第41話 サルザンカの宝-『後遺症の恐怖と発芽』
アヌビスたちは日が昇る前に出発し、日が昇るころにはヴィルスタウンに無事付くことができた。早朝ということで街はまだ眠っていて、彼らは街に入るための手続きに時間をとられていた。
ヴィルスタンの入り口からでも海と港が見え多くの船が停泊している光景が確認できた。そんな港町に不似合いな風車が立ち並ぶ所からしてもこの街が聖クロノ国の街だということが分かるだろう。
「手続きは済みました。各自、証明書を無くさないようにしてください。あと、自分の仕事は分かっていますね」
一台の竜車に全員を集めてポロクルが証明書を配りながら全体の様子をうかがって落胆していた。と言うのも、竜車の中の面々には生気が乏しくとても期待ができる状況に見えなかったからだ。
隅に座り床に向って何か愚痴を言っているアヌビスを筆頭に、いまだに目覚めず眠り続けるアンスとケルン、目を開けて起きてはいるものの時折大きく仰け反りそのまま倒れそうになるヘスティア、一切寝ていなくて睡魔を吹っ切り妙なテンションで危険なアレクト、大きな欠伸をしながら証明書を反対に持って読んでいるリョウ、世界屈指の軍事国であるリクセベルグ国の精鋭だとは口が裂けても言えるような集団ではない。
「みなさん、そのなりは何ですか。ミルとルリカの方が軍人らしく頼りがいがありそうですよ」
そんな軍精鋭の中に混ざっている二人の女の子。彼女達は不規則になりがちな旅の中でも規則正しい生活を送っているので、とても元気で新しい街に瞳を輝かせて街に入ることを楽しみにしているようだ。
そんな子供二人を褒めて仲間に檄を飛ばしているポロクルだが、彼にも昨夜の睡眠魔法の爪痕があった。現に手続き時や一言を発するたびに倒れて眠りにつきそうな体に鞭打って話しているのだ。
「貴様らはいいだろうよ。薬飲めばなんとでもなるだろうよ」
檄を飛ばしていたポロクルだが、アヌビスが憎しみを込めてそういうと次の言葉に困ってしまった。
それにはみなとアヌビスの疲れの原因の違いがあった。アヌビスを除くメンバーの疲れは、日ごろの疲れと睡魔がある。そんな肉体に昨夜のナナからの睡魔魔法。いくら強豪の面々でも、ナナほどの強力な魔法に睡眠中対抗するのは難しかったのだ。
だが、そんな肉体でもナナの魔法を打ち消したアヌビスだが、彼には別の問題があった。それは、いつも吸っているタバコだ。無くなるまでは一日に30本以上は吸っている愛煙家だ。だが、ここ数日はピタリと吸えなくなり精神崩壊が近づきつつあるアヌビスだった。
たかがそれぐらいと思われるかもしれないが、アヌビスにとってタバコは私利私欲の娯楽品以外にも意味を成すものである。そんな彼にタバコが吸えない現状を精神崩壊と例えても言い過ぎではないだろう。
そのことを知っているポロクルは、アヌビスに悪いような気持ちになりながら各自に薬を配り始めた。それは、細長い試験管にオレンジ色に光る液体が入ったものだ。ポロクルからそれを受け取るとリョウを除くみんなは悩まずにすぐにそれを飲み干した。
「短時間ですが、緩和してくれます。効果は私の体で実証済みです。睡眠魔法の効力は昼前までとでましたので、それまで各自こまめに摂取してください」
「これって……前にアレクトが飲んでいたやつと同じ物なのか」
「同じものといってもいいでしょうね。その時のものは魔法補助薬、今回のものは言わば解毒剤です」
リョウを除くみんなが解毒剤を飲み終えると、無言だがすっきりとした顔でなまった体をほぐしはじめていた。
ハイテンションだったアレクトも落ち着きを取り戻して、空になった試験管をポロクルの前に投げつけた。少しはまともになったが、興奮気味なのは変わりなかった。
「不味いって言っているでしょ。たく、もう少し甘くできないかな。色からしたらオレンジの味がしてもいいのに、どうして藁の味がするの」
「それはどうしようもありませんよ。獣属性の粒子はそんなものですから。ささ、リョウ。何があるか分かりませんから、飲んでおくことをオススメしますよ」
「……飲む前から不味いって言われていると、かなり勇気がいるな」
ポカティよりかは飲みやすい解毒剤をリョウがむせ返りながらも飲み干した。
「げっほ、……臭、そして、後味悪。……あ、でも、目が覚めたかも。そうか、これだけ不味いと眠気が覚めるのか」
薬の変な理解をされてしまって製作者のポロクルは残念そうな顔を隠していた。彼はこの薬を作るために睡魔に耐えながらも複雑な公式を解き自分の体で何度も実験をして作りだしたものだからだ。
この薬は解毒剤と言っているが完全に毒である。それが言えるのは、ポロクルが作る薬の仕組みにある。この薬の成分は魔力の塊である魔水と粒子が混ざった魔鉱石、この二つの調合によって作られている。
魔水に粒子を混ぜると、その魔水は粒子の属性の波長を持った水になる。それを、体内にある魔法、睡眠魔法の波長にぶつけて中和する。獣属性の波長をぶつけることによって、睡眠魔法の呪属性の粒子の結合が離れて魔法が打ち消される。そして、体内にはバラバラになった獣属性と呪属性の粒子だけとなる。
その粒子が味となってリョウたちを不愉快にしているのだが、この薬の後遺症はそれだけではない。体内に本来無いはずの粒子が補充されると何かしらの変化が現われる。その粒子の属性がその者の使える属性ならよい方向に、それ以外なら悪い方向に作用する場合が多い。
その利点を利用したのが前回アレクトが飲んだ魔法補助薬だ。だが、今回は睡眠魔法を打ち消す変わりに、体内の獣粒子が活性化される。
人間の肉体は火・水・力・雷・獣・風の6属性の粒子の結合によってできている。本来、体内の粒子は一定の量を保って肉体は保たれている。例えば、体内の火の粒子と水の粒子が均一を保っているので人間の体温は一定に保たれている。だが、この均一がずれたときに体温が狂い肉体に支障が起こるのだ。
体内における獣粒子の役割は、骨や筋肉などの体を作るものとなる。もし、獣属性の魔法を使うものならば魔法の強化ができるが、そうでないものは筋肉痛や爪や体毛の伸びる速度が上がる。それ以外にも粒子が精神にも作用する。獣属性の場合は知的な判断ができなくなる。それが最も大きな副作用だろう。
「さてと、リョウも飲んだことですし、街に入りますか。ちなみに、薬は多めに配っておきます。敵将のメネシスが使う洗脳魔法にもいくらかは効果があると思われます。ですが、メネシスたちに見つからないのが最善の策だと忘れないでください」
ポロクルがそう忠告するとアヌビスが不気味な笑みをばら撒きながら荷台から一人で降りて先に街に入ろうとしていた。
「アヌビス、先に行くのか」
リョウがそう聞くとアヌビスは体内に納めていた黒いオーラを一瞬だけ放った。それは、湖に岩を投げ込んだときの水しぶきのようで一瞬だがその大きさがはっきりと分かるものだった。それを見たリョウは驚き、ポロクルも取り乱していた。
「アヌビス、一体何を考えているのですか」
「俺はメネシスを調べるのだろ。なら、探すぐらいなら誘き出した方が他のやつらに見つからずにやれるだろ」
「ですが、魔力を感知されては作戦が」
「ポロクル、忘れたか。ここは聖クロノ国だぞ。メネシスの部隊で今の魔力を感知できるのはメネシスぐらいだ」
アヌビスの魔力は膨大でその片鱗を見せるだけでみなが気付くほどだ。だが、それは魔法を使えるものだけに言えることで、そうでない者はアヌビスが意識して威嚇しない限りアヌビスの魔力の大きさを悟ることはできない。アヌビスを見たアンスが臆せず挑発していたのにはこんな裏があったのだ。
「でも〜、私たちがここにいることがばれたら不味いんじゃない。メネシスが気付いたらアレスやアテナに警戒するよう命を出すと思うけど、そうなると交戦になるかもだよ」
「それはない。ここはやつらの国である前に世界の集束地だ。この街で戦ってみろ、やつらにとっていい評価はされない。まあ、メネシスがアレスたちにそれを報告すればの話だがな。……集合は日没。この街の一番大きな宿場だ。それまでは、自分の考えで動け」
アヌビスはそう言い残すとヴィルスタウンの中に入って行った。それに続くかのようにヘスティアが旗を巻いた棒を肩に当てて荷台を降りてヴィルスタウンに入ろうとしていた。
「んじゃ、あたしもいくわ。気をつけろよ馬鹿野郎供」
「ヘスティアこそ、アレスたちに気をつけたほうがいいぞ。この街だと精霊召喚できないだろ」
リョウが心配してヘスティアにそう声を掛けた。ヘスティアが得意とする精霊召喚は強力な魔法だが規模が大きくとても目立つ。リョウはそんなことだけで声を掛けたのだろう。だが、ヘスティアはこの街、もっと正確に言うのなら聖クロノ国の人間以外、つまり、リクセベルク国のことをよく知らない他国の人間の前で精霊召喚をするつもりは無かった。
ヘスティアの精霊召喚は強力な攻撃魔法以外に膨大なエネルギー源になるものだ。言うならば最高純度の巨大魔鉱石をごろごろと持っているのと同じことだ。そのヘスティアの力は威力ではアヌビスには及ばないものの価値はそれの上を行く。ヘスティア一人で国一つのエネルギー全てをまかなえるのだ。そんな彼女の存在が世界に公になったら、彼女目当てに世界から目を付けられてしまう。
そんな理由からヘスティアはシルトタウンで隠れるように街を管理する存在になり、その力を思う存分に振るうことなく国境を守っていたのだ。
そんな深い意味があるにも拘らず、ヘスティアはリョウを指さして仰け反っていた。
「あたしを誰だと思っている馬鹿。リクセベルグ国第六軍緑の部隊指揮官ヘスティア。グロスシェアリング騎士団だぞ。アレスほどの小物なら両手両足を縛られても素手で倒すぐらいできる。貴様は自分のことを心配するんだな馬鹿」
小さな体を大きく動かしながら全身で不機嫌を表したヘスティアはアヌビスとは逆の方向に行ってしまった。彼女は、この街に武器を流している人だ。彼女がそれを管理しているのでリクセベルグ国の商人でも武器を売りにくると言う名目でこの街で商売ができている。街としても賑わいいい傾向になる。まさに、ヘスティア様様なのだ。
そんなヘスティア様はこの街の知事に会いに行くそうだ。それは、武器の不正な動きを感じてのことだ。本来なら、シルトタウンから商人に武器を割り当ててヴィルスタウンに運ばせる。そこで、貿易相手の他国に武器を流すことになる。だが、ここ最近になって出荷と受け取りとで差が生まれ始めていた。多少の誤差はあったとしても、日が経つに連れそれは大きくなってきていた。
その武器のことを口実にヘスティアは神隠しとフレッグの街を襲う意図を聞き出す算段だ。
「リョウ君。ヘスティアには優しいんだね。私も同じ女の子なんだけど」
少しすねたアレクトがリョウの腕に抱きついた。慌てたリョウは振り払うように拒んだが、本人は心地良く嫌な気分ではなかったようだ。
「だ、だってよ。アレクトは剣士だろ。召喚師のヘスティアが召喚禁止だと流石に心配だろ」
「うんうん、優しいねリョウ君は。でも、ヘスティアも言っていたけど、グロスシェアリングの彼女なら素手だけでも問題ないよ。あと、私は剣士じゃなくて魔法剣士だよ。剣は得意だけど、魔法がメインに近いんだからね。アヌビスみたいに剣一本でいけたりはしないんだよ」
「それ以前に、ヘスティアには手を出さないでしょう。彼女の機嫌を害してしまったらこの街に商人が来る口実がなくなりますからね。言うならば、ヘスティアの機嫌はヴィルスタウンの経済バロメーターですよ」
ポロクルはヘスティアがまるでこの街の経済を牛耳っているかのようなことを言っていた。
「でもよ。もし、ヘスティアが問題を起こして、この街に商人が入れなくなったら貿易相手が怒るんじゃないのか」
「そうなる可能性はありますね。ですが、実言うと新たな貿易手段をシルトタウンで開発中なのです。リョウ、感謝していますよ」
ポロクルはアヌビス部隊に入る前は、シルトタウンのヘスティアの部下であり有名な研究者だ。そんな彼が音頭を取ってシルトタウンで大規模な開発を行っていると言う発言は世界をリードするリクセベルグ国の文化をもう一段階上げるものに聞こえてくるものだ。
「俺、何かしたか」
「いえ、正しくは君の持ってきた知識の魔道書ですよ。シルトタウンに到着したときが楽しみですね。では、私は行かせてもらいます。そろそろ商人たちが市場の準備を始める時間ですから。お二人は、アンスとケルンが出発次第、市場に参加してください。慌てなくても儲けなくてもいいですからね。特に、アレクトには強く言っておきますよ」
「あいあい、分かっていますって。あの二人は獣の調査だったよね。起きたら伝えておく」
軽い返事をしたアレクトに些かどころか多量の不安を持ったままポロクルはヴィルスタウンの中に入って行った。
「ほら、兄さん行くよ」
「や、やだ。僕は行かないの」
リョウとアレクトがずっこけそうになるような泣き声が荷台から聞こえてきた。その声音は男らしいもので消去法で誰のものだか分かるものだったが、リョウとアレクトの二人は荷台の中を覗くことにした。
「兄さん。後は僕達だけなんだよ。早く出発しなきゃアレクトたちに迷惑だよ」
「だって、だって、だって、怖いんだもん」
いつも自信を持ち先頭を切って進むアンスだが、今は弟のケルンに抱きついて脅えていた。そんなアンスを初めて見たリョウは気味が悪いと思っていた。
「兄さん……もしかして、あの時のことを」
「ケルン……お前も見たのか」
脅えた顔でケルンを見上げたアンスに無言で優しく微笑んで頷いたケルン。それを見たアンスはわずかだが安らいだようだ。
「そりゃあ僕も怖いよ。でも、兄さんも見たでしょ。あの獣たち。だから」
ケルンにそこまで言われたアンスは自分で自分の頬を叩き大声を上げた。そして、勢いよく立ち上がり愛用の槍を手に取り荷台を飛び降りた。
「ケルン、心配をかけた。行くぞ」
「はい、兄さん」
「あ、二人とも。集合は日没、一番大きな宿場だからね」
アレクトが知らせと共にポロクルの解毒剤を渡した。それを受け取った二人は草原に消えていった。
「それじゃ、私たちも行きましょうか」
そうアレクトが提案すると、待っていましたとミルとルリカが大きな返事をした。そして、リョウを含めた4人は人数の割りに大きな二台の竜車を進めながら、メネシスの潜伏地であるヴィルスタウンに入って行った。
「リョウ君、隅に刃物は置かないの。……って、名刀となまくらを一緒に置かないで。名刀は、真中より少し外して……ん〜、ルリカちゃん右端は魔鉱石を置こうか。そう、純度の高い順番ね。ミルちゃん、銃の磨きが終わったら値段順に並べてね。角度は30度だからね。……さあ、そろそろ市場が始まるよ。急いでねぇ」
「だったら、アレクトも手伝えよ。その方が指示するより早いだろ」
「駄目。私は第三者の目線でお店を見て素直な感想をだね」
「別にいいだろ並べ方ぐらい。本気で売るんじゃないんだから」
「リョウ君。駄目だよ。それは買ってくださるお客様に失礼だよ。少しでもいい気持ちで買っていただこうと私たち商人は努力しなければならないのだよ」
熱く語り始めたアレクトは握りこぶしを震わせながら瞳に炎を宿していた。そんなアレクトに指示されているリョウの袖をミルが引っ張っていた。
「リョウ、アレクトって、軍人さんじゃないの」
「そうだけど……こういうことは気持ちが大事だってことじゃないのかな」
「難しいんだね軍人さんのお仕事って」
「そんなわけないでしょ。ただ単にアレクトの趣味だと思うわよ」
年下のルリカに否定されたリョウだったが、彼も彼女の意見に賛成だろう。アレクトは着々に賑わい始める市場に楽しみの笑みを浮かべていた。
海の波が打ちつける港には多くの船と木箱、それを運ぶ人たち。朝日が昇って間もない時間だが、市場開始まで一時間を切った今は準備に追われる商人でごった返していた。武器や食材以外にも鎖に繋がれた人間が目に付く港だ。ライランやキャンプ地でであった商人たちは女性を多くつれていたが、この港では屈服のいい男性の方が多い。それは、船で長旅をする際に役に立つからだ。
そんな光景を見てリョウは少し暗い気持ちになり思い出したくのない光景を思い出していた。
赤い血を噴出しながら分断された女性。彼女は死と言う終わりを迎えたと言うのに苦痛を浮かべることなく笑顔で笑っていた。だが、彼女は涙を流していた。それが彼女の一生の苦しみを表しているとリョウは考えていた。忘れようとすればするほどその光景を鮮明に思い出してしまいリョウはうずくまっていた。
「リョウ、どうかしたの。大丈夫」
簡易の店となった荷台の中でうずくまるリョウと同じ目線になろうと床に座ったミルが優しくリョウの顔を見ていた。優しく微笑まれたリョウは汗を拭って立ち上がった。
「ありがと、ミル。はあ、厄介な後遺症だな」
「後遺症?」
「いや、いいんだ。俺の問題だから」
リョウは悩んでいた。彼はあれ以来、人間を斬ることはおろか剣を向けることすらできずにいた。向けたとしても動かすことができず威嚇止まり、さらに無理して続ければ吐き気に襲われ立っていられなくなるほど酷い状況だ。彼自身は戦闘ができないだけだと思っていたらしいが、身売りをしている人を見るだけでその症状が現われることにはじめて気付いた。そして、リョウは人間恐怖症になるのではないかと不安な気持ちを芽生え始めていた。
「何かよく分からないけど。私でよければ苦しい時、話を聞いてあげるよ」
人間恐怖症の種子を持っているリョウだが、目の前にいる少女ミルの微笑と優しい心に癒されその発芽がいつになるか分からないだろう。だが、その種子は血と言う水と死と言う冷たい闇で育てられるものだ。軍人の道を選んだリョウにとって、発芽は免れないものだと言って過言ではない。
だが、それに気付くのは遅い方がいいだろう。種子の存在と意味を知り恐怖で眠れぬ夜を送るのは辛く生きる希望をそがれるものである。強靭な心を持つか人を捨てるか。そんな選択しか残されない種子の恐怖。リョウはどのような選択をするのか。それは、彼が決めることだろう。だが、花の咲く環境。花の咲いているここでは、似たような花が咲いてしまうのも然りなのだ。
それならいっそう、それを忘れて待とうではないか。忘れてこの今手の中にある幸せを彼らに与えるのもまた一つの癒しとなるのかもしれない。
「さあ、ばんばん売ってじゃんじゃん儲けるよ」
アレクトが勢いよく拳を掲げると、市場の一日が始まった。
「おや、小さい割にはいい品が多いな」
アレクトが声を上げてすぐに訪れたのは、整った服装の二人連れの男たちだった。
「いらっしゃいませ。素敵な服……この街の警備隊様ですか。そちら様はもしかして警備長様では」
真っ先に接待にあたったアレクトは相手の服装だけで職種を当てて見せた。ずばり当てられた男たちは驚かず、自分たちが有名になったと勘違いをしてよい気分にしたっていた。
もちろんそれはアレクトの戦術だった。褒めて商品を多く買ってもらおうと言う考えだ。
二人の職種を当てることができたのは、二人が有名だからではない。いくら上手く隠しても、その体格と銃と剣、さらに、歩き方から息の仕方など多くの観察点から瞬時にこの街の兵士だとアレクトは見切っていたのだ。
「お前、中々分かる奴だな。気に入ったぞ」
「ありがとうございます。それでぇ、警備隊の方々がご満足いただけるようなものが私めらの店などにありますでしょうか」
威張るように胸板を張っている男に下手に出ているアレクト。猫の被り方が上手いのか元々丁寧な人だから上手く見えるのか定かではないが、いつもと違って演技をしているアレクトを見てリョウは笑いを堪えるのに必死だった。
「いや、質は求めんのだ。シルトタウンの武器はあるだろ」
「ええ、少しならありますが」
誇らしげにとはいえないアレクトの返事だったが、男たちは満足したように頷いていた。
「よし、それならその武器すべてもらおうか」
いきなり現われた男たちにいきなり言われた大口買い。その怪しさに下手に出ていたアレクトはすぐに返事を返すことができなかった。
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。