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第0話 出会いは時として人生を変える『アヌビス編』

 朝、まだ日が昇りきっていないが目が覚めた。正確に言うと、吐き気で目覚めた。

 空は青白く太陽の光が無い。肌寒い風が吹く中兵達は、出立の準備に追われている。餓鬼達は、二組に分けられている。荷物を持たされている餓鬼と、何も持たず村の入り口に集められている餓鬼だ。村の入り口に居る餓鬼の周りには樽が数多く置かれていて、餓鬼達は樽に乗ったりして遊んでいる。

「アヌビス少将、作戦は順調です。敵部隊は、子供が居るのに気付き今にも突入する勢いです」

「ふーん。それで、居残り兵は誰だ」

 兵は声を出さず目線で居場所を伝えた。樽と樽との間、左足に深手を負った兵が座らせていた。その兵は、自棄になったようにぶどう酒を飲み続けていた。

「お前が居残りか」

 飲む手が止まり兵はこっちを見た。崩れた顔、目は深く沈み頬はやつれ全身が震えている。

「アヌビス少将」

 弱弱しいが、憎しみと怒りが沸々と湧いている声をしていた。

「酒が好きなのか」

「ええ、まあ、この部隊に入ってから数えられるだけしか飲めませんでしたけど、何とか一本貰えたんです」

 そいつは泥で汚れた瓶に口を付け最後の一滴まで飲み干していた。

「………おい、ここに酒樽を一つ持って来い」

 さっきの兵に命令を出すが、不思議そうな顔をしているだけで全く動かなかった。

「聞こえないのか、酒がたっぷり入った樽を持って来い」

「は、はい」

 兵は、樽を俺の所へ届けまたどこかへ走っていった。

「飲め、これ一つお前にやる。酔えば痛みも感じないだろう」

 樽を割りそれを兵に抱かせるように持たせた。

「アヌビス少将」

「勘違いするな。俺も飲みたくなっただけだ。それに……」

「それに、何ですか」

「……たまには贅沢させてやる。次を楽しみにしてろ」

「少将は不器用ですよ」

「また来るからな」

 酒樽の酒を一口飲みその場を立ち去った。慣れない事をしたせいか頭痛と吐き気が増した。

「話で聞くより優しいじゃないですか」

 樽に座って、焦げ茶色の本を抱いている少女が俺を見て笑っていた。

「ルリカ、お前ここに連れて来られたのか」

「そうだけど。みんなが思っているより全然優しいんだね。あの兵隊さん。散々アヌビスの悪口言ってたのに、今は何だか嬉しそうだよ」

「それ以上そのことは言うな、俺もなんであんなことしたのか分からないんだ。それより、ルリカは俺と一緒に来い」

「はーい」


 ルリカは、樽から飛び降りて俺に付いて来た。連れて来たのは兵達が居る所だ。そこには、馬車が三台用意されていた。近くに馬小屋があるからそこのだろう。

「おーい、アレクト、こいつも頼む」

 適当に集団に向かって呼びかけると、すぐにミルを連れたアレクトが出て来た。

「新しい子。でも、バッチが無いってことは民間の子。アヌビスさんの趣味ですか」

「馬鹿言え、こいつはルリカ、貴重な魔道書を持っているんだが、こいつにしか読めないみたいなんだ。だから、連れて行く。お前のことだ、馬車を一台用意しているんだろ」

「分かりました。ミルちゃんとルリカちゃんの面倒を見ればいいんですね」

「それじゃ俺は、仕上げに行って来る」

 そして、村の入り口の所へと戻って行った。


 さっきの兵の所へ戻ったが、酒樽の酒はほとんど減っていなかった。ただ、樽に抱きつきながら寝ていた。餓鬼達は未だに樽で遊んでいた。

「おい、お前ら静かにしろ」

 餓鬼達はその場に止まり俺の方を見た。それほど歳の離れてない奴からようやく話せるようになった奴まで色々居るが、俺がどんな奴かは知っているようだ。

「お前らには悪いがここでお別れだ。お前達の国の軍がすぐそこに来ている。お前達はここで迎えが来るのを待つ、俺達はその間に敵部隊から逃げる。それじゃ、良い人生を」

 言い終えてまた兵の所へ向かった。

「起きたか」

「アヌビス少将、もうそんな時間ですか」

 俺は兵の目線までしゃがみ、タバコを一本銜えた。

「そろそろ敵も動き出しそうだから手短に行くぞ」

 俺はお気に入りのタバコを一本差しだす。兵も頷きタバコを銜えた。そのタバコに火を点け一服をさせた。

「松明と火は有るよな」

「はい」

「じゃ、美味いタバコを味わえや」

 俺はその場を離れ部隊を引きつれ村を離れた。


 アヌビス部隊の迎撃で来たが、先の戦で大半が削られ追跡調査が精一杯だ。

 情報によると、村に多くの子供を残して出立したようだ。ここは子供を連れて一時引くしかない。アヌビスの作戦通りに動くのは癪だが、子供の命の方が大切だ。

 村に入ると子供達が楽しげに樽で遊んでいる。アヌビス部隊の兵は全く見当たらなく、子供達を置いて行っただけに見える。

「子供達を連れて帰るぞ。それと、兵がいないか探せ」

 探せと言ったが、自分ですぐに見つけられた。樽と樽との間に酒樽を抱いた男が居た。不敵に笑っていて楽しそうにそして、幸せそうな顔をしていた。男は鼻に残るような甘い匂いがするタバコを吸っていて、左手には火の点いた松明を持っていた。その男は、左足に大怪我をしている。あの有名なアヌビスのことだから、切り捨てられた兵なのだろう。

「お前、何笑ってるんだ」

「いや、自分が可笑しくて、初めて見たんですよあんな少将。もしかしたら助かるかとほんの少しでも思ったこの愚かな自分がさ。そこらの奴らよりあの人のこと一番知っている部隊の兵なのにさ。一瞬、喜んでしまったんだよ。また酒を飲むことができるかもってさ」

 男は短くなったタバコを深く吸いそれを投げ捨てた。そして、肺から煙を全て吐き出し、高らかに低い声で笑った。

「あはは、まったく、不味いタバコだ」


 馬車の中に居るのに爆発音が聞こえた。おかげでルリカの読むのが止まってしまった。

「たく、ルリカ、区切りのいいところまで読め」

「はーい、我が力、木々を薙ぎ払う天空よりの赤き柱、水は炎と変わり命を黒にする。あい、終わりです」

 ルリカは本に赤い札を挟み閉じた。まだまだ終わりまでは時間が掛かりそうだ。しかし、この本にはどれだけの威力があって、どれだけの魔法が書かれているのか分からないままだ。

「どうだ、使えそうか」

「微妙ですね。私の魔力は足りていると思うんですが、どんな魔法が出るか分からないのが問題ですね。どの属性の魔法を練ればいいか分からないですから。まっ、無差別破壊には使えそうですけどね」

 アレクトが引きつった顔で笑っていた。ミルはミルでルリカの本に興味があるようだ。

「だが、把握した時は最高だぞ」

「そうですね。理解できたのも二箇所ほどありましたし、えっと確か……」

 アレクトの口に手を当て床に叩きつけた。ここが馬車の中だということを忘れていたので、手加減無しでしたから馬車が傾いた。

「馬鹿、言うな。魔道書は、独自に理解しないと意味がない。他人の考えを教えられると、魔法は使えねぇんだ。俺自身で理解する」

「へぇ〜、そうだったんですか」

「そうだ。だから、お前ネイレードにミケの魔法教えてもらったけど、使えなかっただろうが」

「ああ、そう言われてみれば……分かりましたよ。それに、簡単に使えそうに無かったですし。それじゃ、気分を変えて各自の自己紹介と質問の時間にしませんか?」

 アレクトは陽気に手を叩く。それを真似してミルとルリカも叩いていた。

「王都に着くまでとは言え、寝泊りを共にする仲です。お互いのことを知っておくべきだと思います」

「俺は知らなくても困らないが」

「駄目です。私の管理下に有る限り必要なことなんです。それじゃ、名前とここに来る前にしていたこと、ルリカちゃんから」

「あのー、名前知ってるじゃないですか。ルリカ・レイサールです。村では親のぶどう園を手伝っていました」

「んー、普通だね。じゃ、次はアヌビス」

「たく、アヌビス、ここに来る前は」

「違う、アヌビスは字でしょ。本名は何ですか。まだ私聞いたこと無いです」

 なぜかアレクトとルリカが近寄ってきた。

「生憎、本名を名乗るつもりは無い。次はアレクトお前だ」

「じゃあ私も、名前はアレクト、馬車に乗る前は二人の面倒を見てました」

 頬を膨らませながらアレクトはミルを指さした。

「ミルです」

 沈黙。

「それだけ?」

「それだけです」

 アレクトの問いにできるだけ短く答えたミルは、それっきり何の質問にも答えなくなった。

「つまらなーい。それじゃあ初めと何も」

 アレクトの不満を遮る爆発音と共に急に体が進行方向へ飛ばされそうになった。

 ミルとルリカは壁まで転がっていって、アレクトは反射的に剣を持ち馬車を飛び降りた。馬車の中から見えるのは後ろだけだからだ。前方で何が起きたのかを確かめたいがアレクトが、出て行ったから俺はこの二人を守るために残ることになった。

「アヌビス、ちょっと厄介なことになった」

 アレクトに呼ばれ剣を持って馬車を降りた。

 何も無い街道の真中に、浅いが巨大な穴が開いていた。俺の部隊の列をその穴が真っ二つに切り裂いていた。少なく見てもあの穴の位置には50人の兵がいたはずだ。

「襲撃か」

 敵兵の影は無い。近くに兵器らしきものもない。となるとこれは……。

「魔法の砲撃。それもかなりの遠距離砲。発生源の位置は分からないけど、あの位置にはまだ残量魔力が漂ってる。軍艦主砲ぐらいの威力だと思う」

 砲撃だとしたらおかしい。俺もアレクトも魔法接近が分からなかった。これほどの威力を持ってるなら隠してもすぐにばれるはずだ。

 それなら地雷式のものか。それならなおの事、先頭にいたはずのポロクルが気付かないはずない。

「調べてくる。アレクトは二人を見ていろ」

「気を付けてくださいよ。微弱ながらまだ魔力の流れがありますから」

 分かっている。俺の牙がギンギン唸っているからな。こんな時は強敵がいる証拠だ。

 穴の中には俺と同じ年ぐらいの男がいた。手にはこれまた本を持っている。

 突然立ち上がったそいつに俺は剣を向けた。

「おい、お前ここで何している」

 剣を喉元ギリギリのところで止めていたのにこいつは退こうとしなかった。

「え、ええと……。誰?」

 こうして、俺とリョウとの旅が始まることになる。


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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