第38話 神隠し戦−『百聞は一見にしかずを教わる』
「止めろ。積荷と通行書を見せろ」
聖クロノ国側の関所につくと、小さな小屋から三人の男が出て来た。腰には剣を一本かけているが、鎧などは身に付けてはおらず寝起きすぐといった軽装だ。竜車を止めた俺達は代表のアヌビスとヘスティアだけが竜車を降りてその男たちの前へといった。
「本当に強行突破するのかよ」
「リョウ君、違うよ。突破じゃなくてぶっ潰すの」
アレクトは嬉しそうに言ったがどちらにせよ俺には力任せの行動だということだった。
小さな関所のわりには石材で作られた門と長い壁が続いていてしっかりとしていた。門は竜車が一台通れるギリギリの大きさで、壁は見えないところまで続いている。壁を迂回して突破するなら竜車を捨てて草原の草花を切り開きながらじゃないと無理だろう。壁を越えようにも俺の身長の倍ぐらいの高さでツルツルとしていて掴む所などもなさそうだ。
そんな普通の関所に不似合いな風車が一塔立っていた。関所に必要なものだとは思えなかったが、山風がよく吹くこの草原には似合っている気もした。ルリカの街もそうだが、この聖クロノ国ではリクセベルグ国では見たことのない風車をよく目にする。この国の象徴かなに何かなのだろうか。
「ところで、俺達は手伝いに行かなくてもいいのか」
関所を潰すにせよ、竜車を降りたのはアヌビスとヘスティアの二人だけだ。二人の力を疑っているのではないが、礼儀として形だけでもあとを付いていった方がいいのかと思っていた。
「あーやめておいた方がいいな。ってか、近づくことすらしないほうがいいな」
やつれた表情のアンスが一番前にたって二人を見ていた。いつもの元気がなく少し落ち込んでいるようにも見えた。
「ヘスティアが精霊召喚するんだと。アヌビスならともかく俺たちだと防ぎきれないからここにいろだと」
「精霊って、魔物や獣の類なのか」
「俺はよく知らねぇ。強い塊、触ると不味い、知ってる事と言ったらそんだけだな」
首を振るアンスの代わりにアレクトを見ると彼女は不味そうな笑みを見せてポロクルに視線を送った。そして、俺たち三人の視線を集めたポロクルは少々呆れた顔をアレクトに見せた。
「リョウやアンスならまだ分かります。ですが、アレクト。貴方は精霊を使っているではないですか。それで分からないのですか」
「そ、そりゃあ、粒子結晶体の高知能物質って教わったけどさ、改めて説明してみろって言われると……」
「やれやれ、あの二人も時間が掛かるようなので、しばらくお勉強の時間としますか」
関所の方に目をやるとアヌビスと男たちが言い争っているのが見える。何を話しているのかは分からないが、いきなり力を振るうつもりはなかったようだ。
そうこうしていると、ポロクルが赤いシートを地面に敷き、黒板を竜車から出してきた。元々は二つとも竜車の荷台の中で軍議の時に使うものだが、それ以外のときは俺たちの勉強時に使うことが多い。今日は天気がいいので蒼空教室といった所だろう。
「今回は『粒子と魔力の関係・精霊の定義』ですね。今回の章は難しいので、ミルとルリカは不参加でもいいですよ」
ポロクルから貰った教科書をめくる俺の隣にはミルとルリカも同じ本を持って座った。その隣にはアレクトまで参加していた。アンスとケルンは勉強が嫌いなようで竜車の中に入って何かの準備を始めていた。
「では、リョウ、魔力とは何か分かりますか」
「どんなものでも差はあるが持っているもので、人間だと、体内で作り出されるもの。魔法を使うときに必要なものだろ」
「そうですね。今では魔法使いの強さは魔力の量となりつつありますね。では、粒子について何か知っていますか」
俺は素直に首を振った。
「くく、馬鹿だ。そんなことも知らないで魔法を使うなんて」
隣のルリカはまた馬鹿にするように笑っていた。俺だって、まったく知らないわけではなかった。アレクトやヘスティアが使っているのを何度か見たことがあった。だが、絶対の自信があるわけでもない。下手なことを言ってルリカに笑われるのを回避したのに過ぎないのだ。ん、俺なんで子供相手に慎重になっているんだろう。
「まあ、当然でしょう。まだ教えていませんから。では、アレクト。粒子についての説明を」
すると、アレクトは顔を背けながら小さな声を出した。
「えっと……魔法の元、かな……。沢山あると、強い魔法が使える……みたいな」
「頼りない大人たち。粒子は全ての物を構成する最小物質のこと。12種類の粒子の結合でものや私たち人間もできているの。その粒子同士を結合しているのが魔力。魔法は、空気中や物質内にある粒子を集めて結合することで使うことができるもの。そうでしょ」
魔法使いのアレクトですらいえなかった粒子の説明をルリカが教科書のようなことを簡単に言った。それを聞いたアレクトは落ち込んだように頭を落としていた。
「うう、ルリカちゃんに教えられた……どうしてそんなに詳しいの」
「魔道書を読むにはそれなりに知識が必要なの。それに、私、魔法学嫌いじゃなかったから」
「ルリカが魔法学を……おかしな話ですね。聖クロノ国では魔法学を学ぶ機会などないと思うのですが」
ポロクルが不思議そうにルリカを見ると、彼女はいつもの魔道書の最後のページをポロクルに見せた。そこには赤くて俺たちには読めない文字が書かれていた。
「私の名前は、ルリカ・レイサール。でも、それは新しい名前で、昔の名前はルリカ・フォン・シルフエル。本当は名乗りたくなかったんだけどね。アレクトたちならこれだけで分かると思うけど」
ルリカの昔の名前を聞いたアレクトとポロクルはぞっとした表情を見せたが、訳が分からない俺とミルに深く聞かれたくないようですぐに平常心を取り戻したようだ。そして、ポロクルは誤魔化すように話を戻した。
「で、では、話を戻しましょうか。ルリカの言った通り粒子の結合によって魔法が生まれます。一定量同じ粒子が集まるとその粒子特有の効果が現れます。ここでは分かりやすいように炎の粒子を例に取りましょう」
そう言いながらポロクルは黒板に絵を描き始めて分かりやすく説明を始めた。
「炎の粒子が一つ二つ集まった所でなんら変化はありません。ですが、一定量集まるとそれは熱を持つようになります。人間に体温があるのは炎の粒子を持っている証拠なんですよ。で、さらに粒子を集めると強い熱へと変わり、さらに集めると目に見える炎となる。大変そうに聞こえるかもしれませんが、実際の自然界では物質同士が有する魔力の調和でそれを成しています。炎が燃えるときに薪や燃料が必要ですよね。あれは、木や燃料に含まれる魔力と炎の小さな粒子を結び付けているからなんですよ。ですが、それに頼らず自分の意思で粒子の結合を行う行為が魔法という事です。つまり、魔法には魔力と粒子両方が必要なのです」
俺が元いた世界で言うなら、粒子が元素で魔力が電子といった所だろう。俺の体にいくらかの変化があったのもこれが原因しているのかもしれない。
「次に、魔法の実用について説明します。ただ単に粒子を魔力で結合させるぐらいなら誰にでもできます。薪に火をつければいいだけの話しです。ですが、それでは利便性にかけます。魔力で多くの粒子を結合させて大きな炎を操れて始めて魔法と呼べるのです。有能な魔法使いというのは少量の魔力で多くの粒子の結合ができる者のことを言います。多くの魔力を持っていても結合が下手な人と魔力が少なくても粒子結合が得意な人とが戦った場合、強さを示す魔力が多い前者の人が勝つとは断言できません。次に、魔力についてですが、魔力にも粒子と同じように12種類あります。粒子を結合する際には適した魔力でなければありません。これが、個人個人で扱える属性が違う原因です。魔力にはそれぞれ違った波長があります。正反対の波長がぶつかった時互いに打ち消しあいます。炎と水の波長は反対に属しているのは必然的に分かっていただけますね。そして、12種類の波長を器用に操ることは不可能です。それは体質の問題ではなく、体内で魔力が打ち消しあってしまうからです。であって、正反対の魔力を持たない形でなければなく、一人の人間が扱える魔力、つまり魔法の属性は6種類が限界となるのです」
俺の手元にある教科書にはそれの相関図が描かれていた。と、ある人物の使う魔法の属性に指を当てていくと打ち消しあう組み合わせを持っていることに気付いた。
「でもよ、確かアヌビスが使えるのは7属性だろ。それはどうなっているんだ」
「リョウ、鋭いですね。アヌビスが扱える属性は『鋼・雷・獣・光・火・闇・風』の7つです。こうなると、風と鋼が打ち消しあってしまう。ですが、彼は7つ使えるようなのです。詳しくは教えてもらえないのですが、精霊が関係しているのではと私は思っています」
ようやくここで今回のメインの精霊のワードが出てきた。
「と、精霊の説明ですね。リョウも見たことがあるともいますよ。アレクトがたまに呼び出している光るものです。あれは一種類の粒子が多く集まって結合しているものです。精霊はそれの上、一種類の粒子が大量に集まって、意思を持ちかけた存在のことを言います。これは、生物の定理である『5種類以上の粒子の結合によって意思を持ち存在している』に反しているので生物とは呼べないのです。精霊は自然界の魔力によって生まれだしたものです。それと契約を結んで力を借りるといったものです。具体的には、自分周囲に粒子を飽和状態にしてもらえるぐらいです」
「ポロクル先生いいですか」
いきなり手を上げたルリカに話す口を止められたポロクルはそちらに目をやった。
「何ですかルリカ。質問は講義の最後にしてもらいたいですね」
「いえ、そうではなく、ただ、話しが難しすぎてなのか、アレクトが寝ていますが」
ルリカが見るそこにはミルに揺すられても起きないアレクトがいた。アレクトが粒子の説明をできなかった原因が何となく分かったような気がする。その姿は元の世界と同じで授業中に寝る生徒そのものだった。
「アレクト、分かりましたか」
ビクリ、と肩を動かしたアレクトは口を袖で拭って姿勢を真っ直ぐに正して、ポロクルに満面の笑みを見せた。
「も、もちろんですよ、ポロクル先生」
「では、生物の定理を言ってもらいましょうか」
ニコニコ笑っているアレクトだが、真面目な表情を冷たい眼鏡越しに見せるポロクルにアレクトが返答を急かされていた。
「ええっと……生物の定理、ですよね」
「そうですよ。生物の定理です」
「えー、あのー、……い、生きていて話ができるもの。ですか」
「まあ、アレクトはいいとしてリョウ分かりましたか」
ポロクルにそういわれて俺は首を傾けた。
「精霊についてもっと簡単に言ってもらえないか」
「何を言っているのですか。本来なら3日かけて説明する内容を簡略化したのですよ。これより簡単にしろといわれましても……」
「お話ができるおっきな魔法。じゃないの」
ミルの子供なりの解釈を聞いた俺とアレクトはああなるほどと頷いていた。散々説明していたポロクルはもう何も言いたくなさそうな顔を見せて、アヌビスたちの方を指さした。
「そんなものだとは断言したくありませんが……実際に見てみるとよく分かると思いますよ。リョウの国の言葉で言うなら、百回聞くより一度見た方がいいというやつです」
「ポロクルの説明を100回聞くよりも、ヘスティアにお願いして一度見てみた方が分かりやすいってことなの」
ミルの再確認にポロクルは無言で立ち去ってしまった。アレクトは苦笑いをしながらミルとルリカをアンスたちに任せて、俺と一緒にアヌビスたちに少し近づいて精霊を見てみることにした。
「だから、通行書を見せろといっている」
「断る。こんな所に関所を置く貴様らが悪いんだろうが」
「お、お前。無茶苦茶言うな。いいか、クロノ国の許可なくここは通せないんだよ」
「おい、アヌビス。面倒だからさっさと潰しちまおうぜ」
「だな。穏便に済ませてやろうという俺の慈愛を無碍にした罪は大きいぞ」
それを聞いた男たちは眼に見て焦り始めていた。
「あ、アヌビスだと。ふざけるな商人風情が」
「ほう、貴様らには魔力がないようだな。臆さない無能は目障りだ」
アヌビスを前にした男たちには分からないのだろう。だが、俺の目にはアヌビスの背後から黒いオーラが、ヘスティアの背後からは緑色のオーラが薄っすらと見えていた。
「だ、大体。こんな所をあの黒衣の死神がのこのこと歩いているはずがないだろうが。そ、そうだ。貴様ら最近、アヌビスだと名乗ってあちこちで暴れている連中だな。だから、通行所も荷台も見せたがらないんだ。そうに違いない」
彼が言っているのは、キャンプ地のジャックの件で出会った偽アヌビスのことだろう。アヌビスには似ても似つかない大男だったはずだが間違えるものだろうか。まあ、話だけ知っていて詳細を知らないのだろう。だから、このような小さな関所を選んだのだ。アヌビスのことを良く知らない警備の方がやりやすいのだろう。
すると、先ほど小屋に戻った男が嫌な笑みを見せながら戻ってきた。その笑みは自信の表れにしか見えなかった。
「おい、よく聞け貴様ら。たった今、『アヌビスと名乗る男を発見』と報告した。さっさと立ち去った方が身のためだぞ」
だが、アヌビスはそんなことで退くような男ではなかった。そんな状況で彼が考えていたのは今後のことだった。
「ここから報告するなら……ヴィルスタウンか」
「よく知っているな。そうさ、不幸なことに今その街にはメネシス様がおられる。すぐに兵をよこしてくれるだろうよ」
それを聞いたアヌビスは俯いて小さな笑い声を出していた。それに激怒した男たちはアヌビスの胸倉を掴んだ。小さなアヌビスは簡単に宙に浮かされた。
「貴様何がおかしい」
強気な男に、アヌビスは冷たく恐怖の三日月の笑みを見せた。その笑みに一瞬にして青い顔をした男はアヌビスを突き放した。だが、アヌビスは何事もなかったように着地して笑った。
「お前たち。踊れ踊れ、俺のこの作り上げられた物語の上で、俺という神の偉大さをより輝かせるために、哀れで醜い人間を演じろ。そして、俺の前に朽ち果てて俺の脅威の象徴となれ」
いつになく黒く冷たく死に近い感覚を思わせるアヌビスに安全な俺ですら恐怖していた。隣のアレクトも苦笑いでアヌビスを見ていた。
「あらら、スイッチは入っちゃったみたいだね」
「いつになくすごい傲慢さだな」
「タバコが無いからねぇ。リョウ君は初めてかもね本当のアヌビスを見るのは」
「あれが本当のアヌビス……確かに、死神って呼ばれる意味が分かるかも」
すると、アレクトは首を横に振った。
「あれはまだまだだけどね。本当のアヌビスはその姿を見るだけで人は死んでしまうぐらいなんだよ」
話しでは聞いていた黒衣の死神。死の象徴とされるそのアヌビスという名前。初めはアヌビスに恐怖していたが、今まで彼を見て死をイメージさせられることは少なかった。友達、とは言えないかもしれないが、旅を共にする仲間だといえる。そんな関係だったからアヌビスを死と呼ぶのに疑いがあったときもあった。だが、今アヌビスの本性を少し見ただけでその話を信じてしまう自分がいた。
その全身に死と恐怖の黒いオーラをまとったアヌビスが右手を上げるだけで、強気だった男は臆病な声と涙を出して腰を抜かしていた。そして、アヌビスに指をさされた男は死の宣告を受けるような絶望しきった顔になっていた。
「俺を愚弄した罪。そのちっぽけな命では足りないな。俺が手を下すほどの価値もない。ヘスティア、任せたぞ」
アヌビスに任せられたヘスティアは肩に当てていた黒い漆塗りの棒に巻きつけられていた旗を広げてアヌビスに笑みを向けた。
「希望の精霊は何だ。馬鹿」
いつもとは違う感じの殺気を放っているアヌビスなのに、ヘスティアはなんら変わらずアヌビスに接していた。それは、本当のアヌビスを知っていて今のアヌビスはまだマシな方だと分かっているからだろう。
「炎、人間は綺麗に消し去れ。だが、門は壊すな。それだけだ」
「了解。生物を消し去ればいいんだな馬鹿」
そう言うとヘスティアを残してアヌビスはこちらに戻ってきた。その頃にはアヌビスから殺気は抜けきっていた。それを確認したヘスティアは足元に魔法陣を展開していた。
「ヘスティア……ま、まさか、あのシルトタウンの統領、深緑の殲滅歌、ヘスティアか」
「深緑の応援歌だ。間違えるな馬鹿」
ヘスティアが怒鳴り声を上げて旗を地面に突き刺すと、その旗から赤い光が噴水のように溢れだした。その量は今までのものとは比べ物にならないほど大量で、そこに紅葉した大木が生えたかのようにも見えた。
「炎。その手で掴む希望も絶望も黒き灰にする絶命の王。その瞳は太陽に、その息は夏の風に、その存在はこの世の終わりを意味する」
ヘスティアが笑みで歌うように詠唱を進めるのに比例して赤い光は炎に変わり巨大な火柱になった。さらに、その火柱の中から指が突き出てきて、火柱を裂くように大きな手が現われ、火柱の中から炎の巨人が現われた。その大きさは、壁の何倍もあって20mはあった。全身が炎でできた巨人。赤やオレンジ以外にも黒っぽい炎が混ざっている。その高温はいつも温厚な竜車の竜が脅えてうなり声を上げるほどだ。アヌビスの炎の魔剣が焚き火に感じるほどの温度だ。
そして、ヘスティアが地面から旗を引き抜くと、火柱が消え炎の巨人だけが残った。
「絶命と焦土の巨人。汚いその馬鹿達を消して」
ヘスティアがそう命令すると、炎の巨人はその巨大な右手を男たちの上に掲げた。それを見た男たちは動けず、諦めを意味する悲鳴を出す前にその手に潰された。音もなく何の衝撃もない。一瞬地面を撫でた巨人の手の平がどかされると、そこには何もなかった。人も、剣も、草も何も無かった。ほんの一撫でで全て消えていた。
「うん。ありがと。消えていいよ」
ヘスティアが許可すると、巨人は深い唸り声を上げると赤い光に戻って散り散りに散っていなくなった。
「今のが精霊……」
「ヘスティアのは別格ですよ。あれほどの精霊と契約できるのはグロスシェアリングでも彼女ぐらいでしょう」
ポロクルが元リーダーを誇らしげに語っていた。
「あそこまで人間、いいえ、生物に近い精霊を、それも13体も呼び出せる彼女はまさしく召喚師と言う存在でしょう。戦場であのようなものを見せられたら誰もが殲滅を口にするでしょうね。地獄の真中で緑の軍旗を掲げて、歌うように殲滅の精霊を呼ぶ姿。殲滅歌の方が似合っているかもしれませんね」
ポロクルの頭にはヘスティアの戦場での姿が浮かんでいるのだろう。その姿がどのようなものかは俺は知らないが、冷静で過大評価しないポロクルが冷や汗を流すほどの姿なのだと分かった。
「どうだ馬鹿。見直したか」
自信満々に胸を張るヘスティアの頭をアヌビスは勢いよく殴った。
「馬鹿は貴様だ。誰が門まで壊せといった」
正確には消していた。巨人の下ろした指が門に少し触れていたのだ。その部分の石材が溶けて溶岩のように煮えていた。
「え、……あー、余波ってことでいいだろうが馬鹿」
「たく、もういい。アンス、ケルン、さっさとやれ」
先ほどから何かの準備をしていた二人がアヌビスに言われてあちらこちらに狼の死骸をばら撒き始めた。
「なあ、アヌビス。何やらしているんだ」
「まあ、簡単に言うと、隠蔽だな。獣に襲われて男たちは奮闘したものの食い殺された。そう見せるためだな」
「ふーん。でもよ、やつらは既にメネシスにアヌビスが来たって報告したんだろ。今さら意味ない気がするんだけど」
「狼はライラン、このあと通る商人たちにそう思わせるためだ。メネシスたちには俺がここを潰したと思わせればいい。それも作戦のうちだ」
何を考えているのかは分からないが、自分で自分の首を絞めているように俺には見えていた。だが、アヌビスの溢れる自信を見ると安心できて不安などなかった。
「まあ、俺の名前は安くないってことだ。よし、後はヴィルスタウンまで止まらず行くぞ」
アヌビスの命令で竜車を進めた俺達は、狼の死体を散乱させた関所をあとにした。俺たちを見送ってくれていたのはカラカラと音を立てて回る風車ぐらいだった。
この物語はフィクションです。
登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。
実際に存在するものとはなんら関係がありません。
一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。