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第48話 サルザンカの宝-『限界を凌駕する力』

「アレクト、二人を連れてきたよ。ほら、ミル。起きて」

 ケルンに手を引かれてミルとルリカがロビーに着く。そこには既にアヌビスの姿はなく、みんな戦闘準備を終えていた。

 今、この部隊の指揮はアレクトにある。彼女はミルとルリカを側に置くと、頭を優しく撫でる。

「怖がらなくてもいいからね。……各自準備を終えたな。アンスとポロクルはホテルを出ろ。その数分後、私たちが続く」

 アレクトの命令が出てすぐにアンスは窓から飛び出て、ポロクルは街に向けて無造作に青い光の弾を撃ち込んでから出て行った。

「ミルの警護は私、ルリカの警護はケルンが主で見る。ヘスティアは両名の補佐。リョウ、貴方はもし抜けた時の穴を埋めなさい。……では、でます。目標はヴィルスタウンを出てすぐにある大きな関所です」

 そこを目標に掲げたアレクトにはある考えがあった。このような状況になったらとりあえず大きな街への退路を確保しておくのが定石になる。この戦渦になったヴィルスタンにはもう用もなく、あとはシルトタウンへ向うだけだ。だが、最短ルートには大きな聖クロノ国の関所がある。そこを超えるには関所崩ししかない。だが、公にそれをすると流石に目に付く。だから、この混乱時に破壊し犯人を分からなくするのがアレクトの目的である。

「いくよ。ミルちゃん」

 アレクトはミルの手を握って歩き出した。だが、アレクトの歩みの速さに子供の足は追いつかず、部隊全体の移動速度が乱れそうになっていた。

 それにアレクトは不機嫌になりながらも、責任を感じさせないようにミルに笑顔を見せる。

「しゃあ〜ないな。あたしが補う」

 そういいながらミルとルリカを並べるヘスティア。そして、ヘスティアは旗を二人に向ける。

「獣よ。精霊の力の加護よりその獣。憑依しその足、獣のものなりて一時の疾走を」

 旗からはオレンジ色の淡く小さな光、粒子が溢れ二人を包んだ。そして、その光は二人の体内へと吸い込まれていった。

「一時的だが、早く走れるぞ。だが、体が崩壊するような速度で走るなよ。いくら強化したからって子供の体なんだからな」

 ヘスティアは旗を肩に当てると、先頭を切って歩き出した。

「力の見せつけか」

 小さく呟くアレクトの袖をミルがしっかりと握った。

「アレクト、行こう」

 ミルに気分を変えられたアレクトは、微笑んで見せる。そして、一同はホテルを出た。


 ホテルをでて見た街は日が昇っていたころの賑やかで平和な風景を一切残さないものとなっていた。夜空には真っ黒な雲があり、それには紫の稲妻が走っている。そして、その黒い空には翼を持った人間……人間の姿をしているが、その肌の色、腕、足、尻尾、人間の枠にくくるには戸惑いを有する魔物達が炎や雷を放ちながら笑って人を狙い撃ちしている。

 石壁の家は崩壊しその石を人々の上へと落とし、木造の家は炎を上げで人々を焼いていて、人を守るものとしての役目を果たしていない。

 そして、町中を練り歩く魔物の集団。その魔物達は目に付く生きた存在を全て襲っている。その魔物から大人も子供も男女も形振り構わず逃げている。子供を囮に逃げる大人、大人を倒してその上を越えて逃げる子供、みんな、自分が生き抜くのに必死だ。

 魔物に対して、警備隊やメネシス部隊の兵士達が攻撃を仕掛けているが、魔法を得意とする魔物に銃や剣などの攻撃は有効だとはいえない。唯一効力を見せているのはシルトタウンの兵器ぐらいであった。

 そんな抵抗も圧倒的数の差で帳消しにされている。魔物達はよどんだ空から留まることなく次々と現われ続けていた。そう長くないうちにヴィルスタウンの人間と魔物の数が逆転するだろう。

 アレクト一同は両脇に炎を上げる商店を見ながら市場通りを走っていた。時間を置いて出発をしたが、先に出ていたアンスとポロクルの後姿が見えてきた。予想以上の魔物の数に流石の二人も思いのほか進まないのだ。

「二人とも、遅い!」

 前方で必死に戦っている二人にアレクトは冷たく叱る。その声に二人は肩を震わせて振り向く。

「げ、もう追いつきやがった。けどよ、この道、開くの大変なんだぞ」

 アンスは、目に付く魔物手当たり次第槍を突き刺している。それでも、数は減らずむしろ増えている状態だ。

「あたしが一掃してやろうか」

 アンスとポロクルの仕事の遅さに呆れたヘスティアが旗を翻して前に出た。確かに、彼女の精霊召喚なら数だけの魔物の集団など雑作もないことだ。

「いえ、結構です。ヘスティアは力を温存していてください。この魔力の混ざり方。尋常じゃない数の魔物と強者の魔物がいるはず。私たちの目的は、ここから避難すること。魔物の殲滅ではありません」

 そう言っているが、ポロクルの打ち出す銃弾の数よりも魔物の訪れる速度の方が速い。これでは、前に進めない。その時、空から黒い塊が落ちてきた。

「旋回・首刎ねの功!」

 空から落ちてきた全身黒い鎧で固めた身長2m近い大男。彼は自分と同じぐらい大きな両刃の大斧を自分の体を軸にして魔物の群れの真中で振り回す。数多の種類の魔物達は、群れの真中で起きた大旋回の旋風と、叩き割るに近い斬撃に防ぐ時間を与えてもらえず砕かれていった。

 それに続くかのように空から青い軌跡を描きながら、大剣を構えた女性が落ちてきた。そして、彼女は地面に着地する衝撃と大剣の重さを力に変えて、その力を乗せた大剣を地面に叩きつける。その大剣の先端からは、市場街の魔物を一掃するかの勢いで風の刃となった衝撃波が放たれた。

 そして、アレクトたちの目の前の魔物の集団と、これから進むべき道には怪我を覆った魔物と力尽きた魔物だけになった。一掃とまでは言えないが、避難路としては上出来で、魔物の到来への時間稼ぎには十分である。

「どうやら、こいつらと戦うのは、俺たちの方が優れているようだな」

 アレクトたちの前に現われたのは黒い鎧で身を固めたアレスだ。今回の彼は長く曲がった鬼の角のようなものが付いた兜を被っている。

「一つ忠告しておくわ。これは助けたのではなく、市民の安全確保のため。むしろ、今から刃を向ける貴方達を助けるなんてことないのよ」

 犬の耳と尻尾。今回は初めから隠さず全力状態のアテナだ。それだけこの状況を重く見て必死なのだろう。

 進路を得たアレクト一同だが、安心する前に、アレスとアテナは獲物を振り上げアレクト部隊に襲い掛かってきた。

 突然の攻撃だったが、アレスの大斧の攻撃をアンスの槍が、アテナの大剣の衝撃波をケルンの弓の矢が受け止めた。

「貴様ら、私たちを攻撃することの意味が分かっているのか」

 アレクトが威嚇の瞳で二人を睨むが、アレスもアテナも退かない。ヘスティアとアレクトその他にも多くの実力者で構成されているこの護衛部隊を襲うなど従来の二人からは考えられない特攻行為である。

「不利なのは承知。だが、こちらにも退けない理由がある!」

「そう、大人しくその子達を渡してくれたら、ここを通してあげるわよ」

 アテナの目線の先にはミルとルリカがいた。彼らの目的は二人だ。ルリカは魔道書の少女でミルは王族の娘だ。兵器と人質。どちらも敵国の聖クロノ国が欲するものである。

「こんな戦渦で貴様ら。そんなこと考えてるのか」

 リョウが叫ぶも二人は至極当然のような反応しか見せない。そもそも、メネシス部隊の二人はこの街を守る義理はない。メネシスからの命令でも出れば話は変わってくるが、メネシスが出した命令は二人の誘拐なのだ。

 実際に上から出されている命令はそれなのか分からないが、メネシスはそう二人に命令した。二人は、逃げ惑う市民を助けたい気持ちを押し殺してアレクトたちに刃を向けているのだ。

 着地時に技を使って道を作った。本当なら、アレクトたちに先制攻撃に使うものだが、道作りに使ったのは、市民を思う優しい二人のせめてもの行為であった。

「リョウ、馬鹿なことを言ってないで走れ。馬鹿共の相手をするのは、あたし一人で十分」

 一歩前に出たヘスティアをケルンが引き戻す。

「悪いですが、ポロクルの言うとおりです。この先、どんな敵が出てくるかわかりません。だから、ヘスティアは行ってください。ここには僕と兄さんが残ります」

 三歩前に出て兄のアンスと肩を並べるケルン。その二人の後姿を見たアレクトはミルを背負った。

「ポロクル、ルリカちゃんをお願い。ヘスティア、リョウ、行くよ」

「行かさないって言ってるでしょ!」

 アレクトの前にアテナが飛び出し大剣を突き刺そうと駆ける。だが、アレクトの後ろからケルンが飛び出し、上空で弓の弦をはじく。だが、その弓には矢は添えられていなかった。

「響け。鳥の歌・破壊」

 ケルンの弾いた弓からは、見えない波が生まれ、アレクト正面のものを全て超高速の振動状態にして、その揺れで周囲のものを弾き飛ばした。強度の弱いものは砕け散り、強いものはひびがはいる威力だ。地面、家、魔物、標的の指定ができないこの技は、アレクトの正面に飛び出てきたアテナを弾き飛ばすだけの威力があった。

 アテナが倒れている隙に、アレクトたちはなるべく距離を稼ごうと速度をあげて走り出した。

「行かさないと言っている!」

 追いかけようとアレスが動きだしケルンとアンスに背を向ける。だが、アンスの槍がアレスの頬をかすめる。

「おっと悪い。首を狙ったつもりなんだがねぇ」

「貴様ら、俺たちの邪魔をしようというのか」

 大斧を振り上げアンスと分断しようとするアレス。だが、アンスは後ろに大きく退く、そして、アンスは挑発の意味を込めて首を掻っ切る真似をして見せた。

「邪魔じゃねえぇ。神の名を借りて、うっとうしい野郎に制裁を下すだけだ」

「何が制裁だ。何が神だ。神を名乗る者達、その言葉、ただの虚勢にしか感じぬわぁ」

 神という言葉に熱を上げ激怒するアレスは大斧を大きく構えアンスに向って跳躍する。その踏み切りは力強く、タイル張りの道が砕けるほどだ。

 だが、槍のテクニックとその身軽さを戦闘のスタイルとしているアンスにとってそのモーションの大きな攻撃を避けることなど簡単であった。アンスは、持っている槍を地面に突き刺し、そのしなりを利用して空に飛ぶ。そして、両脇に建つ高い建物の壁を蹴りアレスの後ろを取った。

「後ろ、取った」

 にやりと笑ったアンス。だが、アンスの手には槍がない。攻撃も防御もできないアンスにアレスは逆に好機と見た。アレスは、着地時の力も斧に込めて攻撃を考えていたが、その力を斧を回す力に変え、着地と同時に半回転して後ろに進路を変える。魔物をなぎはらった旋回の応用だ。

 だが、アンスは猛スピードで近づいてくるアレスに笑ってみせる。そのアンスの額にはいつも巻いているはずの長く白いハチマキがされていない。その白いハチマキは、道に真っ直ぐ伸び地面に突き刺した槍に結ばれている。そして、ハチマキのもう片方は、アンスの片手に握られていた。

「これは、ただの飾りじゃねぇんだよ」

 自分の頭を指さしながらアレスはハチマキを引く。そのタイミング。その槍が手に戻ってすぐに突き出せばアレスを突き刺せる。ハチマキに引かれた槍は高く宙を舞いアンスの手に戻ろうとした。だがしかし……。

「巻き上げろ。旋風」

 アンスの後ろから突風が襲う。それは自然界の風ではない。アテナが犬神の力と大剣の魔鉱石の力を掛け合わせて出した風だ。威力自体はないが、両脇を高い建物に囲まれたこの狭い市場通りでは、風の逃げ道が上にしかない。つまり、アンスが引き寄せた槍はさらに宙へと舞い上げられる。アレスとの衝突する絶妙なタイミングを図って引き寄せていたので、その微妙な狂いがアンスの計画を総崩れにした。

「よくやったアテナ。その風、使わせてもらう」

 アレスは前に向けていた力で地面を蹴り上へと向けた。そして、アレスは上へと巻き上がる風にあおられ従来の何倍も高く飛んだ。そして、大斧を勢いよく振り下ろす。

「断頭・落竜(らくりゅう)の爪」

 アンスは後ろに引こうとしたが、風が強く下がれない。前に進もうと思うころには、アレスの顔が分かるぐらい近づいていた。

 だが、兄の危機を黙って見ている弟ではなかった。

「駆ける蒼天の鳥、幾千の群れを作り飛べ」

 風の向こうで聞こえる声はケルン。彼が弓に番えた矢の本数は1本。だが、その矢は普通のものとは違う。ケルンの魔法、機械を生み出す魔法で作り出された矢である。先端は返りが5個も付いていて、その矢尻は常時回っている。

 ケルンの機械のような弓から放たれたその矢は、宙で分離。数は100を超える。さらに、アテナの風に乗り、その速度は従来の速度を軽く凌駕している。

「くそが」

 攻撃姿勢になっていたアレスは、宙にいる時点で回避方法が少ない。かと言って、斧で全て叩き落せる数でもない。悩んだ既に選んだ方法。それは、無理に腰を回し、旋回の力を得て横方向に飛ばされるという選択だ。大斧の重さを利用した旋回攻撃は、足場の踏ん張りがないとその遠心力で体を持っていかれてしまう。その特徴を利用して、上手く移動できない体を隣に立つ高い建物にぶつけることで、矢の群れを回避できる。

 そして、アレスは豪快に石壁に叩きつけられた。その石壁は砕け、建物内部までアレスは飛ばされた。

「ぐっ、……不味いな」

 アレスの作戦は成功した。だが、予期していないことが二つ生まれた。一つ目に予想以上の衝撃であったこと、二つ目に無理に腰を使役したせいで大技を繰り出すだけの踏ん張りができなさそうなことだ。

「アレス様。気をつけて!」

 建物から飛び降りようとするアレス。だが、アテナが顔色を変えて叫んでいる。そして、アレスは自分の眼前に先ほどの数倍もの矢が迫っていることを知った。

「ま、不味い」

 咄嗟に大斧で盾を作るアレス。だが、無常にもその矢はアレスを襲う。数百の矢が建物中に吸い込まれるように入っていって、砂煙を上げる。

「もう一弾」

 そう心に決めたケルンは、矢を弓に番える。だが、アテナは二度も許すようなことはしない。今度は、アレス目掛けて矢を向けるケルンの背後から大剣を振りかざし斬りかかろうとする。

 だが、ケルンもその気配に気付いていて、狙いを定める前に矢を放って、自分の身を守るために弓を持ち変える。放った矢は、狙いを大きく外し、建物の壁を大きく崩すだけにすんだ。

「貴方馬鹿、そんな弓で受け止められる訳」

「……リミット解除。飛び立て、機械仕掛けの英鳥妃(えいちょうひ)!」

 ケルンの呪文にアテナは驚き、大剣の一撃を与えずに大きく退く。呪文とはいえ12神の一人英鳥妃の名前が出てきたからだ。

 だが、アテナが想像しているような結果ではなかった。この呪文は武器の制限を外し、武器本来の力を出すものなのだ。

「た、ただの脅しか」

 冷や汗を拭ったアテナは、再びケルンに大剣を向ける。

「空を飛ぶ英鳥妃を射抜くために作られた12神討伐の武器の一つ。無限加速の羽、ディスライナー。神殺しの武器でお前を射抜く」

 ケルンの声に反応したかのようにディスライナーは音を放ち始める。

 その大きさは2m弱。弘を描いている弓本体は、金属製だが軽いもので、持ち手部分以外は小さな刃が並ぶノコギリ状になっている。そして、張られている弦は青く細いものだ。

「な、なにそれ。神殺しって……」

 戸惑うアテナにかまうことなくケルンはアテナの懐に飛び込む。アテナは未知なる武器の登場に驚いたが、所詮は弓。接近戦は自分のほうが有利と考え、大剣を持ち上げ振り下ろした。

 だが、ケルンの弓に意図も簡単に受け止められる。受け止めた部分はノコギリの歯のようにギザギザになっている。それを見たアテナはまさかと思い退こうとした。

「遅い!」

 だが、ケルンの方が動きは速い。ケルンは弓を横に引く。すると、ノコギリの刃は音を立てて大剣に傷をつける。分断できるところまでは届かなかったが、弓など大剣に劣るというアテナの考えを断ち切ることはできた。

「離れても近づいても攻撃してくるなんて」

「僕、手は止めないよ。兄さん。飛んで!」

 ケルンは矢を番えない状況の弓を空に向ける。それはまるで、真上を飛ぶ鳥を射抜こうとする体勢だ。

「ちょ、ケルン。ま、待てって」

「待ちません!」

 ディスライナーの青く細い弦を限界の7割ほど引いているケルンを見て、この武器の恐ろしさを知っている兄のアンスは、アレスとの戦いを一度中断して、槍を突き刺しながら建物の上へと登っていく。

「おい、貴様。逃げるのか。それでも神というのか。えぇ!」

 アレスの罵声にアンスは笑ってみせる。

「神でも恐ろしい破壊神が目覚めたんだよ!」

 アンスの声に、アレスとアテナがケルンの恐ろしさを若干感じた。そして、二人そろってケルンの行動を止めようと走る。二人の脳裏に浮かんだのは、あの、無差別に破壊した振動のことだ。だが、人間の走る速度をはるかに凌駕する音の波には勝てない。

「叫べ。鳥の歌。産声!」

 ケルンが弦から指を離すと同時に、彼を中心として空間がその一点に吸い寄せられてゆく感覚をアレスとアテナは感じ取った。やばい。そう判断した二人だが、後退の一歩より先に、えもゆえぬ押す力と全身を震わせる力に背後から襲われた。

「ぐぁああ」

「くっ……」

 振動に全身を揺さぶられた二人は、外傷はないが体内では酷い有様だと悟った。内部で激痛が走る所が何箇所もあり、口の中は体内から溢れる血でいっぱいであるからだ。

「おもしろい。その武器。神を殺すか。まさに俺にふさわしい。やってやるよ。神殺しをなぁ!」

 ケルンの実力を知ったアレスは、アンスのことを忘れ彼の元に走った。暴走気味に見えるアレスだが、ケルンからその武器をアテナと協力して奪いアンスを討とうと考えている。

「アレス様。来ないでください」

 アテナの停止の声を無視して走ろうとしたアレスだが、目の前に瓦礫が落ちてきて我に帰る。

 アレスが上を見上げると、両脇にある大きな建物を交互に飛び交いながら壁に一撃ずつ加えているアンスが目に入った。そして、アンスは最後の一撃を建物に与える。すると、両方の建物はアレス目掛けて落ちてきた。

「アレス。貴様の相手は俺だと忘れたか!」

 アレスは退く。そして、目の前には巨大な瓦礫の壁ができて、アテナとケルンの元へは行けなくなった。そして、アレスの前には、槍を肩に当て白い歯を見せながら笑うアンスがいた。

「これで、邪魔がいなくなったな。さて、神罰を与えてやろうか」

 槍の先を向けてくるアンスをアレスは鼻で笑ってみせる。だが、アレスは小さな不安を持っていた。先ほどのケルンの実力を見ると、一対一での勝負では勝算が薄い。そんな彼の兄であるアレスは、ケルンと戦闘スタイルは違うが実力は彼と肩を並べると言われている。

 防御困難の矢やあの振動よりかは槍の方が対策は多い。それだけの余裕しかなく、まだ本気を出していないアンスと勝負することにアレスは不安なのだ。

 だが、そんな表情を見せた時点で負けだと思っているアレスは、強がって見せる。

「神を名乗る愚かな人間が! いいだろう。見せてやるよ。神に裁きを下す者達(レンバルティーニ)の誇りと実力をな!」

 余裕に槍を軽く構えるアンスに両刃の大斧を向けてアレスが飛び上がり迫った。



「アレス様! 大丈夫ですか。アレス様!」

 瓦礫の向こうへと声を掛けるアテナだが、騒音と爆発音に全てかき消されアレスにその声はとどかない。

「人の心配より自分の心配した方がいいですよ」

 声よりも先にケルンの放った矢がアテナの背中に届いた。だが、アテナは、犬の尻尾を力強く振りつむじ風を起こしそれを跳ね除ける。

「よくも、よくもぉ!」

 大剣を地面ギリギリまで傾けて疾走してケルンに近づく。だが、ケルンはディスライナーに矢を5本まとめて番える。それを見たアテナは進路を予想して大剣を前に突き出した。

 それでもケルンは躊躇いなくまとめて放った。それを見たアテナは笑ってみせる。

「貴方、馬鹿。弓はねまとめて放っても意味がないのよ」

 証拠を見せ付けるかのようにアテナは、矢を避けてさらに速度を上げた。矢をまとめて放つと、一度よけられると全て交わされてしまう。従来の弓は一定の速度で放たれるからだ。

 だが、アテナが避けたのは3本だけだった。それに驚いたアテナは前を向く。そこには、初めに放たれた矢の半分の速度で自分へと迫る矢が2本存在していた。

「そ、そんな……くっ!」

 アテナは大剣を地面に突き刺しそれを杭にするかのように急ブレーキをかける。そして、犬神の柔軟さをその急ブレーキのエネルギーを使って、宙に緩やかな曲線美を描きながら体を持ち上げて大剣の上で片手逆立ちをするかのような体勢で矢をしのぐ。そして、その曲線美で円を描くように着地してその勢いで大剣を抜きケルンに一撃を入れようとする。

 だが、ケルンもそんな悠長に待ってはいない。アテナの目の前にはケルンがいるはずだった。だが、ケルンは視界から消えていた。

 その突然の出来事にアテナは速度を落としてしまう。

「ここだよ。ば〜か」

 ケルンの声がしたのは、アテナの視線の下。そこには、足を広げ姿勢を低くして、矢を番えず弦を引いた状態のケルンがいた。

 そして、ケルンは戸惑いなく弓でアテナの体を切り上げるように自分の上に半円を描く。その弓のノコギリのような刃は、アテナの体に食い込み軽く持ち上げる。そして、ケルンは止めとばかりに弦を弾いた。

「撃ち落とされた鳥の気持ちが分かるかな」

 弦が弾かれ、ゼロ距離で前身に振動を与えられたアテナは、瓦礫の壁まで吹き飛ばされる。

「ぐぅっ。……な、なんなの。あの子。ネイレードなんか、比じゃない」

 壁に打ち付けられたアテナは自分の怪我に絶句する。右太ももから左胸まで赤く斬り開かれた傷口。その傷口は激しく脈を打っている。そして、その傷口を越えてきた振動。その振動は、肋骨の切断と左肺の破裂という致命打を与えていた。

 犬神の力を発動し大剣の魔力を再生に回せば10分で必要最小限回復できる。だが、あのケルンからそれらを封じて10分持ちこたえる自信がアテナにはなかった。

 傷の痛みと今後の苦悩に苦しむアテナにゆっくりケルンが近づく。そして、弓に矢を番え矢尻をアテナの心臓へと向ける。

「僕に神を名乗らせる前に消えてくれないかな」

 最悪な状況のアテナ。そんな彼女を救う音が空から響いた。金属が擦れる音。甲高いその音は、アテナたちのリーダーメネシス到来を知らせる音だ。

 空の機械竜からメネシスがゆっくりと飛び降りてきた。そして、メネシスは宙で横蹴りをしてケルンを飛ばす。ケルンは、メネシスに矢を向けるが、機械竜が視界を塞ぎ思うように届かない。

「メ、メネシス……」

 息の絶えるギリギリのアテナの頬をやさしくメネシスは撫でる。

「可愛そう……。私のお人形さん。いま、勇気と力を上げる。だから、もう少し、この舞台で踊ってくれるかな」

 優しく語り掛けるメネシスだが、その殺意に満ちた瞳と恐ろしく恐怖を感じさせる表情にアテナは心を砕かれた。そんなアテナに優しくメネシスは顔を近づけその血だらけのアテナの唇に柔らかな口づけをする。

 そして優しく離れる。メネシスは自分の口に付いたアテナの血を舐めとると、アテナの頬に軽くキスをして笑みを見せる。

「さあ、元気になって戦ってね」

 メネシスはそれだけ言い残すと、機械竜を呼び飛び去っていった。

「なんだ。僕を倒しに来たのでもなくアテナを救いに来たわけでもない」

「う、う、うわあぁああああああ、あっ、あっ、あ、あ…………は、ははぁ、きた、きたきたきたきたぁあ!」

 突然奇声を上げて空を見上げるアテナ。彼女の口頬首には青く血管が浮かび何かに感染しているかのように見える。メネシスが何かしたのは目に見え分かることだ。

 そのアテナが握る大剣。それにも影響がでている。アテナの手を解して何か分からないものは大剣にも黒い筋を刻んでいる。明らかに力が増しているとケルンには分かった。その証拠に、傷もふさがっている。だが、アテナの目は正気の目ではなく、何かに取り付かれた目になっていた。

「こ、殺す。殺す殺す殺す。全部全部。やるやるやるやってやる。さあ、こい。斬って来い刻んで来い。ひゃあははは、踊ろうよぉ!」

 気の狂ったアテナに底知れない力を感じたケルンは、弓を強く握った。


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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