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第44話 サルザンカの宝-『アレスとアテナの関係?』

「やはり、この街には慣れませんね。母国にいるとは思えなくなってくる」

「そう愚痴るな。この街は我が国にとって貴重な街だ。邪険にするとどんな痛手を味わうか分かったものではないぞ」

 アレスとアテナの二人は、始まったばかりの商人が集まり店を広げる市場街へと来ていた。

 一歩足を踏み出すたびにアテナは頬を膨らませながらぶつぶつと不平不満を撒き散らしていたが、それを年上のアレスがなだめるように扱っている。

 なぜ、アテナが不満なのかと言うと、寝起き早々に市場を歩かされているからだ。

 アレスとアテナの二人は、聖クロノ国の軍人としては名の知れた武将で、聖クロノ国の軍事機関レンバルティーニの5人の騎士の一人、メネシスの部下である。レンバルティーニとは12神の一人である邪犬王が愛した国、ゴルステリアの古い言葉で『神に裁きを下す者達』と言う意味だ。

 そんな神を相手にする軍人である二人が市場を歩いているのは買出しのためではない。二人のリーダーであるメネシスを探しているのだ。

 アレスが目を覚ましたときには既にメネシスの姿がなく、何の知らせも聞いていなかったので不審に思った。わざわざ部隊の飛車角である二人が動かなくとも一介の兵に任せればよいと思われるだろう。だが、部隊で使える優秀な兵士は、街を離れ近くの関所への調査へと向ったのだ。

 残った兵士に探すよう頼んでも、この街にアヌビスと疑われる人物が近づいていると知って動こうとしなくなっている。

「メネシスは勝手に出かけるし、アヌビスらしき人物が現われたって報告が入るし、周りは嫌な敵軍人そっくりな連中ばかりだし、朝早いし、お腹空いたし、あああ、もう、いや」

「落ち着け、不満を持つのはいいが、一つだけにしろ。まとめて解決しようとすると、解決できる不満も解決できないぞ」

 大きなアレスの手で頭を撫でられたアテナは頬を染めて嬉しそうな表情になった。だが、見上げるとそんな自分を面白そうに見ているアレスに気付き、頭を振ってその手をはらった。少し後悔しているアテナだが、唇を尖らせて拗ねるように呟く。

「それじゃ……お、お腹、空いた。何か食べたい」

「ははは、そうだな。せっかくヴィルスタウンに来ているんだ。少し遅くなったが、美味い朝食にするか」

「はい、アレス様」

 大声で笑いながら前を歩くアレスに続いてアテナがかける。歳の割には若く見えるアレスと20歳のアテナ、何も知らない商人たちにはただの若い恋人同士に見えるのかもしれない。


「どうして……どうしてこんなに高いのさ。ぼったくり野郎」

 木製のカウンターを細い女性の腕で力強く叩いたアテナ。揺れるグラスをタイミングよく持ち上げるアレスは呆れて首を振っていた。

 二人が朝食をとるために入った店は、海に近く夜は酒場として賑わう店だ。朝早くともあって、酒場を目的とした客は少なく、二人を含めたほとんどの人が朝食のために来ている状況だ。

 港の魚市が終わってすぐとあって、オススメメニューには魚が多く港町の味を味わうにはぴったりの朝食であった。

 アテナたちが頼んだ物もそんなメニューで、ムニエルとサラダそれにハムとパンを数種類、飲み物にミルクとフルーツジュースだ。一流のホテルで頼めばそれなりにするかもしれないが、一般の市民も利用する街の酒場で出された朝食だ。高く見ても銅貨15枚ほどだろう。

「味は悪くない。少し高くても頷ける。だが、なぜこれだけで銅貨50枚もするんだ」

「しょうがないんだよ、嬢ちゃん。今はまともにこの街には食い物がないからな」

「アテナ、そう怒るな。この街の物が高くなっているのは良く知っているだろ。それに、一度口を付けてしまっているのだ。それをつき返すのは、女性がするようなことではないな」

 アレスに指摘されたとおり、アテナたちは食事を半分以上済ませていた。店主と世間話の途中で金額を知ってアテナが怒り出したのだ。

「くっ、わかったよ。もう、今日はいい日じゃないなあ」

 納得がいかないアテナだが、アレスに言われて何も言えなくなり、カウンターに銀貨一枚を叩きつけて店を出ていった。

 気が強く自分が正と信じるアテナに幼い可愛さと大人ぶる態度の両方を感じてアレスは微笑んでいた。そして、彼はフルーツジュースを飲み干して満足そうに頷く。

「うん、昔と同じでいい味だ。店主、騒がせたな。釣りは好きに使ってくれ。もし、たらなければメネシス部隊のアレスまで連絡をくれ」

 カウンターに銀貨を50枚分置くと後ろ手に手を振ってアレスが店を出る。すると、アテナの叩いた木製のカウンターは埃を舞い上がらせながら割れてしまった。


「まったく、どうして朝食に50枚も……」

「まだ怒っているのか」

 店の前で地面を蹴っていたアテナの隣にアレスが立つと、二人は並んで歩き出した。

 二人が遅めの朝食を済ませた頃には、市場はもっとも賑わう昼前になっていた。人通りも多く、商人や外国の人間やヴィルスタウンの人間やらがごちゃごちゃ混ざってもう人間の区別をするのが嫌になるほどだ。

 そんなごちゃごちゃした人間の群れの中の半数がリクセベルグ国の軍服を着た商人が占めている。アテナたちにとっては、敵に囲まれている気分だろう。

「あたりまえです。この街の食事が高いのは元を正せばアヌビスのせいなんですから。それだけでも腹立たしいのに、今この街に来ているって聞かされたら。もう……」

 アテナは最後まで言わなかったが、腰布から尻尾がちらりと見えている。獣神は感情に左右されやすい能力で、アテナの怒りに反応して無意識に尻尾が出ていた。それを見たアレスは、アヌビスの強さを知っている身として、アテナの怒りが可愛く見えていた。

「だからと言って、アヌビスを発見次第切りかかるなよ。俺でも捌ききれんからな。あくまでも、俺たちの目的はメネシスを見つけることだからな……お、」

 アレスが空を見上げると、3羽の鳩が二人の上を旋回しながら飛んでいる。アレスが左手を上げると、3羽は三本の紙の筒を落としていった。

 聖クロノ国の連絡手段は、リクセベルグの鷹便とは違い、数羽の鳩や小鳥を使う分割式となっている。アレスは、振られた番号順にその手紙を読んだ。

「誰からでしたか」

 興味ありげにその手紙を覗き込むアテナの目に付いたのは、白い紙に描かれた下手な絵だ。

「関所を調べに行った兵達からだ。要約すると、関所のやつらから連絡が途絶えたのは、獣に襲われたらしい。周りには獣の死骸が散乱していたが、剣傷や矢なんかの人間に襲われた跡がなかったらしい。関所のやつらの死骸が見つからないらしいが、大方、獣に食われて埋められたんだろよ」

「それで、その絵は何ですか。下手にも程があるけど」

 アテナが何度も見て考えていたが、理解できないでいたようだ。

「ああ、関所の壁に不自然な跡があったからそれを描いたそうだ。どうやら溶けた後みたいだと書いてあるな」

「溶けた? 岩でできた壁ですよ。…………ああ、そう言えば関所の近くで大きな戦いがあったて聞きましたね。その名残でしょうか」

「そういえばそんな話もあったな。この街の警備隊と魔物の交戦だろ。魔物方にかなりの化け物がいたと聞いている。にしても、この街には化け物がよく来るようになったな。魔物といいアヌビスといい」

 数日前、関所近くで魔物の集団が警備隊を襲ったのだ。魔物が襲った原因はいまだに分からないでいるが、商人の護衛中に襲われていた。そのため、多くの商人がヴィルスタウンに着くことができず、さらに悪い噂が流れ商人がヴィルスタウンに訪れるのを渋るようになったのだ。ヴィルスタウンにとって、害しか生まなかった戦いとなっていた。

 二人は知らないが、その時に魔物側の指揮をとっていたのがジャックである。リョウたちの前にはじめて現われたときの忠告は、その戦いに巻き込まれないようにするためであり、ジャックの優しさであった。

「魔物はともかく、アヌビスですよアヌビス。まさか、この街を制圧するつもりでしょうか」

 アテナが小さな不安を持ったが、アレスが笑って否定した。

「それはない。奴もそこまで無謀じゃないだろ。それに、もし攻めるつもりなら、シルトタウンで整えてから来るだろ。そもそも、アヌビスが来ているのかも疑わしい所だ」

「どうしてですか」

 首を傾げるアテナに市場の中心を見るようにと指で指示するアレスの顔は余裕の笑顔だ。

「まあ、ありがちな落ちだ」

 そう笑いながらアレスは人が群がる中心部へと足を運んだ。


「我が名はアヌビス、黒衣の死神だ。聞け愚民共、この街の近くにいた獣も魔物もこの俺様が追い払ってやった。貴様らがこの街に安全に来られたのはこの俺様のおかげだと覚えておけ」

 商人たちが群がる真中に、一段高い所に立っている男が胸を張って大声でそう語っていた。商人たちに混ざってそれを見ているアテナとアレスは呆れた表情でその男を見ている。

「なに、あいつ。アヌビスだって、は、馬鹿言ってるんじゃないよ」

「だな。体格はいいが殺気を感じない。やつ、人間を斬ったことがなさそうな顔してやがる」

 アレスとアテナがアヌビスと名乗る男が偽者だと決め付けていると、近くにいた商人が割り込んできた。

「お二人も疑ってるねぇ。でも、あの人は本物だよ。巨大な獣の首を取ってきたり、魔物の集団を追い払ったり、噂で聞いたとおりすごい人だよ」

 気付くと、あちらこちらで偽者のアヌビスを称賛している商人が目に付く。そんな商人の群れを離れてアテナとアレスは顔を見合っていた。

「あいつ、偽者ですよね」

「ああ、間違いなく偽者だ。本物はただの餓鬼だからな」

 二人は再び偽者を見た。本物のアヌビスより身長も体格も大きく似ても似つかない人間だ。だが、周りの商人は彼を偽者だと疑おうともしていない。

「偽者の仲間ですかね」

「いや、それはないだろ。大方、襲われているところを助けられたやつらの集まりだろう」

 本物のアヌビスを知っている二人にしては、一目で偽者だと分かるが、彼をまったく知らない商人たちにとったら一度助けてくれた男のことを信じてしまうだろう。

「もしかしたら、やつが噂のアヌビスかもしれないな」

「この街にアヌビスが来たって噂ですか。……そう、ですね。もし本物のアヌビスが来たのなら、メネシスから一言あってもおかしくないですからね」

「これで、二つ目の不満解決だな。次は何だ」

「次はですね……えっと、え〜と」

「おいおい、不満がないならそれでいいんじゃないのかよ」

「嫌ですよ。まだまだあるんですから。ちょっと待ってくださいよ。ええっと……」

「きゃ」

 上を見ながら考えていたアテナに小さな何かがぶつかり、二人の前に座り込んでいるものがいた。アテナにぶつかったのは女の子だ。

 歳は16歳ぐらい。青く露出した肩が隠れるぐらいの長さの髪と赤い瞳。それだけでも目を引くというのに、彼女は真っ赤で白いフリルが多く装飾されている服を着ている。その服は夏用なのか袖がなく、白い肩と腕が見えている。両手首には白いシュシュがありそこには地面にとどきそうなぐらい細長い黒いリボンが付けられていた。さらに、短いスカートから下は、黒いタイツで妙な魅力を放っているが、赤い靴を履いているあたりはまだ子供っぽいと思わせる部分もあった。彼女の格好はメネシスに似ているものだと二人は思っていた。

 地面に座り込んでしまった彼女の右腕には、布がかけられたバスケットがあり彼女はそれをかばったせいで転んでしまったようだ。

 その状況から余所見をしていた自分が悪いと反省したアテナが彼女に手を差し伸べた。

「ごめんなさい。怪我はないかしら」

 優しく出された手を軽く握り女の子が立ち上がると軽く砂を払ってアテナに頭を下げた。

「す、すみませんでした」

「どうして貴方が謝るの。悪いのは前を見ていなかった私なのよ」

 アテナが自分の非を認めるが、彼女は必死に首を左右に振って否定する。

「いいえ、私が悪いんです。軍人様に怪我をさせてしまったら、私、私……」

 うるうると瞳を潤ませた彼女に、かける声を見失いつつあるアテナは笑いを堪えるアレスに助けを求めようと情けない顔を彼に見せた。

「まあ、なんだ。こちらにも怪我はなかった。ここは、何もなかったということにしないか」

「そ、そうよ。むしろ、貴方に怪我がないか私が心配だし。大丈夫なの」

 すると、うるうるとしていた瞳をシュシュで拭き取り彼女は頭を大きく下げて頷いた。

「はい、大丈夫です。本当にすみませんでした。では、私はこれで……」

 アテナに再び頭を下げると、彼女はバスケットを持ち立ち去ろうとする。だが、バスケットを持ち上げるのと同時にガシャと音がして彼女はピタリと動きを止めた。

「ガシャ?」

 ようやく泣き出しそうな顔から解放された彼女だが、その音を聞いて悲しそうな表情になりつつあった。そして、バスケットをゆっくりと地面に置いてかけてあった布を少しだけめくり中を確認すると、彼女はすぐにうるうると潤んだ瞳に戻ってしまった。

「ど、どうしたの。どこか痛いの」

 彼女の急激な変化に焦ったアテナは彼女にやさしく声をかける。だが、彼女は潤んだ瞳でアテナに助けを求めるように見つめるだけだ。

「怪我をしたのなら医者を呼ぶよ。もちろん、この街一番の医者を用意してあげる。それとも、治癒魔法の方が」

 一人でお祭り騒ぎのアテナを微笑みながら見ていたアレスが、彼女が覗いていたバスケットの中を見てみた。そして、小さく笑ってアテナを手招きする。

「おい、アテナ。これを見てみろよ」

 そう言ってアレスは布を取り除いてバスケットの中をアテナに見せた。

「これって……」

 アテナはバスケットの中を見て息を呑んだ。中にはガラスでできた薔薇の花が何本も入っていた。その透き通った美しさと精密さと輝きは、宝石では表しきれない美しさがある。だが、バスケットの中の薔薇の花は、花びらにひびがはいっていたり、つたや茎が折れてしまったり、装飾品としては欠陥品ばかりだ。

 それを見られた彼女は、必死にそれを隠して頭を下げて走り去ろうとした。だが、アテナに手をつかまれて彼女の潤んだ瞳から涙が流れた。

「それ、私が……悪いのよね」

「そ、そんなことないんです。……それに、元々売れなかったんでいいんです」

「見たところ、君はどこかのお嬢様に見えるのだけどな。商売をしていたのか」

 アレスが彼女に聞くと、彼女は涙を拭って少し俯き気味で話し始めた。

「実は、お父様からのお金がどんどん少なくなっていってしまって……妹と二人で生きていくにはとても足りなくて……」

「ちょ、ちょっと待って。貴方、ご両親と一緒に暮らしていないの」

 アテナがいきなり質問すると、唐突な話だったのだと彼女は反省して、頭を軽く下げた。

「で、では、生い立ちから……私と妹は、昔はお父様と一緒に暮らしていたのです。私が生まれた頃にはお母様は既に亡くなっていて、お父様は私たちを一人で育ててくれたのです。そんな幸せな生活が続くと思っていました。ですが、ある日突然、お父様は私たちをお屋敷から遠くはなれた小さな別荘に追いやったんです。お屋敷に戻ってもすぐに追い払われてしまいました。そして、しばらくは一定のお金だけを送ってくるようになったんです。ですが、そのお金もどんどん少なくなっていって、今では妹一人を生かしていくので精一杯なのです。ですから、こうやってお金を稼ごうとしているのです」

 涙を堪えて悲しい生い立ちを話してくれた彼女に対して、聞き出したアテナは先ほどの彼女のように潤んだ瞳になっていた。

「そうか、辛いんだね。分かった。その花、私が責任を持って買い取るよ」

 アテナが、硬貨を取り出そうとすると、彼女は全身で拒もうとしだした。

「いいんです。私の不注意のせいでもあるのですから。それに、……かなり、高いですよ」

「いいよ、いいよ。10本だろうと100本だろうと買ってあげるよ。いくらなの」

 アテナが銀貨1枚を出そうとすると、彼女は控えめで小さな声で……。

「銀貨5枚……です」

 金額を聞いたアテナはピタリと動くのをやめて銀貨を落としてしまった。

「ぼっ……」

 危うく酒場のときのように叫ぼうとしたアテナの口をアレスがタイミングよく押さえる。もがもがと何か言っているアテナが落ち着いたところでアレスはアテナを解放した。それを見ていた彼女はしゅんとしている。

「やっぱり、高いです…………よね」

 思わず頷いてしまいそうになるアテナだったが、落ち込んでいる彼女を見て救ってあげたい気持ちと自分の持ち合わせの現実と葛藤していた。

 そんなアテナを悟って、アレスが彼女の前に立った。彼の手には銀貨5枚が乗せられている。

「薔薇の花を一つ、頂こうか」

 いきなりの申し出に焦る彼女だが、アレスは優しくこう続けた。

「彼女、アテナに似合う髪飾りを探していてね。何かないか」

 そういいながらバスケットを彼女と一緒に覗くアレスは、一つだけひびも傷もついていないガラスでできた薔薇の花を見つけた。と言っても正確には、大きな花から茎や花びらが数枚取れて小さくなったものである。とても小さく、茎もツタもなく花しかないそれは、本当に髪飾りにしかならないぐらいのものであった。

「おお、これは丁度よい大きさだ。これを貰おうか」

「で、ですがそれは……」

 勝手に進めるアレスに戸惑う彼女だったが、薔薇の花を取り銀貨を渡されてしまって何もできなくなった。

「さあ、アテナ。これを」

 そう優しく声を掛けながらアレスはアテナがポニーテールにするために使っていた造花をそのガラスの薔薇に代えて整えてあげた。

「ちょ、ちょっと、アレス様……」

 吐息が分かるほど近くにアレスがいることに真っ赤になるアテナは、今にでもアレスを突き飛ばしそうなぐらい混乱している。だが、混乱する心でもアレスが髪に触れているだけでアテナは一生分の嬉しさと幸せを感じていた。

「アレス様……これ」

「ああ、プレゼントだ。遅くなったが、あのネイレードとやりあってあれだけの成果を出したんだ。これだけじゃ足りないか」

「い、いえ。十分すぎるほどです。ありがとうございます」

 アテナにとって最高のプレゼントは薔薇の花ではなく、アレスの褒め言葉と頭を撫でてくれたことであった。自分を死地に置いてでもネイレードと戦ったかいがあったと思っていた。

 そして、アレスは彼女に軽く頭を下げる。

「これで勘弁してくれと言えないのは分かっている。本当にすまないことをした。アテナの代わりに謝ろう」

「私からも、ごめんなさいでした」

 アレスとアテナの二人の軍人から頭を下げられて彼女はあわあわと両手を振って頭を下げた。

「私こそ、ごめんなさいです。そんな傷物を……あ、あ、ありがとうございました」

 彼女は何度も頭を下げると逃げるように人ごみの中に消えていった。

 普通の人なら彼女の生い立ちの話が嘘で、同情させて高い薔薇の花を買わせようとしているのだと疑うだろう。もしかしたら、アレスはそのことに気付いていてそれでも買ったのかもしれない。もし、彼女の話が本当だったとしたら、軍人でお金に余裕がある彼以外に誰が彼女を救うのだろうか。自分が信じなかったら、彼女は誰にも信じてもらえないかもしれない。そう思って彼は彼女から薔薇を買ったのだ。彼はそういう男である。


「えへへ、いい香り」

 アレスから薔薇の花を貰ったアテナは終始笑顔で踊るように歩いている。その髪飾りが揺れるたびにほのかに香る薔薇の香りがとても気に入っているようだ。

「上機嫌なのはいいが、またぶつかったり転んだりするなよな」

「分かってますよ〜」

「お二人さん。仲がいいんだねぇ。どうだい、買っていかないかい」

 アレスとアテナを見ていた商人の男が店に誘った。そこは、宝石を扱う店で魔鉱石以外にもアクセサリーが多く売られている。アテナは元から買うつもりなどないが、その店の商品を興味ありげに見だした。

「アテナ、分かっていると思うが」

「分かっていますって、無駄使いはしませんよ」

「そうじゃなくてだな」

 一人楽しそうにアクセサリーを見てるアテナに対して、メネシス探しの任務をすっかり忘れているアテナに頭を抱えるアレスなのであった。

「彼氏、いや、旦那さんかな。奥さんに宝石の一つでも買ってやったらどうだい」

「わ、私は、アレス様の部下であって、そんな関係では……」

 照れるアテナだが、隣で急に真剣になったアレスは、アテナを押さえて店主に聞いた。

「店主、俺と彼女はそのように見えるか」

「え、ええ、仲の良い夫婦か恋人同士に……」

「では聞くが、俺の職業は分かるか」

 すると、男は首をかしげて少し考え込み始めた。商人はいろんな人と出会っているので、一目で相手を見抜く力は秀でて高いことが知られている。

「そうですねぇ。身なりからしたら森人……いや、商人の護衛を専門で扱う人たちですか」

「軍人には見えないか」

 アレスがそう聞くと、店主は一度驚いた顔を見せたが、すぐに落ち着いて答えた。

「あ、軍人様ですか。言われてみればその格好納得です。ですが、あのような仲を見せられると、軍人らしいといいますか、あの張り詰めた感じが無かったので気付きませんでした」

「そうか。ありがとうよ」

「ねえ、アレス様。次はあちらの店を見てみませんか」

 アレスの腕を引っ張るアテナはアレスを半強制的に次の店に引きずる。

「確かに、軍人には見えないかもな」

 ため息を吐くアレスの中にはある疑問が生まれていた。

「あの娘。なぜアテナが軍人だと分かったんだ……」

「アレス様、このお店。武器を扱っているみたいですよ。見てみませんか」

 アレスは考える暇を与えてもらえず、次の店へと到着。

「いらっしゃいませです」

「うわぁ、また可愛い子供が商売しているんですね」

 アテナが妙に興奮してるのは、その店が女の子二人だけで店を開いている変わった店だったからだ。そして、アレスとアテナはこのとき初めてミルとルリカに出会ったのだ。


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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