、大きく煙を吐いた。

「だったらなにか。貴様は死んでもいいと、その覚悟があると言うんだな」

「左様です」

 アヌビスはナイトの揺ぎ無い言葉に周囲を見渡す。ヴィルスタウンの真中を示すかのように、港と正門を繋ぐ大通り。それを両脇から挟むように、三階建て以上のレンガの建物たち。多くの人間で賑わっていた市場と港の町ヴィルスタウン。人間の活気と生活感が溢れていた街だ。

 だが、そのヴィルスタウンの大通りは、ナイトの繭時に放たれた一発の攻撃で、瓦礫と灰と骸しかない大通りへと姿を変えた。

 充填時間が大きくかかるにしても、あの技を防ぐことのできる人物は数少ないだろう。それだけの力を持っているのに、その自信のなさがアヌビスの鱗を逆なでしているのだ。

「らしくねぇ。確かに単騎戦は、魔物軍には無いロイヤルだけの特徴。だがなぁ、それ以前に、ロイヤルを名乗る連中には、死の覚悟なんてねぇんだよ」

 アヌビスは、銜えていた黒いタバコを吹き捨てる。そして、当初は炎の魔剣を使うつもりであったが、蒼い刀身のままで構え直した。

「相手が強者だろうと、神だろうと、絶対の自信を持って立ち向かうのが、ロイヤル……いいや、魔物全ての誇りだろうが。そんな基本の本能すら忘れて、人間風情の軍みたいに成り下がりやがって……一度、腐った魔物を廃棄する大掃除が必要だな」

 アヌビスは、蒼い剣を頭上に掲げる。それが開戦の合図だと読み取ったナイトは、腰を少し落とし、前屈みになり第一波を待った。

「風よ。斬り進めぇ」

 蒼くガラスのような刀身の剣を、アヌビスは縦に振り下ろす。その動作とアヌビスの短い詠唱に答えるかのように、刀身に描かれた金色の紋様が輝き、風を集束しアヌビスと包む。その風が道を作り、アヌビスの進路を確保、その道をアヌビスが駆け出す。その速度に彼の羽織っているマントがなびき音に並んだ。

「水、土と混ざれ」

 ナイトはその場所から逃げないとの意思表明のように、右足で地面を踏みつけた。すると、彼の足元から水が溢れ出し、むき出しになった大地を砕き巻き上げながら集まる。

「進め。力の水と壁の土」

 ナイトは、水脈から吹き出すかのような水柱を、その水の拳で殴る。すると、その土や石を飲み込んだ茶色い水は、ナイトの力に押され、土石流となった。

 その土石流は、2mほどの小さなものだが、真っ直ぐに飛び込んでくるアヌビスの進路上にある。

 小さなアヌビスにとったら、まさしく壁。だが、アヌビスは、退くことなく突き進んだ。

「見くびるなよ」

 アヌビスは、前へ突き出していた蒼い剣を、土石流向けて縦一閃に振った。

 最速最鋭。最も素早く最も鋭利な刃物。アヌビスが扱う剣の中で、魔法の攻撃は得意ではない方だが、剣としては一級品の切れ味を持っている。

 その剣にしたら、水の波など壁ではない。ナイトの防御策である土石流が、一振りで二つに分かれ、アヌビスの進入を許した。

「凝固。胸」

 ナイトが左胸に手を当て青く光った。すると、その手の触れていた部分だけが、氷になり、半液体状態から完全な固体になった。

「だからなんだって言うんだ!」

 ナイトの咄嗟の防御策に、アヌビスは笑う。さらに、ナイトを馬鹿にするかのように、あえてその硬化した胸に蒼い剣を突き刺す。

 一瞬、とまでは行かず、コンマ数秒だけ剣の速度を遅らせることに成功したナイト。だが、防御として見ると、ただの魔力消費に終わった。アヌビスの蒼い剣は、ナイトの左胸を貫通している。そして、アヌビスはにやりと笑った。

「飛びな。斬罪執行!」

 アヌビスは、蒼い剣を左胸から右肩へ斜めに切り上げ振りぬく。さらに、水平に直し、横に振りナイトの首を飛ばした。そこから右手首を捻り、ナイトの左肩からまた刃を侵入させる。その流れるような動きと勢いで、左肩から右脇腹まで一気に切り裂く。

 そして、アヌビスはナイトに背を向け、剣を一振りして、ナイトの血である水を振り払い鞘に納める。

 その時間、わずかコンマゼロ7秒。水が動くよりも早く行われた行動だ。

 体に逆三角形の斬撃を受けたナイトは、理解する前に体が5つに分割され、それぞれは大地に朽ちていった。

「大地に立つ足。神に刃むく右腕。許しを求める左腕。愚かな知識を持った頭。生命の心臓。その生。滅びて消えろ」

 ナイトのバラバラの体は、大地に触れると、水滴のようにはじける音と水しぶきを上げ、ただの水になった。

 その5つの水溜りを眺めながら、アヌビスはタバコを吸いながらそれを見下す。だが、その水溜りたちを見て、アヌビスは嫌な生命力を見つけ出す。

「貴様。まだ生きているな」

「お察しのとおりでございます」

 水溜りからナイトの声がする。すると、水溜りは意思を持ったかのように一箇所に集まる。そして、そこから人間の形をしたナイトが生還した。彼の足元には一滴の滴も残ってはいない。

「再生。ではないな」

「はい。水の特性でございます。水の粒子はそもそも」

「ああ、説明はいい。確かに、通さないとは口だけではないようだな」

 ナイトの親切な説明をアヌビスが断ち切ると、代わりに剣を構える。

 それに対して、今回はナイトも攻撃態勢をとるようだ。彼は、右腕を前へ真っ直ぐ伸ばすと、そこから一筋の水を流す。

「凝固。右手」

 ナイトは、右手の水流をムチのように振り回す。すると、その水流は、薄く長い刃上の氷に変化した。

 長さ3尺ほどのそれは、アヌビスの蒼い剣とは違い、片刃しかない大剣のような物だ。

「俺に剣で立ち向かうか。面白い。やって見せろ」

 ナイトが腕と繋がった剣を構えるのを待たず、アヌビスは蒼い剣を構えて先に走った。

 ナイトは、咄嗟に右手の長剣でアヌビスの一撃を防ぐ。

「く、速いです」

「てめぇが遅いんだ」

 上手く受け止めることができたナイトだが、アヌビスの動きは止まらなかった。受け止められて、獲物同士が接触しているにも拘らず、アヌビスは剣を削るように左に滑らせる。

 火花ではなく粉雪を振りまきながら、アヌビスの蒼い剣はナイトの右腕を斬る。だが、一度切られた腕は、すぐに繋ぎ合わされた。だが、その攻撃は無意味ではないようだ。ナイトの肩が若干上下し始め、息が荒くなっているのが目に見て分かるようになってきた。

「攻撃は一回きりとはかぎらねぇぞ」

「はあ、……く、退いてくれませんよね」

「愚問。そんなこと聞く暇があったら、剣を振れ!」

 今度は剣を小脇に抱えるように構えたアヌビスは、ナイトの腹部分に目掛けてそれを突き出す。それをナイトは恐れ水の剣で受け、振り払いアヌビスの剣先を空へと跳ね飛ばした。だが、右腕と連なっている剣を大きく振り上げたせいで、ナイトの腹部があらわになった。

 そのチャンスをアヌビスは見逃さない。アヌビスの右腕はナイトの反発で体の後ろへと回っている。剣を使うには数行動必要で、速攻は無理だ。

 だが、その崩れたせいで起きた重点移動で体の中心がずれた。そのバランスを利用したアヌビスは、左足を浮かせてナイトの右腹に叩き込んだ。

「吠えろ、内なる獣!」

 アヌビスは、咄嗟に左足へ獣の魔法を込めて威力を高める。

「散布。腹部」

 だが、アヌビスの音を裂く横蹴りは、ただの水柱を蹴ったのと同じ音と水しぶきを立てて空回りに終る。

 その蹴りの勢いが有り余っているのと、咄嗟の判断であったので、体を支えているのが右足一本だったこのが重なって、アヌビスは一回転してようやく止まった。

 その派手なまでの失敗に、アヌビスの頭には一筋さかのぼる血がはっきりとあった。

「くそが。水だったり氷だったり、はっきりしねぇやつだなぁ。戦う気あるのか」

「ありません。私は、黒のジョーカー様がこれ以上進まれないように止めるだけでございます」

「ふん。だが、その体で後何秒持つんだ」

 アヌビスはナイトの足元の水溜りを指して聞いた。ナイトが水に戻ったり、攻撃を受けるたりして飛び散る水しぶきが集まって、それができている。初めの時は、完全に戻っていた体であったが、回を重ねるごとに、その精度が落ちてきている。

「わかりません。ですが、お望みなら、体が崩壊するまで続けますが」

 その原因は、結合時に魔力が使われているからだ。ナイトの行っているのは、体のほとんどを占めている水粒子の結合を繋げたり解いたりをしているのだ。

「長く戦えても、だ。防戦一方の相手に剣を振るっても面白味の無いことだ」

 だが、体を繋げるたびに魔力を消費する。千の魔物をまとめて生まれたナイトは、大量の魔力を有している。だが、それには底が必ずある。分離回避を使い続ければ、いずれかは空になってしまう。

「すみません。防御法は分かるのですが、攻撃法がまだ……」

 本来、魔法を使う者は、己の限界を知っているものだ。そこから、後どれだけの魔法が使えるか判断する。

「ふん。理屈くせえぇ奴だ。戦い方なんか戦いの中で覚えろ」

 だが、生まれたばかりで、これが初めての戦いになるナイトは、己の限界が見えない状況で戦っているのだ。

「そう、ですね。消えてしまう前に、一矢報いさせて頂きます」

 さらに、自分の体を戻すのにどれだけの魔力が必要なのか、どれだけの規模で分解結合ができるのか、そのような経験で学ぶ部分も知らない彼は、安全策のために必要以上の魔力を使っていて、とても効率と燃費の悪い戦い方をしている。

 膨大な力を持ちながら、その扱い方を知らず、力に振り回されている。今のリョウに似た戦い方をしているのだ。

「俺に刃を入れるだと。やって見せろよ魔物風情が」

 先に動いたのはやはりアヌビスだ。今度は、切り上げる。だが、ナイトは後ろに高く退く。

「水の友。飛び出せ杭」

 アヌビスがナイトのいた所に近づく。そのタイミングを見計らって、ナイトは水溜りに指示を出す。アヌビスが水溜りを蹴った瞬間、水溜りから太い水の杭が飛び出す。

「邪魔だあぁ」

 アヌビスの腹部を狙うように伸びてきた水の杭をアヌビスは左手の拳で簡単に砕く。杭を沢山の水滴に変えて、アヌビスは、さらに速度を上げてナイトに近づく。

「追撃。飛沫よ。水弾となり、貫く」

 アヌビスが撒き散らした水の滴たちは、自然の摂理に反し、宙に浮いていて落ちようとしない。それを深く考えず、アヌビスはそれに背を向けてナイトに接近する。

「凝固。我が一部。先端は鋭利、12度」 

 すると、無数の水滴たちは、ナイトの詠唱に答えた。アヌビスの背後から彼らは、アヌビスの小さく黒い背中を狙う。

 水滴たちは一つ一つが細長い水の刃のような形になる。その形は鋭部が12度の二等辺三角形だ。

「安直な罠なんだよ。誰が引っかかるか!」

 水の三角が背中に刺さるギリギリのところで、アヌビスは振り返り、蒼い剣を横に振る。その先端からは、扇状に広がる突風が吹きさらした。

 三角の刃は氷ではなくただの水である。なので、水を操るナイトの力よりも、アヌビスの突風の方が強かった。したがって、全てを防ぐのは大変な三角の刃を全てただの水に戻し、攻撃を消し去ったのだ。

「凝固。右腕。形状。斧」

 一撃で攻撃を消し去ったアヌビスは、ほんのわずかだけ悦に浸っていた。だが、ダメージを与えると宣言したナイトは、その充実感を味合わせることはさせない。

「てめぇ、美学をしらねぇのか」

 頭上から右腕を氷の斧に変えたナイトが降下してきている。それにアヌビスは、蒼い剣で受け止めようと構えた。

 だが、ナイトは、その感情の少ない顔を少しゆがめる。

「融解。右腕」

 すると、アヌビスの剣とナイトの斧が接触する前に、斧はただの水になり、アヌビスの剣をすり抜けた。

「なぁ! くっ、だからなんだ」

 先に攻撃を与えればいいだけだ。と、アヌビスも剣をさらに振り上げナイトの体に押し当てようとする。だが、毎度のようにナイトの体は、ただの水になりアヌビスの剣をすり抜けてダメージがあったのか分からない反応を見せる。

「凝固。右腕。形状。槍」

 右腕を大きく振りかっぶったナイトの手には、短めの槍が握られていた。そして、アヌビスの剣の盾をすり抜けた右腕の槍は、アヌビスの左肩に突き刺さる。

「くっ、」

「分断。右手」

 槍と繋がっている右手を、ナイトは手首ごと切り離す。そして、残されたアヌビスの左肩の水の槍。その槍は、アヌビスの血を吸い上げるように見る見るうちに赤く染まっていった。

「てめぇ、ふざけたことを」

 アヌビスが、その槍を引き抜こうと掴む。だが……。

「融解。槍」

 ナイトの一言で槍は簡単に水になる。アヌビスが掴まされたのは、水と自分の血だけだった。

「味な真似をしてくれる」

「い、一矢報いさせてもらいましたよ」

 攻撃を入れることのできたナイトだが、顔色が悪く有利というより不利になっている。体の凝固が3回。融解が2回。確かに確実な一撃であったが、与えたダメージに比べたら消費した魔力の方が大きすぎる。

 現に、ナイトは肩で息をして、体の形状を保ちづらくなっている。酷使していた右腕は、形状が崩れ、血の様に水がなかれていた。

 そんなナイトをアヌビスは背中を丸めながら見つめる。

「くくく、いい能力だ。強くなる。だが、まだまだ弱いなぁ。牙の使い方をしらねぇ竜だな」

 アヌビスは、左肩から流れる血など気にせず、自分の右肩に蒼い剣を当てる。

 

 その時、廃墟となった大通りに、混沌としながらも刃物のような冷たい魔力が流れた。


「今のは!」

 アヌビスは咄嗟に頭上を見上げる。それに釣られてナイトも見上げた。

「ふんふふ〜ん。ん〜、なかなか面白い人だった。けど、服を汚されて、ナナはご機嫌斜めなの。さ〜てと、お姉さまが目覚める前に、早くお屋敷に帰らなきゃ」

 肩ほどの長さでゆるいウェーブのかかった金髪と赤い瞳。14歳ぐらいの少女が夜空を優雅に飛んでいる。

 その少女の着ている服は赤い服。赤一色の服ではなく、所々に白いフリルをあしらわれている。頭にはカチューシャとミニスカに白ニーソ。

 メネシス、ルリカ、ハデスとこの聖クロノ国で、軍にかかわりのある女の子に見られる服装のようだ。

「あんな餓鬼があの魔力の持ち主だと……見たところ無傷だな」

 アヌビスは、ナナを見て笑みを浮かべる。酷い外傷は無く、ニーソと服に少しの染みがある程度で、とても綺麗な姿をしている。とてもジャックの攻撃を受けた後とは思えないほどだ。

「ジャック。失敗か」

 ナイトが不安そうに呟くと、アヌビスは彼に背を見せて、ナナの後を追う。

「お待ちください。まだ、私は死んでおりません」

 すると、思い出したかのようにアヌビスが振り返る。そして、笑みを見せてタバコをくわえ火をつけた。

「ナイト、知っているか。このタバコ、すごく不味いんだぜ」

 その不味いといっているタバコを大きく吸い、煙をゆっくりと吐く。戦闘中の会話にしては変なものだとナイトは頭を捻る。

「それがなにか」

「この体で人間の中で生きるのは、何かと不便なんだ。だから、力を数段階に分けで封印しているんだ。んで、このタバコがその解除法。そして、今。封印第一が外れたって分けだ」

 アヌビスは、空になった黒い箱を握り潰して、ナイトに投げつける。

 すると、アヌビスの背後からは、黒いオーラがあふれ出した。黒い靄となったそれは、周囲を包み、夜を暗黒へと変えてゆく。

「これが、闇の……」

 戸惑うナイトに、アヌビスは蒼い剣を向ける。

「エルフィンも見つけたし、準備運動も十分すんだ。もう、貴様の役目は終わりだ。消えてもらおうか」

「うっ、……ですが、まだ再構築の」

「そうだな、魔力がある限り、どんな巨大な攻撃でも、全て受け流される。なら、巨大な攻撃を何度も与えて空にしてやるよ。貴様の魔力をな」

 その台詞の直後、アヌビスの背後に漂っていた黒いオーラが、ナイトとその周囲の空気を飲み込む。それに身を強ばらせたナイトは身構える。

 だが、アヌビスが一歩強く踏み出すだけで、ナイトの体は、動かなくなる。アヌビスの魔力が、ナイトの体内に入り、自由を奪ったのだ。

「おらぁ行くぞ」

「ゆ、融解。全身」

 アヌビスは一歩でナイトの前に現われた。これからどんな攻撃が出されるか分からないナイトは、全身を液体の水にして防ごうとした。だが、それはアヌビスの思う壺であった。

「1,2,3,4,5,6,7,8,9,10……」

 右手首、左手首、右肘、左肘、右肩、左肩、右胸、左胸、横隔膜、腰……。

「11,12,13,14,15,16,17,18,19,20……」

 右足股関節、左足股関節、右膝、左膝、右足首、左足首、右耳、左耳、右肺、左肺……。

「21,22,23,24,25,26,27,28,29,30……」

 右掌、左掌、右二の腕、左二の腕、心臓、肝臓、胃、すい臓、小腸、大腸……。

 アヌビスは数を数えながら、それに応じた場所を切り続ける。その斬撃の嵐は、止むことなく続き、ナイトの体は、その速度についていけず、徐々にすり削れていく。

「105,106,107,……最後の断罪108個目! 大量の罪に刹那の裁き(ディティンクルス)

 首、右目、左目、そして最後に脳。108箇所に蒼い剣の斬撃を与え、大きく振り払う。

 多くの罪をその数と同じだけ裁く。その裁きは僅かな時間で終わり、罪人は苦しむことなくその罪を償うことができる。

 斬撃中の熱とナイトの体の水分が混ざって、辺りは大量の水蒸気で満たされて、サウナ状態になった。そんな中で、裁きを終えたアヌビスは、濡れた黒髪をかきあげて、汗をぬぐった。

「ふぅ、久々の爽快感だな。……ふふ、次は、エルフリンか」

 アヌビスは、冷たい白銀の月を思わせる笑みを浮かべて、ナナの飛んで行った方へ歩き出す。

 だが、少し歩いて立ち止まり、誰か分からない話し相手に話し出した。

「ああ、ナイトの体は完全崩壊したな。だが、まだ死んではねぇな。氷、水、その上の蒸気になっただけかもな。でも、俺は、そんな雑魚の相手なんてしてられねぇんだ。もし、すぐに魔力で繋いでやったら、元通りに戻るかもな」

 そういいながら、2箱目のタバコを開けてそれを吸いながらアヌビスは歩き出す。

「まあ、悪くは無い。実力はロイヤルだ。だが、その精神、そこから育てなおすことだな」

 それだけ残すと、アヌビスは水蒸気の向こうへと消えていった。


 アヌビスが完全に去ったのを待っていたかのように、空中に黒い穴が開いた。

「うにゃ〜、お互い。滅茶苦茶にされちまったにゃ〜」

 ボロボロに破けた赤いアロハシャツ。大量にあったはずなのに、2本しか残っていないミサンガ。ネットの破けたドリームチャッチャー。右目側が割れた黒いサングラス。

 惨敗。この一言が似合うジャックが、ナイトの水蒸気内に現われた。

 そして、ジャックは、残り少ない魔力を使って、ナイトの蒸気を集めながら頭をかいた。

「うんにゃあ〜、思ったより強かったにゃ。はぁ、黒ジョーちゃんは、どうするのかにゃ」

 ジャックは、ナイトを再構築しながら、自分が勝ことのできなかったナナに挑むアヌビスの出す答えを楽しみにしていた。


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ