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第47話 サルザンカの宝-『心待ちの開戦』

「お茶会のお誘いじゃないのね。残念」

「分かっていてここに来たのだろ。丸腰で来るとは俺も見くびられるようになったのか」

 朝が来て市場で売り買いが始まった頃だろうか、アヌビスの目の前に現れたのはいつもの派手で戦闘には向かない装飾の多いゴスロリ服を着たメネシスだ。彼女はその服が気に入っているようでニーソに付いた小さな泥汚れを何度も見てここに来たことに後悔している。

 服が汚れることぐらいで後悔する彼女がその服を着ている時点で自分の手で戦うつもりはない。自分自身の拳で戦ってもそれなりにやれるメネシスだが、服が汚れるし汗が出て匂いが気になるので、お気に入りの服のときは洗脳した人形を使う。そもそも、彼女がお気に入りの服以外を着るのは、拠点である首都に帰った時だけで遠征中である今、肉弾戦をするはずがない。戦争になれば別の話だが。

 そんな彼女は一人でアヌビスの前に来た。魔力を見ればアヌビスが来たとすぐに分かるものだ。力の差を知っているはずのメネシスは味方はおろか洗脳して戦えそうな人形すらつれていない。本当にお茶会のつもりで来たのではないかと疑ってしまうほどだ。

 すると、メネシスはアヌビスになど興味が無いかのような呆れた目で嘲笑って軽く息を吐いた。

「勘違いしないでほしいわ。私は、人を探しにここに来ただけなの。貴方は、そのついでに見に来てあげただけ。朝早くから頑張っていたのに誰にも相手されなくて、あまりにも可哀想で」

「貴様、その愚弄、挑戦状と受けとってもいいのか」

 アヌビスが犬歯をむき出しにして怒ると、メネシスは口元を隠して脅えるように小さくなる。だが、その行為も馬鹿にしているようにしか見えないものであった。

「怖いですよぉ〜。ワンワンに噛まれたら体が穢れる」

「犬だと、グロスシェアリング騎士団の俺をよりにもよって犬呼ばわりだと」

 聖竜王の騎士団とも呼ばれるグロスシェアリング騎士団を聖竜王の天敵である犬と呼ぶのは、正反対の意味であり、反逆分子呼ばわりしているようなものでもある。

「あら、違ったかしら。私の記憶で貴方は聖竜王に刃を向けたと聞いたことがあるのですか」

「貴様、そんな古い話を…………待てよ、あれは5年も前の話だぞ。貴様、何歳の時から軍事に関わっている」

 アヌビスの戸惑いにメネシスは彼の面白さを知って笑って見せた。アヌビスの情報ではメネシスの年齢は12歳であり、5年前のそのことを知っているのなら7歳の時には既に軍で働いていたことになる。

 聖クロノ国は才能のある人材は本人の意思には関係なく有無を言わず軍に入れると言われている。メネシスほどの魔力と才能の持ち主なら若い頃から軍に入っていてもおかしな話ではない。だが、まだ子供で体が出来上がっていない7歳の子供を入れるほど軍は酷なことはしない。

 考えられるのは、彼女自身が軍を志願したことだ。それだけ軍に染まりたがる子供も珍しいとアヌビスは思っていた。

「私、こう見えてもかなり大人だったり……それに、実際に見ていなくても、当時の物語は残されていますよ。ふふふ、あと100年ほどすれば喜劇として演じられそうですね。神に牙をむく愚かな神の子なんてタイトルどうですか」

「記録に残されているだと……ふざけたことを抜かしやがって」

「ふふ、さあ、どうでしょう。実際に私がこの目で見たのかもしれませんし、本当に記録が残っているのかもしれません。それとも、貴方の仲間が私に話したのかもしれませんよ」

「馬鹿なことを」

 そのままアヌビスはメネシスに向けてつばを吐く気持ちで睨み付けた。それもそのはずだ、四軍神はともかく、グロスシェアリング騎士団の中に裏切りがいるのではと言われたからだ。

実際にアヌビスと聖竜王が一対一で戦ったことはある。だが、それを知っているのは小数の四軍神とグロスシェアリング騎士団とマリアという女性しかいない。

 その話が全国的に有名になっていないのは良い話ではないからだ。二人が戦った結果は、聖竜王の降参で終っている。その後は立会いだったマリアたちがアヌビスを止めた形になっている。リクセベルグ国全域をその力で守っている神である聖竜王がただの子供に負けた。そんな噂が国内に流れては治安的によくない。それを考えてマリアたちが完全にその情報を封印したのだ。

 その情報が最も漏れることが危険な聖クロノ国のメネシスの耳に入っている。それは、リクセベルグ国としてはよろしくない状況であった。

「さてと、そんな馬鹿話をするために来たのではないのです。私に何か話でもあるのですか」

「ああ、そうだったな。まあ、知らないと思うが、神隠しの話は知っているか」

「神隠し……」

「最近、俺の国で人間の女がいなくなる事件が多発している町があってな。真相を探るためのとある実験の最中貴様を見たという仲間がいるんだ。つまり、犯人候補一番が貴様だ。言い訳があるのなら聞こうか」

 アヌビスに呼び出された原因を聞いたメネシスは何か考え込むように顎に手を当てて微笑んで見せた。

「まさか、それって、君のところで飼っている可愛い女の子が谷に落ちそうになった時かしら」

「そうだが、詳細は話していないのにそこを語るか。何も知らないわけではなさそうだな」

 メネシスは表情こそ変えないが、口を軽く押さえる。だが、力を振るう状況ではないメネシスは、アヌビスの闘技場にいる以上彼に従うのがセオリーとなる。そうなると、アヌビスが満足するまで彼の質問に答え続けるしかない。力で逃げ出す選択肢もあるのだが、そのような粗い作戦をメネシスは好まない。そもそも、メネシスも知りたいことがありここに来たのであって、彼女もそれに似合った情報を渡そうと思って来ているのだ。

「そうねぇ……確かにあの時はその現場にいたわ。……もっとはっきり言うなら犯人を知っているわ」

「ほう、それなら聞こうか。その犯人とやらを」

 すると、メネシスは口元を隠したままコロコロと笑った。

「誰が教えるかボケ。あっ、失礼。…………知っていると言っても、犯人の口から聞いただけで現場は見ていないですからね。それに、ただで教えろとはおこがましいと言うものではないでしょうか」

 強気のメネシスの首にアヌビスは白い剣の先端を向ける。アヌビスに対して臆することなく話していたメネシスだが、力を振るわれてしまったら圧倒的に不利なのは分かりきっていることだ。

「この俺と取引しようというのか。……まあいいだろう。その度胸。一個部隊を指揮する者としてさすがと言ってやろう」

 調子に乗ってしまったメネシスは、てっきり戦闘になると覚悟していたので落ち着きのあるアヌビスの対応に拍子抜けしてしまう。そのせいで、次に続ける言葉を用意していなくすぐに会話を戻すことができなかった。だが、すぐにアヌビスが話し始めてメネシスは調子を戻すことができた。

「で、何が知りたいんだ。軍事機密は話せないぞ。だからという訳ではないが、具体的な答えは求めん。曖昧で考えさせる情報と取引だ」

「あら、犯人を捕まえたいんじゃないの」

「教えられて捕まえても何も面白味のないことだ。自分で見つけ出し追い詰める。そうでなければこんな面倒な仕事、俺が首を突っ込むと思うのか」

「思うのかと言われても……私貴方のことよく知らないです。そうですね……シル、ではなくて、本当にレイサール家の人間がそちらにいるのですか」

 レイサールとは、ルリカの現在のファミリーネームだ。メネシスが耳にしている情報は、今ルリカのいた町はアヌビスたちに崩落されて占領されている。さらに、そこにいた人間は全てアヌビスたちに殺されたと報告されていた。だが実際は、あの町では名家の娘であるルリカと捕らわれていたリクセベルグ国の王族の娘であるミルはアヌビス部隊で保護されている。

「レイサール家……ああ、ルリカか。確かに、俺の管轄下にいるな。それがどうしたと言うのだ」

 メネシスは遠まわしにルリカの有無を聞いてきがが、ルリカのことを聞いてきた時点で彼女は魔道書の所持有無を聞いてきているのだと分かることだ。

 それに、アヌビスはルリカの事を隠すつもりはなかった。以前、メネシスと対峙した時にアレクトがルリカの魔道書の魔法の一角を使って見せたことがある。

 知られていることだが、メネシスたちの軍にルリカの母はその魔道書を持って一時期働いていた。なので、メネシスたちが魔道書の魔法を見る機会もあっただろう。なので、気付かれているのは分かっていたから隠す必要もないのだ。

「でしたら、魔道書はお持ちなのですね」

「まあ、捉え方は任せるがな」

 アヌビスは笑って見せるが、メネシスは少し考え若干睨みつけるように聞いてきた。

「その子を受け渡して欲しい。と、言ったらどうします」

「断る。渡す理由が見つからない。それに、ルリカが俺たちと旅をしているのはやつの意思だ。それが嫌になったら勝手に何処へとも行くだろうよ」

 そもそも、メネシスたちはアヌビスたちの攻撃から逃げるためにあの町を捨てた。それなのに、今更返して欲しいなどそれこそ宣戦布告になりかけないことだ。アヌビス個人としては嬉しいことなのだが、あの町を取り合う戦いになる場合、ギャザータウンが本稼動していない今、面白い戦いになるとはいえないのだ。

 メネシスもそのことを分かっているようだ。それに、いくら上の地位であるメネシスでも宣戦布告をするだけの権限力はない。つまり、ただのジョークなのだ。他人が聞いたらそうは思われないが、二人にはその面白さが分かっていた。

 だが、お互い笑うことなく、メネシスはため息を吐く。

「それもそうですね。では、もう一つだけ。以前、貴方が攻めたあの町にそちらの姫様がいたと思うのですが、無事保護できましたか」

「なんだ、知っていたのか。ああ、今王都に連れて行く最中だ」

「そう、それは良かった。姫がいる町だから火をつけるとは思わなかったのに……。本当、勝てばいいって考えみたいですね。そちらの姫様を殺したとあっては、もう、どちらかが滅ぶまで戦うしかないからドキドキしていたのですよ」

 メネシスは安心した笑みではなく、逆にそうなることを望んでいるかのような闇を含んだ笑みである。その笑みはアヌビスの笑みに少しだけ似ているが、魔を秘めたその笑みは恐怖させるものではなく魅了される笑みであった。

「そう言えば、あの子供、何処からさらってきたんだ。あいつ何にも覚えていないそうだが」

 すると、メネシスは小悪魔のように口元に指を当てて微笑んだ。

「ひみつ。簡単に役者のことを話すほど団長は甘くないのですよ。それに、貴方が知りたいのは、神隠しとか言う人さらいのことではなくて」

 メネシスに言われてアヌビスは朝の早くから森の中で待っていた目的を思い出す。色々と知りたいことがあったが最も知りたいこと、今は一番やりたいことは強敵との戦い。それが確約されているに近い神隠しの犯人探しであった。

「ああ、そうだったな。では、聞こうか犯人の情報とやらを」

 すると、メネシスはミニスカートの端をつかみ少しあげると軽くお辞儀をして微笑みを見せた。

「では、子供の館第十二話『夜は日が昇るときも』を。私、メネシスが語りさせていただきます」

 子供の館。それは、有名な天才サルザンカが生み出した物語だ。初めて神隠しの調査をした際、ヘスティアの部下であるカリオペは、その物語と神隠しとが関係していると語っていたが、それ以来、誰も気にすることがなかったものだ。

 その原因の一つにこの物語の完結部が分からないことがある。この物語は、サルザンカが親しいものに話した物で、表向きは未発表作品である。だが、長い月日が過ぎ、その物語を残そうと思った者達が徐々に世間に広めてゆき現状にいたる。

 だが、最終の13話と終盤の12、11話は本当の身内にしか話されていないとも言われている。サルザンカの残した絵画の下地に物語が残されていたなど数点の報告があり11話と12話は継ぎ接ぎだが見つかりつつある。だが、肝心の13話はそのヒントすら見つからず存在が疑われるほどのものであった。

 見つかりつつある12話であるが、所詮継ぎ接ぎの物語である。それは単語の羅列にしか見えず、多くの文学者が修復を試みたが物語として成立性が生まれているものは完成されていない。つまり、メネシスはかなりの文学者なのか誰かから12話を聞いたことになる。

 ここまで12話が世間に広がってない現状を見ると、後者の確率は考えにくいだろう。世の中には、自分の作品に目を付けさせるため空論で12話を作り出した学者は大勢いる。それと同じで、ただ話すだけでは面白味にかけるため、適当なタイトルを付けて聞き手のアヌビスを引きつけようとした。そう考えるのが妥当である。そんな考え方をするあたりはさすが演舞隊団長を名乗るほどだとアヌビスは感心していた。

「闇夜をかけるその悪魔。鮮血の尾を引き柔らなき肉を引き裂く牙をその首に突き立てる。悪魔の魅惑の唇との甘い口付けは、一瞬の快楽を血を持って味わい苦痛へと変わる。悪魔の胸で眠る子。目覚めることのない永遠の苦痛、悪夢を見続けその体朽ちるまで悪魔の愛を受ける。涙が枯れ果て、声を失い、肉が腐り、骨すら砕ける。だが、苦痛は残りてその心、永久に苦しみ続ける。悪魔の慈愛が続く限り」

 一区切りすると、メネシスは後半を意味するのか体を半回転させてアヌビスに背を向けた。

「早朝踊る天使。かぐわしきその香りを羽織り朝露を集め輝くその肌は清らかな証。天使の潤いの唇との口付けは、永遠の快楽をその心を奪われて味わう罪なるもの。天使の胸で眠る子。目覚めを悔いる永遠の幸せ、幸せを見続けるものを天使は優しく包む。苦痛、悲しみ、孤独、全ての負を失いし者は、その世界の虜となりてこの世を忘れてゆく。その世界かこの世界か天使の加護がある限り、その者は知るすべを失う」

 そして、正面を向いてアヌビスに頭を上げるメネシス。どうやら終ったようだ。

「ご静聴ありがとうございました」

「で」

 強く一文字だけ聞いてきたアヌビスの声にメネシスは驚き、拍子抜けした顔を彼に見えた。

「はい?」

「それが何だというんだ。絵空事を語りたいのならそれこそ舞台の上でやれ」

 せっかく語ったのに何一つ汲み取ってくれなかったアヌビスに、メネシスは過大評価をしていたのかもしれないと自分の愚かさに悲しくなり首を振る。

「そうですよね。比喩すぎましたか。では、こういえば分かりますか。天使と悪魔の二人は対極です。でも、人間にとってはどちらもその魅力に犯されることは変わりありません。それと同じで、一つの条件だけに着目するから犯人が見えない。測り知れない魔力で洗脳しているのではなく、人間自身が犯人に歩み寄っている。そう考えてもよいとおもいませんか。一つのことにこだわらず、他の考え方も必要よ」

「人間から捕まりにいくだと。ふん、そんな行動をとる人間の心理が分からないな」

 メネシスの言っていることが信じられないアヌビスは腕を組んで目を背ける。だが、メネシスはこう続けた。

「貴方にはそう思うかもしれませんね。ですが、苦しんでいる人間の目の前に幸せがあったら、それに飛びつかないとは言い切れないと思いますが。……それに、あの子達、前にも増して積極的になってきている。もう、形振りかまっていられないってことかしら」

 少し暗めの表情を見せるメネシスにもしかしたらと言う疑問を持ったアヌビス。

「貴様、犯人とはどんな関係だ」

「うふふ、貴方の知りたいのは犯人の情報でしょ。私と犯人の関係なんて必要なのかしら」

 笑みを見せてアヌビスに有無を言わせず立ち去ろうとするメネシス。アヌビスも必要最低限の情報だけを手に入れられた。これ以上追求する必要もなく、メネシスも語る必要もない。メネシスを攻めるのは、犯人とメネシスとの関係がどのようなものかにもよるが、それは、犯人を捕まえてからの話になる。今攻めても噛み合わないことが分かるだけであって、知らない方がよいことでもあった。

 森の中に消えていこうとしていたメネシスだが、何かを思い出したかのように振り返りアヌビスに近づいた。メネシスはアヌビスの懐まで近づき、見上げる形になる。そうなると、剣を扱うアヌビスにとってやりにくい形なのはお互いよく知っていることだ。

「そうそう、ここに来るとき奇妙な魔力があったと思うけど、貴方じゃないですよね」

 メネシスの言う奇妙な魔力、考えられるのはプリンセスの魔力かあの混沌とした魔力のどちらかだ。通常時のプリンセスの魔力ならすぐに気付くものだが、朝方のプリンセスの力は中途半端で魔物の統括者とは言いづらい歪み方をしていた。そのせいで、目視で確認して集中して探らなければプリンセスだと断言できない。メネシスが遠くでその歪んだ魔力を感じていたとしたら魔物とは分からず謎の力と思うだろう。

 もし、そのことを聞いているのなら、メネシスに語りたくないとアヌビスは思っていた。なぜなら、今夜の戦いを考えていたからだ。今夜、プリンセスとジャックの率いる魔物部隊がヴィルスタウンを襲う。そして、アヌビスはその魔物たちを狩ろうと考えている。だが、魔物を狩れるのは、魔物が自分の近くに来たときのみだ。もし、自分から街を出て魔物を斬りに行ったとなったら、それは抵抗ではなく攻撃になる。それでは、プリンセスとの約束に反する。そうなると、リョウたちに攻撃を与えられてもアヌビスは文句を言えなくなる。

 そうなると、街に魔物が大量に入り、宿屋が崩落、仲間を守るため周囲の安全を確保するため魔物を斬る。そんな流れが必要になってくる。だが、ここでメネシスに魔者達の作戦が漏れれば、街の外に部隊を敷かれ街への侵入を防がれてしまう。そうなっては、戦いを楽しみにしているアヌビスにとって、忌々しき事態になるからだ。

 だから、アヌビスはどちらのことを聞いているのか確認せず、あの混沌とした魔力の方をかたることにした。

「俺のものではない。その魔力なら俺も感知している。が、居場所を突き詰める前に貴様が現われた。まあ、今となっては見付けようもないがな」

「そう……残念。それじゃあ、私はもう行くけど、もう話、ないですよね」

 何を期待していたのかは分からないが、アヌビスの否定にメネシスは少し落ち込み気味だ。

 と、アヌビスは退屈しのぎなのかこんな質問をしてみた。

「メネシス、貴様、本当に俺たちの敵か」

 すると、暗い表情だったメネシスは鋭い表情に変わり当然のごとく断言する。

「もちろん。今回は双方に利があり損がない状況だから呼び出しに応じただけ。そうでなければ、誰がグロスシェアリングとかかわりを持とうと思うか。…………ま、貴方は悪くないのだけどね。むしろ好きよ貴方みたいな人。だけど、グロスシェアリングを名乗る以上、戦場で貴方と戦わない理由はない。ただ、それだけ、敵も味方も関係ないってことよ」

 そのままメネシスは空へと左手を上げる。すると、空から金属のすれる音が響き丸い空を黒い塊が覆う。赤く光る不可思議な目、黒い鋼の翼、全身鉄の塊の機械竜が主であるメネシスを迎えに来たのだ。

「それじゃあね。……そうだ。助言って意味ではありませんけど、今夜は戸締りをしっかりした方がよろしくてよ」

 そう言い残すとメネシスは軽く地面を蹴る。すると、丸い風がメネシス中心に広がり円状の砂煙を舞い上げる。魔力強化で脚力を上げたメネシスの跳躍は、一蹴りで木を超えて、さらに木を蹴り機械竜の頭上に達した。メネシスが乗ってすぐに機械竜はヴィルスタウンの方向へと飛んでいった。

「今夜は早く寝ろってか。冗談、久々の祭りだ。この高ぶり始めた魂、どう治めろというんだよ」

 三日月に似た笑みをしたアヌビスは、ヴィルスタウンへとゆっくり帰ることにした。頭上には太陽が輝き、昼の刻を世間に知らせている。だが、太陽もアヌビスも誰も今夜の惨劇を世の中に教えるものはいなかった。



 日は暮れて夕刻。アヌビスはアレクトたちを探しながら市場街を歩いていた。情報もそれなりに手に入ったアヌビスは、少し早めだが今夜に備えて宿屋で休みたいのである。今のアヌビスの頭の中には今夜の魔物との戦いしかなかった。彼の理想はジャックとの交戦である。ジャック自身にそのつもりはないかもしれないが、アヌビスは彼を見付け次第剣を向けたい気持ちで一杯である。

「アヌビス。こっちです」

 市場街の真中を歩いているアヌビスを呼ぶ声。それは、アレクトのもので、市場街の終わりにある宿屋の前にアレクトはいた。アレクトの隣には、ヘスティアとポロクルがいて、宿屋の窓からはアンスたちがロビーでくつろいでいるのが見える。どうやらアヌビスが最後であったようだ。

「アヌビス。みんな集まっていますよ」

「……確かに一番大きな宿場と言ったが、少しぐらい気を使ったらどうだ。誰が宿泊費を出すと思っている」

 アヌビスがぼやきたくなるのも無理はない。アレクトたちがいた宿屋は、ヴィルスタウンの中でも一番大きな建物で立派な作りになっている。元々は、外国の大商人が泊まるために作られたものだが、宿泊費が高い今となっては利用する人はほとんどいない。精々、国の重役達が集まった時に使われるぐらいである。

 アレクトの選択に不満を漏らすアヌビスだが、アレクトも逆に頬を膨らませた。

「だって、一番大きな宿屋って言ったじゃないですか。だから、アヌビスもここに来たんでしょ。それに、ここ以外の宿屋はほとんど満室で9人分も取れなかったんです。でも、ここの宿屋、泊まるのは私たちだけだそうですから、好きにしていいそうですよ」

「そうか。まあ、敵地の宿屋のロビーで軍議を広げられることを考えると、多少の出費もよしとするか」

 アヌビスにとって肝心なのは部屋ではない。大所帯になりつつある部隊のメンバー全員を集めて会議を開ける場所なのだ。だから、アヌビスは一般の人間が嫌う高い宿屋を条件にしたのだ。

「ところで、アレクト。そのブローチはどうした。妙な魔力を感じるか」

 アヌビスがアレクトのガラス製の薔薇のブローチに気付くと、アレクトは感動したのかアヌビスの両手を握る。

「う、う、うう。流石アヌビス。社交界では完全なる紳士と呼ばれるほどはあるよぉ。せっかく買った新しいブローチなのにリョウもポロクルも気付いてくれなかったんだよ。やっぱりアヌビスは他の男の子とは違うんだねぇ」

「いや、俺は魔力の方が……それに、その魔力」

「ささ、アヌビス。早く入ろうよ。みんな待っているよ」

 アレクトに引き摺られる形になりながらアヌビスたちが宿屋内に入ると、薔薇の花に似た甘い香りが彼たちを迎えた。入り口の近くにあるフロントの隣にはガラス製の薔薇の花が数十数百と刺さっている。香りの出何処はそこのようだ。

「ここにも似た花が……ふ、ふふふ、面白い。そう言う事か。あいつ、だからあんなことを」

 

 フロントから少し離れたところに広いロビーがある。そこには白い円形のソファーとそれと対になる白い円状のテーブル。フロア一帯を青い絨毯が敷かれていて、それを海に見立てて点在する白い島をイメージしているのだろう。宿屋と言うよりかはリゾートホテルだ。ロビーは片側の巨大な壁とその反対の巨大なガラス張りの壁があり、そのガラス窓からは西の海岸に沈む夕日が差込み、ロビーの壁を茜色に染めている。

 そんなロビーの一つのソファーにはアンスとリョウがあくびを堪えながら座っていた。

「ケルンと二人はどうした」

「既に部屋に入ってもらっていますよ。子供には軍議は退屈でしょうから」

「そうか。だったら、アレクトも二人の部屋に行っていろ。リョウ一人でも報告できるよう鍛えなきゃならないからな」

 すると、アレクトは余裕なのか軽く敬礼して見せた。

「了解です。でも、夕飯の時は呼んでくださいよ。近くで美味しいって評判の酒場を見つけたんですから」

 今夜の食事を楽しみにアレクトは踊る気分でミル達のところへと向う。だが、アヌビスは心の中でその食事ができないことを小さく笑っていた。



「―――と、言うことで、商人間で不正な武器の横流しが行われているそうです」

 ポロクルの報告を最後に全員の報告が終った。

 今回の報告で分かったことをリョウが代表してまとめている。

 

 知事に会いに行っていたヘスティアの報告で分かるのは、以下の三つである。

 アヌビスの以前の件により、この街の食糧事情が悪化して、食糧の値が上がりつつあること。

 この街は良く魔物に襲われること。

 そして、知事は魔物を無視してでも獣人であるロンロンを欲していることだ。

 神隠しに関しての情報はないが、この街の事情としてはかなりの情報であった。

 

 次に獣を調べていたアンスの報告で分かったことは以下のとおりである。

 以前出会った武器を使い獣らしからぬ動きをする獣が獣人であるロンロンをまた襲っていたこと。その獣はロンロンだけではなく、生きた人間を襲うこと。

 ヴィルスタウンの警備兵達は、その獣には目もくれず、獣人のロンロンの捕獲に多くの武器を使い全力を尽くしていること。この三つだ。

 これも神隠しについて有力な情報はない。


 商人たちから話を聞いてきたポロクルの報告は、この街の物資の流れについてだ。

 表向きは武器を目的に来ている外国の商人。実は、武器が目的ではなく食料が目的であること。

 だが、その食糧の値が上がっていて商人と警備隊との間で物資のやり取りが行われていることだ。

 このことで分かるのは、ヴィルスタウンは食糧が溢れる港町としての機能を失いつつあり、町が武装を高めていることだ。


 情報収集に参加していなかったリョウだが、それなりの情報を手に入れていた。

 ヴィルスタンの警備隊もメネシスの部下であるアレスもアテナも近々大きな戦いがあると踏んで武器の収集に走っていること。

 そのため、食料が流れないように塞き止め買占めを行っているせいで食べ物の値が上がっていることだ。


 この報告会でアヌビスは、これといった報告をしていない。メネシスと会話をしたが、それらしい情報を得ていない。とだけの発表だ。もちろん、魔物のことは一切話していない。アヌビスとしては各個人が咄嗟のときの対応能力を見極めるための試験代わりにするつもりであった。

 そんな一人だけ今後の出来事が分かっているアヌビスは、タバコの煙を吐きながらリョウのメモを読み返してまとめ始めた。

「あーつまり、『この街はよく魔物に襲われてそのためにシルトタウンの武器の買占めをしている』『武器の買占めをするために食糧の値を上げている』『ここのやつらは、獣人のロンロンを欲している』『武器・食糧を集めて大戦に備えている』……神隠しとはまったく関係のない情報ばかり集めやがって、何やってたんだ貴様ら」

 各班代表に睨みを利かせるアヌビス。

「俺は、ミルとルリカの警護優先だし、情報を集めろって言われても」

「元々、獣が魔法使えねぇのは分かってたことだし、神隠しには関係ないだろ」

「物流の情報は豊富だったのですが、一部地域の情報は少なくてですね」

「本来の目的は神隠しじゃねぇし。あたしはついでに聞いてやってきたんだ。むしろ感謝しろ馬鹿」

 各々言い訳があるわけで、これといった進展は見えなかった。

「ですが、アヌビス。それは大きく見るとそうですが、細かい所だけに目をやると、色々と話は変わってきますよ」

 アヌビスの出したまとめに異議を申し立てたのはポロクルだ。アヌビスもポロクルに言われて否定できないでいる。アヌビスが出した結果はいくらかの報告を省いたもので、全てをまとめたものではないからだ。

「どういうことだ」

 ポロクルはアヌビスの睨みにわざとらしく咳払いをした。

「例えば、『この街は良く魔物に襲われる』ことです。魔物が人を襲うことはないとは言えません。ですが、魔物が人を襲うときはそれなりの理由があるはずなのです。神隠しと関係あるとは思えないかもしれませんが、その理由を特定できないまま無かったことにするのはどうかと思いますよ」

 一つのことにこだわらず、他の考え方も必要よ。アヌビスの頭の中にメネシスの言葉が響く。

「魔物達の考えなんかわかねぇって、この街のやつらが先に手でも出したんじゃねぇの」

 自分の報告を終えていたアンスはあくび交じりで話を聞いている。

「ですが、アンス。そうなると逆に街が魔物に手を出した意味が分からなくなります。魔物が襲ってこなければ、この街も安全な営みができると思いませんか」

「そう言われてもよぉ。魔物が人間を襲うときって言ったら、それなりの理由があったり、理解できない理由があったり色々だろ。考えるだけ無駄な気がするけどなぁ」

 アンスの意見にポロクルも考え直される。確かに、魔物はある一つの目的を通して行動している組織ではない。そのたびに目的は変わり人間を救ったり殺したり行動は滅茶苦茶に見える。何か大きな目的があるのかもしれないが、小さく分けると目的が変わりすぎて彼らの考えは読みにくいものである。

 そんな答えの出ない会議をアヌビスはタバコを吸いながら眺めている。ソファーに横になり話など聞く態度ではない。

 そんな中、リョウが手を上げた。それに、口論をしていたポロクルとアンスが目をやる。

「例えば、の話だけどさ。魔物が正義の味方だったらどうなるんだ」

「リョウ、何言ってるんだ。意味わかんねぇぞ」

「いや、魔物はこの街の悪から何かを守っているとしたらどうだ。例えば、ロンロンとか」

「魔物が獣人を……その利が分かりかねますね」

 ポロクルがメガネを軽く上げた。日は完全に暮れて外の景色は黒い夜になると、もう既にこの会話に参加しているのはアンスとポロクルとリョウの三人になっている。アヌビスはタバコの煙を上げながら巨大な窓の外を眺めているし、ヘスティアはソファーから離れ軽く体を動かして気晴らしをしている状況だ。

「これは私の憶測ですが、魔物は獣人を手中に入れたいのではないのでしょうか」

「んなことこそ、魔物に聞くしかねぇじゃん。それより、どんどん神隠しと関係なく」

「ち、ちょっと、脱線するけどいいかな」

 アンスの話を断ち切ったリョウ。それと同時に、旗の棒を回して旗を広げるヘスティア。全力でロビーへと走って入ってきたアレクト。タバコの煙を全身にまとい、不気味な笑みを闇夜に向けるアヌビス。みんながみんな少し違い何か予感させる状況を生み出していた。

「アヌビス。そのタバコ。どうしたんだ」

 リョウがゆっくり聞くと、アンスとポロクルは立ち上がる。そして、アヌビスは振り返る。そのアヌビスの瞳は赤く冷たい炎を宿し、口は不気味に開き、全身から抑えきれないと黒いオーラを放っていた。そのアヌビスは白い剣を抜き、懐から黒い箱をリョウに向けて投げた。

 その黒い箱は、黒いタバコが入っていて、既に数本吸われた後であった。

「ア、アヌビス。こ、この魔力の混ざりは、な……に」

 ロビーに入ったアレクトはアヌビスを見て固まった。アレクトだけではない。リョウもアンスもポロクルも固まり動けなくなっている。唯一動けるのはアヌビス自身と冷や汗を流すヘスティアだけだった。

 不気味なオーラでロビー全体、いやホテル全体を飲み込んでいるアヌビスはその口をゆっくりと開き命を出す。

「アヌビスの名の下に命ずる。ポロクル、アンス両名はホテルの周囲および進路の確保。アレクト、リョウ、ケルンはミルとルリカの警護および安全な場所への移動。ヘスティアは移動の際の警護。各自任務終了後、アレクトの元に集まり安全の確保。各自、独自の判断にて行動し、神のアヌビスの名を借りて任務を害する者の殲滅を許可する」

 リョウたちに背を向け真っ黒な外を眺める不気味なアヌビス。その窓は強い風に揺らされ音を立てている。

「あたしにまで命令するな馬鹿。まあ、あたしもそれなりにやりたいんだよ馬鹿」

 アヌビスが命令をだしてリョウを除いたみんなが武器の準備をする。それだけでみんな限界だったのだが、ヘスティアだけはいつもと同じであった。

「おい、アヌビス。何がどうしたって」

 リョウが、一歩アヌビスに近づこうとする。すると、正面の巨大なガラスの壁は粉々に砕け散り、巨大な鳥の羽を持った狼の死体がロビーに飛び込んできた。

「開戦だ! 狩って狩って狩りつくして、その名を広めろ!」

 アヌビスはそう叫ぶと、窓から飛び出ていく。リョウがその窓から見たのは、炎に飲まれた街と、人々を襲い殺しつくそうとする魔物の集団であった。


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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