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第42話 サルザンカの宝-『ポロクルとヘスティア』

 アレクトとリョウが店の準備に追われている頃、ポロクルは単身で港にいた。陸と海を切り分け波を打ち消す石垣、異国の国旗を掲げた数多の船、不慣れな言葉を必死に話そうとする他国の人間。まさに、外国との交易の中心部だ。

 そんなところに来たポロクルの目的は、大まかに言うと世間調査だ。今回の事件、神隠しは民間の間で問題になった事件なので、国の組織である軍隊のポロクルたちには有力な情報は入りにくい。アレクトが直接民間人に聞いて事件のことを知ったぐらいだからだ。

 民間の事件や国民の直接の声は各地を旅しているポロクルたちには入らないときが多い。そんなときは、商人たちに聞くと有力な情報を得ることができるのだ。

 彼らは、ポロクル達以上にリクセベルグ国内を旅して国民と多く触れ合っている。そんな商人たちの持つ情報は有力で信頼できるものである。なぜなら、彼らが旅をする上で大切な身の安全に関係しているからだ。

 商人たちはその仕事柄野党や獣に襲われることが多い。その際、役に立つのが周囲の情報だ。獣の巣穴や野党の出る地域を知っているのと知らないのとでは安全の大きさが違う。だから、彼ら商人は、互いに情報をやり取りして安全な旅をしているのだ。中には、情報だけを扱う商人すらいるぐらいだ。

 その情報の中には、安全に旅をするための情報以外にも、売れ筋の傾向やその地域の特色など様々で、その情報はつい最近の新し物が多い。そんな商人の情報網は情報の少ない事件を調べる時に最も役に立つ情報源となるのだ。

「心配です。……みなさん、無事にやっているのでしょうか」

 ポロクルは商人たちが店の準備をしている間を朝食代わりのドネルケバブをほおばりながら歩いていた。ポロクルがヘスティアの下にいた頃より、若干だが武器を扱う店が増えてきている。だが、それでもまだ身売りを専門に扱う店のほうが多いようだ。港からヴィルスタウンの中心地まで続く商人街の幅の広かった石畳の道は、両脇に商人達の店と馬車で占領され、残された道は、行き交う人で埋まりまともに進めない状況になりつつある。

 市場が始まれば、歩けなくなることが多いだろう。だが、ゆっくり焦らず正確にを好むポロクルはこの市場の空気に急かされながらも動けないゆっくりとした歩みは嫌いではなかった。アヌビス部隊メンバーはゆっくり行動することを嫌い成果を早く求める者が多い。リーダーのアヌビスしかりアンスしかりだ。それを考えると、ポロクルが商人の話を聞く選択をしたのは正しかったのかも知れない。

「あんちゃん余裕だねぇ。店はいいのかい。そろそろ客が来る時間だぞ」

 ポロクルに声を掛けてきたのは、小麦色に焼けて立派な筋肉のついた腕を見せ付ける黒い髭の男だ。一見したらこの街の漁師に見えなくもない彼だが、二の腕に軍の紋章が施された布を結びつけている所からリクセベルグの商人だと分かる。

「店の方は仲間に任せておりますので。私は情報収集といったところです」

「おーおー、お偉いさんかい。なあ、良かったら買ってもらえないかい」

 男にそういわれたポロクルは、店の品揃えに目をやった。その店は武器を専門に扱う店のようで、シルトタウンの最新技術の武器や名刀と呼ばれる古い武器まで様々だ。割合的にはシルトタウンの武器が8割を占めていた。そこにポロクルは疑問を抱いた。

 シルトタウンの武器をヴィルスタウンに運び貿易相手に渡すのが商人の役割だ。その際、武器のやり取りは、商人がシルトタウンで武器を買ってその武器を貿易相手に売る形になるのだが、事前にシルトタウンと貿易相手とですでに金額のやり取りはされている。もちろん、商人の腕で売値買値は上下するが、微々たる物で儲けがない商人がほとんどだ。そもそも、シルトタウンの武器を商人が扱うのは、敵国のヴィルスタウンで商売をするための建前のものだ。つまり、通行手形のようなものである。それだけで商売をしようと思う商人はいないだろう。

 もちろん、個人的にシルトタウンの武器を安く買って、貿易相手以外に高く売れば儲けが生まれる。だが、個人的にシルトタウンの武器を購入するとき多くの税がかけられていてかなり高額なものとなっている。それに、武器を高値で買ってもらえる聖クロノ国だとしても、あまり儲けは見込めない商品だ。

 そんな商品を好き好んで扱っている店は何かしらの事情を持っているとポロクルは直感で予想していた。

「シルトタウンの物ばかりですね。儲けなど出るのですか」

 すると男は、ポロクルの知らない仕組みを知っているようで嬉しそうな笑みを見せた。

「ああ、もうがっぽり。知りたいか」

「ええ、私も商人なのでね。儲け話は嫌いではありませんよ」

 もちろんポロクルは商人ではなく軍人だ。だが、数字と戦略が好きなポロクルは商人の素質があるかもしれない。

「教えてやってもいいがね、こっちも商売だ。損をしないとしても得をしないやり取りをしたくないのが商人だろ」

「仕方ありませんね……持ち合わせがありませんので、これで」

 そういいながらポロクルは、緑のローブの袖から一枚の金貨を出すと男に握らせた。

「いや、流石にこの額は」

 ポロクルに握らされたのは一枚の金貨。その価値は、一枚で馬車が買えるほどだ。男もそこまでを要求していたのではない。精々、銀貨数枚だろう。

「いえいえ、かまいませんよ。最近、大きな儲けがありましてね。話、聞かせてもらえますか」

 その金貨は店で儲けたものではなく、軍資金つまりリクセベルグ国の税金だ。さらに、リクセベルグの硬貨は国で銅貨一枚から管理されていて、いつでも硬貨の生産回収ができる。鉱山資源を無限に有しているリクセベルグ国の政府人間にとって金貨1枚ごときなんら出費でもないのだ。

 微笑を見せるポロクルに苦笑いしかできない男は大切そうにその金貨をしまって、真面目な顔をポロクルに見せた。

「実はな。この武器、他国に売るためにシルトタウンで安く買ったもんなんだ。ほら、証明書」

 男は隠れるように小声になり自慢げに証明書を見せた。そこには、たしかに陳列されている武器の名前が書かれていた。もちろん、運び屋紛いの仕事なので、武器の値段は安くなっていて、税は免除されていた。

「だが、この武器を売るのは他国じゃねぇ。ヴィルスタウンの知事様だよ。ヴィルスタウンのやつら、三倍の値で買ってくれるからな。大儲けなんだよ。人間売るよりかずっと効率がいいぞ。腐らないし維持費もいらねぇ。な、いい話だろ」

「この街の統領に……。ですが、それだと他国の商人が騒ぎませんか」

 すると、男はポロクルを手招きして店の裏方に案内した。市場が始まりだして人通りがさらに盛んになったここでは話せないような内容なのだろう。

 馬車の裏方には多くの木箱と大量の保存食が置かれていた。男は木箱を叩いてそこに座るよう指示してきた。ポロクルも深く話を聞けると思って素直に座ることにした。

「商売はいいのですか。そろそろ時間だと思うのですが」

「ああ、いいっていいって、あんちゃん太っ腹だからな。あれだけ貰って満足してもらえなかったとなると商人の誇りが許せねぇよ」

 豪快な笑い声を出しながら安い珈琲をポロクルに渡した男はポロクルの隣に座った。男は湯気の昇る珈琲を半分ほど飲んで一息ついた。

「それに、今回の客が来るにまだ時間があるからな。なんなら、店を閉めて話してやってもいいんだぞ」

 男は酒に酔っているぐらい陽気で楽しそうだ。それもそうだ。金貨1枚をもらえたのだからだ。その1枚で彼は半年分の儲けを手に入れたのも当然だからだ。

「それは結構ですよ。と、そのお客とはこの街の政府の人間なのですか」

「ん? ああ、そうだ。警備隊って名乗っているが、あれはただの軍人だな。シルトタウンの武器を買い占めて、武器で身を固めてやがる。街を守るためだとか言っちゃいるが、ありゃあ軍隊って言ってもいいんじゃねぇかな」

 ヴィルスタンが武装強化を求めるのは理解ができる。それは、国境の街でありリクセベルグの五星陣の拠点の一つシルトタウンに最も近い街だからだ。五星陣はリクセベルグの王都を守る結界のようなものだ。その一角を潰すために武器を集めるのは分かる。だが、ヴィルスタウンを戦渦に巻き込むとは思えない。他国の商人を危険にさらすと聖クロノ国の経済問題がさらに悪化するからだ。と、考えるとその逆、シルトタウンから来るヘスティア部隊に対抗するため、同等の武器をそろえて打ち向かえる準備をしている。それが目的だろう。

「笑えない話しですね。ですが、武器を買い占めているとなると、武器を買うためにはるばる来た他国の商人が騒がないのが不思議なものですね」

 ポロクルが自分だけの思考の世界に入ろうとしていると、隣で男がタバコを吸い始めて笑って見せた。

「くはは、あんちゃん、賢そうな顔していて何も知らねぇんだな。いいか、このヴィルスタウンに来る海外の商人のほとんどはヴィルスタウンが目的じゃねぇんだ。他に目的の国があって、ヴィルスタウンはただの通過点だ。あんちゃん、船旅でもっとも大切なものって何か知ってるか」

「食料、ですよね」

「そうだ。海流の問題で船がたどり着く国で食料にゆとりがあるのはこの聖クロノ国だけらしい。だから、この街に来るやつらはありったけの食糧を買い込むんだ。武器は、まあ安全な航海の保障みたいなもんだとよ」

 流石のポロクルの情報でもそこまでのものはなかった。海外から来る商人は武器を求めてくると思っていたからだ。もちろん、それも目的の一つで、それがゴールではないと言う話であって、リクセベルグ国にしたらなんら問題ない話だ。

「でもよ、聖クロノ国の街のここで食い物の値が上がりっぱなしなんだよ。あんちゃんの食ってたあれ、いくらしたよ」

 あれとは、朝食代わりにしていたドネルケバブのことだ。あれは、近くの露天で購入したもので、高級品と言えるものではなく、軽い軽食で庶民的なものだ。

「銅貨20枚ですが」

「だろ。あんな物昔は銅貨5枚で食えたもんだ。値が上がった理由は知らねぇが、いきなりだったんだ。でも、海外から来た奴らは高くても買わなきゃ生きて帰れもしねぇだろ。だから、何とかしてでも買おうとすんだ」

「この街に来る商人のほとんどがリクセベルグ国の商人。食料を扱える者などほとんどいませんからね。この街の食糧を買うしかないと言うことですか」

 リクセベルグ国の食料自給率は一桁だ。そんな国の商人が食料を持って、食に恵まれている街で商売をしようとは考えないだろう。そもそも、多くの食料、正確には聖クロノ国から奪った食料はアマーンのギャザータウンで管理されてしまっている。そんなものを聖クロノ国で売るのは効率が悪すぎるのだ。

「そう言うこった。だが、外国の商人にも抜け道があるんだ。それはな、受け取るはずのシルトタウンの武器を放棄するんだ。その代わりに、ヴィルスタウンの食料を格安で買うことができるんだ。でも、格安って言ってもそれなりの額らしいぞ。一度で買う量がすごいからな」

「なるほど、外国の商人は元々買う武器の金額分の硬貨を持っている。その硬貨で食料を買う。リクセベルグの商人は建前では外国の商人のためと言って安値で武器を買える。だが、実際に買いに来るのはその三倍の額を提示してくる警備隊。ヴィルスタウンの人間は外国の商人に食料を売ったときの金を使えば損得ゼロで武器を手に入れられる。そういう仕組みですか」

「あんちゃん、理解が早いな。後は、三方が口そろえればシルトタウンのやつにはばれないって算段だ」

 これで大凡武器の不自然さに説得が付いた。ヘスティアの耳にこの情報が入ってこないのは、信頼すべき貿易相手もグルになっていたからだ。元々、武器がメインの目的でない外国の商人にとったらこれほど美味しい話はないだろう。

「そうですか。いやー、いい参考になりました。店の方が気になりますので、帰らせていただきます。では、失礼します」

「いやいや、あんちゃんなら何でも話してやってもいいぞ。また会えるといいな。その時は、酒でも飲もうや」

「ええ、私もそのときが来るのを楽しみにしていますよ」

 ポロクルは男に笑みとお辞儀を見せて背を向けて帰ろうとした。すると、忘れていたかのように思い出した男が慌ててポロクルに声を掛けた。

「あんちゃん、分かっていると思うが、このことはリクセベルグの特に軍人に気付かれないようにしてくれよ。この近くに、黒衣の死神が出たって噂されてるからな。きぃつけてな」

「ええ、もちろんですよ。商人の誇りにかけて損をするようなことはしませんよ」

 ポロクルにそういわれて安心した男は最後に大声で笑ってポロクルを見送った。

「商人の誇りですか……。そんなもの、私にあるのでしょうかね。死神様の側近の私に」

 ポロクルは、軍人の顔に戻り不気味に笑っていた。

「そろそろ、昼食の時間ですか。もう少し、調べてみますか」

 太陽の昇った空を見上げたポロクルは目を細めながら賑わう市場を一人ふらふらと歩き始めた。



「紅茶に砂糖とミルクは入れますか」

「そのままでいい」

 白いばってんが目を引く緑色のベレー帽、短めで緑色のスカートの淵は黒いギザギザのフリル、両手にはシルク製の黒手袋、緑色の軍服を白いばってんと黒いフリルで彼女なりに再デザインした上着。それが彼女、シルトタウンの管理者であるヘスティアの正装であり制服である。

 ヘスティアは姉のネイレードと同じで緑色の瞳と薄めの赤い髪を持っている。そんな彼女の髪型は姉とは違い、短く切られ何本もの三つ編みにされている。旗を振るときに邪魔になるからと言う理由でその髪型にしたそうだ。ヘスティア自身は実用性を優先したつもりだったが、本人もかなり似合っていると認めていて、ヘスティアお気に入りの髪型である。

 真っ赤で大きなソファーに踏ん反り返りながら座っているヘスティアは無愛想に答えた。ヘスティアの前にはガラスと木でできたテーブル、床には外国の高級絨毯、部屋の壁には芸術の知識がないヘスティアでも分かる有名な画家の絵画、その絵画の中にはサルザンカの作品も掲げられている。

「サルザンカの作品。『我が娘』か」

 世界を代表する三大学者の一人、サルザンカの絵画は数が少なく未発表作品が多い。元々、彼は趣味で絵を描いているので、世の中に出回ることはほとんどないからだ。

 したがって、彼の作品はその技術と並んで希少価値も付いて天文学的な額が付いているのだ。そんな絵画が壁にかけられていて、ヘスティアはもの珍しそうにその絵の前に立った。

 その絵、サルザンカの娘と描かれているが、顔は描かれていない。さらに、名工と歌われる彼にしては不自然な作品であった。その絵の中の女の子は椅子に座っているデザインなのだが、足元はとても細かく美しく描かれているが、顔に近づくにつれ雑で未完成に近い描き方になっていた。さらに、手や素足など娘の体の描き方が不自然であった。娘以外の箇所、衣服や椅子はサルザンカらしいタッチで描かれているが、彼がもっとも得意としていた生きた者の部分が画家としては下の下ほどのできであった。

「その絵、かなり高かったんですよ。気に入りましたか」

「いや、あたしは絵に興味はない」

 ヘスティアがソファーに戻ると、彼女の前に琥珀色の紅茶を置いて男はヘスティアの向かいのソファーに座った。彼は、この街ヴィルスタウンの統領、つまり知事である。

 ヘスティアはこの知事と会話をするために街の中心部にある知事の家まで来ていて、ここは応接間と言うことだ。本当なら昼食前には会えるはずだったのだが、ヘスティアが訪れた時、知事は不在であった。

 知事はヘスティアが来たと聞いて、午後からの予定をすべてキャンセルしてこうして対応しているのだ。だが、午前中に会うことはできず、お詫び代わりの昼食を共にして、今は食後のお茶となっている。

「いや〜、ヘスティア様と会うのは半年ぶりでしたか」

「10ヶ月ぶりだ」

 無愛想にヘスティアは訂正して紅茶を一口含んだ。

「渋い」

 知事に聞こえないようにぼやいたヘスティアはティーカップを戻してすまし顔をしていた。幸いなことに知事は絵画を見ていたようでヘスティアのリアクションを見ていなかった。

 ヘスティアはまだ14歳の女の子だ。甘いものが大好きな普通の女の子なのだが、妙に大人ぶることが多い。いつもは砂糖もミルクも沢山入れているのだが、人前では無理をすることが多い。それを知っているのは、グロスシェアリング騎士団の女性陣ぐらいで、一生懸命背伸びするヘスティアがたまらなく可愛いと姉のネイレードはよく口にしている。

「そうでしたか、いやあ〜、しばらく見ない間に大人になりましたね。お酒も飲むようになったとは驚きです」

 昼食の時、軽くワインを飲んだのだが、それもヘスティアの無理である。平常心の表情を保っているが、立ち上がるたびに倒れそうになっているヘスティアであった。

「おい、馬鹿。あたしは茶飲み話をしに来たのではないぞ馬鹿」

 少し酔っているヘスティアだが、強い目つきで知事をにらみつけた。知事も、いつまでも誤魔化しの話は続かないと分かっていたようで、苦笑いをしながら頭をかいた。

「シルトタウンの武器を我々が買い占めているのではないかと。そうおっしゃっているのですよね」

「輸出国内にシルトタウンの武器の割合がどうも合わない。一番考えられるのは貴様らだろ。一介の兵士までもがあたしらの武器を持っている現状を見て疑われないと思っているなよ馬鹿」

「まあ、確かにこの街の警備隊はシルトタウンの武器を持たせています。ですが、それは資金に困った外国の商人から買い付けたものです。一度商人たちが買ったものを買い取らせてもらっているので、買い占めていると言う表現は正しくありませんよ。そのような苦情は、外国の商人に言ってもらいたいですね」

 知事の迷いの無い言い方にヘスティアは若干の疑いを持つだけで済んでしまった。それは、知事の言っていることに間違いが無いからだ。知事たちが武器を買い占めているのではなく、ヴィルスタウンの食料の変わりに海外商人の武器を貰っているからだ。これは、正当な取引と言って間違いは無い。

「馬鹿なことを言うな。外国からわざわざ来る商人が資金不足だと。馬鹿か。それに、そこまで何に金を使うんだ馬鹿」

「食料ですよ。十分な食料が無ければ無事に帰れませんからね。それに、この街では今、食品の値上がりが続いていて、満足に買える商人が減ってきているのですよ」

 知事は苦しい事情を説明しているのだが、笑っていた。そんな知事の話をヘスティアは鼻で笑ってみせた。

「それこそ馬鹿な話だ。ここは聖クロノ国だろ。食に恵まれているこの国で食料が高くて買えないだと。馬鹿だ」

 すると、知事は嫌な笑みを見せた。

「そうおっしゃりますが、ヘスティア様。最近、この街に食料を供給していた農園の街が戦渦に巻き込まれましてね。そこからの食料が届かなくなってしまったのですよ。つまり、私達が一方的に悪いと言われるのはどうかと思いますが」

 知事が言っているのはルリカの街のことだ。ルリカの街は大規模農園を生業にしていた街でそこで作られた食料は聖クロノ国中に配布している言わば国の食糧庫の一つだった。もちろん、海外からの商人が多く来るこのヴィルスタウンにも多くの食糧を供給していた。リクセベルグ国とは違い飛竜を使えないこの国では、主要となる街の近くに大きな農園街を作ることで距離と需要をまかなっている。つまり、ヴィルスタンの食糧庫は、ルリカの街だったということだ。

 だが、知られている通り、ルリカの街はアヌビスたちの手によって崩落し、今はアマーンのギャザータウンの管轄内にある。したがって、ヴィルスタウンの食糧が高価になったのは自然なことだったのだ。

「もちろん、私達も海外の商人を苦しめるようなことはしたくありません。ですが、こちらも生活が掛かっているのです。本音を話しますと、ヘスティア様からあの街を開放するよう言って頂けるとありがたいのですが」

「馬鹿か。こっちも命賭けてんだ。食糧捨てるぐらいなら貿易捨てた方が賢いだろ馬鹿」

「そうでしょうね。それに、いくらヘスティア様と言えとも、そこまでの権限は無いでしょうから、私もそれ以上攻めるのはやめますよ。それに、最近新しい食糧供給地を作りましたので、もう時期安定するでしょう。それまでご辛抱ください」

 知事の言っている新しい供給地とはフレッグの神隠しが起きている村のことだ。だが、ヘスティアはその情報を詳しく知らないので、そのことに気付くことはできなかった。

「ああ、そうかい。ところで、馬鹿、最近この辺りでかみ」

「お話中失礼します」

 ヘスティアの質問を叩ききって応接間に入ってきたのは警備隊の人間だ。

「何だね君、ヘスティア様が来ているのだぞ」

 知事は入室してきた男を叱っているが、ヘスティアはそれほどでもないようだ。元々、彼女の目的は神隠しの話ではなく、武器の流れについてだ。それについての話を聞けただけでも十分で、神隠しの話はついでに聞けたらいいという程度であった。

「ご無礼は承知です。ですが、早急の報告なのです。お許しください」

「あたしは別に気にしない。むしろ、このあたしを差し置いてでもする必要のある報告が気になるぐらいだ」

 ヘスティアが首を大きく捻って、入り口の前に立った男を見つめた。その男はすぐにでも報告したいそうだが、ヘスティアがいると報告できないと言いたそうな顔で知事の様子をうかがっていた。

「かまわん。ヘスティア様に待っていただいているのだ。話せ」

「はっ。実は、街の外に獣人が出現したと言う報告がありました」

「おお、そうか。ならば、直ちに捕獲しろ」

 男が入室してから不機嫌だった知事だが、その報告を聞いて急に喜びプレゼントを前にした子供のようになった。

 だが、よい報告を持ってきた男の表情は暗い。それをよくないことだと分かった知事は日が沈んだかのように彫りが深く何か怨むような形相になった。

「なにかあるのか」

「はあ、実は、街の近くに魔物の集団が現われました。警備隊が守戦しておりますが、旗色がよろしくありません。ただ今、メネシス様にご助力を求めましたが、よい返答をいただけておりません。知事から一声かけてもらえないでしょうか」

 街の危機だと報告を受けた知事は親指の爪をかじりながら苦汁を舐めているかのような嫌な顔をしていた。

「メネシスめ。小娘は大人の言うことを聞いていればいいんだ。メネシスには獣人の話をしてないのだろ」

「はい、私がこちらに向う途中に耳にした情報で、高見からの報告なので確かなものです。どうやら、縄張り争いで他の獣と争っているそうです」

「手柄が減るのが、致し方ない。メネシスに獣人のことを報告し兵を借りて来い。兵が警備隊に合流次第、警備隊の半数で獣人捕獲に走れ。いいか、手段はまかせる。息をしていれば瀕死状態にしてもかまわん。捕獲に全力をつくせ。ほら、書状だ」

 知事は男に指示を出しながら殴り書きの書状を仕上げ、金の印を力強く押し付け渡した。それを受け取った男はヘスティアに一礼してすぐに応接間を出て行った。

 飛び入りの仕事を片付けた知事は水を一杯飲んで、ヘスティアの前のソファーに深く座って大きく息を吐いた。そして、すぐに背筋を正してヘスティアに軽く頭を下げた。

「済みませんでしたヘスティア様」

「いやいい。にしても珍しいな、魔物が街を襲うなど。なにかやつらの感に触ることでもしているのか馬鹿」

 小悪魔の笑みを見せるヘスティアに知事は力なく首を左右に振っている。

「あるのなら教えてもらいたいですよ。いきなりですよいきなり。何の予兆も無くいきなり警備隊に攻撃、街の建物を破壊、挙句の果てには港の一部を焦土させられてホトホト困っているのですよ」

 知事の言っていることをヘスティアは信じることができなかった。

 魔物は意味も無く人間に危害を加えるような集まりではない。もし、危害を加えてくるのならそれなりの理由がある。やつらの考えの基準でその理由を決められるので、理不尽なときもあるが理解できない理由をもって行動することは無い。無意味に破壊や殺戮をするのは獣とアヌビスぐらいだとヘスティアは思っていた。

「さすがに悪魔とも呼ばれる魔物ですから手ごわくて困ります。警備隊全てを使って守るのが精一杯。なので、国から兵を借りるようになったんですよ。ヘスティア様ならご存知でしょ、メネシスですよ。なのに、メネシス。肝心な時にいなくなって、まったく、これだから子供は困ったものです。……ああ、ヘスティア様は別ですよ。ヘスティア様はもう大人でしたよね」

「気にするな。いくら風格が付いても歳はどうにもならないからな」

 口が滑ったと知事はばつが悪そうにしていた。

 メネシスがいなくなった理由をヘスティアは知っていたが、知事には教えるつもりは無かった。メネシスがいなくなった理由は、アヌビスの魔力に感づいて彼を探しに行っているのだ。メネシスにとって、魔物よりアヌビスの方が要注意だと判断した結果だろう。

「ところで馬鹿、そんなにやばいなら戦力を削ってまですることがあるのか。なんやら、獣人がどうのと言っていたが」

 ヴィルスタン周辺は末端になるが、一応まだ狼の獣人であるロンロンの縄張りになっている。そもそも、この辺りで獣人と言ったらロンロンしかいないので、間違いなく彼が街の外で抗争していることを意味している。

「ええ、この近くに狼の獣人がいるのですよ。獣人と言えば、獣神以上の貴重生物。獣人を求める海外の商人は掃いて捨てるほどいますので。それに、商人に売らずに軍に獣人を差し出せば、出世の足がかりになりますからね。使い用途に困らないものです」

 獣人のことをまるで道具のように語る知事にあまりいい印象を持たないヘスティアは無言で目をそらした。ヘスティアが何も言わないのは、リクセベルグ国の人間も人を商品として物として扱っているからだ。

 聖クロノ国のヴィルスタウンも徐々にだがリクセベルグ国の黒い部分に染まりつつある光景に、ヴィルスタウンに幼い頃の楽しい思い出を沢山持っているヘスティアは悲しくなってきていた。

「そうか。まあ、気をつけろよ馬鹿。それじゃあ、あたしは帰る」

「見送りを付けます。お待ちください」

「いらんわ馬鹿。あたしに気を使うぐらいなら、街に気を使え馬鹿が。統領の先輩としての忠告だ。馬鹿」

 ヘスティアは自分の倍以上はなれた歳の知事を散々罵って知事の家を出て行った。

「まったく、この街も人間も変わりやがって……あたしがまだ子供のままだとでも言うのか」

 ヘスティアは、昔には無かった多くの巨大風車を眺めながら歳月の流れを目と心で感じ取っていた。

 昔と比べて変わってしまった街に哀愁の香りを感じながらも、昔と変わらない水平線へと沈む夕日を眺めながらヘスティアは仲間の元へと向った。


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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