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第35話 神隠し戦−『予想外な関係者』

「では、この素晴らしい出会いが再びある事と世界中の商人に金貨が縁深くなることを願って、乾杯」

 ライランの音頭で色とりどりの軍服集団の商人たちが思い思いの杯を空に向けて掲げて草原での宴会が始まった。俺たちはその賑わいの隅で宴に参加させてもらっていた。

 商人の集まりでありみんなの目的地がヴィルスタウンなので食料の心配などなくここぞとばかりにいい食材が並べられていた。さらに、各商人たちが見栄を張ったようで上質なワインが何本も並べられていたり見たこともない料理がテーブルを埋め尽くしていた。

 草原の真中でにぎわう宴会場。それだけなら俺も楽しめたのだが、にぎわう宴会場の中を忙しそうに動き回る着飾った女性を見ると気が落ちてしまう。

 草原に乱雑にいくつも置かれたテーブルの間をワイン瓶や料理を持って彼女達はウエイトレスのように働いていた。その女性全員の首には首輪が付けられていて、それにはドッグタグのような金属プレートがあり番号と金額が書かれていた。商人が多く集まるとお互いの商品を売り買いすることはよくあることだそうだ。

 気が乗らない点はあるが、ポカティだけになりそうになっていた夕食が華やかな宴会になったことは嬉しいことだ。アヌビスの命令では厳かにするようにと言っていたが、とあることが起きてこの状況になったのだ。そう、それは夕食の準備を始めようとみんなが集まった時だった。



「何事もなければヴィルスタウンまで3日と言った所でしょうか」

 俺たち8人とヘスティアは商人集団の端の方で焚き火を囲んで今後についてポロクルの話を聞いていた。その焚き火には黒い中華鍋が置かれていて、中には銀色と黒色が混ざったドロドロした液体が泡を立てながら煮えていた。その液体からは酢と鉄を混ぜたような臭いがしていて、ミルとルリカの子供だけではなくヘスティアまで嫌そうな顔をしていた。

「ヴィルスタウンの現状はあまり詳しくありませんが、食料を確保できる街なのは間違いありません」

 今晩の夕食担当はアレクトだ。彼女は嬉しそうに鍋の中でマグマのように煮えたぎっている今夜の夕食をかき混ぜていた。その光景をみんなが嫌そうな目で見ていてポロクルの話しなどに集中できているのはアヌビスぐらいだった。

「ですが、ヴィルスタウンまでの3日間はまったく予期していませんでした。フレッグの町で食料を補充できなかったので、保存食しかありません」

「つまり、これから3日間はポカティが主な食事だと言うことだ」

 中々結論を言わないポロクルに変わってアヌビスが代わりに言った。と、言うか既にみんな目の前に突きつけられた現実で十分分かっていた。

「貧乏旅行……」

 ヘスティアが選択を間違えたかと言いたいようにそう呟いた。一同はそれを否定できず苦笑いを浮かべていた。

 アヌビスは笑みを浮かべて新しい赤い箱から黒いタバコを一本出してくつろいでいた。

「ちなみに、アヌビス。その1箱が最後です。貴方のタバコはシルトタウンまで入手できませんよ」

 まだ長く残ったタバコをもみ消そうとしていたアヌビスの手が止まった。そして、大きく吸って短くしてから消した。彼も死活問題の足音が気になるようだ。

 一本だけ吸って赤い箱をしまったアヌビスは咳払いを一つした。

「とにかくだ。これからは……」

「アヌビスさん」

 満足いくまでタバコを吸うことができなかった不機嫌なアヌビスを呼ぶ声に彼は振り返った。そこには二の腕にオレンジ色のスカーフを結びつけたライランがいた。彼は不気味なまでの作り笑みを見せて手を揉みなら俺たちの元に近づいてきた。

 そこまでのんびりと旅をしていた訳ではないが、ライランに追いつかれたようだ。この草原の真中に草がない開けた場所は商人だけではなく旅人のキャンプ地のようになっていた。ライランは俺たちがここに停泊すると思いここまで急いできたそうだ。

「まさか貴方達が本物の軍人でしたとは……まさか、黒衣の死神がこんな身近にいるとは思いませんでしたよ」

 ライランの笑みに殺意をむき出しにした瞳で返したアヌビスは明らかに不機嫌な声で答えた。

「何を言っている。貴様は軍人の何を知っているのだ。商人の俺たちの何を見てそう判断した」

 赤く冷たい目で睨まれたライランはたじろいでいた。そんなライランを馬鹿にするかのようにアヌビスは鼻で笑っていた。

「リョウ、奴は何者なんだ」

 俺の隣に座っていたヘスティアが俺に耳打ちしてきた。そう言えば、ヘスティアはライランと初対面だった。

「旅で出会った商人だよ。ライランって言う名前で色々と協力してくれたんだ」

「ふーん。聞きなれない名前の商人だな……新人か」

 それはないだろう。ライランはそれなりに商人としての腕があるようだ。ヘスティアが知らないのは彼が主に扱うのが女性だからだ。武器や物流の管理をしているヘスティアが知らないのも無理はないだろう。身売りは半違法行為で国は禁止と言っているが止めもしていない。見てみぬふりといったところだ。そんな商売を国の治安を守るヘスティアの街では大々的にすることはできないのだ。

「それにしても大した奴だ。アヌビスを前にして怯まないんだな。相当自信があるか力を持たないのかどっちなのだろうな」

ヘスティアは震えて冷や汗を流しながら笑っていた。俺には分からないが、ヘスティアの目線の先にはアヌビスがいた。ヘスティアは……脅えている。それが彼女を見て出た答えだ。

 同じグロスシェアリング騎士団のヘスティアすら脅えるアヌビスの殺気をむき出しにした空気にライランはムキになったかのように畳み込もうとしてきた。

「で、ですが、あのような大掛かりな魔法。軍事規模の魔法以外に想像がつきません。それに、いくら力に自信があるからと言っても、聖クロノ国に戦いを挑むなんて……商人として何の得があるのですか。聖クロノ国での商売がしにくくなるだけでしょう」

 ライランの言っていることは最もだ。俺たちを軍人だと証拠付けるにしては弱いが、商人ではないと言い切るには十分すぎる理由だった。

「ライラン、貴様は魔法の何を知っている。あの魔法はどのようなものでどれだけのものか分かると言うのか。いいか、自分の知識を超えることを憶測で叫ぶな。この世界ではあの程度の魔法なら誰でも扱えるものかもしれないのだぞ」

 アヌビスは自信たっぷりにそういったが、ライランの考えに間違いはなかった。あの時使った魔法は魔道書の一片の魔法で一般人が扱えるものではなくて、軍の主力となる大規模な魔法だ。魔法学を少しでも学んだことがある人なら何の疑いもなく魔道書クラスの魔法だと見れば分かるそうだ。だが、その心得がないライランはアヌビスの偽りの自信に自分の考えに疑いを持ち始めたようだ。

「それに、俺たちがメネシス……聖クロノ国の兵と戦った理由は奴らは俺らが本物のアヌビスだと思ったらしい。本物の実力は知らないが、軍隊並みの力を持っているのに加えてこの姿だ。ライランも襲われるのを覚悟してそれをつけているのではないのか」

 かなり苦しい言い訳だがアヌビスの躊躇いのない口調で押されたライランは怖くなったのか二の腕につけたスカーフを握っていた。

 実際、軍服を着た商人で襲われた者達はいない。襲われていたのは本物の軍人が商人のふりをしていたときだけだ。それも数えるぐらいしか報告されていない。だから、軍服を着た者達が敵国の軍隊に襲われていたら疑われるのも当然なのだが、アヌビスに強く言われたライランは何も言えずにいた。

 すると、煮え切らないライランや俺たちを呼びに他の商人たちが駆けてきた。

 慌ててきた彼は息を整えずに興奮した声で話しかけてきた。

「おい、聞いたかよ。し、死神。本物の黒衣の死神が来たそうだぞ」

 その男はそれだけ伝えると次の集まりへと走っていった。

「黒衣の死神アヌビスか。会って見るか」

 そう笑みを浮かべるアヌビスは無理矢理に俺と興味本意で付いてきたミルを引き連れて野次馬が集まっているキャンプ地の中心部へと行って見る事にした。俺たちの後ろには未だに首を傾げるライランが着いてきていた。

「アヌビス。もう少しでポカティができるけどどうするの。食べてくれないの」

 アレクトが少し寂しそうな瞳でこちらを見ている。だが、アヌビスは簡単にそれをあしらった。

「今夜の見張りにアンスが入っているはずだ。奴に俺たちの分の食事も食わせておけ。俺達はそのあたりで済ませておく」

 いきなり名前を呼ばれたアンスは驚くだけで物言いをする前にアヌビスは離れて行ってしまった。俺とミルもそれを追いかけようと急いだ。後ろの方では『俺はゴミ箱じゃねえ』と叫ぶ声が聞こえたが、ヘスティアの『馬鹿の集まりだな』と言われた後の笑い声で聞こえなくなっていた。


 野次馬を掻き分けるとそこには黒く派手な軍服を着た体の大きな男が二人の子分らしき男を連れて立っていた。背中には長い長剣を二本背負い腰には鎖、その腰にも剣が三本携えていた。

「我が名はリクセベルグ国第四軍黒の部隊指揮官アヌビス。またの名を黒衣の死神だ」

 そのアヌビスを名乗る大男の足元には魔物の頭が一つ転がっていた。頭の大きさからするとゾウぐらいの大きさだったと思う。すると、大男はその首を持ち上げるとこれ見よがしに空高く掲げた。

「見ろ、庶民共。周囲を騒がせていた魔物の長はこの俺がしとめてやった。感謝しろ。そして、宴で俺を祝せ」

 大男はそう言ったが、商人の誰一人としても祝杯の声を上げようとはしない。それどころか彼を疑う声がちらほらと聞こえるぐらいだ。すると、その大男は苦い顔を見せていた。だが、一人の人物の声が切っ掛けで彼の顔は明るくなった。

「おい、あれって、魔物じゃないのか」

 大男に集中していた視線がその一言でバラバラになりその魔物を目視で確認しようとみんなが取り乱していた。

「ほ、本当だ。仲間の敵討ちか」

「お、おい、あんた。ふざけた事しやがって」

 魔物の姿を確認したものから次々と偽アヌビスに悪口を吐いて逃げ出した。

 キャンプ地から少し離れたところ、沈みきろうとしていた夕日を背に近づいてくる黒い影が一つあった。その影が目で確認できた時、俺とアヌビスそして大男以外の商人たちは声を上げて少しでも距離を稼ごうと走り出したのだ。

 初めに見えた影の持ち主はただの人だ。その人は俺たちから少し離れたところに立ちこちらに笑みを見せてきた。茶色く焼けた肌に素肌に赤いアロハシャツを羽織り、わざと切り裂いたかのようなジーンズ、黒いサングラスを掛けていて瞳の色は分からない。逆立てた水色の短い髪が特徴的な奴だ。それと、両手首に何本も結び付けたミサンガと首にかけたドリームキャッチャーが妙に似合っていた。

 この世界でもといた世界にいそうな人物に始めて出会った。

 だが、彼は普通の人ではないようだ。彼の後ろには隠れていた魔物が次々と現われ始めた。

 3mを超える身長で岩のような体を持った一本角の生えた巨人、蛇の瞳と鱗を持った女性、鳥の羽を8枚とワニの口を持った男など数多くの魔物がいたが全てが人間に似ていた。

「獣神……じゃないのか」

 彼の後ろに控える魔物の集団を見て俺が思ったことだ。どれも人間が獣神になっているように見えていた。だが、アヌビスは首を振った。

「姿は似ているが奴らには獣神ほどの特殊能力はない。獣神と獣人は似た能力を持っていて、再生能力の高さや動体視力の特化だ。お前もロンロンと戦ってそれぐらい分かるだろうが」

 獣人はまったく魔法が使えない。獣神は特定の属性なら扱えるが、本当微々たる物だ。だが、それを引き換えに人間の数倍の再生能力や力の流れや物の動きの捕捉など身体的な特殊な能力を持っている。

「奴らは獣神や獣人よりたちが悪い。獣神に近い身体能力を持ちながら魔力も持っている。再生能力や生命回復能力を持たない代わりに人間に最も近い。まあ、強い魔法剣士を相手しているのと同じだな」

 そんな話をしているとサングラスを掛けた青髪の男が笑みを浮かべてこちらを見てきた。

「うに〜、かわゆい猫ちゃんを連れているのにゃ。こまったにゃ〜、にゃあ、おいっちも戦うのはすかにゃのにゃ。だから、死んでくれにゃいかな、リョウくん」

 小首をかしげて笑みを見せてきたその男からは突き刺さるぐらいの殺意が目に見て分かった。奴の狙いは俺だと分かった瞬間、奴の目の前にいること自体が恐怖に変わった。

 すると、俺の手を強く握る少女がいた。その握られた右手を見ると、負けじとにらみ返すミルがそこにいた。脅えず逃げ出さずにそこにいた彼女を今すぐに安全な所へ避難させるべきなのだが、俺は彼女から勇気をもらえた気がしてなんとか立っていられるだけだ。もし、彼女がここからいなくなったら、俺は恐怖に耐え切れず自分で喉に短剣を突き刺していただろう。

「貴様ら、この俺が誰だか分かっているのか。アヌビスこと黒衣の死神とは俺様のことだ」

 魔物のリーダーらしきアロハ男が出している殺気を感知していないのか、そんなもの恐怖とも感じないのか偽アヌビスは大腕を振りながら前に出た。

 そして、背中に背負っていた2本の長剣を抜いてその剣先を魔物達に向けた。

「黒衣の……死神。知らないのにゃあ」

「アヌビスだぞ。黒衣の死神を知らないのか」

 大男はいきなり声を張り上げたが、魔物のリーダーはこれといった反応を見せなかった。

 大男の実力は知らないが、彼はアヌビスという名前を武器に魔物に挑もうとしていた。だが、その名前の力が発揮されるのはアヌビスの脅威を知っているものだけだ。アヌビスを知らないもの以外にも俺やミルにはもまったく効果をなさない力だ。

 それを考えると、魔物のリーダーはアヌビスをまったく知らないか、俺みたいにアヌビス本人を知っているかのどちらかだ。どちらにせよ、魔物のリーダーは目の前の大男を脅威とみなしてはいない。

 それよりも気になるのは俺の名前と顔を知っていたことだ。俺はグロスシェアリング騎士団のように知名度がある人間ではない。つい最近軍隊に入ったばかりで功績もあまりない。同じ軍の中にも俺のことを知らない人物が多いだろう。グロスシェアリング騎士団の全員に会っていないのがその証拠だ。

 それなのに俺のことを知っている。魔物のリーダーだとプリンセスつながりか。そんなことを考えながら魔物のリーダーを見ていると彼は腹を抱えて笑い始めた。

「こ、こわいにゃあ。リョウ君。ちみぃ、いい目をするにゃあ。いまにでも噛みつかれそうなのにゃ」

「お、おい。貴様。俺様はアヌビスだぞ。黒衣の死神だぞ」

 いまだに目の前で叫ぶ大男。その声が初めに比べて震えを含んでいるが逃げない勇気は認めるべきだ。俺は今すぐにでも逃げ出したいのに未知の恐怖に噛み付く彼は大きく見えた。と、その光景を無言で見ていたアヌビスはイライラし始めたそうで足踏みが早くなっていた。

「だから、黒衣の死神ってなんなのにゃ。強いのかにゃ弱いのかにゃ」

「この世界で最も強く恐怖の象徴として騒がれている人物だぞ」

 それを聞いた魔物のリーダーは大きな笑い声を上げた。馬鹿にされたと思った偽アヌビスは真っ赤になってアロハ男の胸倉を掴んだ。

「貴様、何が可笑しい」

 偽者に腕一本で体を持ち上げられてもアロハ男はまだ笑っていた。そして、アヌビスに似た笑みを偽者に見せた。

「自分のことなのにまるで他人のことを話しているみたいな口ぶりなのにゃ。自分で偽者だって言ってるのにゃよ」

 アロハ男の術策にまんまと騙された偽者は真っ赤になり剣をアロハ男に振り上げた。彼の右肩を切り落とされると思った俺だったが、アロハ男は2本指で剣を受け止めた。そして、笑みを見せるとパンと言う音と共に長剣を簡単に二つに折った。曲げるとは違い指2本で折られた刃の断面は別の刃物で切られたかのように綺麗だった。

「にゃはは、脆い。脆いにゃ。ちみ、脆すぎなのにゃ」

 アロハ男に圧倒的な力の差を見せ付けられた偽者は逃げ出すと思った。だが、彼はこちらに振り向いて後ろを見て彼はすぐにアロハ男に刃を向けた。

 俺もつられて振り返るとそこにはライランや逃げたほかの商人がこちらの方を見ていた。もし、偽者の彼がここで背を向けて逃げ帰ったら彼の企みが崩れてしまう。それに、この中の魔物一人でも倒せばアヌビスだと言い切ることができる。彼にとってこの演技に命を賭けるほどの価値があるのかどうかは知らないが、彼は退けない状況にいるのは確かのようだ。

「退けない覚悟。埋めることのできない差。現状を知ってしまった恐怖。彼は脆い」

 ミルがそう呟くとアロハ男は笑みを見せて手を叩いた。馬鹿にしているような態度だが偽者は冷静にアロハ男を見ていた。

「褒めてあげるのにゃ。ナメクジにしてはよく頑張ったのにゃ。その糞みたいな勇気を称えておいっちの名前を教えてあげるのにゃ」

 そう不気味な笑みと声音を表したアロハ男。彼が一歩偽者に近づくと彼の後ろにいた魔物達は一斉に耳を塞いだ。

 すぐ目の前に立たれて偽者は冷や汗をかいていた。そして、アロハ男は糸を引くかのようにゆっくりと口をあけた。

「おいっちの名前はジャック。魔物を統べるロイヤルの一角なのにゃ。ちみ、地面にひれ伏すのにゃ」

 ジャックにそういわれた偽者は地面に膝を着いて剣を投げ捨てた。さらに、俺とミルも地面に膝を着いていた。俺はそれに逆らおうとしたが体が言うことを聞かず体はその体勢を維持し続けようとしていた。苦しくはないが相手の言葉に従っているのが心に重く感じた。

「うにゃ〜、おいっち力加減が苦手なのにゃ」

 ジャックはコロコロと笑っていた。よく見るとこのようなことになると分かっていた味方の魔物たちまで地面にひれ伏していた。だがが、その中でジャックと一人だけ大地に2本の足で立ち偽者に近づいている男がいた。

「貴様、今から見ること聞くことを黙っていたら貴様の手柄にしてやる。だが、誰かに話でもしたら俺が貴様を殺す。いいな」

 アヌビスに耳元でささやかれた偽者は全身から汗を噴出し目を大きくして何度も頷いていた。

 そして、アヌビスはジャックの目の前に立った。すると、ジャックはアヌビスに対しても笑みを見せた。

「お久しぶりなのにゃ。黒のジョーカーちゃん」

「貴様、俺の呼び名を知っていながら、からかっていたのか」

「半分正解なのにゃ。でも、黒衣の死神〜って言うのは知らないのにゃ。にゃはは、ならあちら様は白衣の天使なのかにゃ。…………ごめん、無理なのにゃ。おいっちそんな拷問耐えられないのにゃ」

 そして、ジャックはお腹を抱えて笑った。何が面白いのかよく分からないが、ジャックとアヌビスとの間に何か俺の知らない関係があるようだ。その光景はプリンセスと初めて会ったときと似ていた。

「笑うためにここに来たのか」

 ジャックたちと遭遇してからのアヌビスはずっと不機嫌そうな顔をしている。それを悟ったのかジャックは一瞬で真面目な顔になった。だが、すぐに小刻みに震えだしまた笑い出した。

「ご、ごめんにゃ、あ、あと、5分ほど待ってにゃ……」

 しばし笑い続けたジャックはようやく落ち着いたようで、息を整えてアヌビスに軽い微笑を見せた。

「けふん。……ここに来たのはお仕事なのにゃ。プリンセスから聞いていると思うけど、早く帰ってくるにゃ」

「断る。奴にも言ったが条件はまだだ」

「うにゃ〜、プリンセス仕事が下手なのにゃ。あんな子猫プリンセスにゃら足の小指だけで殺せるのにゃ。黙って殺して獣の餌にでもすればいいのにゃ」

「分かっていると思うが、それ相当の覚悟があっての発言だろうな」

「こ、怖いのにゃあ。って、プリンセスの担当はおいっちじゃないから関係ないのにゃ。これは、クイーンからの催促なのにゃ。おいっちの話は別にあるのにゃ」

 やはり、ジャックはプリンセスと繋がりがあったようだ。それも、彼の方が上の立場。しびれを切らせて上官自ら出てきたというところだ。彼は親指で太陽が沈んだ方向を指差した。

「この先の街でおいっちたちがとあることで働いているのにゃ。どうにゃら黒ジョーちゃんがそれに首を突っ込んでいるらしいのにゃ。黒ジョーちゃんが関わるとろくなことがにゃいのにゃ。だから、さっさと立ち去って欲しいのにゃ」

「俺たちが今関わっているといったら、神隠しぐらいだ。貴様らがその真相を知っているとでも言うのか」

 すると、ジャックは口を塞いで笑みを浮かべていた。なんだか、わざと言ったように俺には見えた。

「んにゃ、知らないのにゃ。ただ、おいっちたちは世のため世界のため平和を守るため戦っているのにゃ」

 ジャックは決めポーズのように拳を高く上げていた。正直かっこよくは無い。

「話には聞いていたけど、こんな化け物が出てくるとはな」

 俺や魔物たちがひれ伏す中、大旗を肩に当てて歩いてきたのはヘスティアだ。何本もの赤い三つ網をなびかせながら緑の軍服に映える白い十字がまぶしく感じるほどの貫禄だ。

「ヘスティア、こいつを知っているのか」

「知らない馬鹿。ただ、ヴィルスタンを襲っている魔物集団がいるって話は聞いた。街を壊滅させるわけでもなくただ攻撃を不定期に仕掛けてくるって。こんな化け物が指揮をとっていたとは……他国の問題とは言え恐ろしいことだな」

 そう言いながらヘスティアは旗を広げ、アヌビスは剣を抜いた。臨戦態勢に入った二人を見てもなおジャックは笑っていた。

「魔物の統括者1人、実力者4人、雑魚が16か。なかなか楽しめそうだ」

「あの化け物は馬鹿に任せる」

「馬鹿は貴様だ。旗しか振れねぇ馬鹿は生きることだけを考えるんだな」

 戦闘態勢になった二人を見て、あの時脅えていたヘスティアの気持ちが分かった。ヘスティアからはそれほど鮮明には見えないが、アヌビスからは黒い靄のようなものがはっきりと見えた。黒い靄は形を作ろうとしては散り散りになり空を漂っている。その黒い靄の中で宝石のように輝く二つの赤い光はその靄の獣の瞳にも見えた。飛竜を一飲みしそうな巨大な口と牙を持った獣が夕空に現われ闇夜を呼んでいるかのようだ。

「ば、化け物だ。や、やつは……本物か」

 偽者の男は地面に塞ぎこんで頭を抱えたまま脅えていた。巨大な体を出来るだけ小さくして丸くなっているその男はアヌビスという名の重さに潰された人間にも見えた。

「何だよあれ。影……か」

「正確には魔力と粒子ですね」

 俺の隣で答えたのはポロクルだ。さらに、アンスまで駆けつけたようだ。アヌビスの命令がなかったものの帰りが遅いので来てみたそうだ。正直、少しほっとしていた。

「魔法の一種なのか」

「まあ理論上は魔法ですね。アヌビスの魔力が押さえきれず溢れている。それが空気中にある闇の粒子と結合している。ほら、アレクトの魔道書魔法の時、赤い光が見えましたよね。あの光がさらに大きくなっていると考えてもらって問題ありません」

「つまりだ。あれが大きければ大きいほど強いってことだ。まあ、獣の形まで出せるのはグロスシェアリングクラスの実力者くらいだけどな」

 アンスはケラケラと笑っているが、俺にしたら目の前の化け物は笑い話ではすまなかった。その化け物一匹で目の前の全てを消し去れそうなぐらいの重圧を俺は感じていた。

 怒り、恐怖、殺意、そんなものがあの黒い化け物から溢れていた。

 そんな化け物の牙を向けられてもジャックは笑っていた。とても余裕のあるような顔。相手の力量を知り尽くしたかのような表情だ。

「にゃはは、馬鹿にされた気分だにゃ。おいっち相手に本気を出すまででもにゃいって感じだにゃ」

 笑っているジャックだが手を上げて指を鳴らした。すると、今まで俺の体を地面に押さえつけていた力がなくなった。それは魔物達も同じようで解放されてすぐに俺たちの目の前から消えて行った。正確には逃げたようにも見える。きっと、アヌビスの影に恐怖したのだろう。

「黒ジョーちゃんに精霊召喚師、実力者が二人に竜神。今回はおいっちの分が悪にゃあ。今回は帰るのにゃ。でも、注意はしたのにゃよ。これ以上、関わってきたら交戦覚悟なのにゃ」

「となると、この俺に勝負を挑むのか。面白い。奴らも空席が欲しいころだろうよ」

 アヌビスはふざけた挑戦状を出してきたジャックを睨んだ。だが、ジャックは首を振った。

「黒ジョーちゃんには勝てにゃくても、残りの子猫は殺せるのにゃ。それでもいいのにゃら、犯人捜し頑張るのにゃよ」

「頑張れだと、貴様を拷問にかければ答えを知ることができるよな」

 アヌビスが剣先をジャックの喉元に向けようとした時、ジャックはミサンガを一本ちぎった。すると、アヌビスの剣をガラスでできた巨人が掴んでジャックを刃から守っていた。だが、アヌビスの一振りの一撃目を止めるだけでガラスの巨人は粉々に砕けた。

「あにゃにゃ、一撃で駄目になったのにゃ」

 ジャックは笑っていたが、剣先を向けるアヌビスは本気だった。

「うに〜ヒントあげるから逃がして欲しいのにゃ」

「まあ、貴様が本気を出されて困るのはこっちの方だしな。許す」

 剣を治めたアヌビスを見てようやくジャックは落ち着いたらしく、大きく息を吐いていた。

 そして、ちぎったミサンガの糸を一本口で引き抜くと地面に魔法陣を広げていた。

「黒ジョーちゃん。物語は物語を呼び新たな物語を作り出す。そして、物語の数だけ踊る役者はこの世に命を芽吹き物語を面白くする。意味、分かるよにゃ」

「ああ」

「人ごときがいなくなるだけじゃ面白くないのにゃ。そう思うやつはおいっちたちだけじゃないのにゃ。似ているけど世の中を知らにゃいお子ちゃまが遊んでいるのにゃ」

 意味がよく分からないことをぺらぺらと言い出したジャックは最後に大きく笑い俺たちを見下すような顔で見た。

「にゃはは、力に隠れる力にゃ。馬鹿馬鹿しい糞の集まりにゃんか、話の繋ぎにもならないのにゃ。黒ジョーちゃん。いい加減それに気付くのにゃ」

 そう笑うジャックは高く飛び跳ねると魔法陣の中に吸い込まれて消えていった。



 ジャックたちが退いた後は偽者の天下だった。彼は遠くで隠れていた商人たちにいかにも自分が追い返したのような口ぶりで自分がしてもいない功績を次々と話していた。

 目の前で見た魔物を退かせた現実と男が述べる話で商人たちは偽者を本物のアヌビスだと信じはじめだした。だた、ライランを除いての話だが。

 そんな感じで宴は真夜中になっても続いていた。いまだに偽アヌビスを中心ににぎわっている。そんな賑わいから離れた所で俺とアヌビスは飲めもしないワインを持って夜空を見上げていた。

 お酒と宴が大好きなアレクトは少しだけ騒いでミルとルリカと共に寝てしまったし、ポロクルはヘスティアに捕まりアヌビスに対する悪口を延々と聞かされている。ケルンはヴィルスタンまでの下調べ、アンスは夜の警備に備えての睡眠。各々が自分のなすことをこなしていた。

「今回も、貴方の活躍ですか」

 低姿勢で現われたのはライランだ。アヌビスのことを疑っている彼にしたら今回の功労者はアヌビスだと疑うのは当然だろう。

 いつもならタバコを吸っているアヌビスだが、半禁煙状態のアヌビスは否定も肯定もする気もないようだ。

「好きなように考えていろ。今の俺は機嫌が悪い」

 そう吐き捨てると貴重なタバコを一本くわえたアヌビスは顎で俺を呼んで周囲の見回りに出かけた。


この物語はフィクションです。

登場する人物名・団体名・地名などは全て空想のものです。

実際に存在するものとはなんら関係がありません。

一部、誤解を招きやすい表記があるかもしれませんが、ご了承ください。

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