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第43話 サルザンカの宝-『アンス班とアレクト班』

「はい、兄さん。昼食。何か変化はあった?」

「ありがとうよ。何の変化も見えないな。のどかなもんだ」

 ケルンから昼食のサンドイッチを受け取ったアンスは持っていた槍の先端を草原に向けてケルンにそこを見るよう指示した。そこでは狼が群れを作って何かを食べている。ヴィルスタンから離れてはいるが、まだ商人や人の通りが多い所だ。獣が狩場にするには不自然な所だが、空腹や狩が上手くいかない時は、縄張りの端でも狩をする。それに、ここは人間が多く通る草原だ。もしかしなくともあの狼が食べているのは人間だろうと獣のことをよく知る二人は分かっていた。

「子供……男の子だね。どうするの兄さん。あれだけだとまた人を襲うよ」

 狼達が食べているのは小さな男の子で、10頭近くいる狼全員の腹を満たすほどの大きさではない。狼は草原の草に隠れて食事をしているが、ヴィルスタンへと入るための街道まではすぐ近く。街道と狼の間にはアンスとケルンがいる。二人がどう判断するかによって、ヴィルスタウンの人たちの安全が関わってくるのだ。

「人間としてはあの狼を狩るのが正しい。だがなぁ、リクセベルグの軍人としては敵を守ることになる。んなことしたらアヌビスに怒られるだろ。それに」

「それに、獣たちの自由を制限するようなことはなるべくしたくない。でしょ」

 ケルンが笑みで聞いてくると、アンスも小さく笑って肯定した。二人は、昔とあることがあり獣に人の手を加えることを嫌っている。嫌っていると言っても獣を過保護にしている訳でもない。彼らも仲間や自分の身に危険があったり命令をされたら躊躇せず獣を斬る。

 今回、狼が人間を襲うのは自然界ではあっても不思議なことではない。もちろん、それに抵抗して狼を殺す人間もいて当然だ。

 彼らが望んでいないのは、獣たちを人間の道具として使うことだ。獣はその能力の高さから軍や労働に広く使われている。さらに、その毛皮は高価な衣服になりその牙や爪は武器を作る道具になる。

 獣が人間に役立つのはそれだけではない。獣の血は人間の治療や薬に役立ち、獣の命は人間を獣神(けものつき)にする儀式に欠かせないもので、特殊な獣の命を求める人間も少なくない。まさに、捨てる所のないのが獣なのだ。

「あれ、兄さん。あれって、ロンロンじゃない」

 視力がメンバーの中で一番いい弓使いのケルンが目を細めて狼の群れを指さした。アンスも太陽の日差しを遮るよう手で影を作り目を細める。ケルンの気付いたとおり、狼の群れに近づいていっている茶色い人影。それは、両肩に大人の人間を担いだ獣人の子ロンロンだ。

「マジかよ。おいおい、一番関わっていないと思っていたのにお前が出てくるのかよ」

「だよね。ロンロンは神隠しに一番関わっていないと僕も思っていたけどね。こんな所で見ると流石に疑っちゃうかも」

 二人が獣を見ているのは、神隠しに何かしらの関係がないか調べているからだ。人間がいなくなることの大きな原因としては、獣が人間襲っているのが定石となっている。だが、今回の神隠しの犯人は、魔法を使うことが分かっている。それも、アレクトですら操ることのできる魔法だ。そんな魔法が使える獣は、12神ぐらいしか存在が確認されていなく、獣のトップである獣人は魔法を使うことすらできない。

 だが、食糧を狼に分けているところを見ると、あの狼達はロンロンの群れの狼だと分かる。仲間思いのロンロンなら分からないことでもないが、わざわざ巣穴から遠く離れた縄張りの端まで来るだろうか。

「まあ、一応報告の必要有りかな」

「だね。……ん? 兄さん。何か来るね」

 ケルンが声をかける前にアンスは槍を握り締め屈めた姿勢で前方のロンロンの群れを見つめている。ケルンも、弓を握り左手に5本の矢を持った。

 二人が警戒してすぐにロンロンの群れの横を20を越える狼の群れが疾走してきた。ロンロンたちもそれに気付いたようだが、狼達が危害を加えるつもりはないと分かったロンロンはこれと言って攻撃をするようなことはなかった。

 その狼達はアンスたち目掛けて走ってきている。

「兄さん。僕たち、狙われているのかな」

「さあな。でも、安全とは言えないな」

 弱気な二人だが、笑う余裕がある。二人にとったらたかが狼十数頭などなんら障害ではない。それに、彼らは獣との戦いではアヌビス部隊一心得ている二人でもある。

「それじゃあ、兄さんよろしく」

「まかせな。っと、ケルン少し離れてろよ。お前の弓、雷吸いやすいからな」

 隣同士並んでいた二人だったが、アンスに指示されてケルンが後ろに一歩跳ぶように退いた。それのすぐ後に、アンスは地面に向けていた矢先を少し上に上げて槍にある魔法を施した。魔法を施された槍は淡い黄色に輝き小さく静電気を放ちだした。

「退け……地響き」

 アンスが雷を帯びた槍を地面に叩きつけると、その矢先から稲光が放たれる。それが地面へと伝わり、真っ直ぐ走ってくる狼に向ってゆく。このままだと2つはぶつかり狼は感電する。

 だが、その雷に狼を殺すほどの威力はない。力加減を間違えて放ってしまったアンスだが、狼に直撃しても足の筋肉が痙攣を起こして立っていられなくなる程度だ。この雷撃の目的は、狼にアンスの方が実力が上だと言うことを知らしめることにある。

 野生の獣にとって魔法は未知の攻撃だ。さらに、彼らにはそれに対する知識も能力も乏しいほどない。いくら知能が低い獣でもそんな攻撃を操るアンスに無謀に攻撃を仕掛けるようなことはしない。アンスたちの理想は、狼達が自分たちに危害を加えず引き返してもらえることを期待していた。

 だが、その狼達は嫌な意味でアンスたちの期待を裏切った。狼達は、雷撃にぶつかる直前、地面を蛇のようにはう雷撃をいとも簡単に避けてみせたのだ。二つの群れに分かれた狼は、アンスたちには目もくれず、真っ直ぐに街道へと走っていった。

「おい、ケルン見たか」

「うん。あの子達、普通じゃない」

 どれだけ人間と戦ったことのある獣でも、アンスの雷撃を受ける前から避けるのは怪しすぎる。それに、雷撃の速度は、獣の速度とは尺度が違うほど速い。あの狼が目視で雷撃を見てから避けようと判断する頃には感電するぐらいの速度だ。だから、アンスの雷撃を避けることができると言うのは、アンスの攻撃を予想できていて雷撃の効果も分かっているということだ。

 アンスが槍に雷の魔法をかけるには時間が掛かり、獣相手だったので隠すようなこともしていなかった。確かに、悟られてもおかしくない状況だった。それでも、アンスの魔法攻撃を予測できるのは魔法のことを知っている。そして、魔法を肌で感じることのできる魔法使いぐらいだ。初めて見せる魔法攻撃を避けるなど獣の彼らができるようなことではないのだ。

「あの狼。あの時と同じ奴らか」

 あの時とは、アヌビスに逆らってロンロンを助けた時、ロンロンを襲っていた武器を扱う狼たちのことだ。その狼と今の狼が同じだと言えるのは、両者ともあまりにも人間の戦い方を知っているからだ。もっと言うなら、どこかであの狼達にリアルタイムで指示を出している人物がいるのかもしれないと疑わせるぐらいだ。そんな人間の道具になっている狼達の行動をケルンとアンスは心地良く見守ることができなかった。

 感情が高潮し始めたアンスが唇を強く噛み締めて低姿勢で狼を追った。その低姿勢は腰ほどある草花よりも低く、狼よりも早い走りだ。それに続いてケルンも走った。

「兄さん。どうするの。今ならまだいけるよ」

 ケルンがアンスに矢をちらつけて見せた。矢を見たアンスは、前を走る狼の先頭が街道に出ようとしているのを知ってつらそうな顔で頷いた。

 街道には商人の集団がヴィルスタンへと馬車を進めている。あの狼たちの目的は十中八九商人たちの荷物、つまり人間だ。彼らが自分の意思で人間を襲うことに対してアンスたちは反対をしていない。だが、人間を襲うよう人間に調教されたあの狼達が、商人やヴィルスタウンの警備兵達に殺されることをよいことと思っていないのだ。

「しゃあない。前足にしてやれ。まだ救いがある」

「やっぱり兄さんは優しいね。そんなところが大好きだよ」

 兄に笑みを見せてケルンは走りながら弦に矢を当て弓をしならせた。低姿勢のままだが、矢が自分の頬に触れるギリギリまで弓を体に近づけ先頭を走る狼の右前足と小さな的を狙う。さらに走る速度を上げる二人だが、ケルンの弓は走る振動に影響されず、微動だにしない。その弓だけ静かな競技場を思わせるほどだ。

「ごめんね。……一射必中」

 目を閉じて的となった狼に謝罪をしてケルンは矢を放った。

 弓の弦の震える音が鳴り始める前に狼の悲惨な鳴き声が聞こえた。

「さすが、ケルン。右前足の足首。崩れたぞ」

「うん。…………あの子、数ヶ月は狩できないよね」

「だな。でも、それであいつらが救えると考えられるなら、悪くない判断だと俺は思う」

 二人は望まない攻撃をしてしまったことに少し罪悪感におかされながら、先頭を走っていた狼を見た。その狼は、右前足に矢が刺さり、横に崩れている。群れの先頭を走るのは、群れのリーダー、もしくはそれに近いぐらいの地位を持っている。それが崩れたのだ。群れの進行が止まるのは当然……。

「え、ど、どうして止まらないの」

「いや、それだけじゃねぇ。あの野郎、まだ走るつもりか」

 ケルンとアンスが見たのは、自然界の獣たちではありえない行動だった。本来、仲間が怪我をした場合、それを守ろうと攻撃を仕掛けてきたケルンに襲い掛かったり、仲間を囲って守ったりするものだ。ロンロンが必死に戦っていたのがそのいい例だ。だが、あの群れは倒れた仲間などに目もくれず、街道の商人たちを襲い始めていた。

 さらに、前足を立てないぐらい負傷した狼が立ち上がり走りだしたのだ。その傷口からは、血が止まることなく溢れ、数歩歩く度に砕けそうに体が揺れている。普通の獣は、重傷の怪我をした時は、無理をせずすぐに巣穴に逃げ帰るものだ。獣なら、本能的に無理をすれば足が駄目になると分かるはずなのに自分の将来を犠牲にしてでも狩に参加しようとしている。

 いくら軍用に調教されていても、どんな弱みを握られていようとも、この二つの本能を消すことはできない。狼にここまでの忠誠心を染み付かせる手段は一つしかない。

「もう走らないで、それ以上無理をしたら、足が。兄さんも止めてよ」

 まだ狼たちがなぜ本能に反しているのか判らないケルンは、無理に走ろうとする狼を抱きしめて動きを止めようとしている。若干、感づき始めたアンスだけが、この状況を眺めていた。

 商人たちを襲っていた狼は、檻の中に閉じ込められていた身売りの女性を次々と襲い始めている。戦いになれていない商人たちは馬車を捨てて逃げ出し、戦いに心得のある商人は、自分の馬車を守るので必死になっていた。

 そして、アンスとケルンが街道に出たころには、その場で人間を貪り食う狼がいる光景が広がっていた。そして、アンスとケルンを見た狼達は、脅える生きた女の子たちを銜えて走り去っていった。連れ去られた女の子は20近く、食い殺された女性はそれ以上に及んでいる。さらに、商人に殺された狼の数もそれなりにあり、赤く痛々しい光景であった。

「兄さん。どうして止めてくれなかったの。この子達、もう、歩けないよ。息をしていないんだよ」

 ケルンはアンスに怒りの瞳を見せつけた。ケルンが怒っているのは、多くの人間を犠牲にしたことではない。狼の将来を潰したことだ。獣に襲われることは自然災害となんら変わらない。だから、仕方がないで済まされるのだ。だが、ケルンは狼が人間に操られて人間に殺されるのが嫌で矢を放ったのだ。だが、結果は多くの狼が死の犠牲になった。それを防ごうとしなかった兄にケルンは怒っているのだ。

「ケルン。あいつら、生きた子供をさらっていったな」

「それがどうしたって言うのさ」

「まあ落ち着けよ。狼が生きた人間をさらう理由、何か思い当たるか」

 感情的に荒い言葉を話すケルンに対して、珍しく冷静なアンス。そんなアンスを見たケルンは、今は軍人として働いているのだと気付かされて、潤んだ瞳を血の付いた袖で拭き軽く兄に頭を下げた。

「ごめんなさい兄さん。生きた人間をさらう理由ですか。考えられるのは、巣で待っている仲間のためだと思うんですが、それでもほとんどは噛み殺して運ぶはずだよ」

「だよな。生きた人間が必要な理由。そんなものが獣にあるはずは……」

 アンスがなれない考え事をし始めた直後、ずっと遠くからはじける音がしたと思ったら、アンスたちの目の前に狼が飛ばされてきた。その狼は、口にナイフを銜えているあの調教を施されている狼だった。

「残党、いや、新たに現われたのか」

「兄さんこの傷」

 ケルンが飛ばされてきて体が滅茶苦茶になった狼の白い腹を見せた。そこには、三角のように三つの穴が開いている。それは、ある獣人が得意とする体術を受けた時にできる爪痕だ。

「ロンロンか。くそ、そう言う事か」

 アンスとケルンがロンロンのところへ駆け戻ると、ロンロンの群れが、ナイフを持った狼集団に襲われていた。それも、今回はロンロンを狙っているのではなく、ロンロンが守ろうとする狼を確実に殺して数を減らしている。

「兄さん。どうする。あの狼、保護してあげようよ」

「まあ、待て。どうやら、街のやつらも気付いたようだ」

 アンスとケルンは、ロンロンたちの群れから離れて様子をうかがうことにした。

 ロンロンたちと狼達が殺し合いをしている所に、シルトタウンの武器で武装したヴィルスタウンの警備隊が来たのだ。すると、彼らが来てすぐにナイフを扱う調教された狼達はすぐに立ち去って行った。

 散々襲われていたロンロンは、仲間が全員殺されていることに気付いた。仲間を殺されつくされたロンロンは、地面を強く叩いて怒りをあらわにしている。だが、そのロンロンを警備隊が囲んで一斉に銃口を向けていた。結局、警備隊に囲まれているのは、ロンロン一人になっていた。

「おい、獣人の化け物。そこの街道で商人たちを襲ったのはお前らだろ。大人しく縛について罰を受けてもらおうか」

 一人輪から離れでロンロンに近づいた男が銃口を向けてロンロンに聞いていた。だが、ロンロンは地面に座り込んでいて見上げるようにだが、男を怨み以上の感情で睨んでいた。

 だが、男はそれぐらいで怯むような男ではなく、挑発的なロンロンの肩に銃弾を一発打ち込んだ。

 ロンロンはその銃弾を避けることができなかった。銃弾に右肩を打ち抜かれたロンロンだが、血が少し流れただけですぐに血は止まった。さらに、ロンロンがそこを数回舐めると傷口が毛で隠れて分からなくなり、完治したかのようにも見えてしまうほど小さな怪我になっていた。

「人間襲ったの狼だ。でも、俺の群れじゃない。俺たち、生きた人間襲わない」

 ロンロンが演技じみた口調で言うと、男たちは大声で馬鹿にするように笑った。そして、嫌な笑みをロンロンに見せつけた。

「知ってるよ。貴様は死んだ人間しか食わないことぐらい。そうでなければ、あんな所に死人を置いておく訳がないだろ」

「あの死人。お前たちがか」

 ロンロンが先ほど仲間の狼に食べさせていた大人の男は死体だった。あれは、ロンロンが見つけたもので、ヴィルスタンの街の入り口近くで転がっていたものだ。不思議に思ったロンロンだが、毒も何も罠が仕掛けられていないのに加えて、死後それほど時間が経っていない上質な食糧だった。空腹で巣穴まで帰る余力があるか疑わしい仲間のことを考えると、怪しい死体でもとても嬉しいものであった。

「獣は馬鹿な生き物だって有名だけど、本当に馬鹿な顔して罠にかかりやがったな。それも、そこらの狼じゃなくて、長のお前だったとは、お笑い種だな」

「何がおかしい」

「貴様の居場所を見つけ出すために仕掛けた罠に、貴様から来るとは馬鹿な行動だと思わないか」

 馬鹿にされているロンロンだったが、仲間がいないと理解して落ち着けていた。仲間が全員死んで悲しむべきなのだが、もし今ここで仲間が生きていたらもっと都合が悪い状況であっただろう。いろんな罠にはめられたロンロンだったが、その一つの条件ですべての罠を回避できると絶対の自信があった。

「だったら、俺を捕まえる必要ない」

「まあ、法はそうだ。だが、結局の所、貴様を捕獲する理由なんてどうでもいいんだよ。ようは、貴様を捕獲さえできればいいんだよ」

 男が左手を上げると、ロンロンを囲んでいた男たちが鎖をロンロン目掛けて投げ始めた。その鎖の先にはかぎづめがついていて、ロンロンの体に巻きついた鎖は、かぎづめをロンロンの筋肉に突き刺さしロンロンを鎖で捕縛しだした。

「無理に引き千切ろうとするなよ。あれから何度も改良を重ねた品だ。無理に力をかければ肉を失うことになるぞ」

「分かった」

 男の忠告を大人しく聞いたロンロンは、コクリと頷いた。男は勝ったと確信したようで、ロンロンの腕を掴もうとする。だが、ロンロンはニヤリと笑って、自分を蜘蛛の巣のように縛っている鎖を全て掴むと、豪快にまわした。

 およそ30人の警備隊とそれと同じ数の鎖。鎖を持った男たちは、ロンロンの怪力で振り回され全員地面に叩きつけられた。その衝撃と持ち上げられた高さが酷く、中には顔が分からないほど潰れた者がいるぐらいだ。

 大地に立っているのは、一人になった警備隊の男と鎖のかぎづめが大量に刺さったロンロンだけになっていた。

「まだ、やるか」

「ば、化け物が。だがな、こっちにも化け物がいるんだ。もうそろそろ」

 一瞬で味方を失った男はうろたえ始め、ロンロンの余裕がさらに増している。

「お前に、それまで俺を止めることができるのか」

 そういい残して、ロンロンは走りだした。その速度はさすが獣人で人間が追える速度ではなかった。

 ロンロンが、アンスとケルンの所と横切った時、ロンロンは一言だけ二人に聞こえるように呟いた。

「同族を助けてくれ」

 アンスとケルンが驚いているうちに、ロンロンは見えないところまで行ってしまっていた。

「助けてって言ってたね」

「ああ、獣から助けてと言われると、断れねぇな」

 アンスとケルンは、応援に来た兵達に見つからないようにヴィルスタウンへと戻ることにした。



「もう一度おっしゃってもらえないでしょうか」

 時は戻ってアレクトたちの前に警備隊が現われたところまで戻る。アレクトは、突然の大口注文に戸惑いながら己の聞き間違いではないかと確認のために再び聞いた。アレクトが疑うのも無理はない。彼らが要求してきたものはシルトタウンの武器全てだ。普通、ヴィルスタウンに来る商人が扱うシルトタウンの武器と言ったら、外国の商人に渡すために持ってきたものであり利益を求める品ではない。

 それに、商人にとってその武器はいわば預かり物。安全に外国の商人に渡すことが仕事であり武器を他人に売る権限は商人にはない。もし、無断で武器を売って外国の商人に損害を与えるような商人がいて、そのことがシルトタウンのヘスティアの耳に入ったら、その商人は良ければ懲役、最悪死罪も考えられるほどの罪になる。

 ヴィルスタウンの警備長となればそれぐらい知っていて当然だ。それを知っていて要求してきたのなら何かあるとアレクトは疑っているのだ。

「何度も言わせるな。シルトタウンの武器を全てもらおうかと言っている。通常の3倍の値で買ってやるぞ」

「ですが、警備長様。シルトタウンの武器は全てグルパニス帝国の商人に売ることになっています。いくら警備長様とは言え、それは聞けない話というものでありまして」

 アレクトが丁寧に断ると、それを嘲笑うように二人の男たちはアレクトに笑みを見せた。

「グルパニス帝国なら好都合。取引相手に聞いてみな、よろこんで武器を放棄するだろうよ。また来る。それまでに考えておけ」

「お待ちください」

 警備隊長たちが立ち去ろうとするのをアレクトは止めた。アレクトの反応をよいものだと思った警備隊長は笑顔で振り向いて、アレクトの近くまで近づいてきた。

「何だね」

「あの……私のような商人が聞いてよいことなのか分かりませんが、なぜ武器を求めるのですか」

「なぜそれを知りたい。貴様には関係ない話だろ」

「そう思われて当然です。ですが、この街で武器が売れると知ることができたのなら、今後、この街に多くの武器を運ぶつもりであります。でも、売れる理由が分からない不確かな商売は私たちのような小さな店には危険な話なのです。差し支えがなければ、教えてもらえませんか」

 何のためらいもなくスラスラと商人らしいことを真っ直ぐ言うアレクトに警備隊長は、油断したのかもしれない。警備隊長はアレクトと目を合わせないように空を見て独り言のように話し出した。

「……近々、大きな戦いがあるかもしれないと予想されていたな。武器以外にも食糧も金に糸目は付けずに買い集めなければな。おい、次の店に行くぞ」

「あ、は、はい」

 警備隊長は、アレクト以外の周りの商人にも聞こえるようにわざと大きな声でそう行って他の店を見て回りだした。

 二人の姿が見えなくなって、アレクトは荷台の中に戻ってきた。荷台は、店の裏側に置かれていて、荷台からは店の後ろからお客の顔を見られるよう配置されている。お客の様子を見る以外にも、すぐに出入りができるようにとアレクトが考えたのだ。

「リョウ君聞いた」

「ああ、戦いのために武器や食糧を買いあさっているのか。やっぱり、その相手って俺たちなのか」

 苦笑いだが、楽しそうにアレクトは頷いた。

「そうだろうねぇ、獣に対しての武器にしては物騒だし、街の警備隊が魔物相手に戦うなんてないだろうし。ううぅ、怖いねぇ」

「アレクト、怖がっていると言うか楽しそうだけど」

 ルリカに簡単に心のうちを見透かされたアレクトは、言いにくいことを簡単にしかも楽しそうに言い出した。

「だってぇ、最近戦争らしい戦いをしてないんだよ。アヌビスじゃないけど、体がなまっているって言うのかな。それに、ヴィルスタウンから攻めてくるならこっち的には嬉しいし、間違いなく勝てるしね」

「うわ〜、私の中でアレクトのイメージ変わっていくんだけど」

「うう、ルリカちゃんに嫌われるのは困るなぁ。お仕事は楽しくやろうが私の考え方だからさ。分かってよ」

 少しがっかりしたルリカに抱きついて全身で愛情表現するアレクト。そんなのどかな二人を見ているリョウは戦いなんていう危険な日常より、こんな日々が続けばいいなと思っていた。

「アレクト、お客さんだよ」

「はいはいは〜い。今行くよミルちゃん」

 一人で店番をしてくれていたミルがアレクトを呼んだ。アレクトがルンルン気分でミルの元へと向かって荷台を出て行った。だが、すぐに戻ってきた。そのアレクトの顔には楽しいと言う表情がなく、冷や汗と焦りの表情で満ちている。

「どうしたんだよアレクト。ミルが呼んでるぞ」

「そうだ、リョウ君……は駄目か。ううう、ルリカちゃんお願い。ミルちゃんと接客してくれるかな」

 戻ってきたアレクトは、一度リョウを指名したがすぐにやめてルリカに接客をするように指示した。いきなりの指名で少し戸惑っていたが、ルリカは自信なさげに荷台を降りた。

「別にいいけど……私、魔鉱石や魔道具はともかく商売のことはよく分からないけどいいの」

「いいよ。書いてある値段で売ってもらえればそれでいいから。お願いね」

 妙に慌てるアレクトを不思議がりながらルリカはミルのところへ行き接客をし始めた。幼い子供二人なので心配しているリョウだが、笑う二人の声とお客の声に少し安心しているリョウであった。

「大丈夫そうだけど、俺も接客に入るよ」

「外に出ちゃ駄目」

 リョウが進んで手伝おうと荷台を降りようとすると、アレクトは無理矢理に荷台の中に引き戻した。アレクトは力任せに引っ張ったので、リョウは豪快に荷台の中で転がって一番奥に叩きつけられて丸くなった。

 アレクトは、荷台の外に首だけ出して入念に周りを確認した後、幌をおろして荷台を完全な密室にした。

「アレクト、どうしたんだよ。らしくないぞ」

 リョウは愚痴るもアレクトは聞かず幌の切れ目から店の方を見ている。そして、しばらくすると、リョウを手招きした。

「リョウ君、ちょっと」

 小声でリョウを呼ぶアレクトの隣にリョウは肩膝を突いて座るとアレクトは覗いていた切れ目を指さしている。

「覗いてみて」

 アレクトに言われるままリョウはそこから外の様子を見てみた。そこには、多くの商品を本物の商人相手に上手くさばいているミルとルリカの後姿があった。聞こえてきた声の通り二人は上手くやっているようだ。正面に見える買いに来ているお客たちの顔もはっきりと見えてみな笑顔で問題ないようだ。

「ミルとルリカだな。何か問題でもあるのか」

「そうじゃなくて、私たちの店の向かいの店。あの二人、見覚えないかな」

 アレクトの言うのは、リョウたちの店の向かいの店。そこの品を見ている二人の男女のことだった。

 一人は、アマーンほどの身長で2mはある。さらに、頭以外を黒い鎧で武装して、その後姿の背中には巨大な斧を背負っている。体格もたくましく、無精ひげを生やしていて年齢を感じさえる人物だったが、前回は兜で隠れていた髪が赤茶色の逆立った短髪だと知ったリョウは、意外と若いのかもしれないと思っていた。

 そして、その隣に並んでいる女性。上半身はとても軽装、と言うより布地が少なく必要最小限で胸元にしか衣服はなく、下半身は、腰に刺繍が鮮やかな大きな布を巻いていて足首まで隠している。まるで、エジプトの踊り子のような服装だ。そして、薄茶色で背中ほどの長い髪を造花で一つにまとめポニーテールにしている。その髪で隠された背中には、隠れきれていない大剣が光を浴びるたびにちらついている。

「あの二人ってまさか」

「うん、流石にリョウ君でも覚えていたみたいだね」

 あの二人はメネシス部隊の幹部の兵士。黒い鎧の男が斧使いのアレス、軽装の女が犬神(いぬつき)のアテナ。どちらもかなりの強者で出会ったら交戦間違いなしの要注意人物だ。

「幸いなことに、ミルちゃんとルリカちゃんの顔はばれてないから安心かな。でも、私たちが見つかったら、間違いなく……ね、だから、外に出ちゃ駄目だよ」

 リョウとアレクトが協力して武器や作戦を上手く使いこなせば、二人を倒し拘束することができるかもしれない。実際、アレクト一人でもなんとかすることは可能なのかもしれない。だが、ミルやルリカのことを考えると、交戦を選択する行為はすべて危険となる。だから、リョウとアレクトの二人には隠れると言う選択が一番適しているのかもしれない。

「はにぁ、あの二人こっち来ちゃったよ。ど、どうしようリョウ君」

「えっと……神に願ってみるとか。助けてくださいって」

「はうう、私たちの神って言ったら、血肉踊る戦いが大好きな聖竜王なんだよぉ。リョウ君、そんなことしないでよぉ」

 アレクトが一番望んでいない結果。アレスとアテナの二人がミルとルリカが接客をするこの店へと近づきだしたのだった。


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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