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第51話 サルザンカの宝-『大罪人を生成する神』

 魔物がヴィルスタウンを攻撃し始めてすぐにホテルを一人で飛び出したアヌビスは、黒い箱から取り出した黒いタバコの煙をまといながら、街の大通りを疾走していた。

「冴える。冴えてくる。くふふ、久々だなぁ。待ってろよ。今上質な血を吸わせてやる」

 アヌビスは、笑いながら剣の鞘を撫でる。

 アヌビスが走っているのは、ヴィルスタンの真中にある街一番大きな道だ。その道は、海から街の入り口となる大正門へと繋がっている。町全体を巨大な塀と海とで囲まれているこの街の出入り手段は沢山あるが、アヌビスは最も目立つ出口を目指していた。

 それは、街を出るためではない。最も大きな出口という事は、最も大きな入り口ともいえる。したがって、外からやってくる魔物の群れはその大正門をくぐってやってくる数が多いのだ。

 もちろん、その大正門から続くアヌビスが走っているこの道には魔物が大量に闊歩し、それを除去しようと奮闘するヴィルスタンの警備隊や聖クロノ国軍人の姿が見える。

 アヌビスが狙っているのはそんな魔物や人間ではない。彼の目的は魔物の群れを指揮する今回の事件の張本人。十中八九大正門前で魔物を手引きしているであろうジャックである。

 ジャックが大正門前にいると断言できる理由は二つあった。

 一つ目は、アヌビスの魔力網がそれを感知したからだ。といっても、相手もアヌビスに見つからないように細工をしている。己の魔力を悟られないように隠しているのだ。

 だが、この魔物の魔力が渦巻く中でぽっかり空いた空白のエリア。そこには己の魔力を意識して消している存在がいるといっているようなものだ。

 ジャックとは特定できないが、自分で自分の魔力を操作できる存在。それは、ジャックよりは劣るが、高ぶるアヌビスの興奮を収めるには十分な力の持ち主である。

 二つ目に大正門前には魔物の集団が出現しているポイントがあると察知したからだ。アヌスの魔力網に、正門前に魔物が出現しているとでた。ここで、訪れていると言わず出現を選んだのには、その魔物の反応の出方にある。

 本来、訪れるのなら街の外から力が近づく形になる。だが、今回は正門前に突然として魔物の力が湧き出すように現われているのだ。

 考えられるに、魔物本陣からの転送魔法陣、もしくはその場で魔物を生成しているかのどちらかである。

 そのことから、アヌビスはジャックがそこにいると確信したのだ。アヌビスは昔とあることがありジャックのことを知っている。その時、知りえた情報でジャックの得意な魔法が空間移動と物質生成魔法なのであると分かっていた。以前に見たジャックのガラス製のゴーレムは、後者の力を使って作り出されていたのだ。

 強い自信と強者の保障をされたアヌビスの足は、速度を落とす兆しなどまったく見せず、さらに速度を上げ大正門へと走る。


「なんとしてでもここを死守しろ!」

 アヌビスが大正門目前に来ると、そこには今までに勝って警備隊と魔物が群れをなしている。警備隊と魔物の間には、銃弾や魔法が飛び交いそれが形のない境界線となっていた。そして、その境界線は徐々に街中へと進み、警備隊が押されつつある。

「楽しそうなことしているなお前ら」

 警備隊の一番後ろで腰に手を当て大声で指揮をしている男にアヌビスはからかうような声を掛ける。その声に上手くいかない怒りをぶつけるかのように振り向く。

「商人風情が邪魔だ! さっさと逃げ失せろ」

 男は怒鳴り声を上げると、アヌビスの肩を強く押す。だが、アヌビスの足腰は強く、逆に男が飛ばされる結果になった。

 地面にしりもちを着いた男は、アヌビスを見上げる形にある。そして、上から見下ろすアヌビスの目は、赤く冷たく、それでいて炎を宿していた。その瞳は、人間を見下すような瞳であった。

 そして、周りの空気と騒がしさが一変した。アヌビスが現われるまで攻撃の手を一切休めなかった魔物の集団が、攻撃をやめて一歩また一歩と下がり始めたのだ。それを好機と見た警備隊の人間は、一気に攻撃を仕掛ける。だが、それと同時期にアヌビスは剣を抜いた。

「愚かな人間だな。これだけ、殺すぞ、って言っているのに分からないんだな」

 アヌビスの背後からは魔法の使える者にしか見えない黒いオーラが溢れ出していた。その黒いオーラは、警備隊と逃げ出す魔物たちを包み込んでいる。魔物達は、アヌビスの殺気に溢れたオーラから逃げるために走っていたのだ。

「我が名はアヌビス。命を統べる神なるぞ。神の道を塞ぐ狼藉者は焦土の炎に焼かれろ」

 アヌビスは鞘から抜いた白い刀身の剣を地面と水平になるように構える。そして、アヌビスの声に反応するかのように白い刀身には、黒い蛇が走ったような模様が浮かび刀身から真っ赤な炎が噴出した。その炎は時間と比例して巨大化し、さらに温度を上げ色を変え、黒色を帯びた不気味な赤い炎へと姿を変える。

「アヌビス……ま、まさか、本当に来ていたのか。黒衣の死神が」

 地面に腰を下ろしていた男が、目の前で暴れる黒い炎に脅える。だが、それ以上にアヌビスという名の重圧に押し潰され、立ち上がることすらできず地面を這いつくばりながら必死に逃げ出す。だが、アヌビスの笑みと剣から噴出す炎はそれを逃がさなかった。

「世界の浄化・序章。其の炎、神の意思なり」

 アヌビスが黒い炎をまとった剣を振り下ろす。すると、道幅20m以上はある道から逃げ場を無くすほどの巨大な火炎風が巻き起こる。両脇に立つ3階建ての建物よりも高い炎は、火炎を渦巻きながら大正門へと向う。その炎は、高温で触れるもの全てを燃やし溶かしている。

 レンガ造りの建物の壁や窓ガラスも溶け出すほどの温度の火炎の中では、魔物だろうと人間だろうと関係なく消滅させていく。その炎の威力は、アヌビスにまで影響を及ぼしていた。

 炎が燃え上がり周りの温度を上げる。自分で作り出した炎で自らの体は守ることは簡単である。だが、空気中に存在する風の粒子の取り込みが上手くいかないでいる。人間が生きるのに必要な呼吸。それは、空気中に大量に存在する風の粒子を取り込む行動である。

 常に新しい風の粒子を体に送らなければ人間は死んでしまう。だが、アヌビスの放った黒い炎は、空気中の粒子結合をもバラバラにしてしまう。酸欠状態になりながらもアヌビスは自分の力に酔いしれていた。

「この力、やはり使い慣れないな。新参の剣は躾が必要だな」

 3階建ての建物は2階建ほどの高さまでに溶け、タイル張りの道はドロドロに溶解したマグマのようになり、あちこちには黒い炎が小さく燃えるだけで、生き物がいた形跡は一切なくなっていた。

 そんな生き物がいる世界ではない道をアヌビスはゆっくりと歩きながら進む。溶けたタイルは、アヌビスの靴底に張り付き粘着性のある蜂蜜のように取り付く。もちろん、アヌビスの魔法で靴は守られているが、アヌビスが歩いた後は、炎の足跡となって残っていた。

「あの炎の中、生き残れる者。それは、神の業火をもしのぐ反逆者。ってか」

 アヌビスは大正門前へと着いた。その大正門はアヌビスの業火を全身で受け止めていたようで、分厚い体の半分を溶かされていた。だが、倒れずにそこに門として立っているだけ巨大で頑丈なものである。

 その門の真中で笑う唯一の生存者。まるで門番のように立つ彼は、アヌビスが来るのが分かっていたのだが、困ったような顔をしている。

「こまるにゃ〜、黒ジョーちゃん。おいっちたちの邪魔をしないでっていたのにゃ〜」

 茶色く焼けた素肌に赤いアロハシャツを羽織り、わざと切り裂いたかのようなジーンズ、黒いサングラスを掛けた青年。その髪は逆立てた水色の短い髪で、彼の得意属性を色濃く見せていた。

 彼の両手首には大量のミサンガが結ばれていて、その首からは、羽が特徴的なドリームキャッチャーが三つもかけられている。本人は自分のことをかなりおしゃれだと思っているようだが、どこかの民族集団の長のような格好に見えないこともない。

「邪魔だと。ふざけるな。俺はこの道を通ってこの街を出るって決めているだけだ。むしろ邪魔をしているのは貴様の方だろ。なあ、ジャック。昔の馴染みだ。今すぐ道を譲るというのならその左腕一本で見逃してやる。さっさと失せろ」

「にゃはは、それは無理って言うもんなんだよ。分かって言ってるんでしょ。これ、ほらこれ。もう、黒ジョーちゃんは冗談が好きだにゃ〜」

 ジャックが力強く指さすもの、それは空中にぽっかり開いた黒い球体の穴だ。そこからは12色12種類の小さな粒子が留まることなく溢れている。その粒子は空中で集結して形を形成してゆく。そして、魔物がヴィルスタウンに出現する。これは魔物を運ぶのではなく、粒子を運ぶもの。魔物一体を運ぶより粒子にした方が速度も効率も良い。だが、運ばれる立場からすると、一度体をバラバラにされるから絶対の信頼を持った相手にしか頼めない荒業だ。

 その魔法は定位置魔法。つまり、この位置から動かせない魔法である。動かすには、一度封鎖するしかない。

 だが、一度封鎖するとその間送り出される魔物達は出口のない空間で粒子となり漂うことになる。一人や二人ならまだしも、10、100、1000と数が増えてゆくと、無限空間に大量の粒子が溜め込められる。そして、新たに扉を開いた時、その粒子ははじけた水道管のように一度に噴出そうとする。

 その結果は考えるほど度でもない。大量の混ざり合った粒子が再結合して生み出されるのは、元の姿をした魔物ではなく、何百何千の魔物が混ざり合った新たな生命の完成となる。

 出口を封鎖するとは、仲間を数千生贄にする危険がある。だから、正方としては入り口を先に閉じなければならない。だが、転送魔法の類は、術者がその場所まで出向き魔法陣などの無効化をしなければならない。

 低級レベルの魔法陣ならそれ以上の実力者が消すことができる。だが、魔物の組織の中でジャック以上の実力を持っているのは、トップのキングとその下にいるクイーンの二人しかいない。

「冗談じゃねぇ。貴様が俺の相手をするか、道を譲るか、どっちかに決めな」

「んにゃ〜、こまったにゃあ〜。なあぁ、黒ジョーちゃん。この魔法、特徴分かるよにゃ〜」

「ああ、出口だけを塞ぐと、粒子融合装置になる空間魔法の応用だろ。それが嫌なら入り口を塞げばいいだろが」

 嫌味のようにアヌビスが笑う。それに対してジャックは苦笑いを見せる。

「意地悪なのにゃ〜。あの二人に頼んだとしても『むしろ融合獣を作り出して暴れさせろ』って言うに決まってるのにゃ。仲間に優しいジャックで通っているおいっちとしてはそんなことできないのにゃ。でもにゃ〜、黒ジョーちゃんと戦うのもいやなのにゃ〜。ん〜こまったにゃ〜」

 唸りながら首を右に曲げたり左に曲げたりを繰り返すジャックに、アヌビスは赤い刀身の剣先を向ける。

「だったら、俺がその悩み払ってやる。……ま、決めるのは貴様だがな」

 頭を傾げ不思議そうにするジャック。そんなジャックはアヌビスが掲げる剣先に黒いオーラと炎が集まっていくのに気付き、咄嗟に左腕に結び付けているミサンガを一本引き千切る。

「水晶の巨人。盾となりて守るんだにゃ〜!」

 アヌビスが炎をまとった剣を振り下ろすより先に、引き千切られたミサンガが粒子となってジャックの眼前にガラスでできた上半身だけの甲冑が現れた。

 片腕2m、胴回りは6m近くある。兜部分は、細く目の部分だけ開いているが、そこには人間の目はなく、丸く黄色く光る玉が二つあるだけだ。

 その上半身だけの甲冑は、宙に漂いジャックを守るように両腕を広げる。

「アルジマモルキシノホコリ、ワガイノチアルジノイノチマモリシタメニアル、ワガカラダアルジヲマモルタテ」

 ガラスの甲冑の騎士は、子馬を鷲づかみしそうなぐらい大きい手の平を大きく広げる。その両手を盾にするかのように前に突き出す。その行動にアヌビスは笑った。

「作り物事気で神の業火を防ぐなど、愚かな考えだな、なあぁ、人間崩れ」

 そして、アヌビスは剣を振り下ろす。今回放たれたのは炎の渦ではなく、三日月のような形の炎の刃一本だ。それは地面を砕きながら進む。まるで、海中から背びれを出して獲物を狙う鮫のようだ。

 甲冑の騎士は、その炎の刃を両手で挟み込むように受け止めた。だが、その押す力は神の一撃。力で負けている騎士は押されてしまっている。それだけではない。超高温の炎は、甲冑の騎士の手の平を簡単に昇華する。

 甲冑の騎士の体を構成しているのは、鋼と水の組み合わせて作り出された強化ガラスのようなものだ。水の粒子を含んでいる騎士にとって、対極に位置する炎の攻撃は弱点である。さらに、強化のために使われている鋼も水についで炎に弱い。

 逆を返せば、炎は水に弱い。だが、それは力がつりあっていて初めて無効化される。だが、アヌビスの一撃は圧倒的で、甲冑騎士は数秒として持たなかった。

 炎の刃は、騎士を縦に分断する。それでも威力と速度は落ちない。そして、次に刃が狙うのは騎士の後ろにいたジャックだ。

「う、防げ……うんにゃ、無理にゃ」

 力量の差を測ったジャックは、横に飛ぼうとした、だが、炎の刃の威力を悟り魔法での回避を選んだ。なぜなら、刃から遠く離れた建物の壁が刃に触れていないのにも拘らず、粉々に砕け散っているからだ。どうやら、刃から離れていてもそれなりの攻撃があるようだ。

「開け、ぽっかり開いた綻びの道」

 ジャックがドリームキャッチャーを宙に投げる。すると、その網が広がり、空中に紺色の穴が開く。その穴にジャックは吸い込まれるように入って行く。そして、ジャックを逃した炎の刃は、大正門へとぶつかり、壊れかけていた大正門を完全に崩壊した。大正門の瓦礫は、溶岩の塊のように赤くたぎり、ヴィルスタウンの出口を大量の溶岩が山のようになり塞いだ。

「黒ジョーちゃん。あの大正門をくぐって街を出るのが目的じゃなかったのかにゃ〜」

 黒い星空からジャックの声が降り注ぐ。すると、先ほど開いた穴とは別の所にまた同じ紺色の穴が開く。そこから短く逆立てた水色の髪をかきながらジャックが戻ってきた。

「ふん。本心を話すと、俺の目的は街を出ることじゃねぇ。強者との勝負だ。そんなもの建前に決まっているだろうが」

「うにゃ〜、さすが、ジョーカーの名を持つ人なのにゃ。でもいいのかにゃ、仲間が危ないかもしれないのにゃよ。おいっちの部下、命令無視なんて平気にする連中の集まりなのにゃよ。今頃、黒ジョーちゃんのお友達が肉片になっているかもしれないのにゃよ」

 無意味だと分かりながらもジャックはアヌビスに揺すりをかけてみる。だが、アヌビスは笑って見せる。そして、新しい黒いタバコを銜え火をつけて大きく煙を吐く。

「正直、この程度の魔物共に消されるような連中なら、いようがいなかろうがどちらでもいい。それより、貴様の魔物達、そろそろいい頃合じゃないのか」

「なにがにゃ? おいっちの部隊はまだ半分も到着してないのにゃよ。撤収にはまだまだなのにゃよ」

 すると、アヌビスは笑って火種のついたタバコの先端を大正門のあった方向へと向ける。それにつられてジャックも振り返る。振り返ったジャックは蒼白し、アヌビスは笑った。そこにあったのは黒い転送魔法の出口、それが立てに切り裂かれ、空間が捻れ出口として機能せず、粒子が滅茶苦茶に噴出す寸前であった。

「まさか、さっきの斬撃の目的は……」

 カクカクとぜんまいの切れかけた人形のようにアヌビスに向きなおすジャック。そのジャックの瞳に写ったのは、新しいタバコに火をつけるアヌビスであった。

「まあ、俺はどうでもいいんだぜ。あの門から召喚される化け物でも、お前自身でも、両方でもなあぁ。まあ、まんまと引っかかってくれて、ありがとうよ」

 高らかに笑うアヌビスの笑い声を引金に、控えめにしていたジャックの何かが音を立ててはじけた。

 サングラスで瞳は分からないが、ジャックの茶色く焼けた頬を一滴の滴が流れる。

「黒のジョーカー。その名、その力、その功績、その伝説、何一つとして欠点のない。尊敬の音を抱く憧れの存在のお方。ですが、おいっちにも譲れないものって言うのがあるのですよ。……お前たち、そんな体にしてしまってごめんにゃ〜。怨むならおいっちを怨んでくれにゃ。そして、その苦しみ、思う存分暴れて晴らしてくれにゃ。責任は全部おいっちが持つにゃ……」

 ジャックは、右手を地面と水平に上げる。その右手の手の中には、今にも爆発しそうなひびの入った黒い球体の元出口があった。

「解き放て、禁忌とされし禁断の扉。呼び出せ、この世の理を凌駕せし魔物の根源。生物分解と粒子再結合による粒子絶対数の集合生命体の生成。禁術・生命融合リンパス・ラディアクールの法則」

 ジャックの涙を含んだ宣言により、ひびの入った黒い球体が砕けた。そして、そこからは水を噴出したかのように大量の粒子が噴出す。それは、ヘスティアの精霊召喚の3倍以上の勢いであり、その粒子の水柱は、優に100mを超えていた。

 ラディアークルの法則。それは、夢物語で語られている伝説の法則だ。世界中のものは12種類の粒子で作られている。その粒子の数や結合の形によって個々の違いが生まれる。逆を返して言えば、12属性あればあらゆる物が作り出せるという考えだ。ジャックが唱えた魔法、それは、それを元にして作られている。大量の魔物を分解して得た粒子を一つに集めて、何千もの魔物の力を集めた一体の化け物を作り出す生命操作の禁忌だ。

 多量の粒子は集まり、形を作り出してゆく。アヌビスはその巨大さとその膨大な力の塊に笑いを抑えられないでいた。

 2本の巨大な足とそれに支えられている山のような体。後ろ足と下半身は不完全なのか、ナメクジのようになっている。見た目はゾウに近い生き物だ。胴体だけの全長は1000mほど、2本の足は200mほどになる。

 その巨大な足と、肩だろうかそれは一つに繋がり、顔へつ繋がる。簡単に言うと、巨大な顔の耳部分から足が生えている。そして、頭の後ろには肉の塊が1000m続いている。その顔だけでも大きく、特徴は顔の半分以上を占めている口だ。その巨大な口は一口で山の半分を食らい、その口から吐き出される水の量は津波になると予想できるほど大きい。

「面白そうな化け物じゃねぇか」

 アヌビスが笑みを浮かべると、その名前のない化け物は、大きな口を広げ大量に空気を取り込みはじめた。すると、ナメクジのようになっていた下半身が、風船のように膨らみ始め、どんどん巨大化する。その行為にどんな意味があるのかアヌビスはプレゼントを楽しみにする子供のような瞳でそれを見ていた。

「……全てを飲み込む。大食らいの魔物か」

 ジャックが小さく呟くと、その化け物は、溜め込んだ空気を太い光の光線に変えて吐き出した。円柱の形をしたその光線は、直径200mあり、真っ直ぐ進んでゆく。大正門前の大通りはもちろん。道、建物、港、船全てを破壊しつくし、そして海へと打ち込まれる。

 海に打ち込まれた光線は、震度5以上の揺れをヴィルスタウンに及ぼした。そして、海で起きた爆発の爆風がアヌビスの背中を押す。その爆風の強さにアヌビスは揺らめき、銜えていたタバコが紙屑のように飛ばされてゆく。

 その後、すぐに津波が迫る音がアヌビスの耳に届く。結果、その光線一発でヴィルスタウンの半分が海中に沈むことになった。

「黒ジョーちゃん。これがちみの望んだものだよ」

 名のない化け物の頭の上に移動したジャックは高い位置からアヌビスを見下ろす。そのジャックにアヌビスの表情と様子は見えないが、アヌビスは小刻みに震えていた。

「黒ジョーちゃん?」

 無言で反応を見せないアヌビスに不安になったジャックはうかがうように顔を近づける。

 だが、すぐにアヌビスは空に近い所にいるジャックに箍の外れた笑みを見せ付けた。

「最高だぜ。その化け物の罪、数の分からないほどの命を滅したこと、それは、命を統べる神の神罰を受けるに値する罪。このアヌビス様が裁いてやる」

 アヌビスは赤く黒い紋様の浮かぶ炎の魔剣を大きく振る。

「我、命を統べる神。アヌビス、またの名を黒衣の死神なり。この名を持ち、死刑執行を言い渡す!」


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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