表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/89

第50話 サルザンカの宝-『目覚める獣・笑う化け物』

「神を名乗る愚かな人間が! いいだろう。見せてやるよ。神に裁きを下す者達(レンバルティーニ)の誇りと実力をな!」

 余裕に槍を軽く構えるアンスに両刃の大斧を向けてアレスが飛び上がり迫った。

 大斧の刃部分は、赤く輝きだした。これは、アレスの魔法ではない。アレスは魔法を使えないからだ。輝きだした理由、それは、周囲で燃える炎の粒子が、アレスの斧の粒子と結合し始めたからだ。

 アレスの大斧は元々、対魔法戦の為に粒子を引き付けやすい鉱石で作られている。本来なら、魔法を防ぐための盾としての効果であったが、周りに粒子が充満している場所では、その粒子が斧に結合されることがまれに起こるのだ。

「好機。やはり、この国は俺を見捨てないようだなあ」

 炎を吐く大斧をかざし、暗闇に炎の一線を描きながら落ちてくるアレス。そんな隕石じみたアレスにアンスは笑ってみせる。

「神の手、宿りし荒れ狂う獣は元鼠帥(げんそすい)の針を束ねし雷。雷雲の竜、パルハルン」

 アンスが握った槍からは、神々しいほどの金色の雷が無数に溢れ出し、槍だけでは抑えきれず暴れる蛇のようにうねりながら地面や建物を砕き焦がしつくす。だがその雷は、アンスの右手一つで束ねられ、一本の槍の姿へと変えた。

 青く長さ3mの持ち手となる棒。それには、金色の古代文字が刻まれている。その槍に眠る膨大な力を封じ込めている魔法陣だ。その棒の先端には、従来のものより一回り大きく長細い尖った刃がついている。

 その刃だけで60cmはある。その刃にも同様に金色の文様が施されている。その刃の根元、棒と刃の継ぎ目には、アンスのハチマキとは正反対の黒くて長細いハチマキのような布が8本結びつけられていた。

 その黒い布も棒と同じぐらいの長さがあり地面に着くほどの長さだ。

「まあ、元鼠帥の装甲を貫くために作られた12神討伐用の武器、神殺しの武器を人間ごときに使うのも大げさかもな」

 笑うアンス。汗を流すアレス。そして、アンスはパルハルンを空から落ちてくる隕石のアレスへと突き出す。

 アレスは、突かれまいと身を強ばらせる。だが、そんなアレスの脳裏にケルンの神殺しの武器ディスライナーの付属効果である振動波が過ぎった。

「竜は空へ昇る。焼き焦がれろ! 人間」

 大斧の先から炎が噴出しそうなアレス。いつも以上の力を発揮しているのに、彼の周りには絶望させるような雷の竜が8本空へと昇ってくる。竜の群れの中心に追い込まれたアレスが槍の先端を見るとそこには、大口を開けた雷で作り出された竜がいた。

「てめぇら、飯の時間だ。食らいつけ!」

 アンスの声に反応して声を上げる8匹の竜。全身雷と黒い瞳を持つそいつらは、アレスの両腕両足首両膝両脇に噛み付き、アレスの黒く頑丈な鎧を意図も簡単に噛み砕く。

「ぐうぁああ」

 雷竜の牙はもちろん雷。その牙で皮膚を引き裂かれたアレスは、全身に8本の雷を打ち込まれた衝撃で脳が飛んだ。

 だが、気絶することは許されない。食らい着いた8匹の竜は、根元で待つ最も巨大な顎を持った親の元へと引きずり込んでいるからだ。

 抵抗しようと体を動かそうとするアレスだが、全身に流れる電気が暴れ肉体が自分の意思の通りに動かない。そして、アレスは大地で待つ矛先に宿る巨大竜の口の中へと引きずり込まれそうになる。

「く、くそがあぁ」

 巨大竜の顎に食らいつかれる寸前、アレスはその巨大さには無謀だと思いながら大斧を顎へとむける。そして、巨大竜の頭を縦に二つに切り裂く。

 二つに切り裂かれた巨大竜は、一生を終えたかのようなその口に似合った大声を上げて、無数の小さな電流となり大気中へと消えた。

「はあぁ、はあぁ、はあぁ、……や、やったのか」

 息を切らせて全身で息をするアレス。彼は8匹と巨大竜を打ち消して全身疲弊していた。

 だが、目の前には余裕に立つアンス。彼はパルハルンを腰部分に当て地面と水平にしながら腰や背骨を動かして準備運動をしていた。

「ありゃ、マジかよ。まさか抜け出せるとはな。さすが、神に裁きを下す者達(レンバルティーニ)を名乗るだけのことはあるな」

「貴様、今の技は何だ」

 アレスはアンスを威嚇するかのようにすごむ。そして、姿勢を低くして両足を軽く曲げで肩幅に広げる。そして、自分の真中に来るように大斧を構える。猫背のように背を丸めているが、これがアレスの得意としている一撃玉砕の構えである。

 だが、ケルンの100本の矢を無理矢理に避けて捻った腰と、いまだに体中の筋肉を痙攣させるアンスの雷が不安となって拭えないものであった。

「ん〜、詳しい術式は知らねぇんだけどな。この8本の黒い布と槍一本にそれぞれ竜が封じ込められてんだ。竜に俺の魔力を注いで力を宿らせているんだ。まあ、形は違うが、魔道書と同じ仕組みなんだと」

「貴様、余裕ぶっていやがって。その口、塞ぐ!」

 槍を立てたままのアンスは構えをせず欠伸すら見せる。そんなアンスに怒ったアレスは、悲鳴を上げそうな筋肉を無理に動かし駆け出す。

「その8匹と1匹の竜なんだがな」

「しゃべりは、もう、終いだ」

 大きく斧を振り上げるアレスが迫るが、アンスはこれといって反撃の様子を見せない。代わりに、戦闘放棄を意味するかのように槍の矛先を地面に突き刺し手を離す。

「貴様あ、どこまで人を馬鹿にする」

 血管を浮かべて激怒するアレス。だが、怒るのも結局は肉体疲労を隠す虚勢に過ぎないのであった。それを見切っているのかアンスは説明を続ける。

「一匹一匹に特殊な力があるんだ。例えば……」

 アレスが一定の距離に入ったとき、アンスは地面に刺した槍を掴む。すると、8本の真っ黒で何も描かれていなかった黒布の一本に金色の文字が浮かぶ。

「第四の竜。小さき威嚇の縛(ヒンクルサフィア)

 アレスが何かの罠だと察知した時にはもう遅く、彼の目には笑顔を見せるアンスしか見えないでいた。

 アンスの魔法、正確にはパルハルンの付属効果が発動した。それは、槍を中心とした3mと小さな絶対領域の捕縛域を作り出すことだ。

「ぐう、な、なぜだ。か、体が」

 アンスはその領域にアレスが入るのをずっと待っていたのだ。

 その領域の効果、それは半径3mの半球状の領域のもの全てに電気的介入ができることだ。

 人間や獣や魔物でも生き物ならばその体を動かす際に雷属性の力を使うことになる。だが、外部から体内で使われている力以上の雷の力が注がれたら、その力に体はしたがってしまう。それを応用して、この領域に入った者の動きを奪うことができるのだ。洗脳とまでは行かないが、体の自由を奪うぐらいならできるのだ。

 さらに、魔法や武器などに対しては、物によっては変わるがある程度なら操ったり消滅させたりすることができる。この領域ではアレスの大斧や鎧は彼を縛り付ける重りにしかならないということだ。

 全身鎧という名の重りを背負っているアレスは、地面に片膝を着く。彼にとっては、とても屈辱的な光景である。

「ああ、まだ息してる。普通なら地面に這いつくばって息もできねぇのに……ま、動けねぇことにはかわらねぇよな」

 アンスは槍を抜くと、真っ直ぐに構える。そして、鋭く突き出す。その刃はアレスの右肩に突き刺さる。飛び散る血。それを頬に受けながらアンスは笑う。

「おっと、悪い。一撃で楽になるように首を狙ったつもりなんだがな。俺の悪戯心が邪魔しやがったんだな」

 槍の一突きはアレスの硬い鎧をまるで熱したナイフでバターを切るかのように何の抵抗も見せなかった。槍はアレスの右肩を貫通。大きな返りがついているので、傷口は大きく流れる血の量も尋常ではない。

 そのダメージよりもアレスは鎧を貫かれたことに驚いている。この鎧には人工的に作り出した魔鉱石を粉末にして従来の鎧の数十倍の強度を持っている。あのアヌビスの斬撃を何度も防いだ品物だ。聖竜王の牙でも砕かれることはないと、信頼している人物のお墨付きでもあった。

 その鎧を簡単に貫く槍。その槍から身を守るには防ぐではなく避けるが適切となる。だが、アレスの2mを超える筋肉質な体格、大斧というモーションが大きく力任せで動きの遅い武器、魔法強化も獣の力も持たないただの人間であるアレスにとって、アクロバティクな戦闘スタイルを得意とするアンスの攻撃を避けるのは困難である。それに、元々アレスは相手の攻撃を耐え抜いて反撃の一撃を与える戦闘スタイルを得意としているのだ。

 体は動かせない。鎧は役に立たない。致命的なダメージ箇所が複数。逃げる。そんな答えしか出てこない条件ばかりであった。

「く、くそ」

「ん〜、本当はここで尋問するのが決まりなんだけどな。面倒だし時間がないからもう行くわ。んじゃ、先に地獄で待っていてくれや」

 返りが大きな槍を引き抜くために、アンスはアレスの胸元に右足の裏を当てる。そして、アレスの右肩に槍が刺さっているのにも拘らず力強く蹴り飛ばした。

 すると、大きな返りがアレスの右肩の関節に引っかかり、音を立てて関節周囲の骨を砕く。

 蹴り飛ばされ槍の領域から外れたアレスは、体が動かせるようになった。だが、今までは神経レベルまで犯され痛みを感じないでいたが、領域を出たことで全身の痛みと右肩の砕け落ちるような痛みがアレスの脳を占領していく。

 さらに、領域内でアレスの筋肉は動かせないのに加え、超高速で動いていたのだ。いわば、激しい痙攣。それは人間の日常ではありえない動きで、人間の許容範囲を超えた動きを強制させられていた。その筋肉は、動かさずともブツリッと音を立てて引き千切れるのをアレスは肉体で感じ取っていた。

 その筋肉が切れるたびに味わうことになる拷問に似た苦しみにアレスは声を上げられずにはいられなかった。

「さ〜てと、アレクトたちと合流するかな」

 地面に仰向けで倒れるアレスなど既に敵とみなしていないアンスは、瓦礫の山を見上げアレスに背を向ける。誇り高いアレスにとってまだ生きている自分に背を向けられることは屈辱と呼ぶのにふさわしいことであった。

「き、貴様、ぐう……」

「やめとけやめとけ、ケルンの振動を直撃で受けているのに加えて、小さき威嚇の縛(ヒンクルサフィア)も受けているんだ。体も内臓もボロボロだ。無理に動くと、全身が水風船みたいに弾け飛ぶぞ」

 それぐらいアレスが一番よく分かっていることだ。全身の薄い皮膚の皮がギリギリまで張って今にでも内部の血が噴出しそうだと恐怖に脅えている。

 そんな彼の左手にある小さな希望が降りた。

 小さな直方体の紫色をしたガラス瓶が、地面に落ちる。その中には色の分からない少量の液体。これは、以前アレスがメネシスの私物に興味を持ち盗み出したものだ。

 その瓶の中身をメネシスは定期的に飲んでいるのを見て、アレスはそれに興味を抱いた。中身も入手場所も効果も分からない謎の液体。一度、問いただした時、メネシスは浮かない顔でこう答えた。

『そう、ねぇ。神……そう呼ばれるための苦汁とでも言いましょうか。貴方には縁の無い物です。忘れてください』

 あのメネシスがそう誤魔化すほどの品物だ。きっと何かある。なければ困る。たとえ、肉体が果てようとも死に行くのを悠長に待っているような奴は神に裁きを下す者達(レンバルティーニ)を名乗る資格はない。

 そう自分に言い聞かせ、アレスはガラス瓶を握り潰し、自分の口の中に流し込む。

「ん〜、……ん? おい、アレス。それって……」

 瓦礫の山を前に頭を捻っていたアンスは、アレスが立ち上がりその左手に滴る滴を見て槍を構える。今回はマジである。

「く、くくく、さ、流石だ。さすが、リクセベルグ一の魔法使いを自負するほどだな」

 アレスはボロボロであったはずの体で大地に立っている。その分断間近であった右肩の傷口もふさがり、体内外傷全ての傷が急速で治癒されてゆく。

 戻りつつある体のアレスは自分の両拳をぶつける。その自信と力を取り戻したアレスの口元からは、紫色をした液体が一筋の滴となって流れていた。

「アレス。それって、マジかよ……死ぬつもりか」

 アンスが驚いているのはアレスが飲んだ液体の正体を知っているからだ。それは、魔法を使う人間なら一度は飲んでみたいと思う魔力を安定させる薬、魔水に紫色なので呪属性の粒子を大量に溶け込ませた薬。いわば、魔法強化薬である。

 呪属性の魔法を使うメネシスにとっては、肉体内部に呪属性の粒子を蓄えられて、より強力な魔法を使えるようになる。

 だが、魔法を使えないアレスが飲むとそれはただの毒である。人間の体を構成する物質で呪属性の粒子は存在しない。体を構成する6属性ので同じ類の薬ならある程度の治癒効果を見せる。だが、不適合者が体に不必要な粒子を体内に取り込んだ場合体が崩壊し始める。

「ふはははは、みなぎる、みなぎる。今までにないこの感覚。なにか、宿った気分だ」

 自分の両手を見て高笑いをするアレス。本来なら体が癒されることはない。だが、アレスの体は見る見るうちに癒されていく。その不自然にアンスは感ずいてしまった。

「まさか……適合? でも、魔法を使えない人間で、粒子が適合って言ったら」

 人間で体を構成する粒子以外の粒子が適合するのは三通りある。一つ目はその粒子の魔法を使える時。二つ目は体内にそれの反対の粒子があり中和される時、三つ目に、生まれつきその粒子が体に適合していて、その粒子を司る神に認められ力の恩恵を受け取る資格があるもの。

 命をかけて自ら自分の血に毒を混ぜる禁忌。可能性が低く、死ぬリスクを背負うが、その力はその偉大さを称え、獣の名と神の名二つを合わせ持つ。獣神(けものつき)だ。

「ふ、ふ、ふ、ふ、そうか。そうだったのか。アレだけ魔法を習得しようと試みても駄目だったのは、この道があったからか」

 アレスは、自分でボロボロになった黒い鎧を砕く。すると、軽装の軍服があらわになる。さらに、その軍服の腕部分を裂く。そして、肩から両腕をさらけ出したアレスの腕は徐々に毛が生え始めた。

「肉弾戦には向かない呪属性。だが、その粒子をつかさどる12神。貴様は知っているか」

 筋肉質であった腕は毛が生えそろえ黄色と黒の縞模様が浮かぶ。さらに、それと同じ柄の丸っぽい尻尾。足は靴に納まらず、鋭い爪と肉球を持った大きく白い毛の生えた足。両手の指は太くなり足以上の鋭い爪。その無精髭の顔も黄色と黒の縞模様に変わり、獣の牙が鋭く伸びる。激変を見せるアレスの元の姿を残しているのは、頭部付近に残った赤く背中へと伸びる長い鬣と、獣にも負けない赤い瞳でだけであった。

「その獣の神は、最も肉弾戦に優れた狩りの獣、虎、獅子を従える肉食の長、乱虎慈(らんこじ)だ!」

 完全に虎神(とらつき)の能力を開花させたアレスは、雄叫びのように空に輝く青白い月に吠えた。

「不味いなぁ」

 冷や汗を流すアンスを見下す瞳でアレスは飛び出す。

 アレスはその虎の腕の爪でアンスを引き裂こうとする。だが、アンスは槍を横にして爪を防ぐ。そして、黒い布をその右腕に縛りつける。

「第四の竜。小さき威嚇の縛(ヒンクルサフィア)

 アンスは再び同じ技を見せる。この近距離でこの技を受けると、体は完全に痙攣して動けなくなる。だが、相手は化け物の虎神。すぐに感電するようなことはなかった。

「同じ技が効くと思うなよ!」

 縛られた右腕の変わりに、左腕の爪でアンスの腹部を打ち上げるように上下の大きなアッパーを決める。

「ぐぅはあ」

 アレスの左腕一本で持ち上げられたアンスは、足を宙に上げられる。そして、アレスは、地面に叩きつけるかのようにアンスを振り投げる。

 宙を飛ばされるアンスの腹部は爪と言う名の栓を失い血が噴出す。赤い奇跡を描きながらアンスは瓦礫の山に叩きつけられる。

「いててて、さすが、獣神の中で肉弾戦一番と名高い虎神だな。接近戦では不味いなぁ」

 アンスは笑いながらハチマキを自分の腹部にさらしのように何度もまきつけて止血する。そいて、槍を構えなおす。

 彼の頭の中には逃げるという考えはなく、どうやってアレスを止めるもしくは殺すしか考えていない。それは、彼は馬鹿なので一つのことしか考えられないのと、アヌビスと同じで、仲間を信じているのでこれだけに集中できるのとの二つの頭を持っているからだ。

 槍を構えなおすアンスに対して、アレスはより獣らしく、背中を丸め両手を地面につける。

 そして、その牙を見せ付けて、両手を使い高速の跳躍と疾走を見せつた。その勢いを持った右腕の爪をアンスに向ける。

 それに対して、アンスは矛先をアレスに向ける。そして、ぐるりと一回転させて8本の黒い布を八方向に展開させた。

「第六のりゅ……」

「ぐああぁ」

 アンスがパルハルンの新たな力を見せようとした時、絶好調に見えたアレスの両腕に亀裂が入り、血が噴出した。

 急激な肉体変化と酷使しすぎていた体。動くのがやっとまで回復していたのを再び酷使したのがここにきて両腕の破裂となって現われた。だが、さすが治癒魔法に優れる呪属性の虎神である。その傷口は徐々に治り始める。

「く、神の力……そんなものに溺れた、愚かな俺か。……だが」

 アレスは投げ捨ててあった愛用の大斧を手に取る。それだけでも体のあちこちで小さな亀裂が入り、血が霧のように噴出している。

「俺は大斧を使う人間。神ではない。俺は、神に裁きを下す者達(レンバルティーニ)のアレス様だあ!」

 大斧使いの技術を持った人間アレスと肉弾戦に長けた虎神の力を手に入れた獣神のアレス。その二つの力を合わせ持ちアレスはアンスに向う。

 立ち向かうべくアンスも未完成に終った第六の力を解放させようとする。

「ぐぎゃあぁああ」

 槍を構えたアンスだが、突然逆えびぞりになったアレスに驚く。そして、彼は気絶したかのように地面に倒れこむ。

「ど、どうしたんだ。おい、アレス」

「まったく、メネシスも駄目ねぇ。自分の人形ぐらい鎖つけておきなさいよ」

 その声にアンスは正面を向く。そこには、足並みをそろいえて数十の兵士が市場街を進行してきている。そして、その先頭を歩く一人の女性にアンスは矛先を向ける。なぜなら、彼女の背後から大きく捻れ曲がった2本の角と赤く輝く瞳と全身黒光りする毛を生やし銀色の鎧に覆われた化け物のオーラが見えたからだ。それは、溢れ出した魔力が形を作っているもの。つまり、アヌビスと同じ。人知を超えた実力者、化け物と呼ばれる所属の一人であることを意味していた。

「お前、何者だ」

 矛先を向けるアンスを見て彼女は笑う。


「面白い人。戦っている相手の長の顔も知らないでよく戦場に立っていられる。所詮、造兵と変わらないってことね」

 身長は160cmぐらい。銀色で腰ほどまで届く真っ直ぐで長い髪は、毛先の部分だけメタルブルーじみた色をしている。その見下すような瞳は鋭く、毛先に似た金属的な青い色。体のメリハリもはっきりしていて、ネイレードに引けを取らないようなスタイルの20歳前半ぐらいの女性だ。

 その服装は、黒いドレス。ドレスといっても、大げさなものではない。

 黒いスカートは短く膝より少し高いぐらい。そのスカートには針金が入っていて、形が崩れないようにされている。さらに、その形は折りたたむような形で可愛さを追求している。その黒いスカートの内にある薄手の白いスカートが少しだけ見えている辺りが女性のこだわりとなっている。

 次に上着は元々袖は長いものであったのだろう。無理矢理縮めているので二の腕付近はしわだらけ。肘から手首までの袖は広く空いている。手首部分の袖にもスカートと同じで内側の白い生地が見えている。さらに、その袖は繋がっているものではない。肩部分で別れている。そのせいで、肩からうなじ首にかけて白っぽい肌が露出している。

 そして、腹部部分は胸下から腰まで開いていて、それを赤い糸で縫い寄せている。まるで、布製のコルセットのようなものだ。

 膝より少し上のスカートは足の露出を大きくしているが、真っ黒なニーソが太もものほとんどを隠している。そのニーソの太もも付近には赤く細いリボンの飾りがある。

 服装はメネシスに近く戦闘者に見えない。だが、露出している肩と腰周りに聖クロノ国の刻印を施された鎧をつけているので軍人なのはすぐに分かることだ。

「私は、聖クロノ国軍事統括責任者総帥ハデス。これは私の軍。通称、冥界の門と呼ばれているのよ。貴方達のアヌビスと色が一緒で最近悩んでいるのよ。どうにかしてくれないかしら」

 ハデス。彼女は聖クロノ国軍の最高指揮者である。リクセベルグ国で言うなら聖竜王とまでは行かないが、四軍神の長であるオシリスと同じかそれ以上である。

「ハデス。なぜ、俺の邪魔をする」

 上官に睨みを利かせるアレス。だが、地面に伏しているアレスを高い目線から見下すハデスは冷たく言い放つ。

「黙れ。ようやく使えるようになった人間が誰に口を聞いているの。肉体が壊れたら使えなくなるでしょ。いいですか、貴様の体は貴様のものではないのですよ。聖クロノ国軍のものです。それを忘れないように……まったく、メネシスの部下への教育はまだまだですね。服のセンスは素晴らしいですけど」

 ハデスに言われてアレスは苦い顔をして何も言えずにいた。

 ちなみに、ハデスの着ている服はメネシスのデザインで、聖クロノ国軍では有名なある人物が作った作品である。

 そのお気に入りの服の乱れを整えて、ハデスは腰部分に下げていた乗馬用の鞭を手に取りアンスに向ける。

「宣言。ハデスの命により、この人間を殺せ」

 ハデスの命令で後ろで待機していた兵士達が動き出す。それに、あふれ出す興奮を笑みに変えてアンスが笑う。

「おもしれぇ、やってやろうじゃねえぇか。敵大将ハデスの首、戦果でこれ以上のもんはねぇよなあ」

 槍を構え走り出すアンス。アンスに武器を向ける兵士達。二つの力がぶつかろうとした時、二つの間に千を越える大量の矢が降り注いだ。

 そして、周囲は砂煙が舞い上がり全員の視界を奪った。だが、上空からある人物の声が聞こえた。

「兄さん。ジャンプ!」

 聞きなれた声にアンスは何の疑いもなく高く飛ぶ。そして、機械の翼を羽ばたかせるケルンがタイミングよくアンスを受け止める。

 そして、なるべく早く遠くに逃げるためにケルンは速度を上げて飛んだ。

「お、おい、ケルン。どうして逃げるんだ。ハデスだぞハデス。親玉だぞ。討たせろよ」

「駄目です。どうせ兄さん弱いから負けます。それに、僕達の目的は、ここからの避難です。忘れたのですか」

 負ける。愛する弟にはっきりと言われたアンスは、ケルンに抱きかかえられたままうなだれて落ち込んでしまった。


 ハデスたちの周りの砂煙が晴れると、そこにはいるはずのアンスがいなくなっていた。

「ハデス様。追いますか」

 兵士が一人出てそう聞くが、ハデスは手をかざして首を振る。

「いいわ。逃がしなさい。そこに倒れているアレスを回収。その後、各自当初の予定を遂行するように」

 ハデスの命に兵士一同は敬礼をして動き出す。

「さてと、私も仕事をしなければですね。それにしても、メネシス、上手く取り返せるかしら。彼女の魔道書と彼女と同じシルフエルの血を持った少女を……」

 ハデスは、夜空を我が物顔で飛ぶ魔物を見ながら微笑んだ。少し幼さがあるその顔が見せる微笑の表情はとても冷たいものであった。

「剣には剣を、魔法には魔法を、神には神をってね。ふふ、大戦が近づいているわね。ねぇ、レイチェル、貴方はこの戦い、見に来てくれるのかしら」

 ハデスは、何処にいるのかも分からない人物に微笑みと声を向けるが、答えるのは街が滅びる音と死に行く人の断末魔だけであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ