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第37話 神隠し戦−『本物以上の偽りの家族』

 街道を進む二台の竜車を白い朝靄が包んでいた。関所までもう少しの所まで来てようやく山の頂上から朝日が真っ直ぐ差し始めた。その光に目を叩かれたアヌビスが俺の隣に座りタバコを一本出して欠伸と共に煙を吐いていた。タバコの入っているその赤い箱の中にはあと三本しかタバコが残っていないことが俺の唯一の不安かもしれない。タバコを失ったアヌビスを異様に恐れていたヘスティアの言葉が気になっていたからだ。

 煙を大きく吐くとアヌビスは睨むように靄の先を見ていた。真っ白で視界が悪いが先頭を進む俺たちの竜車と後ろから続いてくる竜車の音以外に物音一つしない静かな街道だ。見えない恐怖があったもののそれほど恐れるものがあるとは思えなかった。

 アヌビスが何を睨んでいるのかは知らない。ただ機嫌が悪いのか俺には分からない何かを見ているのかどちらかなのだろう。

「リョウ、止めろ」

 アヌビスは口でそう言ったが俺の反応を待たず自分の手で手綱を引いて止めた。

 竜車を止めたのは街道の真中で濃い靄のせいで何があるのかは分からない。でも、殺気や重々しい空気の類はなく、朝の涼しい空気が張り詰める感じだけがあった。

「気分の悪いところだな」

 立ち上がったアヌビスは目を凝らして周囲を見渡していた。そして、剣を抜いた。その剣は赤い刀身に黒いタトゥーのような模様が描かれた炎の魔剣だ。炎は出てはいないもののその剣自体から高熱を肌で感じるほどだ。その一振りで辺りを灰も残さず燃焼させるのも頷ける。

「目障りだ。消えろ」

 アヌビスが剣を一振りすると、真夏の風よりも暑い熱風がアヌビスを中心に吹き渡った。その熱風は俺の髪の毛を少し焦がすほどのものだ。風は竜車を香ばしくしただけではなく辺りを占領していた靄を消し去った。

 靄が晴れた街道のある草原には家も他のキャラバンも木々もない。ただ、背の高い草花が生い茂っている。そんな何にもないところで竜車を止めてアヌビスは何を考えているのだろうか。

 と、アヌビスとアレクトが竜車を降りて草花を分けて何か探し始めた。さらに、後ろの竜車からはヘスティアが降りてきて彼女も何か探し始めた。

「アヌビス、何してるんだ」

「リョウには分からないだろうな。この臭い、この静けさ、どこかに……あった。かなり雑な隠し方だな」

 そういいながらアヌビスが草原から見つけ出したのは腐敗し始めたばかりの獣の死体だ。狼の子供のようだ。アヌビスより小さく片手で持ち上げられていた。

「一頭だけじゃないね。何十頭もいる。どれも狼だね」

 アレクトが見せ付けるかのように大小は変わるものの腐敗し始めた狼を見せた。

「どうしてこんな所に狼の死骸があるんだ」

「ヴィルスタウンは何度も周囲の獣達を襲っているという報告が入っているぞ。その名残だろ」

 ヘスティアも何頭か見つけたようだ。彼女の情報だとここで人間と獣のぶつかり合いがあったということだ。それにしては人間の死体や武器が見当たらない。人間の死体はヴィルスタウンの人が回収したとしても矢などの消耗品なら狼に刺さっていても不思議ではない。だが、死骸には矢が刺さっていない。わざわざ回収したとしても使い物になるのだろうか。それに、港町で海外との交流もある物流拠点である街がそれほど貧しい街だとは思えなかった。

「いや、これは獣同士の争いだ。狼の急所に爪痕が付いている。……狼同士か。ここならまだ奴の縄張りだったはずだな」

 死骸を少し調べただけでヘスティアの意見を踏み潰したアヌビスは立ち上がり周りを見た。そして、姿勢を低くして赤黒い剣を地面と水平に持って街道の先を見ていた。ヘスティアが噛み付くかと思ったが、彼女は嫌そうな顔をしているがアヌビスの意見に納得したのだろう。

 そのアヌビスを見たアレクトとヘスティアも街道の先を見て姿勢を低くした。俺が竜車を降りてアヌビスに近づくと、アレクトが俺の腕を引っ張って地面にねじ伏せさせた。

「リョウ君。剣を抜いて。来るよ」

 俺が剣を抜こうと手を伸ばそうとすると、街道を突風と獣の影が高速で走った。その風は両脇の草花を刈り取り隠れていたものをあらわにした。草に隠れていたのは多くの死体と狼の群れだ。

 その狼の群れは二種類に分かれていた。一種類は傷だらけで息が上がっている少数の狼。もう一種類は口にナイフを銜えていたり爪に金属製のクローを付けていたりする武装した狼だ。その狼は小数の狼に比べると倍以上の数だ。

 特徴的なのは後者の狼で人間の調教が施されているのが分かる。いくら知能が発達した狼だとしても自分の知能だけで人間の武器を使いこなすのは無理だろう。だが、目の前の狼達は持ったナイフで草を切って視界を広げなおかつ狼を攻撃していた。まるで、人間に訓練された警察犬のようだ。

 そして、武装した狼は何かしらの指示を受けているかのような仕草を見せていた。傷ついた少数の狼は武装した狼に気を配りながらも剣を抜いた俺たちにも警戒の意思を見せている。だが、武装した狼は俺たちに目線すら合わせず目の前にいる担当の標的にだけに視線と武器の剣先を向けていた。その姿は、命令を与えられたアレクトに似ていた。

「獣同士の争いに俺たちが手を出すほどでもないだろう」

 そう言うとアヌビスは剣を収めて竜車に戻っていった。ヘスティアも同意見だったようでわざわざ広げた旗を丸めて竜車に戻った。俺とアレクトは安全のために竜車には乗らず収拾が付くまで竜車の警護をすることになった。辺りに狼が多く徐々に争いが始まりだした。なので、竜車を思うように進めることができず足を止められることになった。だが、力の差が大きくて武装した狼の勝利で早くけりがつきそうだった。

吠波円響(ばいはえんきょう)その雄叫びは共鳴する」

 雄叫びに似たその声を共に狼の群れの中心に黒い巨木のような影が空から落下してきた。すると、地響きが起きて武装した狼だけが黒い影にはじかれるように飛ばされた。それだけではなく、俺たちの持っていた剣が音を立てて揺れた。どうやら金属だけに反応しているようだ。

「己の牙に誇りを持たない。そんな牙、俺は認めないぞ」

 爪を持った毛皮を巻きつけたような太い腕、はち切れる寸前まで鍛え上げられた筋肉を毛皮で覆った足。人間の限界の上を行く体つきを持った少年。彼は人間ではない証の獣の耳と尻尾を逆立てて怒っていた。

 ロンロン。この辺りの狼をまとめる獣人だ。

獣人は獣神とは違う。獣神は人間に獣の血を宿して獣の王である12神の力を真似ること、獣の力だけではなく魔法も一部使えるようになる。そして、自分の意思で力の発動解除をできる。力を求めた人間が生み出した禁忌の能力だ。

 だが、獣人は獣神に似ているようで違う。獣神以上の身体能力と肉体的な能力を持っているがその力は永続である。その姿も力も自分の意思では解除できない。生まれ持った能力だ。獣が進化したものと言っても正しい。魔法は使えないものの人間に近い知性と容姿を持っているが獣は獣だ。獣が人間に進化する過程での存在なのかもしれない。人間に近い獣というより特別な獣、そう言った方が分かりやすいだろう。

 その獣人のロンロンが声を上げると武装した狼たちの剣先は全てロンロンに向けられた。だが、ロンロンはそれに臆することはなかった。

「紛い物の牙に誇りを刻まれるほど俺は安くないぞ」

 その言葉が始まりの合図になったようだ。すべての武装した狼がロンロンに切りかかった。俺はロンロンを助け出そうと短剣に手を伸ばそうとしたら、アレクトに手を押さえられた。

「駄目。獣同士の争いに私たちが手を出したらバランスが崩れるよ」

「でもよ。これは公平な戦いには見えないぞ」

「確かにそうかもな。獣人一人に対して武装した狼が数十頭。獣人の圧勝か」

 ロンロンが囲まれている現状を見ていながらアヌビスはそんなことを言っていた。確かに、アヌビスの言うとおりロンロンに致命傷をあたえられる狼はいなかった。だが、数が多い。いくら強靭な肌を持ったロンロンでもナイフの切れ味を防ぐすべを持ち合わせてはいなかった。

 傷が少ない今は斬られても十秒ほどで塞がり血も止まっている。速さで避けるロンロンだがそれも防御策がない上での回避の最終手段だということでもあった。

 避けていても数が多い攻撃だたまには斬られる。斬られたとしてもすぐに傷口は閉じるが一瞬でも斬られたのは確かだ。斬られるたびに血が噴出す現実は防ぎようがなかった。

 体力が多い獣人のロンロンだから多少の出血は体力に大きく響くことはない。だが、狼の攻撃を避けるために大きな動きが多い。さらに、自分の血が街道に広く広がり始めている。馬車が通るため硬く固められた街道に血が水溜りのように溜まり滑り始めると足の踏ん張りが利かなくなる。獣には真似できない0と100のスピードを使い分けて切れのある動きで攻撃をかわしているロンロンだがそんな足場だと体に無駄な力が掛かり体力を大きく消費する。

 血と動きの二重の消費でロンロンの顔色は良くなかった。着実に武装した狼の数は減ってきているが、ロンロンの勝利を確証する統べは俺には見出せなかった。

 ロンロンの体力が尽きるか武装した狼を全て倒すか。どちらが先に来るか微妙なものだった。

 だが、そんなギリギリの戦いをロンロンの勝利を確実にする自分物が寝ぼけた顔をしながら竜車を降りてきた。

「うう、眠い。うるさい。なんなのさこれ」

 肩から膝まで覆い隠す真っ黒のポンチョを着たケルンが目を擦りながら俺の隣に立った。

 彼は連日続いた魔力消費のため緊急時を除きヴィルスタウンまで休養を与えられたのだ。ケルンには何度も鳥での調査を頼んでいたのでかなりの疲労が溜まっているとポロクルが判断したのだ。敵地に乗り込んで周囲の情報は身の安全を左右するものだ。そんなときにケルンが動けなくなると危険だからだろう。

「ケルン。狼同士の縄張り争いだから手を出さないで……って言ってもこの状況だと無理みたいね」

 アレクトが一応忠告したがすぐに諦めていた。アレクトの予想が当たったかのようにケルンは一度竜車に戻りアーチェリーで使うような機械質な弓を持ってきた。それを見たアヌビスが弦を張ろうとしているケルンの首筋に剣を当てた。

「手を出すな。獣同士の争いに手を出してどうなるか。貴様が分からない訳ではないだろう。人が獣の理に手を出していい結果を俺は知らない。これ以上、あいつらに手を加えるな」

「それぐらい僕でも知っている。でも、ごめんアヌビス。僕、こういうの嫌なんだ。あとでどんな処分でも受ける。僕の首が欲しいならとればいい。でも、人に汚されたあの狼だけは見てみぬフリはできないよ」

 すると、意外なことが起きた。ケルンの首に当てられていた剣をアンスの槍がはじいたのだ。今までアヌビスに反抗的なそぶりを見せたことのない二人にしては意外な行動だった。

 だが、二人のことを良く知っているアレクトとポロクルは三人を止めようとも心配すらしていない。俺は大丈夫なのかと小さく思っていた。

「アヌビス。ケルンに手を出すなら俺を先に殺してくれないか。ケルンの死ぬ所なんて俺は見たくない」

「兄さん。死ぬこと前提なんだね。ここは兄らしく命懸けで守ろうとはしてくれないの」

 真面目な顔をしながら頼りないことを言った兄のアンスに少々落胆したかのように肩を落としたケルンだったが、アンスのいつにない真面目さに自分が場違いな発言をしたと気付いたようだ。

「ケルン。悪いが俺にはアヌビスを止める力も知恵もない。お前にはそれがあるのかも知らないが、アヌビスを知っている俺にしてみればそれはただのはったりにしか見えない。だから、お前も死を覚悟していてでの行動なんだろう」

 アヌビスの実力を知っているのはアンスだけではなくアヌビスの命令を無視したケルンも知っていることだ。それでもあの発言をしたということは殺されることを了承したことになっていた。

「そりゃあ、僕だってアヌビスに勝てるなんて思っていない。でも、僕は人間の手を加えられた獣を見て黙っていられるほど冷血にはなれないんだよ」

「ケルン…………アヌビス、5分いや3分でいい。目を閉じていてもらえないか。この通りだ」

 アンスはアヌビスに深く頭を下げた。その隣ではケルンも頭を下げていた。

 竜車に乗っているアヌビスは二人より高い所にいる。それも加えてアヌビスを大きく見せて大きな力が二人を踏み潰そうとしているのが見えていた。頭を下げた二人にアヌビスはタバコの煙を吹きつけて、火種の付いたままのタバコをアンスの足元に投げ捨てた。

「ちっ……タバコがあと一本か。この意味、二人が分からないわけないだろう」

 アヌビスのそんな関係のないような台詞を聞いた二人の頬を汗が伝った。意外なことにアレクトが苦笑いをしていた。どんな意味だったのだろうか。

「それはよく分かります。でも、僕が命をかけてでもあの狼を止めようとする意味もアヌビスには分かると思うのですが」

 威嚇に入ったアヌビスにケルンは退くことなく攻めに徹底していた。そんなケルンに折れたというより相手をするのが嫌になったのか、アヌビスは剣を納めて腕を組んだ。

「森の住人の使命かそれとも誇りか束縛か。いずれにせよ、俺が部下だと認めたお前たちの命をかけるほどの価値がある行いだとは未だに俺には理解できないし、お前たちほどの力と資質を持った命を使って償うほどの大罪じゃねぇ。たかが獣がらみで命を差し出せというのも馬鹿な話だ」

 ケルンにとってよい方向に傾くようなことを言い出したアヌビスにケルンとアンスは少し安心した表情を見せた。だが、アヌビスは認めたわけではなかった。

「だが、貴様らのために厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだ。そんな面倒ごとに長時間関わるだけで不愉快だ。1分。それがリミットだ。それ以上ここで馬鹿みたいな争いが続いたら、俺が俺の視界に入るもの全てを俺の価値観で生かす殺すを決める。どっちに入れられても文句は言わせねぇぞ」

 そういってアヌビスは目線を合わせないように遠くの方を見た。それはケルンとアンスに1分という短いが干渉しない時間を与えたという意味だ。アヌビスと言う鎖から時はなれた二人は己のしたいことのために仲間から少し離れた。


 アヌビスと交渉に使った時間が多かったようで、状況は変わっていた。ロンロンの息が乱れて急激に体力が落ち始めていた。

 そんなロンロンにトドメを刺そうと四方八方から一度に10頭の狼が襲い掛かった。

 だが、その狼たちが銜えていたナイフだけを射抜く矢が飛んだ。ナイフをはじかれた狼はその矢の発信源を睨んだ。そこには白いハチマキを風になびかせ鏃を狼に向けているケルンがいた。その隣には彼を守ろうと槍を構えたアンスが狼に笑みを見せていた。

「人間が……手を貸すだと」

 ロンロンが薄れだした意識でケルンの行動に嫌悪感を露骨に見せた。

「勘違いしないで獣人の子。僕は乱れた狼を正すだけ。君に加担している訳じゃない。牙同士での戦いを僕は望んでいるだけ」

「そういうこと。ちなみに、俺はこいつを守っているだけだ。お前は目の前の敵だけに集中するんだな」

 ロンロンは複雑そうな顔をしていた。自然界の獣同士での戦いではありえない武装した狼を相手にするのはロンロンにとってアンフェアなこと。それを正してくれたケルンたちには感謝しているだろう。だが、獣の誇りをけなされた気持ちもあったのだろうか自分で自分の左腕に切り傷を付けた。

「この痛み、忘れない。だが、感謝する」

 左腕に伝う血を振り払ったロンロンが狼を睨むと狼達は武器を拾って走り去ってしまった。

 そして、力の心が砕けたようにロンロンは地面に膝を着いて倒れた。


「ん……こ、ここは……りんご?」

 竜車の荷台で横になっていたロンロンが目を覚ました。彼が目覚めて真っ先に目にしたのは赤いリンゴだ。アレクトがロンロンのためにと置いておいたのだが、ルリカがそれを茶化すように大量のりんごをロンロンの目の前に積み上げておいたのだ。

「あ、ようやく目覚めたか」

「リョウ……と言うことは捕まったのか。俺」

 ロンロンが荷台の顔ぶれを見て少し不機嫌そうな顔をした。

「アヌビスがいないが、もう俺の処分は決まったのか」

 こちらの竜車には俺、アレクト、ポロクル、とミル、ルリカの5人。ポロクルは竜の手綱を握っているので実質ロンロンの目の前には子供二人と軍人二人しかいないことになる。

 残りのメンバー、ケルンとアンス、アヌビスとヘスティアは先頭を進んでいる。それは、アヌビスが二人に何かしらのペナルティーを与えるためだとかだそうだ。アヌビスが何を考えているのか分からないのはそれだけではない。二人に狼の死骸を何頭か積み込ませたのにも疑問があった。まあ、アヌビスなりの考えがあってのことなのだろう。

 ロンロンがアヌビスを探しているのには彼がこの部隊の指揮官であり絶対の権限を持っているからだ。アヌビス以外のメンバーが出した意見でも、アヌビスの一言で全てが決定する。そう、ロンロンをどうするかを決めるのはアヌビスだということだ。

「いいや、まだ決まってない。ってか、話をいくつか聞いたら解放してもいいって言われているんだけどな。質問に答えられるまで竜車に監禁しておけだってさ」

「監禁か。いい気分じゃない」

「リョウ君。それはアヌビスの照れ隠しだよ。『怪我が治るまで守ってやるついでに色々聞かせてもらえ』と、アヌビスなりに言ったんだよ。まったく、照れ屋さんだよねぇアヌビスは」

 アレクトがくすくすと笑っている。だが、俺にはどうしてもあの時のアヌビスはそんなことを言っているようには見えなかった。

『散々俺たちに干渉してきやがって、何を考えているか腕を引き千切ってでも吐かせろ。目をえぐりとってもいいぞ。思いつく拷問という拷問をかけて真意を聞き出せ』と言われたのを俺なりに考えていったのだが、アレクトには本当にそう聞こえていたのだろか。

「傷もふさがった。体力も戻った。これ以上、巣穴から離されると困る。早く質問でも拷問でもしてくれ」

 すると、アレクトがアヌビスとポロクルが作ったメモを持ってロンロンの前に座った。その右手には鞘から抜かれた剣を持っていた。

「質問するよー。嘘付いてもわかるからね。もし、そんなこと言ったらそのかわゆい尻尾とバイバイしなきゃいけないことを覚えておいてね。っと、その前に、ミルちゃんとルリカちゃんは前に行って耳を押さえていてもらえるかな」

 ミルとルリカもこれから何が行われるか分かっていたようで、すぐに前に行ってポロクルの隣に座った。そして、ポロクルが一度こちらを見てすぐに幌をおろした。

「さて、んじゃ質問していくよ。リョウ君、書記お願いね」

 俺は数枚の紙とペンを持たされていた。こちらの世界に来て数ヶ月、毎日ポロクルの数時間にも及ぶ一般教養の授業により人並みには文字が書けるようになっていた。と言うより、俺は拷問ができない。いい言葉じゃないがここは専門家のアレクトに任せた方がいいだろいう。

「質問その1。この前、町を襲った多種族が混ざり合った獣の群れ、あれを指揮していたのはロンロン、君なのかな」

 以前ロンロンと出会ったのは、フレッグの神隠しの町に襲い掛かってきた混合獣集団と対峙した時だ。その時、彼は多種族の獣の指揮をしていたように俺たちには見えていた。ずっと死を恐れず俺たちに立ち向かっていた獣が、ロンロンの一言で退いていったのがその証拠だ。

 ロンロンが狼の群れの長だと言うことは知っていた。だが、熊や鳥などのほかの獣までにその威光が利くのかは知らないのだ。それを知ろうとしてもあの時はすぐに立ち去ってしまったのでできなかったのだが。

「違う。あれは俺の仲間じゃない」

「それじゃあ、あの混合集団の指揮官が誰か知っているかな」

「知らない。それ以前に、あの集団の長や数体をまとめるリーダーの姿すら見たことがない」

「おかしな話だね。獣が単体で人間を襲うときは人間から手を出した時か縄張りに入られたときぐらいだったはずだよね。つまり、あの状況で獣個々の意思で人間を襲うことはないよね。それに、あの種族を限定しない集まり、仲間意識の高い獣にはまずない行動だよね」

 優しく聞いたアレクトの質問にロンロンは素直に頷いた。

「そうだよね。あの群れをまとめるのは普通の獣じゃできないと思うんだけどね。12神かもっと身近な所だと獣人とかね。ねぇ、本当に違うのかな」

「断じて違う。俺の命令を聞いてもらえるなら聞いてもらいたいぐらいだ」

「何かわけありみたいだね」

 優しい笑みを見せたアレクトを見たロンロンは少し安心したのか強ばっていた方を動かして楽な態勢になった。

「あの群れには目に見て分かる長がいないんだ。あんたらも見ただろさっきの狼の集団も同じさ。まとめる存在がないのにあの統率の取れた動きは俺でもなせない業なんだ。なのに、一つの目的のために緻密に動いている。あの群れを仲間に加えられたらどれだけ楽か……。奴らはいつも俺たちを狙ってくるんだ。初めは縄張り争いかと思ったけど違うんだ。着実に群れの数を減らす動きを見せているんだ。同族の狼なら話をすれば分かってもらえるかと思ったけど駄目だった。奴らには話を理解して群れを代表する長がいないんだ。話し相手がいないのに力を貸してくれって言っても聞いてくれるわけがないんだ」

「それは次の質問の答えになるのかな。質問その2。どうして、君はあの狼に襲われていたのかな。本来なら全ての狼に恐れられてもいいはずの君が」

 狼の神は犬や狼を束ねる邪犬王となる。その邪犬王の側近になりうる存在が狼や犬の獣人、その下に獣神、獣となる。つまり、野生の獣である狼にしたら神の代行者であるのがロンロンなのだ。そのロンロンに牙をむくということは、神に剣を向けることに直結してくる。いくら縄張りや敵対していたとしても、他の獣を敵に回すような行いが不自然すぎるのだ。

「分からない。それに、奴らは俺じゃなくて、俺の周囲を滅ぼそうとしているんだ。その戦渦に飛び込むから俺が傷つくだけで、やつらは俺を本気で殺そうとはしてこないんだ」

 本来、獣の群れを奪ったり縄張りを奪う時は、その群れの長この場合ロンロンを倒しさえすれば縄張りもロンロンの仲間だった狼も手に入る。だが、それの正反対の動きをする獣は武装している点も加えて獣らしくなかった。

「ふーん。これは脱線の質問なんだけど、そんな獣を仲間に加えて何がしたいのかな。君が危険になるだけじゃないのかな」

「……最近、この近くの人間が俺を狙うようになってきたんだ」

「この近くの街だと……ヴィルスタウンの人たちかな」

「街の名前は分からない。でも、海の匂いがする奴らだ」

 アレクトは頷くとその人間はヴィルスタンの人間だと特定した。それに似た情報をヘスティアから聞いていた俺達はロンロンのその言葉が嘘だとは思えなかった。

「なるほどね。それじゃ最後の質問。君、私に飼われてみようとか思わない」

 すらすらと文字を書いていた俺のペンがパキッと音を立てて止まった。驚いたのは俺だけではなくロンロンもポカーンとした顔をしていた。

「あ、あのさ、アレクト。真面目な話をしていたのにいきなりどうしたんだよ」

「あら、私はいつも真面目だよ。だってかわゆいじゃん。耳に尻尾まで付いているんだよ」

 瞳をきらきら輝かせてうっとりした顔でロンロンを見つめていた。そのいやらしい目付きに危険を感じたロンロンは逃げ腰のひ弱な声で聞いてきた。

「も、もうそろそろ、解放してもらえないだろうか」

「えー、せっかく仕事も終ってあとは関所潰しの観戦だけなんだし、ロンロンちゃんと遊びたいなー」

 ロンロンが無抵抗なのをいいことに、アレクトは抱きついたり頭を撫でくり回したり尻尾に噛み付いたりしている。少々愛情表現がいびつな方に行っているようだが、アレクトなりにああやって楽しんでいるのだろう。

「アレクト、もうじき関所です。ロンロンも巣穴から離れすぎるとまた襲われるかもしれません。返してあげるべきかと」

「むー、ポロクル真面目すぎ。いいじゃん黙って飼っちゃおうよ。それに、ロンロンちゃん強いから大丈夫だよ」

「まあ、彼をどうしようとアレクトの判断に任せますが、毎晩狼に襲われるのは勘弁願いたいのですが」

「うぅ、分かったよぅ。悲しいけどお別れだねロンロンちゃん」

 アレクトは最後にロンロンにギューと抱きついて頭をぽんぽんと叩いて笑顔を見せた。そして、明るくて優しい声でこう言った。

「二度と私らに手間取らせるんじゃねぇぞ、糞餓鬼」

 ぞっくと鳥肌を立たせたロンロンは自由になったのに荷台を降りようとせずその場で凍り付いていた。だが、アレクトが笑顔でロンロンを突き落として彼は地面を転がって草花の影へと消えていった。


「さてと、考えますか」

 そう言いながらアレクトは俺の書いたメモを鼻歌交じりで読んでいた。彼女の隣にはミルとルリカが興味津々な顔でメモを覗いていた。

「リョウ、字が汚い」

「うるさい。ようやく書けるようになったんだケチを付けるな」

 ニヤリと子悪魔のような笑みを見せたルリカは、メモの内容を読んで面白い話しではないと思ったのか荷台の隅に座って魔道書の解読に入ってしまった。

「ロンロン、帰っちゃったの」

「うん、ごめんねミルちゃん。遊びたかったよね」

「うん……」

 すると、ミルはアレクトとルリカを見て最後に俺を見て揺れる荷台の中を頼りない足取りで俺の隣に座った。

「リョウ、遊んで」

「遊んでって言われても……」

 そう言いながら俺はアレクトとルリカを見た。アレクトはメモを見ながら唸って何かを考えている。その反対側には魔道書に向って頭を抱えているルリカがいた。いつもミルの遊び相手と言ったらどちらかなのだが二人とも急がしそうだ。

「はあ、いいけど、何して遊ぶんだ。俺、こっちの世界の遊びなんて知らないんだけど」

「えっと……お話して、リョウの元いた世界のお話を聞きたいの」

「俺のいた世界には話すような面白いことはないぞ」

「そこの二人うるさい。考え事しているんだから静かにして」

「ルリカちゃん。静かに。リョウ君とミルちゃんもお話しするのはいいけど、控えめにね」

 アレクトに注意された俺とミルは静かに荷台の外に足を出して竜車の後ろを眺めながら話をすることにした。


 俺たちの目の前には緑の草原に一本の街道、そのずっと向こうに白いと灰色の山が高くそびえていた。あの山の頂上にはギャザータウンがあるはずだ。そんな元の世界では見たことのない風景を眺めながら懐かしい世界のことを思い出していた。

「リョウは元の世界ではどんな仕事をしていたの」

「仕事って言うか、普通の高校生だったよ。勉強漬けの毎日さ」

 ミルは小首をかしげて不思議そうな目をしていた。

「リョウって16歳だよね。それでも勉強するの? もしかして、勉強することが仕事なの? 研究者さんみたいなものなの?」

 こちらの世界での勉強する年齢と言ったら12歳。小学生までだそうだ。その後は、仕事に就いたり家の仕事をして暮らしていくのが一般的だ。

 中には、軍学校みたいなところで勉強して軍人になったり、研究のために特殊な学問を学ぶ人はいる。アヌビスたちがその例だ。だが、それはごく一部の限られた人間の話で、ほとんどの人間の学問を終える年齢は12歳なのだ。

「そうじゃなくて、俺のいた国では俺くらいの歳でも勉強しなくちゃいけないんだよ」

「どうして勉強していたの?」

「そうだな……将来やりたいことがあるからとか、夢を叶えたいから、そんな理由かな」

 自信なさげに言うと、輝いた笑顔でミルが近づいてきた。

「じゃあさ、じゃあさ、リョウの夢って何。将来したいことってなんだったの」

「俺の夢をか。どうして聞きたいんだ」

「えっ、だって、リョウはどんな夢を叶えるために勉強していたのか知りたいもん」

 俺の夢か。あっちの世界では流されるままに勉強していたけど……。

「特にないけど、まあ勉強さえしていれば困らなかったからな」

「ふーん。目標もないのに勉強していて辛くなかったの」

「まあな。勉強するのが当たり前だったからな。俺の夢はまだ決まってないけど、ミルの夢は何なんだ」

「へぇ、私の夢? そうだな……」

 それまで途絶えることなく続いた俺とミルの会話がミルの番になって止まった。そのミルの表情は明るくて悩んでいる様子はまったくない。夢が沢山あってどれを選ぼうかウキウキしているものだった。

「みんなと一緒に楽しく暮らせたらいいなって、そんな夢……かな」

 コロコロと明るく笑う彼女の夢は、俺の世界では誰もが持っているようなことだった。


「みんなって、俺たちのことか」

「うん。そうだよ。リョウもアレクトもルリカも、もちろんポロクルとアンスとケルンとそして、アヌビスもみんなと一緒に暮らしたいなって」

「そりゃあ、楽しそうだけど、ミルにも家族があるだろう。やっぱり、家族と暮らす方が楽しいんじゃないのか」

 すると、ミルはアレクトの様子をうかがった。彼女は先ほどからずっと考え事をしていて、こちらの会話などまったく気にしていないようだ。それを確認したミルは小さな声で俺だけに聞こえるように話してくれた。

「実はね。私、家族のことを覚えていないの」

 俺が哀れみと驚きの顔を見せたが、ミルは明るく愛くるしい笑みを見せてまったくの杞憂だったようだ。

「家族のことだけじゃないの。家のことも昔のことも、気が付いた時には暗くて冷たい牢屋の中にいたの」

 ミルは明るく語っているが、とても10歳の女の子が笑顔で語れるような話ではなかった。

「牢屋の中で一生懸命思い出そうとしたの。でもね、何も思い出せなくて……分かる事といったら自分の名前だけ。だから、家族のこととかで悲しいって思ったことは…………ご、ごめんなさい。暗い話しなんかしちゃって」

「いや、俺こそ悪かったよ……それなら、余計に家族のことが知りたいんじゃないのか」

 大人みたいに落ち着いていて賢い子だけど、まだ小さな子供だ。母親に甘えて父親に守ってもらいたい年齢だ。そんな与えられるべき愛情を与えてもらえない。昔の暖かな愛情も忘れてしまった。今はこんなに素晴らしい笑顔を見せてくれているが、記憶を失った当初は心のよりどころもなく苦しんでいたのだろう。それは今も同じ事だと俺は思っていた。

 だが、ミルはゆっくりと首を左右に振った。

「知りたいけど知りたくないの。知らない人に会うのが怖い……のかな。でもね、私は本物の家族じゃないけど、今のみんなが本当の家族みたいで大好き」

 家族がいない不安を俺たちで埋めているのだろうか。それとも、本当に俺たちのことを家族だと思っていてくれているのだろうか。だとしたら王都へ到着するのが辛くなる。

 だから夢なのだろう。ミルは信頼している。俺達は安全に自分を王都へ連れて行ってくれると。だけど、それは必ず別れが来ると約束されているのと同じだということだ。

 遠くない未来、自分の夢が叶わないと信じざる負えない少女はどんな気持ちで朝を迎えるのだろうか。その朝日が彼女の大好きな家族と見る最後のものになるのかもしれない恐怖に耐えながら、でも大好きな家族を心配させまいと明るい笑顔で笑って……。

 ミルには最高の人生を送ってもらいたい。それが、彼女が信じる家族の一員である俺がしたい夢なのかもしれないと、また一日が始まる朝日を浴びながらそう思っていた。

「日向ぼっこもいいけど、そろそろ関所だよ。準備してねぇ」

 考え事がまとまったのか、すっきりとした表情のアレクトが準備運動を始めていた。

 俺も家族と過ごせるのは短い時間かもしれない。だから、精一杯この旅を楽しみたいと思いながら旅を続けるための剣を握り締めた。


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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